ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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ゴロンシティ

 

 デスマウンテン登山口には、ほかほかと湯気の立つ温泉が存在する。北東から南西にかけて長く広がる温泉地は、デスマウンテン登山口こそ人目を気にして足湯を楽しむ旅人しか見かけられなかったが、登山口の北東に広がるユフィン湖や、南西にあるキュサツ湖の奥地では堅苦しい装備を脱いで旅の疲れを癒す姿が見受けられたものだった。

 

 登山口を北上すると、街道の西側にゲーロ湖が見えてくる。これも有名な温泉で、それなりに賑わっていた記憶があったのだが、先ほどから誰一人として温泉を楽しんでいる者はいない。

 

 それもそのはずだ、とアルファはすぐに納得した。

 ゲーロ湖の奥にはぐれガーディアンが徘徊し、四周を見回し索敵していたのだ。目敏くもアルファの姿を認めたガーディアンが赤い光をアルファへと照準する。ピピピピピと断続的に電子音が聞こえてくる。ピ、と短い電子音が鳴り響き、逸る気持ちをアルファは抑えた。ガーディアンの一つ目が白く光り、高威力のレーザーが発射される。目にも留まらぬそのレーザーを、アルファは経験と勘をもって盾を突き出し、弾く。コンマ1秒の狂いもなく的確に反射されたレーザーが、ガーディアンの瞳へと跳ね返ってゆく。そのさまを見送るでもなく、アルファは早足に洞窟内へと逃げた。

 

 ガーディアンは素早く敵を認知する能力こそ高いが、隠れた敵を待つ知能はない。一度敵を見失ったら、再び一からの索敵モードへと移行するのだ。早々と洞窟内に身を隠したアルファを、予想通りガーディアンは追ってこなかった。

 

 高温の地域では、氷で足場を作って最短距離を行く方法は使えない。作ってもすぐに溶けるのだ。崖を登れば最短距離を狙えるだろうが、わざわざ高温の崖にしがみつき続ける趣味はない。

 赤く発熱する岩石を光源に、洞窟内を進むとファイアキースが襲ってくる。飛びかかってくるファイアキースを残心の小刀で斬り付け、後ろへ軽く跳ぶ。爆発に巻き込まれないためだ。

 

 洞窟を抜けた先には、チュンゴ湖が右手に見えてくる。登山口近くの池は温泉であるが、それとは違い、デスカルデラと繋がるダルボ池から流れ落ちる煮えたぎったマグマが溜まる湖である。赤く光るマグマはひっきりなしに湯気を立たせており、波打ったマグマが岸にあがり、外気に冷やされて黒化しては、再び押し寄せるマグマと同化して液状化する。その繰り返しをしていた。

 

 呼吸器の焼けつくような熱さだが、マグマの近くこそ熱いが外気自体はハイリア人にも耐えられる暑さだ。この地はまだ耐熱装備は必要ない。さらに進めば、何の準備もせぬ旅人は丸焼けになってしまうほどの高温地帯が続く。

 

 ここにもガーディアンが徘徊していたが、今度はアルファがその機械音を聞きつける方が早く、照準されないよう身を隠しながら登山道を登ることができた。

 

 石造りの看板に刻まれた文字がデスマウンテン2号目だと知らせる。不思議と汗一つかかない。アイテムポーチから燃えず薬を取り出し、一気に煽る。落石のせいか、整えられていたはずの街道がなくなっており、険しい山道を登らねばならないようだ。

 

 手ごろな岩を掴み、窪みに足をかけて傾斜の急な岩肌を登る。体力に余裕はまだまだある。不気味だ。

 

 リンクに斬り付けられた傷はすっかり癒えている。それどころか、衣服さえも自動で修復されていたのに気づいたときはさすがのアルファも面食らった。気にしても仕方がないが、この謎も解き明かしたいとは思う。

 

 険しい山道を進むと、見覚えのない円筒状の塔が見えてきた。似たような形状の塔を幾つも見てきたため、これも勇者の目覚めとともに現れた塔の1つだろう、とすぐに納得する。各地方に1つずつ存在しているのだろうか。

 

 再び現れた街道を進むアルファは、ネルフェンから貰い受けた燃えず薬がとんでもなく高価な代物だったのではないかと考えていた。熱いことには熱い。だが、以前訪れたときよりもずっと楽なのだ。この辺りでは下着が汗でびっしょりと濡れていた記憶があるのだが、今のアルファは額に汗1つ浮かべず涼しい顔色だ。もちろん、身体にも汗をかいていない。常人であればその場にいるだけで滝のような汗が流れるはずだ。

 体力も魔力も、自然回復するようになった。その代わり、食事や薬での回復が見込めなくなった、というのが現時点でわかっていることだ。

 

 ミキキ川、ゴダイ川、ゴダイ湖と北西から南東へと流れる溶岩の川沿いに、街道は整備されている。

 デスマウンテンの3号目にあたる南採掘場へとたどり着いたアルファは、ツルハシを振り上げるゴロン族たちのなかに線の細いハイリア人を見つけた。このご時勢、ゴロンシティや採掘場に観光に来るハイリア人はいないものだと思っていた。

 

 溶岩の川を跨ぐ鉄製の橋を歩き抜ける。

 南採掘場ではひとつ岩を持ち上げればその下にヒケシトカゲが100発100中と言ってよいほどに潜んでいるヒケシトカゲの天国だ。汎用な耐熱服に身を包んだハイリア人もヒケシトカゲを探しているのだろう。中腰になり、いないかな、と呟きながら岩陰を覗き込んでいる。

 

 隠密性の高い黒字のシーカー族の下着を上下に身につけているアルファは足音があまり立たない。ゆえにヒケシトカゲは逃げることなくアルファの足元に留まっている。ひょいとそれを掴み上げ、アイテムポーチのなかへと放る。割高な燃えず薬の材料となるのだ。自作できるのならばしたほうがよいに決まっている。

 

 カンカンとツルハシと岩石がぶつかり合う音、ゴロンたちの勇ましい声、それに火精がちらちらと舞う南採掘場を通り抜け、巨大な岩石へと向かう。赤く発火する熱を避けて崖を登りきり、ゴロンシティへ向けてひたすら歩みを進める。

 

 物の試しにアルファは近くの溶岩に氷の力をぶつけてみたが、一瞬黒い岩と化しただけですぐに周りの溶岩に飲み込まれるように赤い液体状に戻った。

 空中に氷を作り出すと、あっという間に気化して消える。この地域でアルファの特殊能力は使い物にならないと再認識した。戦闘に当たり前のように組み込んでいる力だったが、無意識に行使し致命的な隙を作り出さないよう気をつけねば。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 岩をも溶かす高温地帯のゴロンシティは、熱せられた釜戸のなかよりもなお熱い。間違えて爆弾矢でも番えようものなら、瞬で爆発する。

 

 デスマウンテン5号目に位置するゴロンシティは、木製や布地などありはしない。ただその場にあるだけで発火し、瞬く間に炭になってしまうからだ。書物までも鉄製である。

 

 耐熱装備に身を包むゲルド族の女が「砂漠の日中なんて目じゃない暑さだよ」とぼやきつつ、採掘場で日夜採掘される宝石を大量に買い付けている。ゴロンシティは今も昔も多様な鉱石で市場が潤っている。ゲルドの女の褐色の肌には大量の汗が浮いており、心なしか目元も赤い。体内の熱を放出し切れていないのだろう。もう一段階耐熱装備の位をあげたほうがよさそうだ。

 

 四方から滝のように溶岩が注ぎ込むゴロンシティだが、さらに山を登れば熱さはまだ増すというのだから驚きだ。

 

「兄さん"達"、暑くないゴロ?」

「熱い」

「とても」

「ハイリア人にしては珍しく、随分と涼しそうな顔をしているゴロ」

 

 ツルハシを担ぎ、くりくりとした丸い瞳でアルファを覗き込むゴロン族は表情の読めないその顔でアルファともう一人を上から下まで観察した。

 

「燃えず薬も改良されてるゴロね。それくらいなら、さらにデスマウンテンを登っても燃えずに済むかもしれないゴロ」

 

 その燃えず薬は、実のところとっくに効果が切れていた。耐熱装備を身につけていないアルファは火達磨になっていなければおかしい。だが、なんともない。熱いのは熱いが、顔色ひとつ変わらない。

 

「燃えず薬を服用していない、と言ったらどう思う?」

「それは……今すぐ装備を整えた方がいいゴロ。喋ってる場合じゃないゴロ」

 

 ふむ、とアルファは軽くうなずいた。ハイリア人どころかゴロン族にとってもそれが当たり前なのだ。ならば、この身に起きた異変をなんとする。

 

「この高温地帯で耐えられるハイリア人はいると思うか?」

「変な質問ばかりするゴロね。そんなのいないゴロ。ハイリア人の皮をかぶったゴロン族ゴロ」

 

 なるほど、自分はハイリア人の皮をかぶったゴロン族なのかもしれない。

 

「だから言ったではありませんか。今の貴方は、ハイリア人ではないのです」

 

 黒いローブに金糸でトライフォースが刺繍されている。耐熱効果も備えたそのローブは見た目通りかなり高価なものなのだろう。

 背には弓を背負っているのみで、それ以外の武器は見当たらない。

 

「わたしの話、すこしは気になって参りましたか?」

 

 旧知の仲であるかのように、どこか親密な気配を漂わせているが、生憎とアルファの知り合いにこのような女はいなかったはずだ。独特な甘さを持つ低い声は、一度聞けば忘れないほどに印象的である。

 

「何か用でも?」

「はい。きっとルファ様は覚えてらっしゃらないのでしょう……。一応断らせていただきますが、怪しい者ではありません。こう見えて私、王宮占い師でしたのよ。占わせていただいても?」

 

 妖艶なアルトボイスは抑えた声色ながらよく響く。

 怪しい者じゃない、占い師です――とはなんとも。アルファからすれば占い師なんて怪しい者の代名詞のように感じられるのだが。世間一般と考え方がずれているのだろうか。無表情の下で思考する。目深に被ったフードから、女の表情は見えない。唯一見えるのは薄く色づいた形のよい唇くらいで、真一文字に引き結ばれたそれから何の感情も読み取ることはできなかった。

 

「どうでしょう」

「生憎と、占いは間に合っている」

 

 ゴロンシティでアルファを待ち構えていたように現れた怪しい女に、どうして占ってもらおうと思うだろうか。そもそもアルファは占いの類は嫌いだ。100年前、王宮占い師によってこの国の滅亡が占われたが、どうすることもできなかった。ただ未来の絶望を予知しただけだ。どうすることもできない不可避の占いは、人々を無駄に混乱させるだけであったように思う。占いがあって、建設的に動いた部分もあるのかもしれないが、それ以上に破滅を目前とし、騒然とする群衆のパニックのデメリットの方が大きかった。人の口に戸は立てられぬ。下された占いはあたかも神託のように人から人へと伝わり、ハイラル全土はパニックに陥った。特に、中央ハイラルから逃げ出す者は多く、経済は混乱を極めた。

 

「ルファ様の冷たい物言いだなんて……とても珍しいですわ。自分で言うのは恥ずかしいですけれど、わたしの占いの腕前はそこそこ知れていて、王族貴族、平民こぞって占って欲しがったものなのですよ」

「それが本当でも、俺には必要ない」

「そうですか……確かに貴方だけはわたしの占いに頼ったことがありませんでしたね。では失礼ながら勝手に占わせていただきます」

 

 女は声色をさらに低いものに変え、滔々と語りだす。まるでアルファのことを知っているかのようなその物言い。流されやすいアルファの性格を知って、勝手に占わせてもらうと宣言しているのならば、もしかして本当にアルファが忘れているだけなのだろうか。昔、会ったことがあるのかもしれない。しかし会った覚えなどない。感情こそ人並み以下にしか揺れぬが、痴呆ではない。記憶力はそこそこにあると自負しているし、人の顔、名前を覚えることは不得意ではない。

 アルファが目の前の女に思いを巡らせるなか、女は語り始める。

 

「貴方には2つの運命の糸がつむがれています」

 

 うんざりしながらも腰を上げなかったのは、女がアルファのことを知った様子であるのが気になったためだ。それに、どうこうされようとも対処できるだけの力は持っている。

 女を中心として、小さなつむじ風が巻き起こる。自身に根源が似た力が女から感じられて、アルファは少し目を瞠った。

 

「1つめの糸は、貴方が本来生きていたはずの、こことは違う時間軸の糸。

 もう1つの糸は女神によってつぐまれしこの時代で生きる糸。

 ただその糸は、女神の力に大いに捻じ曲げられたものだから、とても弱弱しく、保(も)っているのが奇跡といえるほど脆い糸だわ。ただ、その糸が絡み合い、今は1つの糸となりかけている。そうね、運命の糸が脆かったというのだから……貴方は昔、感情の起伏が少なかったのではありませんか? もしくは、心の機微を感じることが難しかったのでは」

「……」

「図星でしょうか。しかし、それは当然の道理なのです。時間軸の異なる世界へ飛ばされたが故に、魂を摩耗させてしまったでしょう。普通に暮らしているだけでは癒えることのない深い傷を魂が負ってしまったのです。常人であれば死するものですが、ルファ様は魂の根源が女神ハイリアにとても近しい。だからこそ助かった。……いえ、だからこそ"選ばれた"のでしょう。

 通常であれば選ばれし血筋の人間が、女神ハイリアの神器を媒介に、強靭な意志でもって時間軸を移動するものなのですから、媒介もなく捻じ曲げられ、転移させられたルファ様の魂が如何ほど傷ついたことでしょうか……。過去、時の勇者は伝説の剣を媒介に時を越えたと伝わっております」

 

 女が一息つき、風は収まる。火精に混じるように輝いていた金の鱗粉が消え失せる。

 女はフード越しにアルファを見あげ、さらに言葉を続ける。

 

「今代の息吹の勇者はとても強い御方でした。歴代勇者の中で最も秀でていたといって間違いございません。それでも大厄災で命を落としかけたのは、どうしてなのでしょう?

 四神獣が弱かったから? 英傑の力が足りなかったから? いいえ。封印の要となる姫巫女の血が、あまりにも薄れてしまっていたからなのでしょう。女神ハイリアの声が届かなかったのは、ただそれだけの理由ではなかったのですが」

 

 刻んだ笑みはそのままに、女からは果てしない憎しみの感情が伝わってきた。ピリピリと尖った空気が肌を刺し、アルファは自然、険しい顔つきになる。

 隠す気がないのか、隠せるほどの怒りでもないのか、女にはハイラル王家への強い憎しみの気持ちがある。

 

「怖い顔なさらないでください。わたしたち占い師も、王家の血を、女神ハイリアの血を色濃く引く家系なのです。時間軸が違えば、ルファ様とわたしは、とても近しい立場の人間だったのですよ。

 ――己が生きるべき滅亡の過去の糸を選ぶか、新たにつぐまれし未来への糸を選ぶか、その選択の日は決して遠いものではありません。

 記憶をすべて取り戻した貴方が、どちらの世界を選ぶのか……今の段階ではきっと、この世界に残ることを選ばれるのでしょうね」

 

 どこか寂し気に女はぽつりと呟く。それに対し、アルファは言う。

 

「選んだところで、世界が変わるわけでもない」

 

 そも、生まれてこのかた世界を越えるなどと壮大な経験をした記憶などない。

 

「変わるのです。2つの糸を寄り合い、より強き運命の糸、魂を手に入れた貴方は、再び世界を越えることが叶うのです。この時代の未来を導き終えた貴方は、この世界での役目を失う。ようやく、自由になれるのです。

 どうして再びこの世界に"生まれ落とされた"のか不思議ではありませんでしたか? もろい運命の糸では死を避けることができなかったから、女神ハイリアは元来の糸と絡め合わせ、自身の力を加えて強靭なものとしたかったのでしょう。幾重も運命を操ったことで、わたしは貴方を再び見つけることができたのですが」

 

 女はフードの下で、どのような表情をしているのだろう。唯一見える、引き結ばれた薄い唇からはなにも読めやしない。

 

「ずっと、ずっとお探ししておりました――ルーファウス様。

 星のかけらがあれば、貴方に今、この場で"別世界の貴方"の様子をお見せすることもできたのですが……それはまたの機会ですね。ああ、今夜は南西の方角に星が降るようです」

 

 女は深く頭を下げる。口角はわずかにあがっている。人によっては美しい、と感じられるのかもしれない左右対称の笑顔。どうにも作った笑顔のように思われ、アルファは目を細めた。

 

「いずれまたお会いしましょう。長続きはしないと思いますが、勇者の仇をお演じになってください。それは間違いなく、勇者のためになっておりますから。……あらそんな目をなさらないでください。占ったときに少し見えてしまいましたの。

 イーガ団についてお調べになって。微かな違和感をお探りなるとよろしいかと。そして記憶を思い出してください。そうすれば本来の貴方が見えてくることでしょう。

 困惑なさらないで、どちらもそれは貴方なのだから」

「俺が記憶を失っている?」

 

 誰に言ったこともない、その事柄。どれほどアルファのことを調べようが、それだけは知り得る情報ではない。いよいよ占いというやつが信憑性を帯びてきて、アルファは警戒に身を固くした。

 フードから一筋こぼれ出たのは、明るい金色の髪。

 

「困惑なさるのも無理はありません。……またお会いしましょう」

 

 細い女の背を呆然と眺めながら、アルファは一人、ゴロンシティのど真ん中で突っ立っていた。

 

 


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