ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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未知への一歩

 イーガ団とはそもそも何なのか。アルファはまずもってそこからわからなかった。100年前にもいたのかもしれないが、それほど活動的ではなかったはずだ。大きな武力集団は国に対しての危険性を孕むため、軍の監視が行われるからだ。ハイラル軍は常識的に知っていても、騎士団がわからないことというのはある。もしかしたらそんな事柄のうちの1つなのやもしれない。

 

 イーガ団はどこで活動しているのだろうか。それなりに旅路は進んでいるが、イーガ団とかいう組織には出会ったことがない。どういう種族で構成された組織なのだろうか。なにを目的としているのだろうか。知名度は如何ほどのものなのか。

 

 占い師に言われたから、というわけではないが、アルファは自分が不自然に知らぬイーガ団について興味を引かれていた。知らないのだから、違和感など覚えるはずがない。微かな違和感を探れ、とはどういう意味なのだろう。どこに行けば調べられるのかもわからない。

 あの占い師も、もう少し手がかりを遺してくれればよかったのに。恨めしい思いで女性が去っていった方角を見やった。

 彼女はアルファを、ルーファウスと呼んだ。あろうことか公爵とまでつけて。どこかで聞いた名だな、というのがアルファの正直な感想だ。自分の名前だとは思えないが、聞き覚えはある。だが、誰かはわからない。

 

 グラディウス家の長男として生まれたアルファは平民である。貴族位は、一代貴族である男爵位すらいただいていない。なにをどう足掻いても、アルファが公爵位を得ることは不可能である。しかも耳慣れない姓であった。考えても答えの出ないその事柄に想いを馳せることはすぐにやめた。非生産的な活動だと見切りをつけたのだ。

 

 さて、イーガ団について調べることはアルファの優先順位のなかでさほど高くない。まずはリンクに戦い方を思い出してもらうことが最優先である。

 

 ヴァ・ルッタを解放したリンクが次に向かうのは、おそらくオルディン地方であろうとアルファは予想していた。四神獣の解放のためにリンクが動いていることはわかる。位置的にゾーラの里から最も近いのは、オルディン地方で暴れまわるヴァ・ルーダニアである。デスマウンテンを荒らし、酷い落石が周辺で続いている。地震や噴火は日常茶飯事で、それに頭を抱えるゴロン族の悩みを耳にしていた。おおらかな、むしろ大雑把な性格ともいえるゴロン族が通りすがりの旅人に愚痴をこぼすほどなのだから、鬱憤はかなり溜まっているのだろう。どうすることもできない天災が続けざまに起きれば誰だって頭を抱えたくなる。それがかつては神獣と崇められており、英傑が操っていたものともなれば心労は倍増だ。

 

 ゴロンシティにいればリンクと会えるだろう、という目論見でここへ来たのだが、今更ながら次にリンクになにを教えようかと悩む。なまじ彼の才能が高すぎるがゆえに、早々に教えることが尽きてしまったのだ。旅の道中、彼は剣技を嫌でも磨かざるを得ない。着々と経験をつけ、アルファからの剣技を盗み、今やリンクはかなりの剣の使い手となっていた。

 

 全盛期と比べて、攻撃は悪くないものになっている。あとは経験の問題だ。防御にしても、ジャストガードでアルファの攻撃を弾けるようになった。回避も、ゾーラの里近くでラッシュをしてきたことから技術は向上してきている。アルファが敵となって教えられることなど、実地で人を斬りつける練習か、感情を発露させるくらいだろうか。

 

 敵だというのにどこか遠慮がちにリンクは剣を振るう。最初こそかなり遠慮が入っているが、アルファが攻撃することを契機としてしっかりと力の入ったものに変わる。

 

 これはアルファに対して思うところがあるのではなく、対人戦闘が不得手なのだと思う。アルファとて、好き好んで人を相手に剣は振るいたくない。世知辛いことではあるが、人に対しても魔物と同じように剣を振るえるようにならねばならない。同じ姿かたちをした者を斬るのは気分が悪いものだが、そうせざるを得ない場面は往々にしてあるものだ。引き続きリンクの練習相手になろうと思う。

 

 感情の発露に関しては、これはアルファの予想不足であった。敵に対してならば、己の不条理な境地への苛立ちを憂うことなくぶつけられると思っていたのだが、親しくない人間に身の内を語るはずなどなかった。剣技となって表れている様子も今のところない。うまく誘導して憎ませることができればよいのだが、アルファはそれほど器用な性質ではない。

 

 どうすればリンクが憤るのか。味方である人間を危険に晒されれば怒ることは間違いない。通りすがりの人間でもいいだろう。だが、人質になってくれそうな手頃な人はいないし、なによりアルファ自身がしたくない。そんなことに己の剣を使いたくなかった。

 

 ならばほかにどうすればよいか。アルファ自身を嫌いになってもらうのが一番早いのだが、今までに幾重も斬りつけているのにリンクは未だにアルファに剣を向けることを躊躇っている節がある。どれほど情け深いのか。

 

 敵になるというのも、存外難しいものなのだな。そもそも敵ってなんだったろうか。

 神獣の解放、ひいては厄災の封印のために動くリンクの妨害をすれば敵だと認定される。だが、既にアルファはやらかしてしまっていた。ヴァ・ルッタを解放することを勧めるような発言をしてしまった気がする。ならば、厄災の封印の妨害に動くふりをするか。封印の逆となると、厄災の解放か。とても本心ではやる気が起こらないが、厄災ガノンを崇めればそれっぽいだろうか。いや、ないな。そんな阿呆な人間などいるはずもない。……いないよな?

 

 結局思考は振り出しに戻り、アルファは不景気なため息をついた。

 睡眠と食事が不必要になった今、アルファには休息の時間がなくなっていた。無理やりにでも休息をとれる時間が、睡眠であり食事であった。人にとって休息というのは、とても大切なものなのだと今更ながらしみじみと思う。四六時中考え続けていると、頭がおかしくなりそうだ。

 今更ながらにリンクやプルアが口うるさく休め、休めと言ってきた意味がわかる。休み方のわからないアルファの唯一の休みが睡眠だったのだが、今は眠気とは無縁の身体だ。

 

 ゴロンシティの熱気に脳が茹っている気がする。重い足取りでアルファは近くの民家を訪れた。

 岩石でできた民家にゴロン族が入るのをアルファは確認していた。今さっき鉱石採集を終えて戻ってきたらしく、頭には安全ヘルメットを被り、肩にツルハシを担いでいる。

 

「なにか用ゴロス?」

 

 このゴロンは、先ほど話しかけてきてくれたゴロンだろうか。それともまた別のゴロンだろうか。上から下までまじまじと観察したアルファだったが、先ほどのゴロンもつぶらな瞳しか思い出せない。やはりゴロン族は見分けがつきづらい。心なしか髪の毛みたいなものが頭の頂点で括られているのが特徴といえば特徴だろうか。いや、他のゴロンもこんなだったような気がしてきたぞ。

 駄目だ。壊滅的に覚えられる気がしない。

 完璧に諦めたアルファは、吹っ切れて尋ねた。

 

「人を待っているんだ。悪いんだが、本でも読ませてもらえないか? これと交換に」

「そ、それは……! 最高級のロース岩ゴロス……!」

 

 アルファが手土産にと渡したのは、ゴロンシティへの道中で拾ってきた岩だった。

 

「本なんていくらでも読むといいゴロス! そこの地下に色々直してるゴロス! むしろもう読んでないからあげるゴロス! ひっさびさのロース岩ゴロス~! ゴロゴロゴロース!!」

 

 暑苦しく一人で盛り上がり、ロース岩を嬉々として調理しだしたゴロンの傍らで、アルファは地面にある鉄製の扉を引き開けた。地下は四角く収納庫になっており、中には雑多に本が詰め込まれていた。熱せられた鉄製の本を手に取る。どうやらこれは料理本らしい。

 

 超美味しい! 焼き極上ロース岩の作り方が最初のページに並んでいる。ロース岩にも種類はいろいろとあり、なかでも最高級ロース岩はマルゴ坑道が名産らしい。暇つぶしには最適だが、料理本には興味がない。さっと本を閉じる。

 他にも本はあるだろうか、と物色する。英傑ダルケルの秘密に迫る、やら伝説の勇者とロース岩やら、秘境の名湯10選やら興味を引くタイトルは多かったが、そのなかでもアルファが手に取ったのはハイリア近代史であった。

 

「それは、弟が生まれたときに買ったやつゴロス。懐かしいでゴロス。兄としての風格を出すために買ったゴロスが……まだ読んでないゴロス」

 

 弟とやらが生まれたのは、百何年前のことだろうか。何百年前ではなかったらよいのだが。

 

「ところで、焼き極上ロース岩ができたゴロスが、食べるゴロスか?」

「遠慮せずに食べてくれ」

「そうゴロスか。なら、遠慮なく」

 

 がりがりごりごりと岩を砕く音を耳にしながら、アルファはハイリア近代史を開いた。

 シーカー族の遺跡であるガーディアンや神獣が掘り当てられ、それを駆使して厄災ガノンを退けたことが書かれている。これが、近代史……?

 

 長命なゴロン族にとっては、なるほど近代史になるのかもしれない。だが、短命なハイリア人からすればただの歴史書である。近代とは間違ってもつけない。

 食事するゴロンと話したところ、この民家は2人兄弟の住まいであるらしい。弟が帰ってこないのだ、と嘆いていた。

 髪の毛を頭頂部で括ったゴロンはブレードン。自慢の弟の名はゴングロンだという。

 

「ゴロン肩が酷いんでゴロス。これさえなければ、弟を迎えに行くゴロスが……」

「よければ肩でも叩こうか?」

「貧弱なハイリア人じゃあ痒いだけゴロス」

「これを使えばそこそこの強さになるんじゃないか?」

 

 アルファがおもむろにアイテムポーチから取り出したのは、岩石を破砕する際に使う石打ちだ。ゴロンシティに転がっていたのを拝借したのだ。

 さすがのゴロン族でも、アルファが力いっぱい殴れば、まずいことになるだろう。躊躇するアルファは、岩のような身体が割れてしまったらと危惧していた。

 

「そんなんじゃ効かないゴロス!」

 

 発破をかけられ、さらに力を込める。「効かないゴロス!」言われ、さらに力を込める。「かゆいゴロス!」言われ、それなりに力を込める。「まだまだゴロス! もっと真剣にやるゴロス!」馬鹿力のアルファがかなりの力を込めて肩へと石打ちを打ち付けると、ようやくブレードンは「その調子ゴロス」と心地よさそうな声をあげた。素振りも兼ねて右、左と石打ちで肩たたきをし続けること数十分。

 いたく満足したらしいブレードンは「肩が軽くなったゴロス!! あんた、名前はなんて言うゴロスか?」と、初めてアルファに興味を示した。

 

「アルファだ」

 

 アルファから見ればただの拷問であるが、強靭な肉体を持つゴロンにとっては肩たたきになるのだ。種族の違いによる感性の違いをアルファは学んだ。

 

「ふぉおおおおおおおおお!!! 肩は軽い! 腹は満たされた! 全身に! 力が! みなぎるゴロス!!」

 

 ふんっ、ふんっ、と鼻息荒くポージングするゴロンを尻目に、アルファは違う書物を手に取った。

 鉱石の種類と値段、というなんとも彼の仕事に直結しそうな本である。あまり勉強と無縁なゴロン族が、これほどの本を所持していることが珍しい。適当な民家を選んだが、当たりだった。

 

「ところで、イーガ団というのを知っているか?」

「知らないゴロス!! イガイガ団ってのは美味いゴロスか?!」

「さあ。少なくとも美味くはないだろうな」

 

 イーガ団のゴロン族の知名度は低い可能性が高い。悪役で有名なのは、ゲルドの盗賊だろうか。書物になっていたため、ハイリア全土で有名だ。

 悪知恵の働くゲルドの盗賊が獰猛なモルドラジークを飼いならしてスナザラシのように乗り回し、各地で熱い戦いを繰り広げつつお宝を集めていく。最終的にはハイリア軍に捕まり、死刑の間際の遺言で探せ! 宝のすべてを広大なハイリアに隠してきたとトレジャーハントへ人を誘う物語である。その本がベストセラーとなった年、ゲルドの年頃の娘は、ヴォーイハントとトレジャーハントを両立しつつハイリア各地を旅してまわったものだと聞く。

 

「この興奮が冷めぬうちに、ひとっ走り弟の様子を見てくるゴロス!! アルファも行くゴロス!!」

 

 丸太のように太い腕に引っ張られ、アルファはつんのめるようにして立ち上がった。

 身体の丈夫なアルファだからこそ無事だが、普通のハイリア人ならば脱臼していてもおかしくないほどの力量だ。

 歴史書をぽとりと地面に落とし、アルファはゴロンに連れられ家を出た。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ゴロンシティから南東の方角にあるマルゴ坑道へと、アルファとブレードンは向かっていた。

 道中ブレードンは弟自慢を始終垂れ流していた。生まれたときから目に入れても痛くないゴロスと何度も繰り返す。

 まだ幼かったゴングロンはなにをするにもブレードンの後ろに引っ付いて離れなかったという。ゴロンのなかでも腕っぷしの強さで有名な2人らしく、ゴロンでさえ放棄した固い岩盤をも崩すほどの力なのだとか。2人で仕事をしていたときのことを幸せそうに語られ、アルファは相槌を打つ。ゴロンシティに家を構えるほど稼ぎが大きくなったが、最近は仕事もせずに勇者の祠探しだとか言って、マルゴ坑道へ向かうようになり、とうとう帰ってこなくなってしまったのだと嘆いていた。

 

 祠のことは又聞きで伝承として伝えられてはいるものの、信憑性は薄い。さらに、なんの足しにもならない祠探しをしたとて意味がない。長らく放置され続けていた祠に、ゴングロンは幼い頃から異様なまでに興味を示していたという。まさか単身でマルゴ坑道へと乗り込むとはブレードンも思っていなかったようだ。

 

「これが兄離れってやつゴロスかね」

 

 家を出たときの高すぎるテンションからは一転、ブレードンは寂し気にそう言う。

 ずっと一緒にいて、ずっと頼りにされてきたのだろう。頼りにされることを喜んでいたブレードンにとって、ゴングロンがなにも言わずに離れていってしまったことが寂しかったに違いない。

 アルファも、ずっと一緒にいたリンクと離れている今、どこか物足りないような、寂しいような心地はよくわかった。兄弟であればなおのこと悲しみも強いだろう。

 

 なにかが、物足りない。世界が褪せて見えるのだ。

 

「寂しいものだな」

「そうゴロス……ずっと一緒にいたのに……アルファはわかってくれるゴロスか……」

 

 ばしん、と背中を叩かれ、アルファは危うく岩石に突っ込むところであった。もちろんブレードンに悪気はないのだが、普通のハイリア人であれば吐血していてもおかしくないほどの衝撃であった。

 

 岩陰からファイアチュチュが現れたが、ブレードンが拳を一発落とすと爆発して消え去る。その爆風にブレードンはなにも感じていない様子であった。デスマウンテンの頂上でも応えない頑強な肉体は、爆発程度では痛くもかゆくもないらしい。なるほど、アルファの石打ちの刑に耐えられるはずだ。

 

 修行好きのゴロン三兄弟がたしかいたはずだが、そういえばゴロンシティで見かけなかった。常に3人セットでいるうえに、随分と暑苦しかったため見分けのつきにくいゴロンのなかでもそれなりに記憶に残る存在であった。

 

 マルゴ坑道に着くと、1人のゴロンが死んだようにあお向けに寝転がっていた。

 

「もうダメゴロン……ボクも立派になりたかったゴロン……兄ちゃんみたいに立派に……。この岩盤の向こうの勇者の秘密を見つければ、ボクも立派になれると思ったゴロン……。お腹がカランコロンで動けないゴロン……カラーン……ゴローン……カラーン……コロローン……」

 

 わなわなと震え、棒立ちになっていたブレードンが感極まった様子で叫びだす。ぶつぶつと呟くゴングロンにブレードンが駆け寄っていく。

 

「弟よ……! そんなことを考えて……!」

「ああ、ダメゴロン……兄ちゃんの幻覚が見えてきたゴロン……」

「あきらめるな! 兄ちゃんがすぐに飯を作ってやるから!」

「兄ちゃん……ボク、立派になるんだ……立派になるまで、ゴロンシティには帰らないゴロン……」

「ゴングロン! しっかりしろ! ゴングロン!」

 

 ゴングロンは目の前に実在する兄のことを幻覚だと思い込んでいるようで、遠い目をして力なく笑っている。てんで話が通じない。

 やれやれ、と肩を竦めたアルファはマルゴ坑道を飛び出して行ったブレードンのあとを追うことにした。

 

 彼の身に、そして己の身になにが起きるかも知らぬまま、いたって軽い気持ちで。

 

 アルファの選択はもしかすると、もう2度とリンクと出会うことがないかもしれぬ未知の未来へ向けての一歩であったのかもしれない。

 




2章おわりです。
お付き合いいただきありがとうございます。

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