消えたアルファ
「どうすればいいゴロン!」
「掘り起こすしかないゴロス!」
「で、でもこんな大岩の下敷きになったら……!」
「つべこべ言ってないで、身体を動かすゴロス!」
「わ、わかった、兄ちゃん……!」
岩のような巨体のゴロン族たちが、降り積もった熱い岩石を素手でかき分ける。隆々とした岩石のような腕が力強く岩石を放り投げてゆくも、ゴロン兄弟の目当てである小さな姿はない。茶色い岩のようなごつごつとした肌に汗を浮かばせて、必死に岩石をよけ続ける。その下にあるであろう、か弱い人間を傷つけないように、力強く、しかし繊細に。
ハイリア人よりもずっと体格に恵まれたゴロン族であっても、動かせない岩はある。固く握りしめた拳にありったけの力を乗せて、大岩を割り砕く。亀裂の入った大岩を数度殴り続けると、投げられるほどの小ささになる。呼吸も荒く、汗を流しながらゴロン兄弟は必死に岩を投げ続けた。
とても、変わり者の人間であった。
必死に岩石をよけ続けながら、ブレードンは思う。
厄災がハイラルの全土を覆い、天災に見舞われたハイラル各地と同じく、ゴロンシティもまた未曽有の噴火に悲鳴を上げていた。元来熱さに耐性のあるゴロン族とて、落石に見舞われれば生き埋めになることはある。マグマの如く熱を孕んだ大岩が空から降ってくれば、ゴロン族とて傷を負うのだ。
そんな危険な土地となったゴロンシティに、ハイリア人は滅多に来なくなった。
温泉の観光地として賑わっていた100年前が懐かしいものだった。旅人はバックパックひとつで登山をしてきて、大酒のみのゴロン族と酒を飲みかわし、温泉で疲労を癒してまた旅に出る。生まれ育った故郷からあまり外を出ないゴロン族にとって、訪れるハイリア人たちと語り合うのは得難い時間であった。
そんな過去のひと時を思い出させてくれたのは、変わり者の青年――アルファ。
酷いゴロン肩をほぐすなど、一介のハイリア人にできることではない。信じられないほどの怪力の持ち主であった。
平気な顔をしてゴロンシティを歩き回っていたところを見ても、普通のハイリア人とは到底言い難い。
赤の他人であるゴングロン――弟のために、迷うことなく身を呈して落石から守ってくれた。その代わりに、己が下敷きになることなど気にもしないで。
最後に見えた彼の表情は、常と変わらず穏やかなものであった。あんな顔をして死を受け入れるものか。生きているに決まっている。生きていてくれ。ブレードンは必死に祈りながら岩石を持ち上げる。
「死ぬんじゃないゴロス!! ァルファ!!」
ブレードンは腹の底から雄たけびを上げるように、岩の下にいるであろう人間へと語り掛けた。
弟のゴングロンも、必死に岩をかき分けている。
「ル、ファ……? アルファ…………?」
必死に岩石を撤去し続けるゴロン兄弟の耳に、かすかに声が聞こえる。
だが、彼らの動きは止まらない。一刻も早く彼を救い出さねば、とただ愚直に、必死に作業を続けていた。
「ルファが……どうかしたのか」
すぐ近くに人の気配を感じ、ブレードンはようやく顔をあげた。
碧い大きな瞳が、真っすぐにブレードンを見据えている。金色の髪はすっかり汗に濡れており、身体から湯気が立っている。
ハイリア人だ。珍しいことは不思議と立て続けに起きるものだ。
ブレードンは、アルファが誰かを待っていると、そう言っていたことを思い出した。
ゴロン兄弟が身動きをするたびに熱風が巻き起こり、青年の金髪を揺らす。彼の視線はぴたりとブレードンへと固定されており、少しも外されない。瞬きさえせずにじっと見据えている。痛いほどの視線を身体に感じながら、ブレードンは割れた岩石を投げる。
「ゴングロンを崖崩れから守るために……」
少しも動きを止めぬまま、ブレードンは言う。
「ボクの代わりに、噴火の下敷きになってしまったゴロン!」
ゴングロンがブレードンに引き続き、耐えられないと言ったように叫んだ。ともに過ごした時間こそなかったものの、ゴングロンはアルファに対して強い想いを抱いている様子であった。
青年は大きく目を見開き、額から流れ落ちる汗もそのままに、絶句し固まった。
「それはたしかに、ルファ……なのか?」
「青い髪をしたひょろっとしたハイリア人の兄ちゃんだ。知ってるゴロスか?」
ブレードンの問いかけへの答えは、なかった。ただ雄弁なのはその行動だ。大きな碧い瞳に焦燥感さえ浮かべて、青年はハイリア人であるにも関わらず、焼ける岩をゴロン族のように放り投げる。
その怪力にブレードンは驚き、ひと時手を止める。
なんて力だ。
青年はこれだと足りない、と言わんばかりに真剣な瞳で岩打ちを抜いた。ゴロン族が扱うように作られているものだから、かなりの重量があるはずのそれを自由自在に振り回し、大きな岩を崩してゆく。
ブレードンは目線で青年に指示され、頷いた。青年が岩を割り、ブレードンとゴングロンでこの岩を避けていくのだ。
3人は無心で作業を続けた。
ひやり、と冷たい風が吹いた気がした。
それは気のせいではなく、掘り進めるうちに凍った刀身が見えてきた。
その周辺をくまなく調べるも、アルファの姿はない。岩打ちを背負いなおした青年もまた小岩をどんどんと放り投げてゆくが、地肌が見えるのみで彼の姿はない。
青年がそっと柄に手をかけ、大剣を拾い上げる。その大剣はアルファが背負っていたものと酷似していた。
「アルファ……どこに行ったゴロス」
「生身の人間だから、きっと……焼けてしまったゴロン」
かくん、とひざを折ったゴングロンが息も絶え絶えに呟く。休むことなく岩石を放り投げ続けたゴロン兄弟に、余力はもう残っていなかった。ブレードンは瞳いっぱいに涙を浮かべたゴングロンの頭を、疲労でどっしりと重くなった腕で叩いた。
「滅多なことを言うんじゃないゴロス! アルファは、燃えず薬がなくとも生きていた男ゴロス! こんなことで死ぬわけがないゴロス!」
まるで形見のように残された大剣に目を落とし、片膝をついた青年は静かに、深い吐息をこぼした。黙祷のようにも、真摯な祈りのようにも見える。
それがとても神聖な光景に見えて、祈りを捧げる青年をブレードンは静かに見守った。
どうか、生きていて欲しい。
そうだ、死体だってないのだ。衣服が燃えた跡だってない。ただ、そこに氷雪の大剣に似たものが残されているだけだ。
「ところで……アンタはアルファの知り合いゴロスね?」
瞳が涙で曇って、彼の姿がよくわからない。アルファよりも背丈は低いだろうか。だが、ひょろっとした体格なのに怪力なのはとても彼によく似ている。知らないうちにハイリア人はゴロン族に勝るとも劣らない怪力を身に着けたのだろうか。
あれほど必死になって、共に岩石を除去した青年をブレードンは既に仲間のように感じていた。
ブレードンの問いかけに、青年は寡黙に頷いた。
寡黙なのとは裏腹に、雄弁に語るその碧い瞳は、まるで迷子の子どものようにも見えた。わが手を引くはずの親をなくし、とても心細そうな子ども。
きっと、青年にとってアルファはとても大切な存在であったのだろう。ブレードンにとってもゴングロンのように、彼にとってアルファはとても大切な存在だったに違いない。そうでなければこのように胸を打つ表情ができるはずがない。もしもアルファが庇ってくれていなければ、同じような表情をしていたのはブレードンだったかもしれない。
彼がまるで他人とは思えず、ブレードンは丸い瞳になみなみと涙を溜めた。
「アルファは、人を待っていると言っていたゴロス。きっと兄さんのことを待っていたゴロスな」
アルファはどれほどこの青年に会いたかったことだろう。
そしてこの青年もまた、どれほどアルファに会いたかったことだろうか。
寂し気に伏せられた瞳に、ブレードンはぎゅ、と胸が締め付けられるような心地だった。握りつぶされた心臓のせいで呼吸もままならない。
「ごめん……ごめんゴロン……! ボクのせいで……」
嗚咽を漏らしながら慟哭するゴングロンの肩を抱き、ブレードンも肩を震わせた。
「簡単に死ぬものか」
精悍な声色で、青年はそう言った。
人の気配はまるでしないなかで、気丈にも彼はそう言い放ち、立ち上がる。
「どこに行ったんだ……ルファ」
呟いたその声があまりにもか細くて、迷子の子どもみたいに泣きそうなものに聞こえて、ブレードンは涙を禁じえなかった。
ただの願望かもしれない。だが、大剣だけを残してすべてが消え去るだなんて、あまりにも不自然に過ぎる。高熱の大岩に押しつぶされたハイリア人の末路は見え透いたものだが、身体のひとつさえ残っていないというのは不可思議だ。過去のシーカー族の技術では遠く離れた地へと移動する技術さえもあったという。もしかして、と夢物語に意識が移ったところで、青年は歩きだした。
「もしもルファに会ったら、先に行っている、と伝えてもらえるだろうか」
「……わかったゴロス。兄ちゃん、名前は?」
「リンクだ。もう一つルファに伝えてほしい。……もう仇など、演じる必要はないと」
ゴロン兄弟に別れを告げたリンクはアルファの大剣を背負って走り出した。
身軽に駆けだしたその小さな背中を負い続け、ブレードンもまた立ち上がった。
「行くゴロス。きっとここにはもう、アルファはいないゴロス」
「生きてる……ゴロン?」
「きっと。そう簡単に死ぬ人間には、思えないゴロス」
何度も深く頷いたゴングロンもまた、ゆっくりと立ち上がる。
――必ず帰ってくるゴロス、アルファ。