ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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ナベのフタとパーヤの決意

 パーヤの1日はお祈りから始まります。

 

 女神ハイリアに平穏を祈り、カカリコ村の人々の平和と健康を祈ります。すっかり身体の動かなくなったおばあさまに代わって、よろず帖に書かれた相談事に目を通すのもシーカー族の時期族長であるパーヤの務めです。

 

 崖のあいだに吊るされた鳴子が風に吹かれてからからと涼し気な音を立てるのが聞こえてきます。

 朝が運んでくる風の音がとても清々しくてパーヤはとても好きです。

 

 カカリコ村は高低差の激しい集落です。もとはただの山間である地を集落としたからです。山をできるだけ切り崩すことなく作り出したその集落を、パーヤはとても気に入っております。自然と綺麗に調和したこの村の中央北側では、絶え間なく流れ続けるハゴロモ滝があります。滝から村中へと流れる川も、女神ハイリアを祀った泉も、段々畑も、どれほど見ても飽きの来ない素敵なものです。

 1万年前シーカー族はカラクリに秀でた存在であったようですが、今は自然とともに生きる民であります。

 

 そんなパーヤは、ある日突然現れたアルファという男性のことが気になっています。

 

 その人は、とても男の人とは思えないほどに整った容姿をなさっていて、女神ハイリアを思わせるほどです。時折目がその方を追ってしまっていて、深海のような美しい瞳と目が合うと、顔が熱くなるのがわかります。

 あんなにもお綺麗な存在がいるだなんて、パーヤは思いもしませんでした。今まで、美しい人というと女神ハイリアや、その血を引くハイラル王家のお姫様が思い浮かんだものですが、きっと彼のようにお美しい存在であったのでしょう。

 

 おばあさまのお知り合い、とのことですが、一体いつ知り合ったのかはわかりません。私が生まれる前のこととなると、プルア様のように若返りでもされたのでしょうか。

 お話を盗み聞きするなどとはしたない真似をしてはならない、と思わず話に聞き入りそうになってしまった己を律しましたが、おばあさまと語り合うのを聞いておけば彼のことがわかったかもしれません。

 

 ベッドを占領してすまなかった、と頭を下げるアルファ様は、近づきがたい美貌とは裏腹に、肩の力が自然と抜ける穏やかで優しい方でした。

 

 基本はおばあさまと語らっていらっしゃいますが、パーヤが重い荷物を持っているときにはすぐに荷を代わりに運んでくれますし、探し物をしているときはともに探してくださいます。近くに立つと、彼の背が意外と高くて、細く見える身体はしっかりと鍛えられているのだと気づきます。シーカー族も武技を嗜みますので、その筋肉が見せかけだけのものでないことはパーヤでもわかりました。

 

 ぼんやりと川で洗い物をしていたパーヤは、プリコと追いかけっこをして遊ぶアルファ様を見かけました。パーヤと違い、人見知りをしない子であるプリコはすっかりアルファ様と仲良くなったようで、子どもの積極性が少し羨ましくもあります。パーヤの子ども時代は、今よりずっと消極的で人と話すことさえままならなかったものですから、あれはプリコ自身の愛らしさゆえにも思われますが。

 

 きゃっきゃと楽し気に笑うプリコを見ていると、自然とパーヤも笑顔になってしまいます。アルファ様は表情の乏しい方ですが、慈しみ深い大海のような瞳でプリコを見つめていらっしゃいます。

 

「次はなにして遊ぶー?」

 

「なんでもいいぞ。好きなだけ遊んでやる」

 

「わーい! じゃあ、かくれんぼ! プリコが隠れるね! 100数えたら見てもいいよ。じゃあ、目をつむってね」

 

 素直に目を閉じたアルファ様は、静かな声で数を数えだす。穏やかな低音が耳に心地よく響きます。

 

 駆けだしたプリコは本当に楽し気に笑っていて、どこに隠れようかときょろきょろと周りを伺っているのが愛らしいことです。

 

 洗濯物を終わらせて、よく日の当たる高台に干したら次は女神さまの像をお手入れにかかります。水場にあるため、すぐに苔が生えてしまうのです。ぬるぬるした石像を丁寧に磨き上げ、きゅっきゅと音がなると心も晴れやかになります。

 いつも穏やかに微笑む女神様の頭に、近くの森で摘んだ花で作った花冠をつけてさしあげます。これはココナが朝一番に持ってきてくれたもので、こうして女神様につけてさし上げると、不思議と女神さまの笑みがさらに輝くような気がいたします。

 

 そういえば、アルファ様にも花冠はとても似合いそうです。宝石や花がすっかり恥じらってしまいそうな大層な美貌の持ち主でございますから、それはそれは美しくなりそうです。今度機会があれば飾らせてもらえないでしょうか。

 

 殿方であるため、お花を飾るのは嫌がるかもしれませんが、不思議とアルファ様が嫌がるところは想像がつきません。なんだかんだ言いつつも生真面目に受け入れてくれそうな、そんな素直なお人柄は付き合いの短いパーヤであっても感じます。

 

 ずっとこの村にいてくださればいいのですが、アルファ様は当初の予定通り、近々出て行かれるとのことです。プルア様のおられるハテノ研究所に行かれるとのことです。

 

 いつもは時間を区切ってプリコと遊んでいらっしゃるのですが、今日は彼女の好きなだけ遊んであげていらっしゃいます。ということは、彼が旅立つのはほんとうにもうすぐのことなのでしょう。

 

 なんだかとても寂しくなって、パーヤは足取りが重くなりました。

 

「どうしたんだい、パーヤ。随分と暗い顔をして」

 

「わ、メロさん。なんでもないんです。足の調子はいかがですか?」

 

「今日はいいお天気だからね。調子はとてもいいよ。しかしパーヤ、そんなに切なげにあの方のことを見つめてはならないよ」

 

「えっ……」

 

 両手で頬を覆います。誰が見てもわかるほどに、私はアルファ様を見つめてしまっていたようでした。穴があれば入りたいほどに恥ずかしいです。

 

「あの方はこの地にとどまるような方ではないよ。お前が慕っても、あの方についていくことはできないのだからね」

 

「も、もちろんわかっております」

 

「我々シーカー族は、この地で勇者様がいらっしゃるのを待たねばならんのだ。わかるね、パーヤ」

 

「ええ、もちろんです」

 

 勇者様がこの村にいらっしゃることを、我々シーカー族は心待ちにしております。  パーヤとてその気持ちは村人たちと同じで、メロさんからそう釘を刺されたのは2つの意味でショックでございました。

 改めて突きつけられた真実が殊更辛かったのもございますし、勇者様をお待ちするという任務を放り投げるような人物であると思われたのもつろうございました。

 

「私は頼りのない人間ですが、シーカー族の跡取りとしてきちんと責務を果たす心持でございます。そこだけは、どうぞ安心なさってください」

 

「そうかい……そうかい。それは悪いことを言ってしまったね。なに、老婆心がでてしまったのさ。お前が真面目な子だというのはわかっているのだけれど、あの美貌だ。村の娘はすっかりのぼせ上っちまってる。表情こそ乏しいが、実に心根の素直な男だ。お前もすっかり目を奪われているようだったから、どうにも気になってしまってね」

 

「たしかにあの方はとてもお美しい方です。が……」

 

 パーヤが心惹かれたのはそこではないのです。時折寂しそうにある方向を眺められるところが気になりました。

 それからなんとなく視線であの方を追うようになってしまい、プリコと一生懸命に遊ばれるところだとか、おばあさまのお話を真剣に聞かれるところだとか、慣れない正座のせいで足が痺れて、無表情のままにそれを耐え忍んでいらっしゃるおかしなところだとか、誰かが困っていれば当たり前のように手を貸すところだとか、愛馬を優しく手入れなさるところだとか、いろいろな彼を見て、気になるようになったのです。

 たとえアルファ様の容姿がどんなものであったとしても、きっとそれは変わらないと思います。

 

 これが恋、というものなのでしょうか。パーヤは恋をしたことがないので何とも言い難いことでございますが、どうにも違うような気がします。恋というよりも、勇者様や姫様に対するもののような、あこがれの気持ちが強うございます。決して、恋などというものでは。

 

「人はね、パーヤ。いろんな経験をして強くなっていくものなんだよ。結ばれぬ運命だとしても、お前が抱いた気持ちを大切にしなさい。それくらいは、許されるもんさ。

 責任感の強いお前に釘を刺すようなことを言ってしまうなんて、私も耄碌したもんさ。許しておくれ」

 

「許すだなんて、そんな。ご忠告、とてもありがたかったです」

 

 幼いときのように、優しくパーヤの頭をなでてくださったメロさんは「もうお行き」と声をかけてくださいました。そういえば、もうそろそろご飯の支度をしなければなりません。アルファ様は好き嫌いのない方のようですが、あの方の表情が変わるほどおいしい料理を作ってみたい、と思うのです。

 

 アルファ様にパーヤのことを好きになっていただこうなどとは思いません。そんなおこがましい思いなど芽生えも致しません。

 

 うつむき歩き出したパーヤは、ざわめく里の気配に顔をあげました。

 

「武器を持て! ボコブリンどもが襲ってきた!! 後ろには歩行型ガーディアンもいる! うまく巻くつもりだが、最悪の事態に備えるんだ」

 

 村の警戒任務についていたボガードさんが普段にはない荒々しい声で警戒を呼びかけます。

 

 なんてことでしょう。パーヤが、しっかりしなくては。

 

「み、みなさん! 落ち着いて行動してください! 武器をもたぬ子どもたちは、みなインパの屋敷に集まってください!」

 

 パーヤは声を張り上げました。身体が小刻みに震えているのがわかります。なんと情けないことでしょうか。

 

 ふと、パーヤの手を握る存在がありました。いつの間にかそっとパーヤの足元に寄り添っていたプリコが愛らしい瞳に不安を湛えてパーヤを見あげています。その傍らにはアルファ様の姿がありました。どうやら彼がパーヤのもとまでプリコを連れてきてくれたようです。

 

 有事の際の行動は村人たちに徹底されているため、自ら屋敷へ向かう人々が列をなすのが見えます。ご老人には肩を貸し、みなゆっくりと確実に屋敷へ向かっております。

 厳しい瞳で入口へ向け走り出そうとしたアルファ様を、パーヤは慌てて呼び止めました。

 

「アルファ様! 丸腰で向かうおつもりですか!」

 

 剣もなく、盾もない状態でどうして敵の下へと迷いなく駆けだせるのであろうか。

 

「ボコブリンとガーディアンごとき、これで十分だ」

 

 無表情のままにアルファ様は、薪の横に放置されていたナベのフタを手に取り、走り出されました。どこからその自信がくるのかはまるでわかりませんが、焦りのひとつも感じられないそのお姿は、まるで勇者様のようでした。

 

 あっというまに背が見えなくなり、パーヤはプリコの手を引いて屋敷へと早足に歩きだしました。

 

 屋敷につけば、パーヤの寝室に武器があります。箪笥のなかに隠した護身の盾と残心の小刀。いざというときに使うために置いておりましたが、それを使うときが来たようです。パーヤが使うよりも、男衆が使ったほうがよいでしょうか。

 とにかく、それをお持ちしようと決めました。パーヤとて、シーカー族の時期族長です。戦闘経験はおばあさまのように豊富ではございませんが、戦えます。あの恐るべきガーディアンが村のなかに入ってきたら。考えるだけで身の毛がよだちます。

 なんとかして村の外で食い止めなければ。

 村を襲う、というプログラムはガーディアンにはありませんし、うまく気を引き付けて村から離せればよいのです。それでもあの機械の眼前に身を躍らせるのは、想像するだけでとても恐ろしいですが、やらねばなりません。

 

「パーヤ、お顔がこわいよ」

 

「……ごめんなさい、プリコ。ちょっと緊張していたようです」

 

 にこりと微笑むと、それ以上の笑顔をプリコが返してくれて、パーヤの力になります。

 

 この笑顔を守るためにも、戦わないと。

 

 長い階段を昇り切ると、おばあさまはいつも通りに泰然とお茶をすすっていらっしゃいました。落ち着き払ったその姿に、他の村人たちは随分と安心しているように見えます。私もいつかは、あれくらいの落ち着きを身に着けることができましょうか。

 

「おばあさま、パーヤも戦います!」

 

「うむ? 今回ばかりは問題ない。時期がよかった。アルファが行ったのじゃろう?」

 

「ですが! ナベのフタしかお持ちになっておりませんでした!」

 

「うむ、問題ない」

 

「も、問題しかないではございませぬか!」

 

 常になく声を荒げるパーヤに人々の視線は集中いたしますが、今ばかりは気になりませんでした。

 

「あれは、100年とすこうし前のことじゃったの。

 アルファは勇者とナベのフタでガーディアンのレーザーを跳ね返す、盾の耐久レースをしておった。

 先にナベのフタがつぶれたほうが負けじゃというレースでの、触発されて他の騎士どもも試みたのじゃが、ナベのフタを貫通して身体が燃える事態になったのじゃ。王宮騎士の人的損耗が激しく、すぐにレースは中止になった。あやつらの盾の技量がすさまじかった、というだけのことで、そのレースは緘口令が敷かれたのじゃ」

 

「ナベのフタ……? たいきゅうれーす? な、なにをおっしゃっているのですか、おばあさま」

 

「なに、心配することはないということじゃ。あやつの騎士としての力は、本物だ」

 

「し、しかし!」

 

 アルファ様はそうなると、おばあさまと同じくらいお年を召していらっしゃるということでしょうか。ならば、パーヤのような小娘など相手にされない……って、違いました。おばあさまのすっかり落ち着いた様子に感化されてしまいましたが、村をガーディアンが襲う危機なのです。

 

「おばあさま、行ってまいります!」

 

「問題ないというておるに……仕方がない。ここは構わぬ、気の済むようになさい」

 

 幼子が我儘を言い出したような、そんな呆れた口調で言われてしまいました。ですが、パーヤは常になく勢い勇み、2階へ駆けて剣と盾を取り出します。ずっしりと重いそれらに、震えが止まりません。

 

 それからすぐに外へ飛び出すと、わずかに焦げて色を濃くしたナベのフタを持ったアルファ様が村人たちに囲まれて帰ってきているのが見えました。

 

「いやー、お前さん、名のある剣士だったんだな! ナベのフタでレーザーをはじき返すなんて、まるでお伽噺の勇者様みたいだ!」

 

「すごかったなぁ! お前さんがいてくれて、本当に良かったよ」

 

「パーヤは器量よしだろう? インパ様ともお知り合いのようだし、結婚して、この村に住んだらどうだ?」

 

「わしを超える剣技をもつ者がいるとは、まだまだ修行を続けねばならんな!」

 

 すっかり笑顔で戻ってくる村人たち。へなへなと脚の力が抜け、入り口に思わず座り込みます。

 

「おう、パーヤ! 戻ったぞ。インパ様に伝えてくれ! 誰も怪我してないって」

 

「は、はひ……」

 

 大扉がゆっくりと開かれます。おばあさまが優しくこちらを見下ろし、それからゆっくりと肩を貸してくださいました。

 

「言うたじゃろう? 問題ないと」

 

 かくして、カカリコ村を襲った未曽有の危機はあっというまに鎮圧されたのでした。

 

 


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