ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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塔の出現

 

 艶やかな青毛を陽に揺らし、大地を闊歩するニゴウの機嫌は大層よい。足取りはとても軽やかだ。ゴーゴーニンジンを与えたからである。

 人に慣れづらいと言われる単色馬でありながら、訳もなく嘶きも、嫌がりもしない。故になだめることも少ない。

 気絶したアルファをカカリコ村へ乗せてくれたところをみると、出来の悪い弟の面倒をみる姉のような感覚でいるのかもしれない。ニゴウは度々人の言葉を理解している節を見せる。本当にイチゴウの生まれ変わりなのでは、と思わず信じてみたくなるほど、その性質はよく似ていた。

 

 鞍をつけて大分乗りやすくなったその背に跨るアルファは、カカリコ村から南下する街道を進んでいた。街道であれば、手綱を取らずとも馬は勝手に進んでくれる。時折地面からスタルゴブリンが現れるものの、ニゴウが颯爽と地を駆けてゆくため、攻撃を受けることはない。ぼこぼこと頭を生やすスタルゴブリンがその身体を地表にすべて表す前に、すっかりアルファたちは先へと進んでしまっている。

 

 ボヌール山地とナリシャ高地の間を半円を描くように築かれた山道は、人々が通り踏み固められてはいるものの、高低差が激しい。

 朝陽がすっかり顔を出した頃合いでニゴウを休ませてやり、それから何度か水分補給程度の休憩を挟んで、始まりの台地へと着実に距離を縮めていった。

 

 まばゆく輝く昼の太陽が徹夜明けのアルファの目に突き刺さる。もう少し進めば、白い石造りのカカリコ橋が見えてくるはずだ。そこからさらに南下すれば、双子馬宿がある。ニゴウがいてくれるおかげで、大幅に時間短縮が叶った。不用意に戦う必要もなくなり、ニゴウ様様である。夕方には双子馬宿に着くであろうし、そこで一泊してから始まりの台地を目指そうと、旅程を決める。

 

 風にそよぐ草木をぼんやりと眺めながら、かっぽかっぽと馬を走らせる。道中行きかう人々は皆社交的で、それに返しているだけでアルファは自分がとても社交的な性格になったのではと錯覚した。

 果たして、これほどまでに穏やかに時を過ごしたことがあっただろうか、と思い返す。

 

 アルファはいつだって、目的のために生きていた。何かしらの目標を己で定め、もしくは他人に定められ、そのためだけに時間を費やしてきた。ぼんやりなど、したことがなかった。人の気持ちなど考えることはなかった。それどころか、草原の青臭さも、陽の光のあたたかさも、木陰のひんやりとした心地よさも、吹きすさぶ風の音も、何も意識せずに生きてきた。そのことに今更ながらに気づく。

 周囲になんと音が多いことだろう。見逃していた情景の、なんと美しいことだろう。

 

 アルファの大切なものは、片手で足りるほどだ。宝物といえるものなどないし、己の人生において大切なものなどないと心底思っていたものだから、命を消耗品のごとく扱うことができた。

 

 一度死したあの時。あの局面で命を投げ出したことに、悔いはない。当時のアルファはそれが最適解だ、と思っていた。今だってそう思っている。

 それでも、心臓が縮むように胸が痛むのは、気を失う間際リンクの愕然とした表情を思い出すからだ。ゼルダの悲鳴染みた叫び声が思い出されるからだ。

 己だけは満足していた。だが、彼らはあの時、何を感じたのだろうか。

 何も悲しむことなどない、とアルファは心の底から思っていた。だってそれが最適解なのだから。

 だがしかし、今となっては、逆の立場で物事を考えることができるようになった。もしも己のために彼らが命を投げ出していたならば。どれほど彼らを詰っただろうか。感謝など覚えようはずもない。なぜ勝手なことをしたのだ。なぜ命を大切にしないのだ。なぜ己なんかのために。そうアルファは思う。きっとリンクや姫様もまた、そう思ってくれたのかも。そのことに気づくと、激しく胸が痛むのだ。

 

 リンクに鋭い目で睨まれると背中が冷える。大抵のことでは感情を波立たせない男であるが、その分怒るとしつこい。あの頑是なさは、わがまま放題の子ども顔負けのものがある。

 

 ヒヒン、と鼻を鳴らしたニゴウの鳴き声に我に返る。

 小刻みに震えるニゴウの鬣。いや、違う。草木が絶え間なく震えている。

 滑るように馬上から地面へ降り立ったアルファは、ニゴウをなだめながらブーツ越しに大地が揺れているのを確かに感じた。

 地が揺れるなど、大厄災以来のことではなかろうか。

 怖気が走り、カカリコ村の住人たちがちらりと脳裏によぎる。

 揺れはますます激しくなり、嘶くニゴウを片手でなだめていたアルファはその脚に蹴られぬようにニゴウから距離を取って地面に片膝をついた。

 景色の一部のような祠が、赤く発光している。何かに呼応するように、あるいは脈打つように赤く明滅するその光が不気味に浮かび上がる。

 地平線から砂塵を立ち上げ、ずんずんと伸びてゆく塔を目にしたとき、アルファは言葉を忘れた。それはひとつ、ふたつではなく、そこいらに塔がせりあがってゆくのが確認できた。

 

(何事だ……?)

 

 未曽有の大地震、といって差し支えなかった。大地は人工的な赤の光をハイラルの土地全土に点在させており、その赤はガーディアンの瞳に似て見えた。人々を守護する青の光を湛えたガーディアンが、ガノンの手により赤く染まったあの時を否が応でも思い出させる。

 

 怜悧な瞳を一際鋭く細めたアルファは、大地にしっかりと足をつき、立ち上がる。未だ地面が揺れているような錯覚に襲われるが、どうやらあの大地の胎動は収まったようだ。

 

 ひらりと身軽に馬上へ登り、そのままアルファはニゴウに鞭打った。はいよ、と返事をするかのように嘶いたニゴウは風を切って走り出す。地震の怯えは露とも感じさせない、強い足取りで。いい馬だ、と心から思う。

 

 石造りのカカリコ橋は、苔むして薄汚れてしまっており、100年前とはまるで景観が違う。だが、そんな回顧する暇もなくさらにアルファは鞭打った。びゅんびゅんと通り過ぎてゆく周りの光景。視界の端に見えた水面は未だ地震の名残で震えている。

 

 勇者の力だ、とアルファは確信していた。

 

 誰かがシーカーストーンを手にし、この大地を目覚めさせた。勇者の資格を持ち得る者にしか、シーカーストーンは応えない。だから姫様がシーカーストーンをかざしても、何も反応しなかったのだ。古文書にあったシーカーストーンに選ばれし者とは、勇者だけを示していたのだ。資質を備え、経験と実力が足りぬ勇者のためにあれらはあったのだ。

 

 あの祠は、勇者の資質を高めるために作られた古代の代物だとゼルダが言っていた。今世の勇者は鍛えられるまでもなく退魔の剣を手にすることが叶ったため、必要なものではなかった。ゆえに反応しなかったのだと仮定する。

 ならば今こうして塔が出現し、祠が起動した状態を見るに、リンクの力は全盛期とは比べ物にならないほどに堕ちているのかもしれない。だが、たとえ彼が記憶や剣技を失っていたとしても、ゼロから勇者として歩みだしたのだ。その歩みに応えるように、大地が胎動したのだ。

 

 アルファは今でこそ人の感情の機微を理解できるようになったが、欲が薄い。したいことなど何もないし、睡眠とてとらずとも動くことはできる。口酸っぱく幼馴染に生活管理の重要性を説かれたがために、陽が昇ると起床し、陽が落ちると就寝し、三食を口にしているだけだ。そんなアルファであるが、心の奥底に使命を自覚している。誰にどういわれようとも変わらない、不変の使命。

 それは、勇者を導き厄災ガノンの脅威からハイラルを護ることである。

 

 それがどんな形であろうとも。

 

 最適解を見つけ出し、通常の人間に芽生える感情を切り捨てて、非道と思われるものであってもそれを実行することができる。どれほど嫌だと感じても、実行することができる。人間というよりも、機械(カラクリ)の類の方がアルファの心に近しいものがあると言えよう。

 

 ニゴウを走らせながらアルファが思い出すのは、満面の笑みを浮かべたゼルダと、その後ろに控えるリンクの姿。いつだったか、三人で遠乗りに出かけたことがあった。ゼルダは白馬に跨り、リンクは鹿毛の馬に乗り、アルファは青毛のイチゴウに跨っていた。

 騎士であるリンクの手ほどきもあって、姫君とは思えないほどに馬の扱いに長けていたゼルダは、王宮から離れていくほどに快活な表情を取り戻していく。金色の長髪を風になびかせて、心地よさそうに碧い目を細める。記憶のなかのゼルダは、いつだって微笑みを浮かべていた。それを背後からそっと見つめるリンクは口を真一文字に引き結び、重い期待を背中に背負いながら職務を全うしていた。

 アルファはそんな二人の姿を見て、守りたいと心から思ったのだ。

 なにかをしたい、と思ったのは初めてのことだったので、とても感慨深く覚えている。

 そして、今もその気持ちは変わらない。親友であるリンクや、彼が大切にする姫君のことをアルファは守りたいと思うし、可能な限り手助けをしたいと、そう思うのだ。

 

 己の欲望に忠実になれ、とはプルアの発言だ。やりたいと思ったことをしっかりとやりなさい、と惰性的な生活を送っていたアルファにプルアはよく言ったものだった。

 

 サイレンでの修行を経て、物思いにふけることが多くなった。淡々と毎日をこなしていただけのアルファだったが、いかに乏しい生活をしていたのかを今になって知る。自分が思い返しても、人間味というものが感じられない。そんなアルファを、リンクはよく見放さずに世話をしてくれたものだと思う。騎士を辞めてからも何度もアルファに会いに来てくれたリンクの懐の深さを今になって痛感する。

 

 彩のない世界に、鮮やかな色彩を与えてくれた彼らに、今度は己が手助けをする番だ。

 

 自然とあふれてくる感謝の気持ちをしっかりと胸に留めながら、アルファは広大なハイラルの大地を駆け抜けていった。

 

 そんなアルファの表情は、普段よりもずっとやわらかなもので、すれ違う旅人たちの視線をすっかり奪うほどに魅力に満ちたものであった。

 

 ただひたすらに、いっそ恋焦がれるかのようにアルファは願った。

 早く会いたい、と。

 

「女神様……」

 

 すれ違う馬上の旅人がぽつりと呟いたが、アルファの耳には届かなかった。

 

 青い女神とすれ違うと、幸運が訪れる。だなんて根も葉もないうわさ話が旅人から旅人へと伝わり、カカリコ村へ伝播し、そこから波紋のように広がっていっていたことなど、本人のあずかり知らぬことである。

 

 

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