リンクの夢は長い。浅く長い夢のなかを、ずっと揺蕩っているのだ。
野営をしているときであれば、敵に襲われればすぐさま目を覚めて戦闘態勢に入ることができる。だが一度安全なベッドに入れば、夢と現の狭間で現実を忘れるかのように、夢に揺蕩うような眠り方をする。
それが彼にとって最も安全で、最も心地の良いものであるから。
「リンク、今日も来たのか。飽きないな、お前も」
アルファが笑いながらそう言う。呆れたような、だけど喜びを隠し切れない様子で微笑む彼の姿に、リンクはそっと頷いた。
リンクとて暇ではない。滅多に与えられぬ休暇の度にアルファの下を訪れているが、それでも年に数回といった程度だ。きっとこうして会いに来るのは最後になるだろう、とリンクは予感していた。
「いつも鍛錬ばかりしているから、今日は違うことをしようか」
いつも会えば身体を動かし、お互いの技量を試しつつ剣術を磨くばかりだったのに、アルファは珍しくそう言い、芝生の上に腰かけた。リンクもその隣に腰かける。アルファは満足そうな顔をし、遠くをながめた。その目がとても遠い、遠いところを見つめており、リンクは置いてきぼりにされたような心地にされた。
彼はよくそんな目をする。
まるで自分はこの世に生きていないかのような、傍観者であるような、そんな寂しい目を。
「生きるとは難しいな、リンク。俺は、俺自身というものが一番よくわからないんだ。今もずっと探している。
だが俺はお前に会えて、お前という友を得て、生きている意味を知った。……お前が、姫様を護る理由と同じくらい、俺には尊いものだ」
アルファはそう言い、頬を掻いた。
「なんだ、一度言葉にして伝えておきたかっただけだ。
勇者という期待に押しつぶされるお前の姿が痛々しくてな。
俺は勇者などという偶像ではなく、"お前"の存在に救われている。お前は俺の、真の友だ。お前もきっと……そう思ってくれているだろう?」
そう問うたアルファに、自分はどう答えたのだったか。
そうだ、これは過去のことだ。
厄災がハイラルを染めつつある、終焉の間際のこと。
「お前に俺が苦しみを与えるようならば、迷わず切り捨てて欲しい。そんなことがなければ、と願うが。
世の中、思い通りには進まぬものだろう?
変な意味でなく、俺はお前に生の意味を感じた。
お前は死と隣り合わせの生活をしているから言っておきたいんだ。もし俺が死しても重荷に感じてくれるな。
俺がお前の障害となるのならば迷わず切り捨てて欲しい。それが空っぽな俺の、唯一の願いだ」
そう言ったアルファは、孤独であった。この世に己一人しかいない、と感じているかのような、とても排外的で、誰をも寄せ付けない冷たい冷気を漂わせていた。
なにが彼をそうさせるのか、リンクにはまるでわからなかった。
空っぽなわけがあるか。自分のために生きられぬなど、あり得るか。ただ己の友人であればそれでいいだなんて、寂しいことを言ってくれるな。
リンクがそう言っても、アルファはどこか寂しそうな瞳のまま頷くだけだった。
それ以上かける言葉は見つからず、だがもどかしい気持ちが胸のなかを渦巻く。
だからリンクは約束した。友のため、己を押し殺して。
「ルファ。生涯俺はお前の友であることを誓おう。厄災の影響で明日もわからないが……もしも。
……そういったことが起きれば、お前の望みのままに」
長い睫毛の下で、キラキラと碧い瞳が輝く。宝石のようなその瞳が真っすぐにリンクを射抜いたまま、満足そうに細まる。
「すまない、リンク。ありがとう」
馬宿のベッドで目を覚ましたリンクは、額に浮かぶ脂汗をぬぐった。
四神獣を解放し、伝説の剣を手に入れ、失くしていた記憶を取り戻しつつ旅を続けていた。
世界は崩壊の音を立てており、赤い月が支配する夜には魔物たちが活性化する。ハイラルの終わりが100年前よりもずっと感じられた。
姫を救え、疾く、疾く。
急かされるように、追い立てられるようにハイラル全土を走りまわったリンクは、勇者の祠もすべてまわりきり、全盛期に近い体力を取り戻したと言える。
厄災ガノンを倒さねばならない。それは勇者であるリンクの使命だ。
厄災にもしも敵わなければ、リンクは今度こそ本当に息を引き取ることになるだろう。
100年前のように仲間はいない。回生の祠へと運んでくれる存在はないのだから。
死と隣り合わせの生活は、100年前でも変わらない。だが、100年前とは違ってリンクには心残りがあった。消えてしまったアルファに、一目だけでも会いたかったのだ。
記憶をなくした己に、仇を演じて剣術を仕込んでくれた不器用な青年に、一声かけてやりたかった。
何故彼は、わざわざリンクの敵を演じたのだろうか。ともに旅をするなかで剣術を鍛えるのではいけなかったか。恨み染みた考えが浮かんでくる。
だがもしも本当にそうなっていたならば、リンクはアルファに頼ることありきの戦い方をしていただろう。精神的にも安心感が出てしまい、これほど急激に力を得ることはできなかったことだろう。
わかってはいるのだが、それでも。そう考えてしまう気持ちを抑えることはできなかった。
消えたアルファに何も告げぬまま、ハイラル城跡地へと向かうのは後ろ髪を引かれる思いであった。
それでもリンクは未練を振り払うように前を見据え、中央ハイラルへと旅を続ける。
本当は休まずとも動ける。それでも様々な馬宿を経由するのは、何か手がかりはないかと、アルファの姿を探すためだった。
***
ミーアがプルアから手に入れた情報で最も価値があったのは、この世界に生まれ落ちた瞬間のアルファは、ルーファウスで会った時と同じく金髪碧眼であったということだ。
そして、100年の時を経て再び現れたアルファは、深い海のように真っ青な髪と瞳の持ち主となっていた。
器が違うのだ、とミーアは直感した。
ミーアは己の勘が、常人とは桁外れの精度を持っていることを知っている。
確信に近い直感は、女神ハイリアの天啓に似たもの。
ルーファウス時代には持ち得ていなかった氷の力をアルファは持っていた。それはアルファとして生を受けた瞬間から持ち得ていたものだというが、100年の時を経てさらに力が強まったという。
ならば、その新たな力は器に影響されてのものなのか。
ミーアは占いに精通しており、人が魂と肉体とに別たれる存在であると知っていた。
肉体を失ってもなお、強靭な精神はこの世にとどまり続ける。
この世界のゼルダ姫は、肉体という器をも封印の力に捧げ、強靭な精神体となって厄災ガノンを封じている。
王家の封印の力は、女神ハイリアが受肉したことから始まる。女神の肉体の"血筋"として脈々と受け継がれているものだ。
王家の血筋を色濃く引いた貴族であるミーアが、封印の力までは持ち得ずとも、類稀なる占いの力を持つのはこのためだ。
同じく女神ハイリアの血筋を引くルーファウスは、特殊な力は持っていなかった。
だが、同じ魂であるアルファは氷の力を持っている。
世界を、もしくは時を跨ぐには、女神の伝説の武器を媒介にせねば叶わない。
時の勇者が伝説の剣を媒介として時を渡ったように。
ミーアはさらに考える。
ミーアはアルファを追いかけるため、リヒト家に代々伝わる黄昏の光弓を媒介として世界を渡った。
黄昏の光弓は、黄昏の魔物と戦う際に姫が使った代物であり、光の精霊の力が宿っている。
女神ハイリアの伝説の武器の一つである。
アルファもまた、世界を渡る際にそのような力の存在があったと仮定すれば。
女神の武器の力の一部がアルファに流れ込んでいたとすれば、どうだろうか。
そして、一度死して再び蘇った彼がまったく違う器――たとえば女神の武器を器として精神を宿らせていたならば。
ミーアはハイラルに残された図書を探し、女神の武器について熱心に調べつくした。寝る間も惜しんで書物を読みふけり、女神の第一武器である氷雪の大剣の存在を知った。
アルファ、ベータ、ガンマ、ファイ……などと名付けられた剣に宿る精神体の存在を知った。
これだ、と直感した。
背筋が震え、白い指先もまたわなわなと震えていた。
そして占う。
ミーアを中心として幻想的な淡い金の光が舞い上がる。
瞳を閉じ、運命の糸を手繰り寄せることに集中する。
(ああ……見つけた)
女神の氷雪アルファの大剣。
その精神体は今、厄災に染まった器に宿り、闘技場跡にある。
断ち切らねばならない。
だが、どうやって断ち切ればよいのだろうか。
フードの下で険しい表情をしたミーアは、唇を真一文字に引き結んだまま、重い足取りで歩きだした。