ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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騎士の剣

 この100年の話を聞くのは、とても不思議な気分であった。

 アルファは己が死んだという意識が薄い。ガーディアンに撃たれたとき、我が身は炎に包まれ致命傷を受けた。だが、痛みを感じるより前に精神は飛ばされ、永い精神世界(サイレン)での修行の後にコログの森で目覚めたのだ。

 余談ではあるが、アルファは人から追い回されるのが死ぬほど嫌いである。サイレンで、嫌というほどに追いかけまわされたせいだ。

 

 サイレンで過ごすあいだに100年経っていると聞かされても、インパが突然老けただとか、ハイリア人が減っただとか、魔物が多くなっただとか、そういった違いからしみじみと100年の経過を身体が理解しつつある程度である。

 

 アルファの死後すぐに、予想通りゼルダは封印の力に目覚めたらしい。

 ガーディアンからリンクを守るため、土壇場で力が目覚めたと。

 

 アルファが相手していた敵は決して少なくなかった。そのアルファが死に、ゼルダを守りながらすべての敵を引き受けることになったリンクの消耗は、それまでの2倍どころではなかっただろう。

 それでも勇者は、姫を護り続けた。その勇者を、今度は姫君の方が護るだなんて、さすがは我らが姫様だ。

 やるじゃないか。

 

 きっと姫様のことだ。戦場であることすら忘れて無邪気に喜んだに違いない。お転婆なゼルダの姿を想像していると、知らず薄っすらと笑みを浮かべていたらしく、インパは「珍しいものじゃの。ほんにおぬしは変わった」としみじみ呟いた。

 

 表情を無理やりに変えようとしても変わらなかったのだから、確かに自分は変わったのだろう。

 

 騎士を辞めた後、プルアの研究手伝いとして働いていたアルファは、回生の祠についても聞きかじっていた。

 1万年ほど前、シーカー族によりつくられた治癒の祠だ。眠りに就いているあいだ、生命を維持するシステムや老化を防止するシステムはあれども、力は時間の経過とともに落ちてゆくし、永い眠りに就けば就くほど記憶をなくすリスクがあがってゆくとは、先ほどインパから聞いたことだ。

 

 もしかしたら、リンクはアルファのことを、いや、ゼルダのことすら覚えていないかもしれないというのだ。

 

 そんな状態で目覚めたとして、どうして厄災ガノンを討伐に行け、などといえるだろうか。

 

 何も知らなかったアルファは、ただリンクに会いたいと思っていた。

 厄災ガノンを今度こそ討伐するためにも、尽力は惜しまないつもりであった。

 

 だが、もしも彼が記憶をなくしていたらと思うと、再会の喜びだけでなく、なにかしら彼に感じたくない気持ちが芽生えてしまうのだろうと予感する。それはとても、言葉にしがたいものだった。してはいけない類のものであった。

 

「ほかに聞きたいことはないかの?」

 

「そうだな、もうない」

 

「うむ。リンクが目覚めるまで、わしらは待つしかない。

 して其方は、これからどうするのじゃ?」

 

「特に決めていないが……プルア様に会いに行こうかと思う。剣を受け取らないと」

 

「そうか! とうとう持つ決心がついたか! 其方が武器を取ってくれたならば、どれほど力になるじゃろうか。其方が生きていてくれたことは、うれしい誤算じゃ」

 

 リンクの力は眠りと比例して落ちてゆく。100年の眠りが天才剣士をどれほど弱体化させるのかは未知数だ。最下級の仮定として、ボコブリンにすら苦戦するほど力を落としていたならば。

 そう考えると冷や汗は止まらない。元来才能があるのだし、あっという間に実力はあがるだろうが、アルファと会うまでに死ななければいいが。

 

「あいつが平穏に暮らしていくためには、随分とでかい障害が立ちはだかっているんだな」

 

 類稀なる身体能力、高名な騎士の血筋通りの剣武の才、それを以てしても100年前に敗れ、そして本人の意志に関係なく長い眠りに就かされた後、また戦わされるというのだ。随分と損な役回りではなかろうか。

 

「本来はあの者だけではない。このハイラルの地が滅亡の危機にあるのじゃ。姫様の封印の下、仮初の平和のなかをみな気づかず過ごしているだけ。それが幸か不幸かはわからぬがな」

 

 その破滅の運命を斬り伏すことができるのは、退魔の剣に選ばれた勇者しかいないのだ。

 退魔の剣に選ばれてから、さらにリンクは口数を少なくしていった。元来人々の模範たれ、と厳しく己を律していた彼が、度が過ぎて己をだせなくなっていったのだ。

 人目など必要以上に気にするものではない、とアルファは軽く彼に言ったものだったが、苦笑した彼は遠い瞳でひとつ頷いただけだった。我が幼馴染は、随分と不器用な男である。

 

「姫様は、あとどれくらいもつんだ?」

 

「わからぬ。だが、もう限界は近い。

 厄災ガノンを討伐するためには、四神獣を解放することが不可欠じゃ。だが、あの者は長き眠りに就き、力が衰えているであろう。そこで其方にはリンクの手助けをしてもらいたい。リンクがこの地を訪ねて来たならば、わしはリンクを其方のもとへと行かせよう」

 

「俺はプルア様のところでリンクが来るのを待てばいいんだな」

 

「頼む、アルファ。同じ剣の流派で幼馴染であるおぬしならば、リンクが剣技を思い出すのにも、記憶を思い出すのにも力になることじゃろう」

 

 女神ハイリアにより、英傑の魂が厄災にとらわれていることは聞いていた。神獣のなかで彼らは死したため、その魂は未だそれぞれの神獣のなかにあると考えてよいだろう。

 

 リンクは、ほかの英傑たちから絶賛される剣技をもった過去の勇者の能力はないと考えた方がよい。そうなると、英傑たちが死すほどの敵と戦って、今の勇者はそれを打ち負かすことができるのか。

 

「其方は病み上がりじゃ。すぐに発つ必要はなかろう。しばらくカカリコ村でゆっくり過ごしてはどうじゃ。なに、宿の心配はいらぬ。わしが手配をしておく」

 

「すぐに発とうと思っていたんだが」

 

「1週間はゆっくりせい」

 

「ご心配痛み入る。だが、本当に大事はない」

 

「頑是ないのぅ。では、最低でも3日は大事をとるべきじゃ。よいな?」

 

 眼力つよく老婆に詰め寄られ、おずおずとアルファは頷いた。

 

「では、わたくしが宿屋までご案内いたします」

 

 すっかり空気と化していたパーヤが名乗りをあげ、それが随分と近くにいたものだから、アルファは割と真剣に驚き、固い仕草で頷いた。

 

 


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