ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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第2章 虚構の敵
コモロ駐屯地跡


 

 気配を消し、アルファは北西の方向へと向かった。その方向に、時の森と呼ばれる小さな森の群生地があったはずだ。草木に陰蔽される森のなかに入れば、たとえ高台や塔から周囲を見回したとしてもリンクに見つからないだろうと判断したのだ。特にやましいわけではないのに、なにをこそこそしているのだろうか。暗くなるまで時の森で待機し、さらに北へと足を進めた。

 

 娯楽に興じるハイラル人たちで賑わいを見せていた闘技場の東部には、中央ハイラル南部の守護を主任務としたコモロ駐屯地があった。その北には中央ハイラルの軍中枢となるハイラル軍駐屯地。どちらも中央ハイラルに位置しており、ハイラル軍の防衛の要といって差し支えない。

 

 駐屯地というのは、一時的に築いた場所であり、移動することを前提に作られた施設である。なにも危機のない平時の際にハイラル軍は駐屯地に駐在するが、敵の侵攻に合わせて軍は移動する。ゆえに放棄される駐屯地もままあるものだ。この地がそうしてなくなったのか、それとも100年前の厄災によりなくなったのかは知れないが。人がいなくなると、建物の劣化が急速に早まるような気がするのはどうしてだろうか。

 すっかり天井が抜け、建物の土台のみを残すコモロ駐屯地跡。

 眼下に池を見下ろす位置で、ポーチの中に入れていた薪を取り出した。火打ち石で火花を散らせて薪を燃やす。ぼう、と勢いよく燃え上がる炎を眺め、適当な高さの瓦礫に腰かけてアルファは暖を取った。水を含んだ薪がパチパチと爆ぜた音を立てる。不規則に揺れる赤い炎を見つめていると、自然と昔のことが思い出される。

 まだアルファが騎士団を追い出される前のことだ。早くから騎士団に所属していたアルファは職務上それなりの地位に就いていたが、年若く、かつ何も主張しない人間であったから様々な雑用を上官から押し付けられていた。

 騎士も兵士も似たようなものだと思われがちだが、実のところ中身はまったく異なるものだ。制服も違う。

 王国騎士団、ハイラル軍のどちらもハイラル王を頂点に君臨させていることは変わらない。だが組織が違うため、命令の伝達系統は違う。

 騎士のなかでも近衛騎士は、直にハイラル王が指揮を行う王直轄部隊の人間である。それ以外の騎士も基本的には城の護りに就くことが多く、それなりに王の目が届きやすい。

 逆に、ハイラル軍は王の目が届きにくいと言える。ハイラル全土に派遣されるハイラル軍の総員は騎士と比べものにならないほど多い。本来ならば上官の命令を仰ぐのが正しいのだが、それぞれの地域毎に命令を待っているようでは初動が遅れる。それを回避するため、部隊の指揮官に預けられる権限は自然と大きくなっていった。

 コモロ駐屯地は中央ハイラルに近い位置ではある。が、軍の形態的に一指揮官に預けられた権限は、他の駐屯地もしくは部隊と変わらず大きなものだ。

 まどろっこしい説明が入ったが、指揮官に与えられた権限が大きすぎるが故の問題が多発していたのだ。

 欲に駆られた幹部が闘技場から賄賂を受け取り、闘技場での犯罪行為を見逃しているとのリークが入った。これが事の始まりである。そこで遣わされるのが、王国騎士だ。監査隊としての任務も兼任する王国騎士であるが、監査の任に就く騎士への視線は冷たい。王族の警護を主任務とする近衛騎士からは雑用係とさえ呼ばれていた。もちろん、監査される側である兵士たちからの視線も冷たいものだ。

 少数で現地へ赴く監査任務は、若手では仕事にならないし、古手は行きたがらない。手ごろな人材で、かつ文句を言わないとなると満場一致でアルファに白羽の矢が立った。

 そんなこんなで、一王国騎士であったアルファとしてもコモロ駐屯地にはそれなりに思い出深い土地であったのだ。

 

 コモロ駐屯地はその西側に闘技場のある特性上、他駐屯地とは一風変わった勤務がつけられていた。魔物討伐任務、警衛任務、当直任務、体力錬成や王に命ぜられた出軍は他駐屯地と同じである。それに先述した闘技場勤務が加わっていた。闘技場の管理は国が行っているものだ。遣わされた文官の補佐であったり、闘技場内外の警戒・見回り、その他雑用等々が主な勤務内容である。これはハイラル兵にとってかなり"アタリ"の仕事だった。見回りと称して賭け事をしていた者が何人も処罰を食らっていたのがその証拠だ。

 兵士たちの余暇は闘技場を観戦が主だったものだ。賭け事で大枚を稼ぐ者、逆に大量のルピーを失う者、それぞれが闘技場帰りの熱も冷めやらぬまま宿舎に戻り、談義を交わしていた。

 

『次もあの大男が勝つに違いねえ』

『いや、あのゲルドの姉ちゃんじゃねえか』

『大穴でひょろっこい兄ちゃんかもよ』

『そりゃねえわ!』

『おいルファ、お前は賭けないのか?』

『勝てるときには賭ける』

『賭け事ってのァ、勝ち負けがわからないからこそ面白いんだろう! なんだ、勝てるときに賭けるって。ンな日はいつまで経っても来ねえよ!』

 

 何度も監査任務に就くアルファは兵士たちから顔と名前をすっかり憶えられていた。アルファの仕事ぶりは決して不真面目ではなかったが、生真面目ともいえない、絶妙なゆるさのものだった。元来監査の任に就く者は厳格な性格の者が多い。一方アルファは自我というものがまるでなかったものだから、何もかも報告しろという上官と、これくらいのことは報告しなくていいという2人の上官の折衷を図るため、兵士たち――現場の声を集めた。これは報告するほどでもない、これは報告する、と判断できるよう独自の報告基準を作ったのだ。もちろんそんな勝手なものを作ることは許されていない。上官には内密に作成したものだ。軽い賭け事くらいならば見て見ぬ振りするアルファに、こいつは理解がある、と己の身内判定をした兵士たちは積極的にアルファを仲間に引き入れようとした。

 兵士たちは、アルファが休みの日毎に宿舎に強襲し、引きこもって書物を読みふけるアルファを無理やりに闘技場へと引きずり出していった。基本物事に流される性格であったアルファは、兵士の満足するように賭け事の真似事をし、特に楽しむでもなくぼんやりと闘技を見て過ごした。己が誰に賭けていたのかくらいは覚えていたが、別段それが原因で応援に熱が入るということもなかったが。

 

 アルファは雑用こそよく押し付けられるが、王国騎士団に所属している。城下町に一軒家を構えていたのだが、場所の都合上コモロ駐屯地に宿泊する方がなにかと便利だったためそうしていた。

 闘技場の閉まる夜間はコモロ駐屯地に宿泊し、日中は闘技場の視察を行っていたのだ。

 南門以外はすべてコモロ池に囲まれた比較的高台に位置する駐屯地。コモロ駐屯地が放棄されたのは、いつのことなのだろうか。

 あの賑わいからはまるで信じられないことだが、ここはコモロ駐屯地の跡地で間違いないのだ。あれから100年。ハイラル各地を歩き回るアルファは自身の記憶との違いを見つける度に物悲しい気持ちになった。

 そも、100年もの年月が経っているのだから。インパやプルア、ロベリーといった皆々が生きているほうが奇跡なのだ。当時戦に参戦していた兵士や騎士が生きている可能性など、知的財産を後世に残さねばと最優先に保護された人間の生存率と比較するものではない。英傑を束ねる存在であったリンクでさえ、瀕死の傷を負って回生の祠へと運ばれたというのだから、きっと王国を、王族を、民を守るべく戦った兵士も騎士も、皆死に絶えたのだろう。

 

 ぼんやりと物思いにふける間に時は流れ、炭化した薪はいよいよ細い炎を湛えるのみで、焦げた臭いと弱弱しい熱気だけを残す。新たに薪をつぎ足しながら、ごうごうと吹き荒れる風の音を聞く。眼下にコモロ池を見下ろし、闇夜に煌めく水面をただひたすらに眺めた。シラホシガモがすいすいと水面を泳いでいる。

 風の音に混じり、戦闘音、それに人の声が聞こえてきた。風上にあたるのは西側だ。ゆっくりと腰を上げたアルファは、その音の方向へと歩き出した。

 軽い足音が遠ざかってゆく。取り残された炎は風に揺られて燃え続けていたが、やがてすべての薪を食い尽くすと、自然と鎮火し、消えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「かかってきな!」

 

 勇ましく叫ぶのは、白髪の女性――トンミ。その隣には腰の引けた青年が松明を構えており「だから嫌だって言ったんすよぉ~」と弱音を吐いている。

 トレジャーハンターとしての自覚がまだまだ足らない、とトンミは情けない相方に腸が煮えくり返るような苛立ちを禁じえない。弱音ばっかり吐いてないで、たまには男らしいところを魅せたらどうなんだい。

 イライラしながらトンミは片手剣を振り下ろす。背には野営のための生活用品や、宝箱から手に入れた宝石類等々が詰められており、荷の重さに剣筋がぶれる。易々とその斬撃を避けたボコブリンは、大ぶりに振りかぶって棍棒を振り下ろす。ちらりと隣で松明を振り回すニルヴァーを見ると、ボコブリンに馬鹿にされている。ボコブリンは身体全身で人を馬鹿にするようにギャギャギャ! と喜びの舞を踊り、ニルヴァーを追いかけまわし始めた。本当に下劣な生物だ!

 

「助力しても構わないか?」

 

 ふと、低い声が聞こえてきた。ボコブリンを挟んで奥に、顔布で顔を隠したすらりとした体躯の男が立っていた。いつの間に現れたのか、トンミはまったく気づかなかった。

 

「すまないね! ニルヴァー――あの男に向かってる奴を頼んでもいいかい?!」

 

 左で松明を振り回すニルヴァーの方向を目線で示す。

 男は背後から悠々とボコブリンに近づくと、目にもとまらぬ斬撃で背後から1発、あっという間に切り捨てた。

 

「つ、強えぇ……!」

 

 ニルヴァーが思わずそう言うのに、トンミもまた同感だった。たったの1撃で伸されたボコブリンが黒く染まり、消えゆく姿を呆然と眺めた青年――ニルヴァーは、すぐに我に返り「姉御!」と叫びながらトンミの方向へと走り寄ってくる。

 ネガティブだし、弱いし、頼りにならないし、何度も何度もこんなやつ捨ててやろうと思うのに。それでもニルヴァーとトレジャーハンターを続けているのは、こうして当たり前のようにトンミを気遣ってくれるからだ。心の奥底から、この男は裏切らないと信用できるから共にトレジャーハントをすることができるのだ。

 

「兄貴、頼みやす!」

「……ってそこはあんたが助けるところじゃないのかい?!」

 

 頼まれた男は、何の気負いもなくボコブリンに一太刀振り下ろす。トンミに集中していたボコブリンは、背後からの攻撃に何があったのかすら理解できていない様子だった。ボコブリンは不快な笑顔を浮かべたままに消滅してゆく。

 世の中に自称強い男、なんて奴は吐いて捨てるほどにいるけれど、この男は本物だ。何の感情の色も見えない深い青の瞳は、先ほどまでの戦いをまるで気にしていない。男にとって取るに足らない事象の一つだということなのだろう。

 魔物が闊歩する危険な場所にもどんどんと踏み入りトレジャーハントするのがトンミたちだ。これから旅を続けていれば、このやたらと強い男にまた会うことがあるかもしれない。

 

「あんた、強いんだね。あたいも助けられちまった。夕食がまだならぜひ食べて行きな」

「結構だ。大したことはしていない。それより、2人とも無事でよかった」

 

 愛想のなさが逆に信用できた。真に人を欺こうとする人間は、人好きのする笑顔で近づいてくるものだ。

 トンミは、打算なしに本心からこの男の話を聞いてみたいと思った。

 

「あたいらだって、大したもてなしはしないよ。2人分も3人分も同じことだし、嫌じゃなきゃどうだい?」

「ありがとう。それでは、ご相伴にあずかる」

「喜んで。あたいはトンミ。そっちがニルヴァー。あたいらはお宝を探し当てて一攫千金を狙うトレジャーハンターさ」

 

 ニルヴァーはいそいそと食事の支度をしており、トンミは瓦礫の横にどっしりと腰かけた。

 

「座りなよ。あんた、名前は? 随分と剣に覚えがあるようだけど、何してる人なんだい」

「俺はアルファだ……」

 

 続く言葉を探しているようだが、視線を落とすアルファは空気を吐き出すのみ。トンミはひらひらと手を振る。「いいのさ」一生懸命に言葉を探してくれている時点で、実直な証拠だ。行きずりの関係であるのだし、適当なことを言ってもバレやしないのに、そうやって話せる内容を探してくれることが誠実に感じられた。

 事実、イーガ団の人間なんかは、旅人を騙して路銀を奪っていくという話だ。

 

「訳アリなんだろう? 別に詮索なんてしないさ。ただし、あんたもお宝を探してるってんなら、他をあたってくれよ」

「この辺りのお宝は俺たちのモノ! 勝手に物色するのはダメっすよ。ほんとならこんなところ普通の人間がウロウロしたら危ないけど姉御の命令で仕方なくお宝さがし……。ほんと勘弁してほしいっすよ」

 

 まーたぐちぐちと言い出した。条件反射にトンミは吠える。

 

「おい! うだうだおしゃべりしてないで早く食事を作りな!」

「へい……すいやせん」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたトンミはニルヴァーに向けていた視線をアルファへと戻した。

 

「あんたはこんなところで何をしてたんだい?」

「コモロ駐屯地跡で野営をしていたんだが、戦闘音が聞こえたものだから」

「心配してきてくれたってのかい。あんた、強いだけじゃなく、優しい人だねえ」

 

 困ったように押し黙る青年に、ニルヴァーが皿を差し出す。今晩のメニューはゴーゴーキノコオムレツだ。

 

「おあがりな」

「いただきます」

「俺が作ったんだけどなぁ~」

「ちっさい声で話すんじゃないよ!」

「へい……すいやせん」

 

 す、と細い指先で顔布を下ろした青年の素顔に、トンミとニルヴァーは思わず顔を見合わせた。なんなんだ、この傾国の美人は。幻でも見てるんじゃないだろうか。ニルヴァーなんてあんぐりと顔を開けてアルファの顔に魅入ってしまっている。伏し目になった青年の睫毛は長く、色白の肌に影を落とすのが壮絶な色気を漂わせる。

 なぜ顔布をつけていたのか、トンミは理解した。これほどの美貌であれば、そりゃあ顔も隠すだろう。人攫いに攫われる可能性……はあの強さであれば考えられないが、いらぬ危険に巻き込まれることは多いだろう。

 

「姉御、そういや最近青い女神の噂が流れてやしたよね」

「あん? ……ぐだぐだと無駄なおしゃべりをしてると思ったら、またそんな噂話に花を咲かせてたってのかい。それにね、あんた。当の本人の前でそういう話をするんじゃないよ」

「へい……すいやせん」

 

 ゴーゴーキノコオムレツを凄まじい速さで体内に流し込んでいた(あれは食べていた、というよりこちらの表現の方が正しい)アルファは、女神の如き美貌をトンミに向け、きょとんとした面持ちで小首をかしげた。

 

「俺の話だろうか」

 

 ずっこけたのはトンミだけではない。

 

「鈍い! 鈍いね、あんた!」

 

 隣でニルヴァーが激しく首をうなずかせている。

 

「これでもそれなりにマシになった方なのだが」

 

 マイペースに言葉を返され、トンミは思わず笑った。

 一目みて、只者ではないと感じた。この世間慣れしていないところを見ても、只の平民ということはあり得ないだろう。素性を話せない様子のアルファに言葉を重ねるなんて野暮なことはしないが、トンミの記憶に彼の存在はしっかりと記録された。

 

「不思議な男だね、あんたは。どこへ向かっているんだい?」

「最終的な目的地はあるが、次にどこへ行く、というのは決めていない」

「そうかい。なら、ハイラル城の方に行くのはやめときな。ガーディアンがうようよいるからね」

 

 一つ目を赤く輝かせて荒廃した城下を徘徊するガーディアン。恐怖の対象として名高いのは、未だハイラルの人間は厄災の恐怖を忘れていないからだ。城の護衛として機能していたこともある、だなんて伝え聞いたことはあるが、あの機械(カラクリ)が人を護るために動いていただなんて信じられない。しつこく狙いを定め、爆裂的なレーザーを見舞ってくるガーディアンから命からがら逃げだしたことのあるトンミにとって、ガーディアンはただただ恐怖そのものと言い換えてもよい。

 

「ガーディアンに見つかったら命がいくつあっても足りないっす。本当に恐ろしい世の中っすねぇ」

「あんたはあたいのことすら忘れて逃げ回っていたね」

「へい……すいやせん」

 

 すぐに思い出して慌てて駆け戻ってきたニルヴァーに実のところ怒りなんて感じていない。それどころか、ガーディアンの赤い光がニルヴァーに照準されたときの恐怖の方が勝った。

 頼りにならない男であろうと、旅を共にする大切な相棒だ。彼がやられるというのならば、己が囮として動いてもいいと思えるほどにトンミにとってニルヴァーは大切な人だった。そんなこっぱずかしいこと、トンミの性格では一生かかっても言えやしないのだけれど。

 

 このやたらと綺麗な男にも、そう思える大切な人はいるのだろうか。

 動かなければ、まるで芸術品が鎮座しているかのような、生を漂わせない硬質な美しさを醸し出す。トレジャーハンターとしての血が騒ぐ。この美貌に価値などつけられないが、手に入れられないお宝というのも乙なものだ、とトンミは思った。

 

(ほんとに、綺麗なもんだ)

 

 高貴な青で彩られた、女神が大切に大切に作り上げたかの如き繊細な美貌。サファイアよりも深く輝く碧い瞳。

 

(不思議と、寂しそうな目だこと)

 

 ただ一人、この広大なハイラルの地に取り残されたかのような、孤独の瞳をする男。ヴォーイハントにゲルドの街から旅してきた女が見つければ、涎を垂らして追い掛け回すことだろう。

 屈強なゲルドの女に追われ、無表情で逃げ回るアルファを想像し、トンミは心のなかで笑った。

 人を寄せ付けない硬質な美貌の持ち主ながら、不思議と人を寄せ付ける人柄。枠に当てはまらないからこそ、人は美しい。価値を計り知れないからこそ、人との付き合いは尊い。

 

「あっ……流れ星。いつも下ばかり見ているけれど、たまには空を見るのも乙なもんだね」

 

 ハイラルの空を煌めく星々は見事なものだ。今も昔も、流れ星を見ると心が高鳴る。それに、流れ星を追いかけて星の欠片を見つけられれば、その日の夜は豪華な食事にできる。

 アルファは寡黙に焚火を見つめている。

 

「詮索しないと言ったけどね、あんたはお貴族様かなんかなのかい? ああ、別に答えなくともいいさ」

「いや、構わない。俺は貴族では……」

 

 あ、の形でぴたりと表情すら止めたかと思えば、アルファは目を見開く。ぴたりと動きを止め、遠い目で芒洋と視線を漂わせるアルファの瞳の奥には、どのような映像が流れているのだろうか。

 

「……どうしたんだい?」

 

 はっと我に返った彼は、己の手元を見下ろした。形の良い爪が青く染まり、夜闇でぬらりと輝いている。

 

「あ……」

 

 胸元を苦しそうに抑えた彼がまっすぐにのばされていた背中をわずかに丸める。

 

「……大丈夫かい?」

 

 真っ青どころか、蝋よりも白い酷い顔色でアルファは力なく頷いた。口元を抑え、ふらふらとした足取りで立ち上がったアルファがトンミとニルヴァーに会釈する。言葉を発さぬまま、ふらふらとした足取りで離れていく。夜闇に紛れる青い背中を視線で追いながら、ニルヴァーが言う。

 

「姉御、俺、なんかやばいものを食わせちまったんですかねい……?」

 

 ニルヴァーまでもが顔色を青くし、しきりに料理鍋を気にしているが、同じものを食べたトンミもニルヴァーもぴんぴんしているのだ。食事が原因ではないだろう。

 

「とにかく、ちょっと時間を置いてから様子を見に行くよ」

「へい、姉御」

 

 しばらく彼が戻ってくるのを待ったが、焚火がぱちぱちと爆ぜる音がどれほど続こうと、彼の足音は聞こえてこない。夜闇に目を凝らしても、彼の姿は浮かび上がってこない。

 もしかして、倒れているんじゃないだろうか。そんな懸念が頭をよぎり、トンミは勢いよく立ち上がった。

 

「姉御、見に行くんですかい?」

「ああ。あんたは荷物と火の番をしときな」

「へい」

 

 光を照らしながら数メートルも歩くと、ぼさの影に吐しゃ物が撒き散らかされているのを発見した。

 

(さっき食べたものに違いないね)

 

 まずは毒の可能性を疑った。ハイラルにも有毒なキノコは確かに存在するが、ニルヴァーはそれなりにキノコに詳しい。そもそも有毒なキノコはこの地方には生えていないはずだ。それに、同じものを食べたトンミたちに異変はない。

 毒ではないと仮定すると、なんだ。

 彼の姿はすっかり見えない。倒れた人影がないか、足元を照らしながらボサの中を進んだトンミだが、人の気配をまるで感じられないため引き返す。

 

(あの時のアルファは、何かを思い出しているようなそぶりを見せていた)

 

 思考しつつ火の下へと戻ったトンミにニルヴァーが立ち上がる。

 

「大丈夫でしたかい?!」

「いや、……あの人はもう、いなくなってたよ。……あたいらはそろそろトレジャーハントの続きといくよ」

「へ、へい……。そういや姉御、青い女神のご利益でお宝が見つかるかもしれやせんね!」

 

 無理に明るい声を出すニルヴァーに、トンミは頷いた。必要以上に他人のことに心を持っていかれて、現実がおろそかになれば。命の危機すらありうるのが旅というものだ。

 まったく、いつからこんなにも頼りになる存在になったのだろうか。トンミにおんぶにだっこだったのが昨日のことのように感じられるというのに。

 こんなんじゃ"姉御"失格だ、とトンミは気持ちを切り替えて笑った。

 

「そうだね! ご利益を得られている間にお宝を見つけるよ!」

「……やっぱり姉御もご利益があるんじゃないか、って思ってたんじゃないっスか」

「あたいは本人の前では言ってないだろう」

「……一緒だと思うんだけどなぁ」

「うるさいね! とっととお宝を探しな!」

「へい、すいやせん」

 

 


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