ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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静かな旅立ち

「ほんとうにもう出てゆくのか?」

 

「ああ。世話になった」

 

 薄暗い屋敷のなか、静かに語りあうアルファとインパを、切なげなパーヤが影からこっそりと見つめている。

 

「こっそりと夜半に出てゆくものだと思うたわ」

 

「……まさか、そんなこと」

 

 言葉に詰まったのは、実際アルファがそうしようと思っていたからだ。男連中から、せめてものインパ様やパーヤには挨拶をしていきなさい、と諭されなければアルファは今頃旅路についていたことだろう。

 

 インパはそんなアルファをすべてを見通したようにからからと笑い声をあげた。

 

「冗談じゃ。そう顔を固くするでない」

 

 むずりと痒くなる背中に、アルファは無表情のままに姿勢を正す。胡坐をかいた脚が若干のしびれを訴えている。

 

「あいつは今、始まりの台地にいるんだったな」

 

「左様。回生の祠にて傷を癒しているはずじゃ。わしらが出来ることは、それを信じて待つことのみじゃ。

 もしかするとすでに目を覚ましており、あやつが使命を忘れ、村人として暮らしている可能性とて捨てきれん。だが、シーカーストーンをあの祠へ残してきたゆえ、あれが勇者を導いてくれるだろう」

 

 おそらくは、と呟くインパであるが、それが願望に因んだ発言であることは、アルファとて容易に想像がつくことであった。

 

 シーカーストーンの研究はゼルダが最も興味を持って行っていた。何度研究に連れまわされたかはわからないが、大地に点在する祠にそのシーカーストーンをかざせども、何の反応もなかった。選ばれし姫が使用してなにも起こらないというのなら、誰がその所有者として力を発現させることができるというのだろうか。

 当時若かったインパも、姫の研究につき合わされたはずだった。だから彼女もまた、願望混じりの未来を口にするのだ。

 

 無数の皺が刻まれたインパの姿を見ていると、100年の月日が本当に流れたのだと実感させられる。澄んだ瞳だけが昔の彼女とまったく同じところで、今や老体の彼女が過去と同じように身軽な動きを出来るはずもない。だが、身体が動くのであれば彼女だってゼルダの様子を、リンクの様子を見に行きたいと思っているに違いない。

 

 人の望みほど、美しいものはないとアルファは思う。己には渇望するほどのそれを得られることが生涯に一度たりともなかったから、何かを求めて動こうとする人間がとても美しく感じられる。自然と、手助けをしたい心持になるのだ。

 

「あまり遅くなってもいかん。そろそろ行くがよい。プルアにはよろしく伝えとくれ」

 

「そのつもりだったんだが。……迎えに行ってこようか?」

 

 自然と、そんな言葉が出た。

 きっとインパは、己の足でリンクを迎えに行きたいと、この100年間何度も何度も思ったはずだ。いつ目覚めるやもわからぬうえに、村の長であるインパがそうすることは叶わなかったろうが、それでも願望は何度もちらついたはずだ。

 

「其方、気を遣えるようになったのだの。いや、貶しているわけではない。

 無理強いはせぬ。便りは送ったが、プルアに其方の無事な姿を一刻も早く見せてやりたい気持ちもあるのじゃ。それに……リンクが目覚めていない可能性とて、ある」

 

「あの寝坊助は、俺が起こしておいた」

 

「どういうことじゃ?」

 

「俺にもよくわからないが、夢のなかで祠のなかで眠るリンクを起こした覚えがある」

 

「詳しく聞かせてくれぬか」

 

 ひとつ頷いたアルファは、深海のごとく深い青の瞳をゆっくりと閉じた。

 

「薄暗く、埃っぽい空間に、傷ついたリンクが淡く発光する碧い培養液のようなもののなかで眠っていた。

 培養液の満たされた装置に手を触れると、ごっそりと力が持っていかれて、急激にリンクの傷の再生の速度が速まったんだ。死んだように眠っていたリンクが目を開くところまで、見届けた。

 今更ではあるが……あれはもしかすると夢ではなかったのかもしれない」

 

 真面目な顔をして語るアルファに、インパは神妙に頷いた。夢物語としか思えぬ内容ながらも、インパは回生の祠の内部を知り得ないはずのアルファが、装置であったり、培養液であったりの話をしたことに瞠目する。それはまさしく、回生の祠の内部と一致しているからだ。

 

「力を持っていかれた、とはどういうことだ」

 

「俺のなかに宿る女神ハイリアの力が装置へ吸い込まれた。これは感覚でしかないから、なんとも言えないが」

 

「其方が倒れたのは、もしや……?」

 

「カカリコ村に来る直前にその夢を見たから、関係している可能性は高い」

 

「そうか……ではそうなのやもしれぬな。リンクは確かに目を覚ましたのか」

 

「と思う。だが、マスターソードは森の中だろう。武器すら持たずにここまでたどり着けるだろうか」

 

 目を細めるアルファと、厳しい顔で目を閉じるインパ。

 

「そも、マスターソードを持てる身体ではなくなっておろう」

 

 マスターソードは特別な剣である。その剣は、持ち主を選ぶ。自らを持つにふさわしい主であるかどうかを見極めるのだ。いたずら半分にマスターソードに手を触れ、死にかけた者とているほどだ。

 柄から手を離していなければ、まず間違いなくその者の命はなかっただろう。

 

「どれほど体力は低下するんだ?」

 

「赤子とまでは言わぬが、そこいらの村人と変わらぬ程度までは落ちると研究書には残されていた」

 

「剣技は?」

 

「身体に染みついた動きこそ消えぬだろうが、それを取り戻すまでに時間は掛かろうな」

 

 先行きが不安でしかなくなってきたアルファと同じく、インパもまた皺を深くし俯いている。

 

「アッカレ地方よりは、始まりの台地の方が近いだろう」

 

 近い、といってもそれほど近くはない。が、あの夢がどうにも気になって仕方がなかった。たとえ彼がアルファのことを覚えていようがいまいが、世界の命運をその背に担う彼を手助けしたいとアルファは切実に思うのだ。

 

「……すまぬ。押し付けることになって誠にすまぬが、リンクのことを頼んでもよいか」

 

「ああ、俺もそうしたい」

 

「頼んだ、アルファ。気をつけてゆくのだぞ」

 

 深く頷いたアルファは、ゆっくりと立ち上がる。

 

「あの……!」

 

 鈴の音のような声がアルファの足を止める。

 振り返ると、パーヤが剣と盾を持って駆け寄ってくるのが見えた。

 

「プルア様がお預かりになっているアルファ様の剣には敵わないでしょうが、無手よりはよいかと」

 

 シーカー族の紋様が刻まれた護心の盾と、残心の小刀。それに無心の大剣と呼ばれる両刃の剣だ。

 

「ありがとう、パーヤ」

 

 大剣を鞘に入れたまま軽々と片手で振るったアルファに、インパは深く頷いた。

 

「其方の馬鹿力は昔と変わらぬな。その細い身体でよく振るうものだ」

 

「剣技こそあいつには敵わないが、純粋な力だけは負けてないつもりだ」

 

 大剣ほどの重量となると、大抵剣の重さに耐えきれず両手がふさがれてしまうものだが、アルファは片手に盾を持ち、易々と大剣を振るうほどの腕力の持ち主である。それによりリーチが長くなり、リンクと互角と言わずともそれなりに良い戦いができたのだ。

 

 懐かしそうに眼を細めるインパの隣には、心配そうにアルファを見つめるパーヤの姿がある。

 

「大切に使わせてもらう」

 

「その剣と盾がアルファ様をお守りくださるよう、お祈り申し上げております」

 

 潤んだ瞳は切々となにかを訴えるように輝いている。

 

「あの……その……」

 

 なおもなにかを言おうとし、喉元で声を詰まらせて切々とアルファを上目遣いに見つめ続けるパーヤ。瞳にあふれんばかりの感情を湛え、頬を紅潮させて胸の前で組んだ手をもじもじと動かす。

 

「ご、ご無事で、お戻りください。パーヤはこの地で待っております。ずっと、アルファ様を……」

 

 軽く小首を傾げたアルファはそれから一つ、深く頷き、踵を返した。

 

 ぱたり、と扉が閉じた後、屋敷に残されたインパとパーヤ。パーヤはまだ人肌のぬくもりが残る床に座り込んだ。一生分の勇気を使い果たし、すっかり全身は疲労していた。今更になってがくがくと震える足をさすりながら、呆然とパーヤは呟いた。

 

「行ってしまわれました……」

 

「この小さな村に留まるような男ではないからのう」

 

 孫娘の恋情がこれほどまでに育つとは、インパとて思っていなかった。情操教育を施したほうがよいかと心配するほどに、色恋に興味を示さなかったパーヤがこれほどまでに懸想するとは。見目に惹かれた、という単純な話ではないだろう。不器用ながらも人を愛し、このハイリアの地を愛するアルファの姿にパーヤは何かを見出したに違いない。それは100年前のアルファにはなかったものだ。

 

 男ぶりに磨きがかかり、さらに惑わされる人間が増えることだろうと、インパは他人事のように笑う。

 

 涙を浮かべて扉を見つめるパーヤの恋心には、あえて見ないふりをすることにした。

 

「さて、パーヤ。明日もまた早い。そろそろ寝る準備をしなさい」

 

「はい……」

 

 ふらり、と力なく立ち上がったパーヤが二階へと消えてゆく。

 

 100年前から文通のみで、すっかり姿は見なくなったが、今も壮健であろう妹に想いを馳せる。

 インパの姉であるプルアもまた、アルファに恋をした乙女であった。アルファはついぞその気持ちに気づかなかったようであるが、半狂乱にアルファの死体を探し続けていたプルアの必死な姿は、今も脳裏に焼き付いている。老婆と化したプルアよりも、若く美しいパーヤの方がアルファの心が傾く可能性は高いだろうか。

 

 昔ならばアルファが恋をするなどと考えることすらなかったが、そんな姿を想像してみたくなるほどに、彼は人間味を見せるようになった。それもまた、サイレンでの心の修行の成果なのだろう。

 

 すべてをどこかへ置き忘れて来たかのように人間味のなかった彼だったというのに。

 

「人は、変わるものなのだのう」

 

 しみじみと呟き、インパはゆっくりと瞳を閉じた。

 

 久方ぶりに感じる心地よさに身をゆだねながら。

 


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