ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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密かな決意

 

 突き抜けた天井からは、夕陽が紅く場内に差し込んでいる。ひんやりとした空気が夕闇の訪れを知らせるが、汗で湯気をも立たせるリンクには何も感じられなかった。わずかに頬を紅潮させ、少しの油断もなく大敵を見据えている。

 

 ライネルの突進や、ライネル自体の攻撃も厄介ながら、最も危険な斬撃を繰り出してくるのはアルファであった。

 慈悲の欠片もない、本気でリンクの命を狙った重い一撃である。どれほど彼に手加減されていたのかを、リンクは命のやり取りのなかで知った。

 何故彼が魔物を従えているのか、何故ローブの女性がアルファの行方を知っていたのか、わからないことは数多くあれども、リンクは戦っていた。

 

 リンクが繰り出した回転切りをアルファはライネルの両角を掴んで後ろへ跳ぶことで避け、ライネルに火を吐かせる。多少の間隙をあけて次々と飛んでくる火の玉を全速力で横に走って避けていると、アルファが上空から太刀を振り下げ落ちてきた。

 

 いつの間にライネルの背から降りていたのか。

 

 爆炎に紛れるように現れたアルファの姿に一瞬心臓が凍り付く。寸のところで上空へ剣を横にし、大剣を食い止めた。ガギィン、鋭い音が響き、ビリビリと揺れる刀身を握りつつリンクは冷や汗を垂らした。

 

 じりじりと拮抗する力。全身の力を振り絞ってリンクはその斬撃を受け止めていた。

 

 そういえば、上からの狙撃はすっかりなくなった。2階から上の壁沿いでも、人々が魔物たちと戦っている。順調に魔物を討伐しているようだ。

 彼らの手助けがなければ、リンクは今よりもずっと追い詰められた状態であったことは間違いない。これ以上に絶望的な状態だなんて想像すらしたくないが、もしかしたら既に命が尽きていたかもしれない。

 

 何十太刀もの剣を合わせ、何時間も経過するなかで、リンクは少しずつ己の心のなかの迷いを消してゆく。

 

 消しきれない未練を、断ち切ってゆく。

 

 もしかしたらアルファが正気に戻るのでは、と一縷の希望を捨てきれなかったのだ。

 防御の延長線上の攻撃こそすれども、本気でアルファの命を狙った攻撃をリンクは未だ繰り出せずにいたのはそのためだ。

 攻撃を避けるばかりでは、こちらの体力がいたずらに消耗されるだけだ。負けは濃厚である。

 わかっているのだ。だが、蜘蛛の糸の如くか細いその希望を、リンクはなかなか捨てられないでいた。

 

「約束を、覚えているか?」

 

 まるで今のこの時を予感していたかのように、リンクは過去の出来事を夢に見ていた。

 

 ――俺がお前の障害となるのならば迷わず切り捨てて欲しい。それが空っぽな俺の、唯一の願いなんだ

 

 アルファは寂しそうにそう願った。リンクとて、そのような約束を請け負いたくなどなかった。だがそうせねばアルファは消えていきそうで、だからリンクは誓った。

 身を斬るような辛さをねじ伏せながらリンクは、ただただ友のために約束した。

 

 そうだ、彼と約束したのだ!

 

「ルファ……! 生涯俺はお前の友だ。今だって、変わらない!

 だからこそ――――お前の望みのままに!!」

 

 退魔の剣に光が宿る。刀身を妖しく浮かび上がらせる退魔の光。じりじりと剣を合わせたまま、リンクは力のすべてを足へ、腕へと込める。

 始終アルファが優勢だった剣がじわじわと押され始める。

 

「ルファ……!」

 

 リンクが圧しだしてはいるものの、ぴったりと地面に縫い付けられたように動かない両者。

 

 びゅんと風を切って一本の矢が飛ぶ。

 

 止まった二人のうち、それはアルファの胸へと吸い込まれた。

 

 アルファの心臓を射抜いた矢は、血濡れた矢じりを胸元から赤く咲かせて、リンクの眼前に現れた。

 

 驚いたように目を見開いたアルファは、静かに視線を落とした。短剣状の刃が矢じりにあしらわれた、特徴的な矢――古代兵装・矢だ。ぐん、とリンクの押す力が勝り、吹き飛ばされたアルファの太刀は地面を転がり、遠くで乾いた音を立てた。

 

「あ……」

 

 呟いたのは、どちらだったか。

 吐血し、口の端を血で汚したアルファが静かにライネルに弾き飛ばされる。一つに纏められた青い髪が、重力の名残でふわりと浮き上がった。

 

 乗馬する人間のことなどまるで考えないライネルの横薙ぎ。素早く後ろへ跳んでそれを避けたリンクが、ラッシュ攻撃で止めをさす。

 

 深々とライネルの首元にマスターソードを突き刺し、息絶えたことを横目で確認しつつ、はるか後方で倒れ伏すアルファの下へと駆け寄った。

 胸からはだくだくと流血し、赤い鮮血が青い衣を汚してゆく。じわじわと広がる血だまりのなかで、彼の碧い瞳は、芒洋とリンクの顔を映し出している。

 唇を引き結び、どこか嬉しそうな顔をした青年は、先ほどとはまるで別人のように穏やかな瞳をしていた。

 

「……さすが、我が、敵だ」

 

「ルファ……」

 

「……? 突然、馴れ馴れしく……名前を呼ぶようになったんだな、勇者」

 

 俺はわかっていた。もう、思い出していた。お前が友だと、お前が幼馴染だと。無理して敵を演じていると。

 それを、お前もまた分かっているものだと、どうして勘違いしていたのだろう。

 

 お前は……ずっと知らずにいたというのに。

 

 リンクは唇を噛んだ。

 知らせぬまま、逝こうとしたのか。ただ敵を倒したのだと俺に信じさせて。

 それでお前は、報われるのか。

 

 リンクは腹の底に力を込めた。力を込めども込めども声は震えて、だが、リンクは消え入りそうな友へと必死に言葉を紡いだ。

 

「思い出した……いや、本当は。初めからずっと疑っていた。お前は親切すぎたから」

 

 固い床に倒れた彼の身体を、そっと抱える。青年の腕のなかで静かに収まるアルファは、小さく笑った。記憶のなかで何度も見た、無邪気な笑みだった。

 

「そ、か。……世話を、かけた」

 

 リンクは震える片手をアルファの胸元へと差し出した。アルファは笑みを浮かべたまま、重そうに自身の腕を持ち上げて、差し出された手を握りしめた。

 

 まだその手は温かく、だが嫌に白い。

 

 

「……ルファ、俺とともに、戦ってくれ。ともに、厄災ガノンを封じてくれ」

 

 アルファは湖畔のように静かな瞳でただ、リンクを映し出した。

 

「ああ、そうしたいところだ……」

 

 ゆっくりと瞬く。そして、自嘲気味に笑った。

 

「だが、どうやら俺は……ここまでのようだ」

 

 遠い目で淡く笑みを浮かべ続けるアルファに、リンクは力いっぱい首を振った。

 

「駄目だ。ルファ、行くな」

 

 笑うな、と言いたかった。いつも表情を変えぬくせに、どうしてこんなときばかり表情を変える。お前らしくない。

 いつも通りの無表情でいいんだ。無理した笑顔など、見たくもない。

 

 アルファの身体から幾つもの燐光がうまれる。その度にアルファの姿は薄まってゆき、淡く発光する彼の影が徐々に重量をなくしてゆく。

 姿が薄れてゆく。

 

「ルファ!」

 

「お前なら、必ず姫さまを、救える……」

 

「……救う! ……だが、俺は……!」

 

 お前とともに、最期まで戦いたかった。

 

 魂の慟哭に、アルファは淡い笑みのまま頷いた。

 

「ああ……悪かった。ずっと、考えていた。お前が、どう思うか……。

 お前が俺などおらずとも、戦えることは、わかっていた。……それでも関わり続けたのは、俺の、エゴだなぁ……」

 

 剣技など、自然と思い出していただろう。関わらなければ、お前は悲しまずに済んだのにな。

 

 長い時間をかけてそう言い切ったアルファの姿が、一層薄れてゆく。

 

「違う! ……やめろ、やめろ……。消えるな、ルファ……!」

 

 どんどんと薄まるアルファの影を必死に掻き抱くリンクは、その光が実体を失ってゆくのを我が身を以て感じていた。

 

「最後まで……」

 

 消え入る声は、ぱくぱくと口を動かすのみで聞こえない。

 耳を近づけども、吐息がかすかに漏れる音が聞こえるだけだ。

 

 カラン、と古代の矢が石畳に落ちる。

 腕のなかから消えた重みに、激しい喪失感がぽっかりと胸で広がり、何も言葉にならなかった。

 

 まだ腕のなかには重みの名残も、体温の名残もあった。ひんやりと降りてくる夜の冷気がじわじわと肌を侵食してくる。ああ、こんなに辺りは冷えていたのか。

 

 ブーツの足音。極限まで顰められたその音に、おっくうながらも背後を振り返る。

 リンクのすぐ背後へと近づいていた女は、相変わらずフードを目深に被っており、見える口元は何の感情も称えていない。

 

 古代の矢を放ったのは、彼女だ。

 

「ガーディアンを器とし、厄災に侵され性質が変わりかけていたルファ様を助けるには、こうするしかなかったのです」

 

 リンクの傍らに崩れるように両膝をついたその女性は、先ほどまでアルファが転がっていた床を大切そうに、優しくなでた。白銀のライネルは討伐した証を残しているのに、アルファはなにも残さなかった。なにもなかったかのように、血の海さえも消し去ってアルファは消えた。

 

 リンクは彼女のことをよく知らなかったが、彼女がアルファのことを心の底から大切に想っていることは不思議と伝わってきた。

 ぱたり、と水滴が地に落ちる。

 リンクはフードの女性を見たが、ぎゅっとこぶしを握り締めた女性は立ち上がっており、その表情は見えなかった。

 

 女性が空を仰ぐ。辺りはすっかり暗く、とても静かだった。

 

 戦いを終えた人々が、固唾を飲んでこちらを見下ろしている。皆それぞれの戦いを終え、リンクたちの戦いを見守っていた。

 誰もが皆傷だらけで、討伐隊の皆は女性の声を待っていた。

 

「皆さまのおかげで、大切な人を……。

 ……救うことができました。ありがとうございます」

 

 寂し気に、だけどはっきりと彼女は宣誓し、人々は勝鬨をあげた。

 闘技場の建物を震わせるほどの歓喜の雄たけびは、魔物に打ち勝った人間の生の感情に溢れていた。

 

 リンクへと向き合った女性は、静かな声色でそっと囁いた。

 

「ルファ様を救ってくださって、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げる女性のローブから燐光が零れだす。

 

「な……!」

 

 自分以外に転移を使える人間は見たことがなかった。シーカーストーンも持たぬその女性は、徐々にその身体を青い粒子状へと変じてゆく。

 

「勇者リンク。貴方が厄災を滅ぼすことを、心より願います」

 

 アルファと同じように、その女性は姿を消した。

 ゆっくりと立ち上がったリンクは、煌めく退魔の剣を拾いに歩く。

 

 刀身からくるりと舞い出てきた青い剣の精霊――ファイは、宙に浮かんだまま不思議な声色で話し出す。

 

『アルファ様の力を我が身に感じます。彼の方は言っていました。

 ――最後までともに、と』

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 静かに消えゆくミーアは、固くこぶしを握り締めたまま心に決めた。

 

 邪悪な器からアルファの魂を解放するには、器を壊すほかなかった。

 そうすることで、アルファがどうなるかなど予想もつかない。

 

 願わくば、本体である大剣に魂が戻ればいい。

 

 しかしその魂は、自然には大剣へと戻らなかったようだ。

 

 

 ならば、探しに行こう。

 

 時の狭間に彼の姿があるかもしれない。

 

 我が身が擦り切れるまで。

 

 この命、尽きるまで探し続けよう。

 

 

 

 アルファはただ、リンクのためだけに在った。

 

 ならば、私はただルファ様のためだけに存在していても、いいでしょう?

 

 誰に問うでもなくそう想い、ミーアは時の狭間へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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