ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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サハスーラ平原

 一面が緑で覆われた広大な平原。サハスーラ平原を越えればカカリコ村は目と鼻の先である。

 

 天気は生憎の雨で、下ろしていたフードを目深にかぶり、顔にかかる雨粒を避ける。粘り気を帯びた土がブーツに付着する。濡れた草が黒いズボンにべったりと張り付いており、カカリコ村についたら草の汁落としに専念することになりそうだ。ブーツの紐の間に入り込んだ草はわりとしぶとくて、ブラシを手に入れねばな、と頭の片隅で考える。

 

 朝方の冷気もそのままに、降り続く雨。全身がぶるりと震え、アルファは白い息を吐いた。我慢できないほどの寒さではないが、ここの地方、これほど寒かったろうか。

 

 雨で重くなった衣服がアルファの歩みを遅くさせる。鈍い頭痛のなか歩き続けるも、緑広がるサハスーラ平原は果てしなく続いているようで、げんなりした。

 

「お……」

 

 草を食む馬の群れを見つけた。雨も降っていることだし、警戒心の強い馬に気づかれることなく近づけるかもしれない。

 足音を消す体重移動で、背の高い草に身を隠しながら徐々に馬との距離を詰めていく。馬の長い尻尾がゆらゆら揺れている。眼前にはしなやかな筋肉に包まれた馬の尻。地を強く蹴り、アルファは勢いよく馬にまたがった。高い声でいななく馬がアルファを振り落とそうともがくが、しっかりと両足で馬の背を挟み込み、どうどうと馬をなだめる。周りにいた馬たちまでもすっかり興奮して四方八方へ逃げていった。

 

 ややもして、ぶるりぶるりと興奮気味に鼻を鳴らしながらも馬は落ち着き、アルファの望む方向へと歩き出す。

 

「ありがとな。乱暴な方法で悪かった」

 

「ヒヒン!」

 

 まったくその通りだ! と言わんばかりに鼻を鳴らす。時折違う方向へ走りたがる馬をなだめつつ、早足で馬を駆けさせる。美しい青毛のその馬は、足取り軽やかにアルファの思う方向へと進んでくれた。捕まえたばかりで親密度などまるでありもしないのに、利口な子だ。

 

 高い馬上から確認すると、ボコブリンが弓を持ちこちらに気づかず平原を闊歩する姿が確認できた。騎馬はそれほど易しい技術ではないのだが、なかなかどうして、ボコブリンたちはすごい。鞍もつけずに馬を乗り操るところや、馬上で割と正確に弓を射かけるところなど、魔物の最下層に位置しているとは思えぬほどボコブリンの能力は意外と高い。

 

 騎士だったころ、アルファには愛馬がいた。おそらくもう死んでしまっただろうが、気性の荒い馬で、アルファ以外を決して背に乗せようとはしなかった。

 何度も何度も振り落とされながら、やっとの思いで乗馬できるようになり、そこから騎馬戦をできるようになるまでは5年もの歳月がかかった。所詮アルファは凡才である。騎士として天性の才能をもつリンクと比較されることは多かったが、片手に満たぬ年で自由自在に馬を乗り回し、10になる頃には正確な射撃もできる彼と比べられても、何も思わなかった。人は人、自分は自分である。

 

 黒い鬣に顔をうずめると、懐かしい馬の香りがした。

 

「これからカカリコ村に向かう。そこで綺麗にしてやるからな」

 

 短い鳴き声をあげるこの馬は、どうにも言葉を解しているようなタイミングでいななくことが多い。

 

「頭のいい子だな」

 

 よしよしと首筋を撫でると、人を背に乗せたことを考慮した穏やかな走り方に変わる。

 

「ありがとう。本当にいい子だ」

 

 湿原の馬宿で眠ったことが逆に、身体に疲労を覚えさせたようだ。鈍い頭痛は消えぬし、身体が重い。

 

 正直、鞍や手綱がないのが辛い。タテガミを掴み、内ももで強く馬体を挟んで身体を固定しているが、鐙がないのも若干きつい。

 

「まずいな」

 

 目の前が白く霞む。強く瞬くと一瞬は霧が晴れるのだが、どうにも視界が悪い。雨のせいだけではなさそうだ。

 

 頭を突き破るかのような頭痛に視界がぐらぐらと揺れる。額から脳が飛び出そうだ。馬の揺れで内臓が揺らされ、若干の吐き気も覚える。

 

 ブヒッと鳴き声が近くで聞こえた。

 

「あ、まずい」

 

 先ほどと同じく淡々とした物言いながら、アルファの額からは冷たい脂汗が流れていた。

 馬上にあるボコブリンが槍先をアルファに示して、仲間のボコブリンとともに駆け寄ってくる。

 

「いくぞ、ニゴウ」

 

 暫定ニゴウ、と命名すると若干馬は嫌そうにしていたが、鞭がわりに馬体を叩くと素直に闊歩しだした。

 

「いいスピードだ。このまま振りぬくぞ」

 

 ビュン、と風の音が聞こえ、ボコブリンから放たれた矢がアルファの脇をすり抜ける。

 

「まったく、いい腕してるよ」

 

 珍しくも忌々しそうに吐き捨てたアルファは、あまり余裕がなかった。騎馬技術はボコブリンよりもはるかに優れていたのと、単色青毛の野生馬が思っていたよりもずっと良い馬であったため、みるみるうちに距離は離れていく。

 

 激痛に視界がゆがむ。頭を射られたかと思うほどの痛み。瞬きの回数が増え、目を閉じる時間が増え、アルファはとうとう気を失った。

 

 カカリコ村目前にして、アルファの身体は悲鳴をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 背に感じるのはやわらかな感覚。重い瞼を持ち上げると、顔を覗き込むのはシーカー族の模様が彫られた若い娘。あの顔に施されたものは、族長の一族であることを示すものであったはず。

 長い白髪といい、その顔かたちといい、インパの血族だろうか。知らないな、と考えて、そういえば100年もの月日が経っていたのだと今更ながらに思い出す。

 見られている気配で起きたのだが、一体いつから見ていたのだろうか。こちらもまじまじと見返しているとしばらくして顔を紅潮させた娘が、きゃっと短い悲鳴をあげてアルファから距離を取った。

 

「ご、ごごごごご、ごめんなさいっ。ずっと目が覚めなかったものですから、つい……!」

 

「ここは、カカリコ村か?」

 

「はい。貴方の馬が高熱をだして倒れていた貴方をここまで連れてきてくれたんですよ。良い相棒でございますね」

 

 相棒、か。つい先ほどサハスーラ平原で捕まえただけなのだけれど、随分と大きな恩ができてしまったらしい。ガッツニンジンでも振舞ってやらねばと思う。

 

「ご気分はいかがですか?」

 

 不思議と目が合わない。もじもじと身体の前で手をいじる娘は、未だ顔を紅潮させたままちらりちらりとアルファの様子を伺っている。

 

「ああ、問題ない」

 

「3日も眠ったままでしたし、ご無理はなさらないでくださいね。食事は食べれそうですか? ああでも、おばあさまが貴方ととても話したがっていたから、お粥を作っているあいだ、おばあさまとお話をしてもらってもいいでしょうか。おばあさまは下の階にいます」

 

「3日? おばあさま?」

 

「ええ。本当に酷い熱でした。よくあの高熱で動けたものです。では、食事を作ってきますね」

 

 逃げるように去っていった。

 

 アルファはベッドから身体を起こし、なんともいえない気分になった。3日も眠っていたなど信じられない。それに、このベッドは彼女のものだったのではなかろうか。ずっと占領してしまっていたことを思うと、申し訳なさでいっぱいになる。

 

 直角に曲がった階段を下りていくと、ちんまりとした老婆が座っているのが見えた。あれがおばあさま、だろうか。積み重ねた座布団のうえに正座し、嵩の高い笠をかぶっている。それでもなおちんまりとした体躯である。

 

 そしておそらく、その人はインパ様なのだろう。こんなに小さかったっけか。

 

「インパ様。助けてもらい、申し訳ない」

 

 目をつむった老婆がちょこんと座している。ゆっくりと目を開き、そのまま目を瞠った。

 

「ぬっ……其方、まさかとは思ったが、やはりアルファか!」

 

「ああ。老けたな、インパ様」

 

「当たり前じゃ! そもそも其方がなぜ年を取っておらぬのか。いや、その髪と瞳の色はなんだ……この100年どこで何をしておったのだ? いや、とにかく、生きておったのだな。信じられぬことだが、よかった。ゆっくり話を聞かせておくれ」

 

「疑わないんだな」

 

「其方がアルファであることをか? そんな顔をした男が世に2人といるものか。しかし、その髪、地毛のようだのう。瞳の色も随分と濃い青になった」

 

 そんなに男らしくない見た目なのか、と初めてリンクが羨ましくなった。彼は整った容貌の青年として城下町の娘たちから黄色い悲鳴をあげられることが多かったから。

 アルファの場合、どちらかというと男たちに陶酔した目で見られることが多かった。人の美醜などわからぬし、気にもならぬが厄介な容姿が少しばかり憎くなったものだった。

 

「女神ハイリアに力を分け与えてもらって、この姿になった。100年も経っているとは思わなかったけど、精神世界(サイレン)という場所で女神より試練を与えられて、修行をしていた」

 

「サイレン……聞いたことがある。選ばれし者のみが立ち入ることが叶う精神世界であったか。そこで其方は心の器を成長させたのだな。100年前よりもずっと良い表情をしておる」

 

「あまり実感はないが、インパ様が言うならそうなんだろうな。ところで、あの娘は?」

 

「あれはわしの孫娘じゃ。パーヤという。わしに似て気立ての良い美しい娘じゃが、変な気は起こさぬようにな。それよりも、随分と衰弱しきって倒れていたが、身体の調子はどうなのだ」

 

「悪くないよ。3日も寝ていただなんて信じられないくらいだ」

 

「風邪など引いたことがなかったものな。しかし其方、生きて……。

 あの大厄災のとき、其方も勇者や姫巫女とともにいたはずじゃ。いったい、何がどうなったのだ」

 

 アルファはゆっくりと目をつむり、最期の戦いを思い出した。

 

 

 

 

 つんと鼻を突く焼け焦げた草の臭い、魔物の肉の臭い。草原はすっかり燃え上がり、辺りは黒い焼け野原となっていた。ちりちりとした熱気が肌を焼く、熱い空間。

 数えきれないほどのガーディアンに囲まれ、血気盛んなボコブリンやリザルフォス、それにハイラルで最も強いと謳われる獣王ライネルに囲まれ、非才の身ながらリンクと共闘した。満身創痍のなかでもリンクの戦闘力は抜群であった。予備の盾すら壊れたなかで、マスターソード一本のみで次から次へと魔物を滅するその姿は、近寄りがたくさえ思えるほどに勇ましかった。ゼルダの腕を引き、剣を振るいながら走るリンクと側方や後方の敵を滅するアルファ。

 

 空中からのガーディアンのレーザー、歩行型のガーディアンのレーザー3つが集中的に狙っている状態が常時続くとなると、さすがにアルファは死を覚悟した。どれほどガーディアンを滅ぼそうとも、次から次へと湧き出てくるのだ。下手に場所を移動すればほかのガーディアンに目標として捕捉されるばかりなので、その場その場で着実に倒していくしかない。

 

 盾でレーザーを弾き、他方から撃たれる赤い光線を回転切りで逸らす。その隙にガーディアンへと素早く切り込みにかかったリンクの背を傍目に確認し、弓矢で他のガーディアンの赤い目を狙う。長らく弓の稽古をしていれば、命のやり取りの場であっても、矢は吸い込まれるようにガーディアンの瞳へ一直線に飛んだ。ロベリーから渡されていた古代の矢は効果覿面で、射られたガーディアンはぶすぶすと黒い煙をあげて爆発した。

 

「リンク!」

 

 痛ましいゼルダの悲鳴。弾かれるようにアルファは声の方向を見た。レーザーの爆風の余波を受け、宙を舞う青い衣を身に着けた姿。しかし彼の瞳はしっかりとガーディアンを射抜いていて、空中で身を捩るように回転し、低い姿勢で四肢で地に着くや否や、獣の如き低姿勢で駆けだし、そのままガーディアンを切り上げた。

 

 ピピピピピピ、とレーザーを捕捉する音は耳鳴りのように絶え間なく聞こえている。気のせいか、いや、気のせいではない。どこだ。どこに照準している。

 

 己が身と、あと、ゼルダの後頭部。

 

 赤い照準は金の頭にしっかりと合わされており、アルファは全速力で走りながら叫んだ。

 

「姫様! しゃがめ!」

 

 その声に反応するように、歩行型のガーディアンが離れた場所からレーザーを照準しつつ近づいてくる。全くもって、忌々しい。

 

 随分とゆっくりと、世界が見えた。金色の髪をたなびかせて振り返るゼルダ。碧い瞳がまぶし気にゆがめられ、一拍置いて飛行型のガーディアンに気づく。

 

「悪く思うなよ、姫様」

 

 ゼルダの細い腰に腕を絡め、その場を跳ぶ。「きゃぁっ」短く小さな声がわずかにゼルダの喉元からこぼれた。

 レーザーが寸のところで身体をそれ、地を焼き、熱風を巻き起こした。続いて注がれるレーザーを盾で弾き、さらに迫りくるレーザー光を見て、随分と冷静に、己のこの体勢から次の迎撃を行うことが叶わないのを悟った。

 悟るや否や、アルファはコンマ1秒も空けることなく、ゼルダの身体をリンクめがけて投げつけた。

 そこで、己の身体が燃え上がったのを記憶している。

 

 人一人投げたことで体勢はさらに崩れ、ガーディアンのレーザーは見事なまでの直撃であった。悲痛な叫び声をあげるゼルダの叫び声が耳の奥で聞こえた気がしたが、即死だったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

「……そうか。おぬしはやはり……いや、それよりも。姫様を守ってくれたこと、心より御礼する。

 おぬしの遺体は、ハテノ峠でわしも見た。遅れて駆け付けたわしは、瀕死のリンクとその隣に横たわるおぬしを封印の力で守る姫様を見た。ガーディアンたちがみるみる力をなくしていく姿は本当に圧巻の一言に尽きた。

 ……じゃが、一歩遅かった。リンクはマスターソードの力で生かされるのみで、おぬしの息は、既になかった」

 

「だろうな、即死だったろうし。ならば精神はともかくとして、この肉体は、一体何なんだろうな」

 

「それなのじゃが、リンクを回生の祠へ連れて行ったわしのもとに、奇妙な報告があがった。埋葬しようと後日ハテノ峠へ赴いたわしの部下が、おぬしの遺体が消えたというのじゃ。

 ……言いづらいことではあるが、おぬしはその美貌ゆえ、不埒な輩に遺体を辱められていないか心配で、わしらは必死におぬしの遺体を探した。だが、結局見つけることは叶わんかった。おぬしを可愛がっておったプルアは1年ものあいだ、おぬしの行方を捜索しておったのじゃよ」

 

 変わりもので、有能な女性。研究のこと以外に興味はからっきしで、アルファは使い勝手の良いパシリだと思われているとばかり思っていた。消えた己の、それも遺体を探すために1年もの歳月を費やしてくれていただなんて。複雑な気持ちが心を満たす。というか、遺体を不埒な輩に辱められるってなんだ。

 

 少々思考がずれたが、身体もきちんと女神ハイリアに回収されていた、ということか。

 

「プルア様は東ハテールにいるんだったか」

 

「その通りじゃが……まさか、まだプルアと会っていないのか?」

 

「ああ。精神世界から戻ったら、コログの森にいた。そこから一番近いのはインパ様のところだったからな」

 

「コログの森? それはまた、随分と変わったところで目覚めたものじゃのう。女神ハイリアの力が最も満ちた地であることを考えると、そうおかしなことでもないか。

 其方は最近目覚めたのじゃな」

 

「目覚めたというか、生き返ったというか。だから、周りがどうなっているのかがわからない。インパ様にいろいろ聞こうと思ってここに来た」

 

「コログの森からここまで、その丸腰でよくたどり着けたものじゃのう。まだ剣はもつ気になれんのか?」

 

「あの時は例外だったし……そうだな、考えているところだ」

 

「剣をもつ気になったならば、プルアに言うがよい。其方の折れた剣を、きっちりと打ち直して保管しているはずじゃからの。さて、何を聞きたい? 100年前のことか。それとも姫や勇者のことか?」

 

「すべて」

 

「よかろう。長くなるが、よいな?」

 

 深く頷いたアルファを確認し、皺の刻まれた口がゆっくりと開かれたところで、気配を消して控えていたパーヤがおずおずと声をだした。

 

「あの……おばあさま、アルファ様は3日間なにもお召し上がりになっておりませんし、お食事のあとにしませんか?」

 

 内気そうな少女ではあるが、さすがはシーカー族の長を継ぐ家系。シーカー族特有の気配を消す術はきっちりと学んでいるらしく、まるで気づかなかった。若干湯気のたつ粥を盆にのせて、パーヤが気まずそうに扉の脇に立っている。

 

「……わしとしたことが、すっかり失念しておった。病み上がりであったな、其方」

 

「問題ない」

 

「食事をしないのは相変わらずか。リンクのように健啖家ではないゆえ、其方は細いのじゃ。だから女と見間違えられるのではないか? はよう飯を食え、女の敵め」

 

 なぜか罵られ、解せないながらもアルファは無言でうなずいた。

 

 


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