ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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ゼルダが好きすぎて、新作発売を待ちきれずに思わず書いてしまいました。見切り発進ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。


プロローグ

 ――急いで。急いで、リンク

 

 ――早く目を覚まして。残された時間はとても少ないのです

 

 ――手遅れになる前に、早く

 

 ――私も、貴方の幼馴染も……

 

 

 

 未だ息吹の勇者は、深い眠りの中にいる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 濃密な緑の香り。樹齢何千年にもなる大樹が連なるコログの森は、デクの樹より生まれし精霊コログの住まう秘された森だ。伝説の退魔の剣マスターソードが眠ると噂されるその森は、結界により守られている。迷いの森に只人が入り込もうとも、森を抜けることは叶わない。深く白い霧に包まれ、無邪気な笑い声が響いたかと思えば、瞬くあいだに森の外へと連れ出されているのだ。

 

 精霊の導きを得るのは、心の澄んだ子どもであったり、姫巫女であったり、鋭き眼をもつ勇者であったりと、選ばれし者のみが迷いの森を抜け、コログの森へたどり着くことが叶う。

 

 コログたちの軽やかな笑い声が響く深い深い森のなかには、デクの樹が植わっている。その巨木の眼前には神々しい台座があり、一筋の剣が突き刺さっている。100年前の厄災との戦いで傷つき、眠りについたマスターソードだ。剣に光はなく、ところどころが刃こぼれして、青い柄には無数の切り傷がついている。伝説の武器には自動修復機能がついていると謂われている。現代のハイラルではその技術は失われたものであるが、ロストテクノロジーを以てしてもマスターソードは未だ傷ついたままだった。それほどまでに聖剣の直近最後の戦い――厄災ガノンとの戦いは激しかった。

 

 ふ、と空から鱗粉のごとき光がマスターソードの傍らへと差し込む。雲の合間から差し込む一筋の陽光の如きその光は淡く人の形を浮びあがらせてゆき、蒼、白、赤、と光が分岐してゆき、やがて明瞭に人の形を為した。背ほどまでの長い深青の髪を高い位置で一つに結わえているすらりとした体躯の人間。

 

 髪だけでなく、睫毛や透き通った瞳、服や耳飾りまですべてが青い。淡く光を発しているかと思われるほどの白さの手が、マスターソードの柄にかかる。整った爪先もまた、青色だ。しげしげと自らの爪を興味深そうに眺めたその者は、そろりと目を転じてじっとマスターソードを眺めた。一息おき、細い指先を伸ばしてゆくと、おもむろに柄に手をかざす。すると、マスターソードのこぼれた刃先が聖なる輝きを放ちだした。歓喜の声をあげるがごとく、脈打ちながら輝き、こぼれた刃先がみるみるうちに修復してゆく。わずかに眉をひそめたその者は、しかしながらマスターソードへ力を注ぐことをやめない。一層集中した面持ちで柄へと手を触れ続ける。

 

 その様子を眺めていたデクの樹は、感嘆の声すら出ず、ただその不思議な光景を眺めていた。大樹の幹に刻み込まれたように浮かぶ老爺の顔が、唖然とした表情に変ずる。

 

 長い時を生きるデクの樹には、女神ハイリアと関わることさえあった。人々が知り得ぬ神話も、伝説も、すべてを知っていた。

 

 だからこそ、目の前に立つ者が只人ではなく、あまりにも不可思議に過ぎる存在であると断ずることができた。

 

 聖なる白い光を刀身から放つマスターソードは、すっかり傷がなくなり、力に満ち満ちていた。そして、碧い光が刀身からあふれだす。碧い光はそのままの色で少女の形をとった。つるりとしたボディは頭頂部から足先まですっかり青で、ショートカットの無表情のように見えるその少女は、地面に片膝をついて男へと向かい合う。

 

『力は満ち、傷は癒えました、アルファ様。まさか再びこうして自我を持つことが叶うとは』

 

 少女を見下ろす青年は、人間的な見た目でありながら、湛える表情はあまりにも無機質。瞳の奥に色はなく、左右両対象に整った容貌は人形のよう。

 

「マスターソードも人の形をとるのか」

 

 淡々とした声色ながら、わずかに目を見開く美貌の男は呟くように低い声を響かせた。

 

『不可思議なことを仰います。ファイは女神の剣ですので、遠回しな表現は理解できません』

 

 不思議な声色で話す青い少女は、無表情のままに言う。その物言いは解せないものであったが、アルファと呼ばれた青年は軽く頷くにとどめた。

 

 デクの樹は長らくハイリアの地で生きており、その知識は膨大なものであったが、それでも伝説の剣が人の形をとることは知らなかった。

 

「なんとも稀有な……マスターソードを治癒したか」

 

 アルファはデクの樹を見あげ、優雅に騎士の礼をしてみせた。

 

「初めまして、俺はアルファ。会うのは初めてだが、デクの樹サマだろう?」

 

 いっそ女性と見まがうばかりの美貌だが、喉仏といい、低い声といい、男であることを感じさせる。黙っていれば美貌の女性とも見えるが、すらりとした体格に凹凸はない。

 

「おぬしは、治療の力を持つのか」

 

「ミファーみたいな癒しの力じゃない。女神ハイリアより授かった力を分け与えただけだ」

 

「ミファー……確か、ゾーラの英傑であったか。ガノンとの戦いで死したと聞いたが、知り合いであったか」

 

 己の考えを纏めるようにデクの樹は言い、さらにつづけた。

 

「おぬしから女神ハイリアの力が感じられる……勇者でもなく、姫巫女でもなく……英傑か?」

 

 先ほど彼が口にした、ゾーラ族の英傑ミファー。そのほかにはゲルド族の英傑ウルボザ。ゴロン族の英傑ダルケル。リト族の英傑リーバル。デクの樹が知っている英傑はそれだけだ。神獣を操る彼ら以外にも英傑たる人物がいたのか。

 

 半ば確信染みたその問いかけに、無表情ながらも瞳の奥に複雑な色を覗かせる。デクの樹の想像とは裏腹に、青年は静かに首を横に振った。

 

「どういうつもりで女神ハイリアが俺を生かしたのかはわからないが……俺は英傑ではないし、英傑は死に絶えた。4人の英傑は間違いなく死んでしまった。そして、女神ハイリアの手の届かぬところに魂が囚われているという」

 

「ならばその身からあふれる女神の力はなんとする」

 

「さあ。俺は英傑じゃない。厄災ガノンの力に負け、死んだ身だ」

 

 だがしかし、彼が死人ではない。確かに彼からは女神ハイリアの力が感じられるのだ。何者だというのだろうか。煙に包まれるような答えは実に不明瞭で、しかしながら追及することを許さぬ雰囲気を男からデクの樹は感じ取った。

 

「デクの樹サマ、どうしたノ?」

 

 常に泰然としたデクの樹が悩むそぶりを見せると、眷属であるコログたちは鋭敏に気づく。

 

 葉っぱで作った仮面で顔を隠す小柄なコログは、愛らしい高い声で心配そうに問いかけてくる。

 

「デクの樹サマが驚いてるなんテ」

 

「とっても珍しいワ!」

 

 そうか、この複雑な感情のなかには驚きも混じっているのか、とコログたちに気づかされる。運命に従い、転生を続ける魂が共鳴して世は時を刻むものだと思っていた。だが、彼のように何の運命の糸もないままに、女神の力を抱く者もあるのか、と驚いたのだ。

 

 ある意味では彼も、選ばれし者なのだろう。

 

「キミは、他の人間とは少し違うノネ」

 

 ぴょこぴょことアルファのまわりで跳ねながらコログが言う。

 

「そうだな。少し違うかもしれない。普通のハイリア人は爪が青くないだろうし」

 

 コログたちに語り掛ける声色は至極穏やかなものであるが、人形のような無表情が不気味にも映る。

 

「爪どころか、髪も瞳も青いぞ。生来のものではなかったか」

 

「そうなのか。以前はほかのハイリア人と何ら変わらない金髪碧眼だったのだけれどな。まあ、見た目なんてどうだっていいさ。

 ところでデクの樹サマ、勇者は回生の祠で眠っているのか?」

 

「未だ傷つき、眠っておる。祠は彼の者が治癒せぬ限り、開かぬじゃろう」

 

「……1万年も前に作られた治癒システムが今も稼働するだなんてな。当時のプルア様の興奮が目に見えるようだよ。ところで今は戦いからどれほど経つんだ?」

 

「100年じゃ。常人では、あの戦いのなかでは興奮を覚えるどころではなかっただろうが」

 

「は……? 100、年? それは、まあ。相変わらず寝坊助だこと」

 

 明確に、彼は表情を変えた。それでも数秒ほど軽く目を瞠っただけだった。それから目を細めるアルファは、どこか寂しそうにも見えた。

 

『マスターが不在のため、ファイはしばらく眠ります。アルファ様、どうかマスターをこの地へお導きください』

 

 物置のように片膝をついて黙っていたマスターソードの精霊が、くるりと宙を舞って姿を消す。

 

 マスターソード――ファイの言うマスターとは、勇者のことに間違いない。デクの樹とアルファは二人してマスターソードを暫く眺めていたが、アルファが口を開いたことで沈黙が解ける。

 

「プルア様やインパ様、ロベリー様はご存命だろうか」

 

「皆、地方を跨いで点在し、勇者の訪れを待っておる。インパは西ハテール、プルアは東ハテール、ロベリーはアッカレ地方にてな」

 

「そうか。あえて一箇所に固まらないようにしたんだな。ご無事で何よりだ。

 質問ばかりになってしまうが、ここはどこだ?」

 

 結界に何の反応もなく現れたのは、彼自身の能力ではないらしい。女神ハイリアが手ずから力を授けた人間だ、悪しき者でないことは確実だとデクの樹は素直に口を開く。

 

「迷いの森を抜けた先、コログの森じゃよ」

 

「ほう……それは、どこなんだ?」

 

 デクの樹が結界を張る迷いの森は、普通の人間であれば森の奥へたどり着けないようにしているため、意図せず人族のなかで有名になっていた。と、思っていたのだが。まるで知らない様子のアルファに、はて、と内心で小首をかしげる。

 

「ハイラル城の北の名もなき森は知っておるかのう?」

 

「あー……よく人が迷って、いつの間にか出口にたどり着いてるとかって噂の。だから迷いの森か」

 

 アルファは抑揚のない、いまひとつ驚きを感じられない平坦な声で言う。

 

「そこらへんなんだったら、とりあえずインパ様に会いに行くのが近いか。回生の祠に行って、無駄足になる可能性は高いし」

 

 デクの樹は、勇者が記憶をなくしているかもしれない、と己の推測を語ろうとしたのだが、不思議と言葉にはならなかった。無表情のままに傷つく彼の様子が大いに想像できて、気が引けたのだ。もしかしたら記憶をなくさずにいる可能性だってあるのだ。などと、可能性が低いほうに縋ってしまう。なんともらしくないことだ。

 

 彼がなまじ女神の如く整った容姿をしているため、デクの樹でさえも気が引けてしまう。美は力だ、というのは真実、こういう意味なのかもしれない。

 

 女神ハイリアに生き写しの美貌であった。女神の血を引く姫巫女ゼルダよりもずっと、似ているというのは失礼な考えかもしれぬ。

 

 唯一良かったのは、彼が男性で、しかも容姿にまるで頓着しない性格であることか。

 

「迷いの森ってところにいけば、勝手に出口に出られるのかな」

 

「案内をつける故、心配いらぬよ。コログよ、外へ案内してやりなさい」

 

「はい、デクの樹サマ。女神の御使いサマ、こっちだヨ~」

 

 その呼び名に一瞬複雑な顔をしたアルファであったが、すぐに持ち直す。

 

「ありがとう、デクの樹サマ。じゃ、俺は行くよ」

 

「未だ厄災の影響は色濃く残る。くれぐれも気をつけてな。おぬしの旅路に幸多からんことを」

 

 律儀に一礼をしてから、青い髪を揺らして歩き出したアルファの背を眺めつつ、未だ眠りに就いているという勇者のことを想う。

 

 人間は100年も経てば老いるものだ。どうして彼の者は、年を重ねていないのだろうか。回生の祠に眠っていた勇者とはわけが違う。この100年のあいだ、何をしていたのか。彼の身に何があったのか。時間が許すならば訊ねたかった。

 

 人の一生はとても短い。デクの樹からすれば、ゴロン族やゾーラ族でさえ短命に感じる。精霊種の永劫の如き時間の前からすると、人族の一生など余りにも儚いものだった。儚く、そして苛烈に生きる。選ばれし運命をもつ勇者であればなおのこと。だからこそ愛おしかった。眷属であるコログたちをかわいがるのと同様に、勇者や姫巫女や英傑たちに心遣った。

 

 シーカー族の技術により、回生の祠で眠りに就かされた勇者は、どのような気持ちで目覚めるのだろうか。王国の騎士として生まれ、厄災と化したガノンと戦い、四人の英傑は皆死んだ。勇者自身も死の淵へ足を突っ込んだ。王国の民も血の海へと沈んでいった。ただ一人だけ仲間に、時に取り残された青年のその心を慮って女神ハイリアはかの青年を残したのかもしれない。

 

 死した者を蘇らせる力など、聞いたこともない。勇者でさえ死にかけの状態から回生の祠で100年ものあいだ眠っているというのに。

 

 考えれば考えるほど、その謎は深まるばかりだった。

 

 だから今は思考をあえて放棄して、女神ハイリアに祈った。

 

 ハイリアの地に、安寧を――と。

 

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