人は"確かなこと"を求める。それが目に見えるものであったり、世に知れた肩書であるとなおよい。
逆に不確かなことは、究明したがる。己の物差しを宛がって、ありとあらゆる形でその価値を証明したがるのだ。
100年も昔のこと。伝説の剣が認めた若き英傑に、人々は"言葉"を求めた。だが、リンクは寡黙に行動のみで己の在り方を示した。人々の期待に押しつぶされるように、リンクは言葉を失くしていったようにも見える。それが原因で守るべき姫に敬遠されながらも、言葉ではどうしてもうまい表現が見つからないからと、ただただ愚直に行動で示し続けた彼を、人は近寄りがたいと評した。またある者は真摯だと評した。口さがないものは、話す脳が筋肉で侵されているに違いないと揶揄った。そんな彼の姿があまりにも哀れに感じたのは、きっと自分だけではない。
長机の上に置かれたカンテラをぼんやりと見つめながらプルアは過去に想いを馳せていた。もともと書類や書籍が散らかった部屋であったが、いつもよりもその荒れ具合は酷い。
誰よりもリンクの近くにいたアルファは、彼の言葉にならない叫びを誰よりも身近で聞いて、誰よりも苦悩していたのかもしれない。アルファもまた表情にも感情にも乏しく思われがちだったが、プルアはそう感じたことは一度もなかった。プルアと同じようにリンクもまたそう感じていたからこそ、勇者は寸暇を惜しんでアルファに会いに行っていたのだろう。
リンクの苦悩にも、アルファの悩みにも、二人が何も言わないのを言い訳にプルアは何もしなかった。
相手の立場に立って物事を考え、自らが動かなければなんの状況も変わらないというのに。
人間関係の当たり前のことをせず、そしてそのことに100年も前に気づいていながら、また後手に回ってしまったことをプルアは恥じた。
アルファが蘇ったと知ったとき、プルアは己の何を犠牲にしてでも彼の助けになるつもりであった。今とてその気持ちに変わりはない。だが、実際にはアルファの訪れを待ち、預かっていた大剣を渡しただけ。自ら行動を起こしてアルファのためにしたことは、なにもなかったのだ。気づいて愕然とした。
気遣わしそうにプルアを見つめるシモンに、彼女は気づいている。それでもなにかをするのが億劫で、プルアはひたすらに重いため息を吐く毎日を過ごしていた。その原因は、焦ったように転移してきたリンクからの知らせだ。アルファが突然消えて、行方知れずだというのだ。リンクほどではないがアルファも言葉足らずなところはある。だが、何も言わずに突然消えるような行動はしない。
憔悴したリンクから事情は聞き出せなかったが、それが尋常でないことはプルアにもわかった。なにも連絡がないときなどは、ふらりと訪れるアルファの来訪を素直に喜んでいた。何事もなかったかのようにふらりとアルファが訪れることを夢想しては、プルアは深いため息を吐く。
プルアの弟子であるロベリーはアッカレ地方にいる。何かをせずにはいられず、プルアは彼にリンクのこと、そしてアルファのことをそれとなく尋ねた。わかったのは、プルアのもとへ来たのと同じようにリンクが訪れたことと、年若い女性が訪れてアルファのことを聞き、お愛想のように古代矢を1本だけ買って帰ったということだ。
古代矢は決して安いものではない。ガーディアンと戦うなんて酔狂なことを考える人間は、その矢に価値を見出してありったけのルピーをつぎ込むが、年若い女性に必要なものだとは思えない。それも1本だけとなると。
その女性はアルファにとって誰なのだろうか。今の彼の交友関係なんてまるで知らないというのに、勘繰って嫉妬の気持ちが芽生える己が醜い。自分は、こんなにも嫌な人間だったろうか。割と楽天的で、明るい性格の美少女だと自負していたのだが。
律儀に扉が3度ノックされる。プルアは視線をシモンへと寄越すと、彼は心得たとばかりに扉へと歩いていく。
「失礼します。プルア様はいらっしゃいますか?」
名前を呼ばれ、プルアは条件反射で椅子の上に立った。
「チェッキー! アタシがハテノ古代研究所の所長プルアだヨ♪ チェキチェキ♪ あー……思わず自分で自分がここの所長だってバラしちゃった……」
空元気を見透かしたように、痛まし気な視線を送ってくるシモンは気にしない。気にしないったら気にしない。
「初めまして。前触れもなく訪れるご無礼をお許しください。お初にお目にかかります。わたしは、ミーア・エルーヅァ・リヒトと申します」
随分と丁寧な挨拶をされて、プルアは内心かなり驚いた。見かけが子どもなものだから、ナメた態度を取られることなど当たり前。この古代研究の所長は老齢なシモンであると誰もが誤認するというのに、別のことに頭がいっぱいでついつい口が滑ってしまった。だが、その肩書などきっと彼女には関係なかったことだろう。目に見えた肩書などなくとも、ミーアという女性はプルアを子どもを見る目ではなく、対等な一人の人間として見ていた。プルアの記憶でも、彼女と会ったことは一度もない。それなのに。
「何か用かナ? いやいや、若い女性がこんなヘンピなところに来るなんて珍しいからネ」
「ロベリー様から、プルア様とアルファ様が親しい仲であるとお聞きしまして」
「あー……やっぱロベリーんところに来た女性ってあんたかー……」
目深にフードを被ってはいるが、すっきりとした輪郭に抜けるような白い肌。すっと通った鼻梁といい、上品な口元といい、年頃の自分ほどではないだろうが美女の気配がする。
「ルファのこと、探しに来たんだね」
「はい。ご存知……ないようですね」
「リンクからルファが消えたって聞いて、アタシも驚いたけど……アンタはルファとどういう仲なの?」
「導き手……のようなものでしょうか。とはいっても、わたしが直接ルファ様にして差し上げられたことなんてないのですが。……ですが、これからそうしたいとは心から思っております」
(むーん? 牽制?)
アルファに近づく見知らぬ女に不快感を覚えてしまい、知らず寄っていた眉を苦労して元の位置へと戻す。何かをしてあげたい、だなんて情なくしてできないことだ。100年前にミーアという女性はいなかったことから、現代に蘇ってから知り合ったのだろう。プルアなんてアルファと100年以上の付き合いをしているのだ。なんだか負けたような気がするのは気のせいだ。
「ふぅん……そうなんダ。ま、よかったらお茶でも飲まない? シモンー」
「はい、お持ちいたしますね」
「ありがと。さ、座って座って」
「いえ、長居するつもりはありませんので……。お心遣い感謝します」
ミーアが淑やかに頭を下げる。声色だってやわらかく澄んでいて、それとは逆にプルアの内心はぐちゃぐちゃと混沌とした様だ。
「ま、そんなこと言わないでサ! ルファのちっちゃい頃のこととか聞かせてあげるし」
アルファに対し少なからぬ情を抱いている様子だ。乗ってくる可能性はある。
上目遣いに様子を伺うと、ミーアは顎を引いて考え込んでいたが「それでは失礼いたします」と椅子に腰かけた。
「そうこなくっちゃ! さてさて、何から話そうかな」
幼少期のルファのこと、騎士の地位を追われて共に暮らしていたこと、リンクとの呆れた訓練内容などなど、ひとつ話し出すと止まらなくなった。ミーアが優れた聞き手であり、タイミングよく相槌や続きを促す言葉を投げかけるからだ。
プルアはするすると己の心情をも語っていた。言葉少ない彼にもっと寄り添えば、もっと彼の心を救ってあげられたかもしれないのに。柄にもなくそんな後悔まで話してしまって、慌ててプルアはミーアの表情を伺った。フードで隠された目元こそ見えないが、ミーアは決してプルアを責める様子はなかった。同じ男を好いた女同士(だとプルアは思っている)ならば、私ならばもっとこうしたと責め立てそうなものだが、ミーアはそういった類の女性ではないらしい。
「人はつい、言葉を求めてしまう生き物ですからね」
随分と長い沈黙のあとにミーアは静かにそう言った。
その言葉がすべてではないのに、と語尾につきそうなほど寂しそうな口調であった。
「ルファはなにか消化しきれないことがあると、よく氷を出してたよ」
「氷、ですか?」
「ウルボザの雷や、ミファーの癒しの力みたいな。ルファは生まれたときから氷の力を持ってて……ってみたことあるよね」
「…………」
深く考え込むミーアに、それほどまでに悩むことだろうかとプルアは首を傾げた。
「ダルケルだって守りの力を持ってるし……稀有ではあるけど、そんなに不思議なこと?」
「いいえ、血筋で言えば持っていてもおかしくはないのですが……」
「血筋? グラディウス家にはそういう人はいないって聞いたけど」
「いいえ、すみません。……こちらの話でした」
「むー……なんか隠してない?」
「なにか掴めそうな……言葉で伝えるのは難しいのですが、なにか……」
まるで要領を得ないその解答にプルアは不満を覚えたが、質問攻めにしようとは思わなかった。初対面だというのに、プルアはこれからも交流していきたいと思える程度にミーアのことを気に入っていたのだ。
すっかり自分の世界に入り込み、黙り込んでしまったミーアを前に、プルアは大人げなくも机の上に立ち、眼前でひらひらと手を振ってみせた。それでも無反応を貫くものだから、ついついいたずら心が湧いてくる。
「えいっ」
フードを引っぺがすと、サファイアの瞳を大きく見開いたミーアがしっかりとプルアを見た。薄い蒼の瞳が宝石のようにきらきらと輝いている。
「な……」
「申し訳ございません。ついつい考えに没頭してしまっていました」
「あ……アンタ……王族かなにか?」
ゼルダよりも切れ長で大きな碧い瞳。柳眉は髪と同じく金色で、けぶる様な睫毛もまた深い金色だ。どことなくゼルダに似ている、というか血のつながりを感じさせられる。
快活で可愛らしい印象のゼルダとは違い、怜悧で涼やかな美女といった様子。ゼルダ姫以外に王族の姫がいただなんて事実はない。だが、なるほどこれは顔を隠すのも無理はない。
「そうですね。元の世界では王族との婚姻もありましたし、男児が王家に生まれていれば、わたしも王族となっていたかもしれません」
ふふ、と楽し気に笑うミーアに翻弄されっぱなしのプルアだが、不思議と嫌な気はしなかった。冗談めかして微笑みながらも、ミーアがこっそりとプルアを伺っていることに気づいたからだ。
元の世界だとか、王族との婚姻だとか、謎があまりにも多すぎることを自覚しての発言なのだと瞬時にプルアは悟った。王家の血筋を感じさせる容貌といい、ミーアに謎は多かった。人のことなど考えずプルア個人だけとしては一から質問攻めにしたいところではあったが、研究者としての気質を人間関係に発揮すると失敗することは経験から学んでいた。ときには、知らぬふりをすることが最良の時もあるのだ。
ミーアの立場からすれば、ただ否定をすればそれだけで話は終わったのだ。それをしなかったことに、ミーアのプルアへの気持ちが隠れているのだろう。それをプルアは尊重したいと思った。目には見えない彼女の気持ちだからこそ、余計に。
「そっか。道理でやたらと高貴なオーラが出てたわけネ」
茶化してそう言うと、ミーアは頬をほころばせた。
「優しいんですね、プルア様は」
きっとこれは何も言わない自分の行動に対する感謝だ。だけど受け取ってなんてあげない。本当は根掘り葉掘り聞きたいんだからね、と視線でじろりと訴えつつプルアは口を開いた。
「フフン! でしょ? ……あ、そういやさ。言い忘れてたんだけど、アルファは昔金髪碧眼だったの。蘇ってから深い青の髪と瞳になったけど。100年前のアルファはそれはそれは王族だと見まごうばかりの王子っぷりでさ……ミーア?」
何事もうんうんと身を乗り出して聞いていたミーアが呆気にとられたように眼を見開いている。
「どうかした?」
「氷の力……青い髪と目……。ああ……。
少し、掴めてきたような気がします。そうか、もしかしたら……。プルア様、本当にありがとうございます。またお礼は後日必ず。ごちそうさまでした」
矢継ぎ早にそう言い、フードを被りなおしたミーアが扉から出ていく。
呆気に取られてその様子を見送ったプルアは、奥で控えていたシモンへと目を向けた。シモンもまた小首をかしげている。
「なんか変なこと言った? アタシ」
「いいえ、特には」
ミーアはなにかに気づき、古代研究所を飛び出していった。その先にアルファの安否が確認できるなにかがあればよい。プルアはそう祈った。
(ルファのこと、頼んだわよ)
「さーて、そろそろ研究を再開しようかしら!」
何とも言えないもやもやが不思議とすっきりしていた。床に散っている紙を拾い集めだすと、シモンもまた隣で同じように紙を集めながら嬉しそうに笑った。
「不思議な方でしたね」
「ほんと。何者なのかな、あの娘」
「私にとっては、所長を元気にしてくださった恩人です」
「時々きざったらしいこと言うよね、アンタ」
「そうでしょうか? そんなつもりはありませんでした」
ふふふ、と楽しそうに笑みを浮かべるシモンを直視できず、プルアは耳を真っ赤に染め上げて乱雑に研究資料を拾い上げた。