ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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友情

 それは命を賭けての攻防であった。すこしも足を止めぬままにリンクはガノンのもとへと向かうべく、連戦を重ねていた。

 そこいらに巣食う敵どもは、湧き出てくる泉のごとく際限ない。だが敵の攻撃パターンは身体に、魂に刻み込まれている。よく稽古された殺陣の如く次々に敵を斬り伏せてゆくリンクには、危うげな様子はすこしもなかった。

 

 ハイラルの民が心底恐れるライネルでさえもリンクの敵ではなかった。寸前で攻撃を躱し、息つく暇さえ与えずラッシュを叩き込む。素早く力強い斬撃。剣の軌跡が宙できらきらと輝く目にも止まらぬ太刀筋に、敵はなす術もなく命を削られてゆく。

 

 記憶のなかの最盛期には未だ至っていないことは、よくよく自覚していた。知識や記憶、剣術こそ戻れども1日も欠かさず鍛錬してきた身体にはそう都合よくは戻らない。だがリンクは急がねばならなかった。

 

 100年もの長きに渡り封印を続ける姫。憂いと希望を己に託した戦友たちを想えば、ガノン討伐に踏み出さずにはいられなかったのだ。

 己の力が過去に至るまで? 待っていられない。

 

 物心ついたときから長い年月をかけて剣技を練磨し続けたリンクは、過去の己の力量が一朝一夕で戻るものではないと理解していた。

 既に一般人をはるかに凌駕した剣技を取り戻しながらも、リンクは未だ鈍さの残る身体に歯噛みしていた。剣の一振りでボコブリンを何体も簡単に吹き飛ばしていたあの力は、いまのリンクにはない。

 だが諦めたわけでも、やっつけ仕事でもなんでもない。

 過去ほどの剣技はないが、過去にはなかった力を得た。

 だから勝てる。ガノンは必ず倒してみせる、と熱く胸に決意しての行動だ。

 

 

 過去、王城は煌めいていた。煌びやかにそして荘厳に、白亜の王城は輝いていた。

 まばゆい陽光を受けてきらきらと発光しているようにみえたものだった。

 ハイラルの民から羨望の眼差しを受けていた王城が、ぼろぼろに崩れている。瓦礫がさみしく打ち捨てられており、人の手はもう長いこと入っていない。トライフォースのあしらわれた大きな門扉、屈強な石壁、風にたなびく旗々、それらが100年ものあいだ忘れ去られたようにここに在ったのだろう。

 それが美しければ美しいほど、崩れた姿の惨さが際立つ。

 夕闇混じりの夕陽に赤く照らされた水堀がきらきらと妖しく光っている。

 何にも変えがたい美しさを誇っていた宮殿は、どこかおどろおどろしい不気味な場所へと変貌していた。

 

 ハイラル城の有様を目の当たりにするのは心が痛かった。物悲しさに胸が締めつけられる。後ろ髪を引かれるようなやるせない辛さがいつまでもいつまでも尾を引く。胸のすかない、これでよいのかという思いがリンクの足を引き留めようとしてくる。

 

 あの頃は、よかった。

 迷いなどなく、皆で一致団結してガノンを討伐するのだと着々と準備を進めていた。思い思いに修行に励み、種族を越えて手を取り合って、ガノン討伐を目指していた。ゼルダ姫の封印の力は目覚める兆しを見せなかったが、それでも姫を核心として広大なハイラルに住まう者どもは力を合わせた。

 過去の技術への対処をガノンが終えているとも知らずに。

 

 ガノンの瘴気が地面から立ち上り、むせかえるような息苦しさを覚える。

 その息苦しさに、リンクは首を振った。

 平和な日々を瞬く間に奪われた憎しみがめらめらと胸の底から込み上げてくる。高音の黒い炎が舐めるようにリンクの心臓を炙る。ガノンの悪行は到底許せるようなものではなかった。

 

 多くの兵士が、大地が赤く染まるほどの血を流した。騎士たちはみな死んだ。数えきれないほどの命が失われた。

 地に膝をついて慟哭するだけの子どもを、助けられなかった。足を失って地面を這い懸命に生きようとしていた青年を助けられなかった。

 ハイラルの城下町は崩れて原型すら留めていない。

 死んでいった人間の姿は目をつむれば嫌になるほど色鮮やかに思いだせる。

 志半ばに死んでいった同胞のためにも、封印を続ける姫のためにも、未来に生きる民のためにも絶対に負けられない。

 胸に巣食う謎の空虚な空洞に決意を詰め込む。

 

 気持ちを新たにリンクは大きく息を吐き、走り出した。

 

 マスターソードはハイラル城内に入ると、一層退魔の輝きを増した。闇夜に唯一光る一等星のごとく、マスターソードは頼もしく輝きリンクの側にあった。

 攻撃力も随分と上がっているようで、取り回しの効きづらい大剣にも勝るほどの切れ味を片手剣で実現している。頼もしい相棒だ、とリンクはそっと口の両端を持ち上げた。

 

 リンクに気づき、迫り来るリザルフォス。

 その動きは素早かったが、リンクは剣を振るうだけでリザルフォスの動きを止めた。

 剣の軌跡に透明に煌めく氷の槍が幾重にも現れ、それぞれが勢いよく敵へと突き刺さってリザルフォスを氷漬けにしたのだ。

 

 リンクの体力が満たされていれば、マスターソードを振るうと氷の力で敵を氷漬けにすることができる。

 もともとマスターソードにそのような力はないとファイは言っていた。アルファ様の心だと。

 

 彼を想わせる凍てついた氷を見るたびに、胸が熱くなるような苦しいような、思わず眉間に皺がいってしまう焦燥感が渦巻いた。それは退廃したハイラル城を見たときの気持ちにも似ていた。

 

 アルファに話したいことは山ほどあった。だが少しも伝えきれないままに別れてしまった。そのことが鉛のような後悔となってリンクの胸に重くのしかかっていた。

 

 あの別れは今生の別なのかもしれない。

 

 そも、100年前にアルファは死んでいた。

 

 ガーディアンのレーザーの強烈な光と、ボロ切れのように跳ね上がった彼の姿はリンクの眼裏に未だに焼き付いている。

 

 再び出会えたことが奇跡だった。

 そしてその稀有な奇跡を弄んだガノンが一層憎かった。

 二度も親友の死を見届けねばならないなんて、あまりにも酷い運命だ。

 二度とも、彼を助けることは敵わなかった。己の非力さが憎い。

 勇者などと呼ばれていても、所詮リンクが助かることができる人間など一握りしかいないのだ。

 

 大切な親友を、一度目は姫を助けることを優先するため見殺しにした。

 二度目は身体を破壊するしか術はなかった。

 

 本当にそれしか方法はなかったのか。過ぎ去った過去は変えられないというのに、後悔の念が何度も何度もリンクに不毛な思考を繰り返させた。鈍痛の走る胸に眉を寄せる。

 何の意味もないことなど、リンク本人が重々に承知していた。それでも魂を慰撫するように、アルファを助け出せたかもしれないという甘い妄想が波のように打ち寄せては引いていく。

 

 すべての意識を身体操作に向けて、無理矢理に思考を停止させた。

 足先から髪の一筋まで力は漲っており、なににも負ける気はしない。

 負けるわけにはいかない、絶対に。

 

 無数のガーディアンに狙われながら、城壁に身を隠すようにして素早く本丸を目指す。

 遮蔽物のないところではジャストガードを狙うが、命を削るシビアなタイミング調整は過去ほど上手くはいかず、ダルケルの護りに何度も救われた。

 

 気にすんなよ、相棒! 護りは任せとけ!

 

 そう言って快活に笑うダルケルの姿が脳裏に浮かぶ。

 

 ミファーの祈り、リーバルトルネード、ウルボザの怒り、アルファの心。

 得た強力な力と彼らの魂を背中に追ってリンクは一心に強大な敵へと突き進んでいく。

 

 

 

 本丸に一歩踏み込めば、その禍々しさに自然と身体がすくみそうになる。勇気を奮い立たせ、リンクは落ち着いた歩調で足を進めた。今後の戦いに備えて全身へと血を運ぶ心臓は激しく脈打っていたが、リンクは緊張をつゆとも顔に出さなかった。警戒した油断のない面持ちで体重を感じさせない足取りでゆっくりと本丸の中央へと進んでいく。身体には無駄な力は入っておらず、あくまで自然体であった。

 

 天井には赤黒く明滅する大きな繭のようなもの。

 心臓のごとく脈打っている。

 本能的に全身の毛が逆立った。

 

 本丸の大きな窓からは強い西陽が差し込んでおり、力強く差し込むその光だけが辺りの不気味さを払拭していた。

 

『リンク……、ごめんなさい。わたしの力では、もう……』

 

 鈴のように高らかな美しい声が物悲しく響く。

 繭を突き破るように、内側から激しい閃光が溢れ出る。ガーディアンのレーザーのような青い光が本丸を縦横無尽に破壊していく。

 

『ガノンを……』

 

 レーザーで破壊された床の断片や細かな土煙が立ち上がる。

 満足に目を開けぬなかでも、リンクは五感を研ぎ澄ませて身構えていた。建物が破壊される轟音のなかでも姫の声は一際よく響いていた。その高らかな音色を耳の奥に感じつつ、リンクは腰を落として重心を安定させた。

 

 繭を突き破り、崩れた天井とともに落ちてきた禍々しい巨体は土煙のなかでぼんやりとその姿形を浮かび上がらせる。

 リンクの身など比べるまでもないとんでもない巨体だ。床を踏み抜きそうなほどの巨体にみしみしと建物が嫌な音を立て始める。レーザーで既に崩されていた床はガノンの巨体を支えきれず、床に激しい亀裂が入る。

 

 一瞬の浮遊感、分厚い床と宿敵ガノンとともにリンクは落ちた。

 突然足元がなくなるも、リンクの表情には焦りのひとつも浮かばない。着地点を素早く見下ろし、いち早く落ちていったガノンに続き、パラセールで距離を取って着地する。

 

 禍々しい巨大に赤い髪。鋭く光る赤い眼にぬらぬらと黒光りする幾本もの脚。蜘蛛に全世界の人間の絶望でも詰め込めばちょうどこんな厄災の形になるだろうか。

 リンクに向かって激しく咆哮する厄災ガノン。リンクはするりと退魔の剣を抜く。

 

 突如として、声が響いた。

 

『言っとくけど、君のためじゃないよ?』

 

 リーバル。

 ああ…………。

 ……なんて、頼もしい。

 約束通り彼らは、死してもなおリンクの手助けとなってくれるつもりなのだ。

 

『僕はガノンに借りを返したいだけだからね!』

 

 遠くで力の気配を感じる。神獣が死した英傑に導かれて、正しく動きだす。

 リーバルらしい素直じゃない物言いだ。心のなかでリンクは笑ってしまった。

 

『これが私の最後の力……負けないで!』

 

 ミファーの声がどこからか聞こえてくる。

 彼女の癒しの力には何度助けられたことだろうか。

 癒すだけでなく、槍術の使い手であり、その間合いの広さと卓越した泳ぎの能力が合わされば水場では無敵の存在であった。

 ありがとう、ミファー。リンクは固く剣の柄を握りしめる。

 

『行くぜ相棒! さあ、こいつを喰らいな!! ガノン!!』

 

 ダルケルの声だ。

 いつも快活に爽やかにリンクの悩みを吹っ飛ばしてくれる頼もしい存在。姫を核心として集まった英傑たちのなかで、リンクが特に親しくしていたのはダルケルとミファーの2人であった。

 

『派手にいくとしようかね。

 御ひい様! もうちょっとの辛抱だよ!!』

 

 凛と響くウルボザの声。

 死してもなおゼルダ姫を気遣う温かな心。

 雷を自在に操り、曲刀を軽やかに振るう彼女は女性とは思えぬ怪力の持ち主である。荒っぽいゲルド族を纏める首領は知識も体力も卓越した存在でなければ務まらないのだ。

 幼い頃から可愛がっていたゼルダ姫のため、快く神獣の操り手となったウルボザは、情に厚い女性だ。

 ウルボザとゼルダ姫とのやりとりは、リンクの心をほっと和ませる家族のような温もりを感じさせてくれていた。

 

 凄まじい蒼の光が天井高くに見える。

 

 ふと、手のなかにあるマスターソードが熱を持った。

 リンクが視線を落とすと、マスターソードの刀身から溢れ出る氷の礫がみるみるうちにリンクの前方へと集まってゆき、氷の彫刻のようなアルファの姿が空中に現れる。

 繊細な氷が髪の一筋までも完璧にアルファを象っている。マスターソードの精霊ファイとよく似ていて違うのは、服の皺さえも表現されたその氷像は透けており、煌めきながらも奥の景色を見通せることだ。

 

 肩には透明な氷の大剣の切先を乗せ、不敵に笑うアルファの姿。

 

 その姿を、あまりの眩しさにリンクは目を細めた視界のなかでぼんやりと見た。

 

 濁流のように天井から差し込む青の光。光が爆発している。

 

 目も開けていられないほどの凄まじい光のなかで、踊るように氷のアルファがガノンへと斬撃を加えていく。

 リンクが騎士であったときに何度も目の当たりにしたアルファの途轍もない剣術スキルだ。過去のリンクとも渡りあった最盛期のアルファの剣技。天井からの神獣の攻撃に押し潰されるように耐えるしかないガノンは、アルファの攻撃にも対応できずになされるがままである。

 アルファの身体は神獣からの攻撃をガノンと等しく食らい、ぼろぼろと崩れていく。

 

 青の大爆発が止んだとき、削れた小さな身体でアルファは笑った。

 位の高い貴族が見せる、なにかを隠した笑みによく似ていた。

 それは、古くからアルファを知っているはずのリンクも見たことがない笑い方であった。

 

 奥で伏せるガノンの姿が透けて見える氷の身体で、アルファはそっとリンクに手を差し出した。

 

 激しい攻撃に身動きもままならぬガノンは、巨体を起こそうとし、再び地面に倒れ伏す。命こそ奪うまでには至らなかったが、かなり削られた様子である。

 

 アルファから差し出された手を握る。しかしながら、アルファが残した力の残照に実体などなかった。握ろうとした手は、自分の手を握りこむだけに終わる。透けたアルファの姿を見あげつつ、リンクは唇を噛みしめた。

 

 アルファはその人生のすべてを懸けてリンクのそばに在った。

 リンクのためならば死んだとて、本当に気にもしないほどに。

 親愛の情などという言葉では足りもしない。守護霊の如くただアルファはリンクのためだけに在った。

 

 感謝の言葉だけでは軽すぎる。

 だから見ていてくれ。

 姫を救うため、仲間の想いを引き継ぐため、戦おう。

 

 そして、お前に、姫に、ハイラルの民に平和という名の勝利を捧げよう。

 

 みるみるうちにアルファの身体は崩れてゆき、氷の礫と化していく。輝く白銀の礫が帯のように流れて天へと消えていく。当たり前のように出せていた氷の力は、もう出せないと直感した。

 

 激しく咆哮するガノンを前に、リンクは燃え盛る胸の熱さだけを感じていた。血を震わせるほどの咆哮は砂塵を巻き込みリンクに襲いかかったが、到底、負ける気などしていなかった。

 

 リンクは血が逃げるほどに強く剣を握りしめ、助走をつけてガノンへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 抜けるほど青い空の下、小鳥のさえずりや吹き抜ける風の音。崩れた王城こそ変わらなかったが、激しく渦巻いていた怨念はすっかり消え失せている。

 世界は静かに崩壊を止め、人知れず平和を取り戻していた。

 ガノンを100年ものあいだ封印していた姫は解放され、伝説の勇者と肩を並べて草原を歩いている。

 

 その姿をそっと見守るのは英霊たち。

 

「さて、そろそろ行くか?」

 

 そう言いつつも、動かないダルケル。

 次の句を告げないダルケルにしびれを切らしたウルボザが口を開く。

 

「……ルファは、どこへ行ったんだろうね。女神の力をもとに蘇ったあの子が、その力を使い切ってしまったとなると」

 

「てっきり、この場にいるものかと……」

 

 か細い声で呟き、うつむいたミファーの肩をウルボザが優しく抱く。

 その様子を厳かな雰囲気を漂わせつつ、ハイラル王が眺めている。

 

「……おそらくは、時の狭間へと消えていったのじゃろう……」

 

「時の狭間ってのは……?」

 

「王家に伝わりし伝説のなかにある空間じゃ。未来や過去、別の世界へもつながる不思議な空間のことじゃ。しかしながら、そこに長く在ればすべては消えてしまうという」

 

「そこにはどうすればいけるんだ?」

 

「この王冠は法具ともなっておる……これがあれば、おそらくは」

 

「フン……手のかかる奴だ」

 

「あたしも、最期の一仕事と行こうかね」

 

「うん!」

 

 死してなお、過酷な試練へと挑む高潔な英傑たちは、ハイラル王の力により時の狭間へと送られた。

 

 

 

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