ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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紡がれ、生きる

 そこには昼も夜もない。身体の輪郭が擦り切れるほどの膨大な光が満ちたその世界では未来と過去は可逆的に変化する。

 

 地上では過去へは1秒も戻れない。ただ一方通行に時が流れていくもので、女神ハイリアの執念染みた愛情に見守られて育ったハイラルの種族は、そのことを当たり前に享受している。

 

 時の狭間、なんてものがあることを知っているのは一部のみ。かつて天上に人の身として生まれ落ちた女神ハイリアの血を引くハイラルの国王血族だけだ。

 

 ハイラル王家はその血潮に神聖を宿す。王族は神聖な力――他の者からみればそれは、類稀なるカリスマ性にも強大な力にも見える――を生まれ持っていた。

 特に力が強いのはハイリアと同じ女人で、ハイラル滅亡の危機を救うべく勇者とともに巨悪に立ち向かうのは王家の姫。力を宿した美しい姫は、民衆から見れば高嶺の花でも、野望に染まった悪しき存在にとって喉から手が出るほど欲しい存在だ。

 

 王族の姫、そして勇者。他とは一線を画すその2人の存在のなかでも時間遡行の力が貸し与えられているのは勇者のみ。

 

 時の狭間にかつて落ちたことがあるのは、運命に選ばれし勇者だけだ。

 勇者はハイラルの長い歴史のなかで世界の滅亡の危機には幾度となく現れた。生まれ育った環境で育まれる性格こそ違ったが閃光の如く煌めく魂や正義心、ハイラルへの愛情は魂に深く刻まれており変わらない。

 

 強靭な魂を持ち、強烈な運命の糸を操る仮面の勇者はオカリナの笛音に導かれて未来から過去へと何度も何度も遡り、最適な未来を見つけ出したと言われている。

 時の勇者はマスターソードの力を借り受けて自由に未来へ過去へと時の旅を可能にしたという。

 

 時の狭間に只人が迷い込めばどこへも行けぬ。

 人の魂は通常輪廻転生を果たす。だが弱り切った魂が時の狭間へと迷い込むことがある。それらは女神ハイリアにより見つけられ、手づから未来へと送られることとなる。だが稀に考えられないほどに弱まった魂がそこに迷い込めば、女神にも見つけられず、膨大な時のなかで徐々に自我をなくしてゆき、消えることもあった。

 

 かつて女神ハイリアに選ばれたアルファの魂は、エネルギーを使い果たして消えかけていた。女神ハイリアは己が並行世界へと遣わせた神使を探したが、見つからない。

 

 

 "男"は耳鳴りさえもしない清浄な光のなかにいた。いつからそこにいたのか、どうしてここにいるのか、当たり前の疑問も覚えずただ"在った"。運命の糸により翻弄された彼の魂は擦り切れて弱り切り、女神の力に感知されないまでの塵芥の存在へと薄れていたのだ。その姿はすでにただの弱弱しい光の輪郭がおぼろげながら人の形をとっているだけ。

 

 男は恨みも喜びも持ち得ぬまま、ただ静かに己の輪郭が消えていくのを感じていた。悲しみもなければ、不安もない。

 己が持つ力をマスターソードへとすべて託し、記憶とともに残った魂の片鱗はとても儚い。

 

 これは、走馬灯だろうか。観客は男ただ一人のみで、忘れていた懐かしい気がする思い出たちが映しだされては消えていく。無感動にそれらを眺めていた男は、金髪の青年が切羽詰まったようにこちらへ向けて手を差しだす光景を見てる。

 男は次第に、己の名前すらも覚えていなかった。

 

「消えんじゃねえぞ、相棒」

 

 そんな男の小さな魂を、もうこれ以上力が流れ出さぬように、消えぬようにと囲うのは赤いシールド。

 彼が男の手をがっちりと握り、護っていたのはどれくらいの時間だろうか。

 尺度のない白い世界で受け答えも満足にできぬ男の魂を優しい魂が護り続けている。

 時の狭間へ迷い込んだ魂は、その身が消滅する前に女神の力により未来へと送られた。

 ちっぽけな男の魂を置いてきぼりにして。

 

「フン……借りは返す主義なんだよ」

 

 ダルケルが繋ぎとめた薄れた男の手に、やわらかな羽毛の感触。

 しっかりと男をつなぎとめるその存在は、人の身には想像を絶するほどに長く男とともあった。男の存在が消えてしまわぬようにと手をつなぎとめていたが、リーバルもまた女神の力により未来へと送られた。

 ちっぽけな男の魂は、女神の目には留まらない。

 

「御ひい様が悲しむだろう? まだ生きるんだよ」

 

 不器用に男の手を掴むのは大柄なゲルド族の首領。温かくたくましいその手に、男の存在は守られた。

 だが同じように彼女の魂もまた女神の力により未来へと送られる。

 強靭な英傑の魂に護られてなお、男の魂は消えつつあった。

 

「生きて。お願い、消えないで!!」

 

 3人の強靭な魂の存在があったがために、奇跡的にも残った男の魂をミファーが優しく癒していく。

 温かい力。

 薄れていた輪郭がおぼろげながらも見えだし、徐々に光の輪郭が金髪の青年の姿へと鮮明になってゆく。閉じたままだった男の瞳がゆっくりと開かれる。その瞳は、ミファーがよく知る碧眼であった。

 ミファーの魂は、女神の力により未来へと送られた。

 

 

 目を開いた男は、静かでただただ清浄なその空間にぽつりと一人で存在していたが、おぼろげながらも自分が護られていたことを思い出した。あの温かな手は、誰だったのだろう。

 そもそも俺は、何者だ? ――ルーファウス・ドゥンケルハイト。

 そうだ。……いや、違う? 俺は、誰だ。――アルファ・グラディウス。

 そうだ。そうだった。

 俺は、勇者の、英傑達の友だ。

 

 

 はっきりと輪郭を取り戻したアルファの魂に、どこからか現れた美しい女性が寄り添う。

 

「ルファ様……お探し、申し上げました」

 

 並行世界において王女ゼルダよりもなお強くハイリアの血を継いだミーア・リヒト。

 彼女の容姿は過去のハイラル王家のなかでも、きりりとした顔立ちをした黄昏の姫君に酷似していた。

 黄昏の姫君は、影の世界の軍勢から民を護れず、その生涯において喪服の如き漆黒のローブを身に着けた姫であった。その魂を受け継いだミーアの力は、傍系のなかでも有数の力の持ち主だ。

 

 はるか過去、ゼルダだった頃のミーアは守りたいものを守れなかった。

 

「ルファ様、私が護ります……!」

 

 ミーアがアルファを抱きしめる。彼女の魂とアルファの魂が強烈な光の珠となる。

 その明滅に、女神ハイリアは時の狭間へこぼれた神使の魂をようやく見つけることがかなった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 女神ハイリアは、ハイラル各地に置かれた石像から伝わる人々の心の声に常に耳を澄ませている。常に微笑を湛えたような美貌は愛らしくデフォルメされているが、天界におわす女神は直視できないほどの神々しさを湛えた美貌の持ち主だ。しかし、同時に人形のように冷たさも感じられる。

 

 女神ハイリアは人知を超えた存在である。存在はありつつも、生きてはいない。

 

 女神ハイリアのできることは、限られたことである。

 直接己の力を大地へ干渉させることは叶わないし、素質なき者に力を与えることもできない。素質なき者に声を聞かせることさえもできない。

 神の力は強大すぎて、振るえば大地が割れ、秩序は破壊されてしまう。

 

 だから、運命を背負いし、女神の力に耐えうる者たちに力を貸してハイラルの地の安寧を守ってきた。

 運命は幾重にもわかれている。だから世界は幾つもあって、そのなかでも特に滅亡に瀕した世界を女神ハイリアが調整することで世界全体の調和をしていた。

 

 

 勇者と姫はどの世代でも惹かれあう運命にある。

 しかしながら、勇者と姫は絶対に結ばれぬ。

 

 世代を越えて、再び惹かれあわねばならぬからだ。

 

 

 女神ハイリアは、はるか昔にその魂の強大な魂の欠片を注ぎ込み人間として転生したことがあった。天界の女神の手から離れたもう一人の女神は、その時代に生まれし勇者と結ばれた。

 姫も勇者も、ハイリアの直系の子どもであったのだ。

 

 親が子に、兄が妹に惹かれても、結ばれることはない。

 血のつながりを感じさせないほどにまでに時は流れても、永久に惹かれ続けるがために、永久に結ばれぬ。

 それが勇者と姫の運命。

 

 

 王家は、女神ハイリアが人間に転生した際に繋がれた血筋だ。

 騎士は、初代勇者から連なる血筋である。

 それらはまじりあうことはなく、だが常にそばにあり続ける。

 

 

 時が平穏に戻りしとき、勇者は姿を消す。

 王家の姫が心を残さぬために。

 勇者自身が姫に想いを残さぬために。

 

 

 もしもそれらの運命が重なってしまえば、勇者が生まれる血筋がなくなる。

 姫の生まれる血筋がなくなる。

 脈々と守られし血筋を守るため、これからハイラルを守る運命を担う子を守るため、勇者はひっそりと姿を消すのだ。

 

 

 

 此度の息吹の姫は女神ハイリアの血が薄い。

 1万年ものあいだにすっかり血は薄まり、天界から声を届けることさえ叶わなかった。

 

 彼女の祈りの声は天界におわす女神ハイリアへ届いていた。

 だが、女神の力に耐えうるだけの心の器が王家の姫になかったのだ。

 過ぎた力は命を奪い取る。ゆえ、女神は長らくのあいだ姫に力を目覚めさせることはできなかった。

 

 

 勇者は今までの勇者のなかで最も個人的な能力の高い英傑であったため、心配はいらなかった。

 

 だが、姫に流れるハイリアの血があまりにも薄い。

 

 修行を重ねるごとに着実に実力はつけてきているのだが、目には見えないものだ。

 自らの努力が誤ったものではないのかと焦った姫は考古学を学びだし、そちらへ傾倒していった。

 

 姫へ啓示を与えたのだが、姫は考古学こそが己が民を助けることのできる道なのでは、と運命を誤った方向へ進めようとしていた。

 

 女神ハイリアは己の血を引く王にも啓示する。考古学ではなく、魂の修行を積ませよ、と。

 

 王は正しくそれを受け取り、姫を本来の運命へと進ませようとした。

 女神の啓示により厳しく姫を律そうとする王に、姫は自己肯定感を失っていく。

 己はいらぬ存在なのだと、出来損ないの姫だ、と。

 

 そして姫は優秀な勇者に対して反発心を抱いた。

 姫は完璧すぎる勇者にコンプレックスこそ重なっていくものの、心の奥底では惹かれていた。だが姫の幼い心は感情を持て余し、運命が如く助け合う仲とはならなかった。

 

 

 英傑が厄災ガノンに殺され、たった一人で姫を守る勇者が死に、そして姫もまた死んだ。

 女神ハイリアが啓示を与えても、どれほど運命をやり直しても、この2人と4人の英傑だけでは、勇者も姫も死す未来にしかならなかった。

 

 なにか変えねば、未来は変わらない。

 このままでは愛するハイラルが滅びてしまう。

 

 なにを変えればよいのか。――勇者と姫との緩衝材を置けばよいのでは、と女神ハイリアは思いついた。

 

 

 そこで女神は、自らとよく似た姿かたちをもつ男の存在を思い出した。

 かつてはハイラル王家の姫をもらい受けたこともある大貴族の家系にある男だ。

 此度の姫よりもずっとハイリアの容姿や、実のところ能力をも引き継いでいたが、表舞台に出ることはあまりない男だったので目立ちはしなかった。

 

 かの者を影の英傑とし、勇者の手助けをさせればよい、と閃いた。

 

 そこで女神は運命を操作した。

 

 大貴族として生まれてくるはずのその男を、騎士の家系に生まれるように。

 

 そこで生じた歪は、過去にまでさかのぼった。ドゥンケルハイト公爵に数多のシーカー族、それにリヒト公爵家までもがこの時代から消えてなくなってしまったのだ。

 そして、その歪は王家に反逆するシーカー族を祖としたイーガ団なるものを結成させた。それはハイラルを脅かす脅威であったが、その脅威を享受してでも運命を変えねばならなかった。

 

 勇者や姫の死した運命では、ハイラルの滅亡は免れない。

 女神は、その運命のまま、時の流れを見守ることにした。

 

 

 そして、新たな運命のもと、女神はその男と面識を作った。

 

 一度すべての記憶を消し、新たな運命を背負わせて世界へ送り込んだせいか、男の感情の起伏は常人よりもやけに少なかった。

 だが、女神の目論見通り、姫は同じ血筋を引くその男を本能的によく慕い、その幼馴染である勇者との関係もずっと良好なものになった。

 

 

 そして、影の英傑が死に、勇者が死にかけた時、己の幼い心をとうとう克服して、女神の力を受け取れるまでに成長した。

 これは快挙と言ってもよかった。あれほど血が薄いなかで女神ハイリアの力を受け取るまでに成長できたのは、女神が運命を操作したのも一因だが、本人の血のにじむような努力の成果である。

 周りの人たちに支えられ、姫は大輪の花を咲かせたのだ。

 

 

 姫が女神ハイリアの力を受け取るまで、実に実に長い試みであった。

 

 この先は女神ハイリアとしても新たに紡がれる世界である。

 繰り返しの時の果てにようやくつながった未来。

 しかし巨悪は滅亡していない。

 勇者は、1万年前の技術が残っており、何とか一命を取り留めたが、その能力は退魔の剣に選ばれた全盛期とは比べ物にならないほどに堕ちることだろう。

 

 その差異を、どう埋めればあるべき未来へ繋げられるだろうか。

 

 誰にその差異を埋めさせればよいだろうか。

 

 

 

 そこで女神は、並行世界へと送った影の英傑が死んだとき、精神世界(サイレン)へと魂を引き込んだ。

 一度運命を操作した男の魂である。造作もないことだ。

 

 それから、地に転がった男の身体を回収しておく。

 

 男は女神ハイリアの血を正しく受け継いでいた。

 王家の姫よりもずっと色濃く。先祖返り、というものだろう。

 

 精神世界(サイレン)での修行にも心を折られることなく、人外の力を身に着けた。

 そこで女神はハイラルの大地へ再びかの男を送り出した。

 

 

 すべてはこのハイラルの地のため。

 

 すべては選ばれし勇者と姫のため。

 

 ある一人の男の運命は、大きく変わった。

 

 ある一族の命運は、大きく変わった。

 

 

 男の一生は、勇者や姫のために捧げられる。

 それは、運命だから。

 女神ハイリアが紡ぎし運命から、逃れられはしないのだ。

 女神の操る運命の糸に翻弄された男は、そうとも知らずに懸命に生きた。そして、心からハイラルを、友を愛した。

 

 ハイラルの滅亡の危機を、勇者と姫によって乗り越えられたことを天上世界から見守る。

 女神は、己が力を与えた影の英傑の運命の糸を手繰れなくなっていることに気づいた。そして、探した。砂漠のなかから一粒の砂を探し出すことと同義なほどにアルファの魂は弱り切っており、ハイリアを呼ぶ声がなくば見つけることは叶わなかったであろう。

 擦り切れ弱り切ったその儚い魂へ、ハイリアは力を注いで未来へ送った。

 

 それより先の未来に女神ハイリアは干渉しない。その必要がないからである。

 

 

 ようやく己の力と意志のみで未来を切り開くことを許された男は、一体どのように生きるのか。

 女神ハイリアは穏やかな笑顔で、天界からその様子を眺めている。力を使いすぎた女神の眠りの時は近い。優しく細められた瞳は、いまにも閉じそうだ。

 

 

 青い髪の青年の隣には、金髪の女性が寄り添っている。そのすぐ近くには、息吹の勇者と姫君の姿もある。

 穏やかな笑顔で寄り添い支えあう彼らの姿を眺め、女神ハイリアは眠りに就いた。

 

 




最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
お気に入り登録してくださった方、温かなメッセージに励まされてなんとか完結することができました。

ゼルダの新作、楽しみですね……!
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