ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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第4章 帰郷のアルファ
人々の戦い


 平原外れの馬宿は滅多にない賑わいを見せていた。料理鍋は自由に用いてよしの、客が自分で調理をする形式である。

 

 数多のベッドも埋まる人の多さに、馬宿の子どもであるハイトは快活な叫び声をあげてはしゃぎまわっていた。

 

 ベニコは女性の一人旅をしており、その物珍しさからよく旅人に話しかけられた。旅人が増えたといえども、女性の一人旅は少ない。

 前髪をすっきりと後ろに流して留めた赤毛のボブカットに、切れ長の大きな瞳。ハイラルの女性旅人特集で取り上げられたこともあり、そこそこイケてるのではないかと自負している。

 

 ベニコの知らぬところで、ファンクラブも結成されているらしい、とは聞いた噂である。

 ベニコはただ、広大で美しいハイラルの地を巡りながら、静かに自分探しの旅をしているだけで、あまり人からの評価は気にしない。

 

 彼女は様々な馬宿を巡っており、平原外れの馬宿に泊まるのも一度や二度のことではなかったが、これほどまでに賑わいを見せているのは初めてのことであった。

 

「久しぶりだね、ベニコ。元気そうでなによりさ」

 

「ムディ、久しぶりだ。随分と賑わってるね」

 

「ありがたいことさ。こんなに忙しくなる日が来るなんて。料理は自分でしてもらうから、それほど手間は変わらないんだけどね」

 

 ムディは嬉し気に辺りを見回し、恰幅の良い身体を揺らして笑った。

 

「それにしてもこんなに旅人が集まっているだなんて、なにかあるの?」

 

「あたしが聞いた話じゃ、みんな噂を聞いてきたらしいけど……詳しいことは知らないねえ。

 ベニコも噂を聞いてきたのかい?」

 

「いや、わたしはたまたまだ。それにしても、その噂っていうのは?」

 

「いろいろとあるんだけどね。幸せをもたらす青い女神を見ただとか、女神ハイリアから強き者は集うよう天啓を受けただとか、ライネルを乗りこなす人間がいるだとか、凄腕の占い師が馬宿に泊まっているだとか。

 ちなみに、凄腕の占い師が泊まってるっていうのは、本当だよ」

 

 そう言い、ムディは壁際にひっそりとたたずむローブ姿の女性へ視線を向けた。

 目深にフードを被り、顔は見えない。だがその女性はムディの視線に気づいて会釈した。

 

「せっかくだ。あんたも占って貰ったらどうだい?」

 

「わたしは占いの類はなあ。でも、同じ女性の一人旅ってのは気になるね」

 

 ベニコは真っすぐ女性の下へと歩いていく。

 

「初めまして、わたしはベニコだ。貴女も旅をしているんだね」

 

「初めまして、ミーアと申します。旅、というよりも共に戦ってくださる方を集めながら、ある人を待っているところでしょうか」

 

「うん? 何か困ってるなら、わたしでよければ力になるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ミーアは深々と頭を下げた後、そっとベニコの手に巾着袋を握らせた。怪訝に思いながら中を開くと、100ルピーもの金が入っている。

 

「頭金として、100ルピー。足りなければ、追加の報酬もお支払いいたします。

 私とともに魔物を倒してほしいのです。もちろん、命が危うくなればすぐに逃げてくださって構いません」

 

 随分と浮世離れしたお嬢さんだ、とベニコは思いつつも快く頷いた。

 ハイリア人は根の優しい人間が多いが、なかにはイーガ団が紛れていることだってある。金に困った人間が頭金だけを持ち逃げすることだってあるだろう。

 もちろんベニコはそのような卑怯なことをするつもりなど微塵もなかったが、ぽんと100ルピーを渡してしまうその女性に危うさは感じた。

 まさか一目見ただけで信用に足ると判断しただなんてあるはずがないし、もう少し用心した方がいいと忠告するのは、お節介になるだろうか。

 

「何を討伐する、とも言わないんだね」

 

「ええ。所定の場所で、ボコブリンでもリザルフォスでも、己の力量が敵う相手を共に倒していただければ」

 

「なるほど。それでこんなにもたくさん旅人がここに留まってるんだね。で、出発はいつなんだ?」

 

「おそらく、明朝になるかと」

 

 そう言い、ミーアは出入り口に顔を向けた。

 数秒もすると、金髪の青年が入ってきた。明るい金髪に碧眼をした、古代ハイリア人の血筋を色濃く受け継いだらしい青年だ。物珍しそうに人ごみを眺める彼の後ろから、また別の男性が馬宿に入ってきた。青年の脇を通り抜け、カウンターで手続きをし始める。

 

 がやがやと人の話し声が響く馬宿内で、剣を携えた旅人がベッドに腰かけ、隣の男に話しかける。

 

「あんたも噂を聞いてきたクチかい?」

 

「ああ、青い女神の噂を聞いてハテール地方から来たのさ」

 

 ピクリと肩を震わせたのは、その奥のベッドに腰かけた先ほどの金髪の青年である。背に帯びていた剣をベッド脇に立てかけ、難しい顔で旅人たちの会話を聞いている。

 

「兄さんも女神の噂を聞いてきたのかい?」

 

「いや、初耳だ」

 

 話しかけられ、少し驚いた様子ではあったが、さらりと返事をする。やわらかな口調と甘い声。若い娘に黄色い悲鳴を上げられそうな、秀麗な顔立ちの青年はまだ年若い。ゲルド族のヴォーイハントに真っ先に標的にされそうである。ハイラル広し、といえども彼ほどの好青年はなかなかいない。ベニコはじっとその青年を見つめていたが、ムディに声をかけられて我に返る。

 

「ハイラルに幸運を運ぶ女神の噂――おかげでこの馬宿も大層繁盛しているのさ。ここにいる娘さんが人を集めてくれているお陰でもあるんだけど。ね?」

 

 ミーアにウインクしたムディは、シーツを取り込まないと、とその場を離れる。

 

 ベニコは、金髪の青年を真っすぐに見つめるミーアをただ眺めていた。正確に言うと、彼の傍らに立てかけられた立派な剣を見つめる彼女を。

 

「ところでそちらのお兄さん……もしかして、それは退魔の剣でしょうか」

 

 半ば確信染みた声で訊ねる姿に、馬宿の旅人たちはしんと静まり返り、そのやり取りに耳をそばだてた。

 先ほどまでの賑やかさが嘘のように、耳に痛いほどの沈黙が広がる。異質なまでの静けさのなかで、この馬宿に泊まるほとんどの人間がミーアの依頼を受注していたことをベニコは知った。多くの戦力を求める彼女の手助けをするため、こうしてともに馬宿に留まっていたのだ。

 

 彼女の依頼を受けた旅人たちは、彼女の待ち人がこの青年であることを悟った。

 彼女は1週間前からこの馬宿に滞在していたが、彼女自ら人に話しかけるのは初めてのことであったからだ。

 

「退魔の剣っていうと、あの幻の?! あんたが勇者なのか! 随分と綺麗な兄ちゃんなんだな」

 

 青年の隣のベッドの男が、かかかと快活な笑い声をあげて沈黙を破る。異質な沈黙が打ち切られ、ぽつりぽつりと会話が戻ってくる。

 

 ミーアは真っすぐに金髪の青年のもとへと歩いていき、傍(かたわら)に片膝をつく。

 

「お待ちしておりました、勇者リンク。貴方が望むのならば、明朝ルファ様のもとにお連れしましょう」

 

「ルファを知っているのか?!」

 

 沈んだ声で女性は返答する。

 

「はい。今のルファ様と相まみえることが、貴方の幸せとなるとは限りませんが……それでも、参りますか?」

 

 青年は深く頷いた。

 

「ではどうか、……助けてください。

 皆さま! 明朝が依頼した戦いの時となります。どうかご助力を願います。厳しい戦いになると思われますが、くれぐれも――命を大切に」

 

 声を張り上げていないというのに、ミーアの声は静かによく響いた。

 おうよ、と声をあげる野太い旅人たちの声。ベニコの声は男たちの野太いそれと綺麗に交じり合って、自身の耳には届かなかった。

 

 武装した旅人たちが集結した馬宿で険しい面持ちをしているのは、金髪の青年と、フードの女性だけであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 勇者を締め切りとして、ミーアを中心とする魔物討伐隊は平原外れの馬宿を明朝発った。日も昇らぬ暗いうちの出発であった。長袖を着込んだベニコだが、宵闇の静けさに吹き抜ける風はぶるりと身が震えるほどのもので、無意識に腕をさすった。

 

 馬宿に泊まっている者の大半は依頼を請けた旅人であったが、なかにはミーアから誘いを受けておらず、無理やりにでも討伐隊に入り込もうとする者もいた。ベニコが見ているだけで数件あったことだから、ミーアが滞在していた1週間もの期間に何度もあった光景なのかもしれない。ミーアは断り慣れていた。ぴしゃりとした物言いで取り付く島もない様子は、物も言えぬほどの威圧感があった。

 

 ミーアが先導し、魔物の露払いは金髪の青年――リンクが務めた。彼は年若いながらも、この討伐隊のなかで最も優れた剣技の持ち主であった。伝説の剣が実力を認めているというだけある。あっという間に魔物を斬り伏せる姿を見ていると、ベニコたちの助けなど必要なかったのではと思わされるほどだ。目にもとまらぬ光の残像の後、魔物が地に伏すのは不思議な光景であった。これほどまでに強い人間がいたとは。

 

 それなりに旅を続けて、土地勘を養っているベニコは2時間ほど歩いたところでミーアが目指す目的地におおよそ見当をつけた。

 闘技場跡地だろうか。

 数々の魔物が跋扈する危険な場所となっており、属性武器を手に入れようとする命知らずしか足を踏み入れぬと聞く。

 

 そんな場所に一体どうして向かうのだろうか。目的はわからぬが、目的地はわかった。

 

 なるほど、ミーアが命を大切にと念押しした理由がわかる。闘技場跡にはライネルさえも現れるという。ライネルやガーディアンといえば、ハイリア人の恐怖の象徴といっても過言ではない。

 

 ベニコは旅をつづけた当初はボコブリンにも気絶させられるほどの力しか持っていなかったが、旅の合間の修練の末リザルフォスやモリブリンなども相手どれるまでに成長した。

 それでも白銀の魔物や、ライネルなんかには敵わない。ウィズローブを見つけたら、一目散に逃げる。己の力量をベニコはしっかりとわかっていた。

 闘技場跡となると、あまり力になることはできないかもしれない。懐に収めた100ルピーがずっしりと重く感じる。これだけの働きが出来ればいいのだが。

 ベニコは数十人にもなる仲間たちの背を眺め、深いため息をついた。

 剣で近接戦をするよりも、弓矢で中距離から援護射撃をするのが一番助けになれるだろうか。きっと討伐の証を得ることはできないが、それならば100ルピーに見合う働きを出来るだろう。

 

 アクオ橋を大人数で渡りつつ、陽に照らされる崩れた円筒状の闘技場を眺める。やはり目的地はここだった。

 ベニコの他にも道中で目的地に思い至ったらしい旅人がそわそわと退路を確認していたが、無理からぬことだ。

 厄災の影響を受け、枯れた木々が茶色く大地を染めあげているのが、なんとも痛ましい。

 

「瘴気には触れませんよう、お気をつけて。皆さんには、2階から上の魔物たちをお任せいたします。勇者リンクは、1階を。2階へ昇る隙は私が作ります――参ります」

 

 岩の合間を抜けるようにミーアが闘技場へ駆け進む。あ、と声を漏らし、ミーアへ手を伸ばしたのはベニコだけではなかった。

 石畳の合間には緑の苔が詰まっており、長い間人の手が入っていないことが一目瞭然だ。

 

 ベニコは息を呑んだ。

 ミーアが放った光の矢が一直線に白銀のライネルに吸い込まれる。その背に跨る青い長髪の青年が目にもとまらぬ速さで大剣を振るい、矢を折る。放物線さえも描かぬ、細腕に似つかわしくないレーザーのような矢を、あっという間に斬り伏せてしまった。

 

 ライネルに、人が跨っている……? ムディが言っていた噂は、本当だったのか。

 

 冷徹な無表情のその人は、信じられないほどの美貌の持ち主であった。

 一瞬、時が止まった。

 圧倒的な美に、人々は思考さえも放棄した。

 

 その美麗な青年は、白銀に煌めく大剣を抜身のまま片手で掲げる。大剣から放たれる光に照らされた鋭い美貌に、ベニコだけでなく多くの者が目をくぎ付けにされた。

 青年は冷たく光る眼をミーアたちへと向け、ひゅん、と剣の切っ先を向けた。敵だ、と示すように。

 

 グギャアア、と醜悪な魔物たちの叫び声が闘技場内に木霊する。ぐわんぐわんと反響する音に頭痛さえした。闘技場の2階や3階には、うようよと魔物がいる。侵入者を感知し、統率された魔物どもがこちらを傾注する。弓矢でこちらを狙いすますボコブリンもいる。なるほど、あれらを片付けるのがわたしたちの仕事か。

 

「嘘だろう……? 人が、魔物を従えている……!」

 

 恐怖に震えた男の声。馬宿での強気な態度はどこへやら、闘争心を鎮火させられた人々とは裏腹に、黒いローブをはためかせながらミーアは闘技場の階段とは逆方向へと駆けてゆく。

 恐ろしいまでの美貌の青年を乗せたライネルを手綱もなしに操り、その小さな姿に突進してゆく。

 

「今です! 上の魔物を頼みます!」

 

 ミーアが声をあげ、弾かれるようにベニコは走り出す。

 

「い、行くぞ! まさか、逃げやしねえよな?! あんな嬢ちゃんたちが戦ってんだ!」

 

「おうとも! ライネルと物騒な兄ちゃんは任せたぞ、勇者サマ!」

 

「行くぞ、みんな!!」

 

 雨のように降り注ぐ矢を弾き、避けながら必死に階段へと向かう。属性武器を手にしたボコブリンが階段近くまで迫ってきている。黒ボコブリンだ。これならなんとか、ベニコでも倒せるかもしれない。攻撃を一発でも食らえば気絶するかもしれない。だが、戦わなければ。

 鼓動が速まる。まわりの音も聞こえないほど集中し、ベニコはボコブリンの顔面へめがけて矢を放った。引き絞った弓から放たれた矢は吸い込まれるようにボコブリンの顔面を貫き、グギャアアアとのたうち回るボコブリンに剣を持った男が斬りかかる。

 

「ここは任せろ! 上を頼む!!」

 

 ベニコは頷き、他の者たちとともにさらに上を目指した。

 

 1階では息をつく暇もない攻防が繰り広げられている。リンクがライネルの大剣をバク宙で避け、地に足がつくや否や、凄まじい連撃を加える。

 ライネルの角を引っ張る青年があっという間に距離を取らせ、その背から青年が3連射の矢をリンクへと叩きこむ。寸のところで避けたリンクだったが、3階から放たれた矢を食らい、ずっしりと片膝をついた。体勢が整っていないなかでの遠方射撃など、溜まったものではない。

 

「いけない! 1階に攻撃をさせるな!」

 

 ベニコは叫び、足もちぎれんばかりに走りだした。闘技場の端へと身を隠したミーアが、リンクを狙い打ったボコブリンの頭部へ矢を穿つ。

 

 2階は掃討され、3階へと人並みが流れてゆくその最後尾をベニコは追う。1階で駆け回るミーアが視線を油断なく視線を巡らせて、1階の戦いの邪魔をする弓矢持ちの敵を指し示す。

 

「そちらの敵を!」

 

 ミーアの指揮の下、人々は奮闘した。

 

 足を止めれば死ぬ。最も激しい激戦のなかにいるのは、白銀のライネルと青髪の青年が相対するリンクである。

 

 光煌めく氷の槍が幾本も空へと浮かび、切っ先がリンクに向く。太刀を肩に担いだ青年が、初めて不敵な笑みを浮かべてリンクを手招きした。ぞくりとするほど蠱惑的な笑みに、上からその様子を眺めていたベニコは背筋が震えた。

 

 眼差し鋭く、リンクが短い息を吐く。鋭く飛び交う氷の槍を避け、リンクは青年へ近接する。右へ左へ素早く地を蹴るリンクはライネルの背に跨る青年だけを見つめている。

 鋭く振りぬかれた青年の大剣をリンクは退魔の剣で受け止めた。ギン、と鋭い刃物の音が響く。ぎりぎりと鈍い音を立てて刃物がこすれあうが、ライネルに跨る青年の力が一歩勝る。弾かれたリンクは一歩後退し、低姿勢から勢いよく駆けだした。絶え間なく繰り出される斬撃を軽々と迎撃する青年は涼し気な無表情だ。ライネル自身から繰り出された斬撃に吹っ飛ばされ、地面をごろごろと転がっていったリンクが肩で息をしながら立ち上がる。

 

「ルファ……!」

 

 喉の奥から絞り出すような悲痛な声色。それが、その青年の名前なのだとベニコは知った。

 

「そちらの敵を!」

 

 ミーアが声を張り、指し示したその方向へベニコは慌てて矢を番え、狙いを定めて放つ。ミーアはまた違う敵を遠距離ながらも正確に射抜いている。

 いつの間にやら、随分と最後尾から離れてしまっていた。追いつかなければ。

 

 厄災がハイラルの終焉をもたらすかもしれない、とは100年前から言い伝えられていることだ。100年前の大厄災を生き延びた人々は、このような戦いを切り抜けたのか。

 仮初の平和のなかで生きていたベニコは、初めてともいえる戦場に立ち、胸いっぱいに過去の英傑達に尊敬の念を捧げた。

 2階、3階の敵は順調に討伐隊が減らしている。血止めをする仲間の脇を抜け、劣勢の1階を見下ろしながらベニコは走った。

 ベニコは己が生きている奇跡をひしひしと身に感じていた。

 

 ご先祖様、英傑様、女神様。どうか、わたしたちに力を……!

 

 

 

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