ゼルダの伝説~アルファの軌跡~   作:サイスー

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ラズリーと昔の恋

 ラズリはカカリコ村の呉服店の看板娘である。

 和風、と言われるカカリコ村の風情を楽しむため、多くの旅行客が訪れる。シーカー族の技術を用いて作られた、カカリコ村でしか買えない防具を求めて遠路遥々訪れる者もいる。

 

 旅人は多く、行商人が来ることも多い。

 カカリコ村の住人はあまり旅をしないが、行商人からもたらされるさまざまな地方の食べ物や生物を見るだけでも、ラズリには十分だった。ここでの暮らしはとても気に入っているし、仕事も好きだ。安定した生活を捨て、危険な旅に出ようとは思わない。

 

 看板娘というだけあって、ラズリは割と整った顔立ちをしている。村での人気はラズリとパーヤで二分している。年の近い男性と目すら合わせられないパーヤは、男の影すら見られたことはなかった。一方ラズリには、将来を誓い合った彼がいた。

 

 一生お前を護る、だなんて格好いいことを言っておきながら、ガーディアンに殺されて呆気なく死んでしまった。隠れて何をしていたのかと思えば、素材採取をしてコツコツとルピーを貯めていたようだった。きっとあの時も、朽ちたガーディアンと思い素材採取に行ったのだろうと思う。

 素敵な指輪を送るから期待していろ、なんて言っていたから。

 お金なんていらなかった。ラズリとてそこそこの稼ぎはあった。贅沢をしなければ、食うに困らぬ生活はできたはずだ。

 ただ、生きて側にいてくれるだけでよかった。

 ラズリは彼のことをいまだに忘れることができていない。時折本気で口説いてくる旅人はいるが、みんなのラズリちゃんだから! なんて誤魔化して、次の恋に進めずにいる。

 

 村に現れた剣士(といっていいのかはわからない。なにせ剣どころか盾も持っていない)にパーヤが心を奪われたのには、村人みんなが気づいていた。男性と話すことが苦手なパーヤが随分と積極的に話しかけるその男性は、インパ様の古くからのお知り合いだという。うら若き女性代表として、若く美しくいる秘訣を聞きたいものだ。

 

 アルファさん、というらしいその男性は、女が羨むほどの美貌の持ち主だ。もしも彼が女に生まれていたならば、傾国の美女として名を馳せていたことは間違いない。

 人並外れた美貌の彼は、不思議と男衆から好かれていた。ラズリの元彼は、整った容姿からいろいろな人にやっかまれていたものだが。

 おそらくは先日村を守ってくれたことも大きく影響しているだろうが、男衆はアルファさんには嫉妬心を覚えないと口を揃えて言う。比較対象にないほどの美貌であるから、突き抜けすぎて逆になにも思わない、いっそ芸術品の1つのようだと。

 絵画に描かれた壮麗な姫君に嫉妬心を覚えるか、と問われラズリはなるほどなと納得した。

 

 ゴスティンさんは喜んでアルファさんに剣技を習おうとしており、ドゥランさんやボガードさんも「まだまだ若い者に負けてはおれん」と夜中に素振りをしだした。

 実のところ、そのせいで夜中に墓へ行きづらくなっている。

 

 以前、夜にこっそり墓参りをしていたら、魔物に襲われたことがあった。

 同じく墓参りに来ていたドゥランさんに助けられて事なきを得たが、偶然彼が来ていなかったら、ラズリの命はなかったであろう。痛く心配した母のバナンナが、それからというもの夜に外出することを禁じたのだが、ラズリは嫌だ、と心が叫ぶのに蓋をすることしかできなかった。

 母の悲痛な瞳を前にして、謝罪の言葉以外でてきやしなかったのだ。

 それからというもの、朝や昼は宿屋の仕事があるため、母が寝静まってからこっそりと人目を忍んで墓参りをするようになった。

 

 夜に儚く明滅するホタルを眺めるのが、ラズリはとても好きだった。

 心配をかけてしまったのだから仕方がない、と思いつつも、彼と二人で肩を寄せ合い眺めたあのホタルを、もう一度見たいと願う。

 ラズリはいつも瞼の裏にホタルと彼の温もりを思い出しながら眠りに就く。

 

 昨日、アルファさんが屋敷から宿屋に居を移してきて、関わり合いになることが増えた。客人であるにも関わらず、薪割りに精を出すアルファさんの姿を、ラズリは店の呼び込みをしながら見かけた。

 頼りないオリベーさんとは違って、細身ながらもしっかりと鍛えたアルファさんは、大木をたった1回で折るほどの剛腕の持ち主だ。思わず拍手してしまったのはラズリだけではなく、近くを通りがかった村人や旅人はみなそうしていた。

 

 プリコはアルファさんによく懐いているようで、よく宿屋に行っている。プリコの父親であるドゥランさんなんて「プリコはアルファのお嫁さんになるの!」と宣言されたらしく、どうすれば諦めてくれるだろうかと深刻な顔で相談してきた。面白かったので、随分と年の差婚になっちゃいますね! と答えたら、本気で落ち込んでしまった。

 ドゥランさんのもう一人の娘であるココナは、妹がすっかりお世話になってしまって申し訳ないです。と、手作り料理をアルファさんと宿屋と双方に届けにいっていたらしく、よくできた子だと女将が絶賛していた。母親を早くに亡くしたせいか、しっかりとしすぎたお姉ちゃんである。村人みなで甘やかそうとするのだが、ココナは恐縮することが多く、甘え下手な様子だ。

 

 ドゥランさんのお嫁さんがカカリコ村で暮らしていた期間は、とても短い。

 彼女が何者かに殺されてしまったこともあって、村人は決してその話題には触れない。ドゥランさんとは時折墓場で遭遇するため、それなりによく話をするのだが、彼は決してお嫁さんのことを口にはしない。

 残された2人の娘を懸命に守り、愛おしみ、育てる姿を見れば、彼がお嫁さんを愛していたことは間違いない。深く踏み入ってほしくない事情があるのだろう、とラズリからドゥランさんにはなにも訊ねなかった。

 

 1つ気になるのは、彼が夜半に誰かと密会をしているのを、見かけたことだ。

 赤い特徴的な衣服と顔を面で隠した姿はイーガ団のものに見えたが、気配を察知される前に逃げたため、もやっとしたものが残る程度だ。

 

 イーガ団は、シーカー族を祖として生まれたものだが、王家に仕えていたシーカー族がどうしてガノン信仰に繋がるのか、ラズリにはまるで理解できない。

 

 時折訪れる旅人のなかには、やけにツルギバナナが好きで、やけに勇者嫌いな者もいるが、宿屋からドゥランさんやボガードさんに逐一報告はあがっている。村の男衆からの厳しい目もあって、イーガ団に似通った特徴を持つ旅人はすぐにカカリコ村から出ていく。

 インパ様の屋敷は24時間の警備がつけられているが、田舎のカカリコ村ではカギの習慣がない。ついつい開けっ放しにして、宿屋と民家とを間違えた旅人が入ってくることもしばしばある。不埒な輩は叫び声をあげれば一発で周りの人が助けに来てくれるのはありがたいけれど、やはり心配は心配。

 怪しい人物には早く去ってもらうのが一番だ。

 

 

 いつも通り、見慣れぬ旅人の姿が目に入ると、条件反射のように声が出る。

 

「はぁ〜い、そこのおにいさーん! カカリコ村でしか買えない防具に興味はないですか?」

 

「おっ、かわいい嬢ちゃんだな」

 

 うげっと内心でこぼすが、営業スマイルは崩れない。垂れた目に、なんとはなしに鼻持ちならない面構えの男は、必要以上にラズリに近づいてきた。

 

「ありがとうございまーす!」

 

「嬢ちゃん、名前は?」

 

「あはは。ナンパですか?」

 

「そうさ。俺はナーパ」

 

「あはは。ジョークですか?」

 

「違うさ、俺の名前だよ。ナーパ。嬢ちゃんの名前は?」

 

「ラズリです。見ていかれますか?」

 

「嬢ちゃんの瞳ならいつまででも見てるぜ。嬢ちゃんと俺は、運命の赤い糸で結ばれた相手なのかもしれないな」

 

 気色悪い男だ、と内心で吐き捨てる。

 決まった! みたいな顔をしているが、何も決まっていない。

 

「すみませんが、ラズリちゃんはみんなのラズリちゃんなので、特定の男性とはお付き合いしないんです」

 

「そうなのか!

 相手がいないってんなら、俺が立候補してもいいだろ?」

 

「……というのは嘘で、本当は彼氏がいるんですぅ」

 

「嘘なんだろ?」

 

 にやり、と口の片端を持ち上げる笑い方で、ラズリを壁際に追いやったナーパは、顔の横に手をついた。ひやり、と背筋が寒くなる。

 

 なんで助けに来てくれないのよ。

 なんで、なんで勝手に死んじゃったのよ。

 あんたがいなかったら、誰が私を守ってくれるっていうのよ。

 

「だ、誰かっ……」

 

「しっ! 人聞きの悪いことをするんじゃねえよ」

 

 口を抑えつけられ、パニック状態になった。

 男の手は分厚く、引きはがそうにも力が強くて離れない。鼻と口とを抑えつけられ、呼吸もままならない。目に涙が浮いてくる。

 

 ほんと、なんなのよ、この男……!

 

「な、一緒に向こうに行こうぜ」

 

 首を振るが、男の拘束は離れなかった。んーんーとくぐもった声しか出ない。

 

「手を放せ」

 

 冷めた声色がよく響いた。呼吸ができるようになり、肩で上下しつつ息をする。酸素が一気に入ってきて、頭がくらくらした。

 

 ナンパ男の腕をねじり上げるのはアルファさんで、常と変わらぬ無表情のようだが、威圧感が凄かった。宝石のような青い瞳が、とても怖い。

 

「なっ、なんだ、お前っ。くっそ! ビクともしねぇ! なんなんだよ! 彼女がフリーだっつぅから口説いてただけだろうが!」

 

「フリーじゃないしっ。彼が私の彼氏よ!」

 

「はぁ?! あれはマジだったのか? はっ、他に男のいる女に興味なんてねえよ! 思わせぶりな態度しやがって、このクソ女!」

 

「言葉が過ぎるんじゃないか? まだ痛めつけられたいようだな」

 

 さらに腕をねじり上げられ、涙目になったナンパ男は「いでででででで! 腕が折れる! 悪い! 俺が悪かった!」手のひらを返したように謝罪してきた。アルファさんが腕を放すと、這う這うの体で村の出入り口へと走っていく。

 

「一昨日きやがれ! いや、一生くんな! ナンパ男!」

 

 べーっと舌をだす。今更ながら肩が震えてきて、恐怖心があとからあとからあふれ出てくる。

 

「大丈夫か?」

 

 穏やかにかけられたその声が、やわらかく心に染みてゆく。

 

「ははは、危ないところをありがとうございました。ちょーっと足が震えちゃってるけど、全然! あ、彼氏だなんて言って、ごめんなさい。パーヤに怒られちゃう」

 

「パーヤ? 怒らないだろう」

 

 何故彼女が、とでも言いたげなその様子に、パーヤの気持ちはアルファさんには伝わっていないことを確信した。驚くほどに鈍いよ、この人。パーヤ自身も恋だとは気づいていないみたいだし、ちょうどいいのかもしれないけれど。

 

 夜はラズリとバナンナの2人になる。もしもその時に報復に来られたら、どうしようか。今更ながらに罵倒したことを後悔する。

 ぶるりと身体が震え、身体を抱きしめるようにして腕をさする。

 

「もしよければ、今晩くらいは見張りをするよ」

 

 的確にラズリの不安を読み取ったらしいアルファさんは、穏やかな声色で申し出てきてくれた。

 

「いや、さすがにそれは悪いというか」

 

 実のところ、お願いしたい気持であった。わかりやすいパーヤの気持ちには気づかないのに、ラズリがそう思っていることはすっかり悟った様子で「遠慮はいらない」と言ってくれる。

 

「まさかラズリちゃんのこと好きになっちゃった?」

 

 なんて茶化してみても、生真面目な顔で首を横に振られた。

 

「冗談ですよぅ。そんなに真面目に返されるとへこむ……」

 

「それは悪いことをした」

 

 露とも悪いとは思っていない様子である。

 

「どこの家だ? その近くで素振りでもしている。長らく剣を持っていないから、勘を取り戻さないといけないし」

 

「あの! 本当に一緒にいてくれるんなら、母に話しておきます! ベッドはないけど、屋外よりずっといいでしょうし……。お願いしても、いいですか? あの、タダとは言いません」

 

「金なんてとらないさ」

 

「じゃあ、これ。ゲルド族の旅人がくれたマックスドリアン。ハートの最大値が増える優れものらしくて、あまりこの近くじゃ見かけないし……」

 

「気を遣わなくていい」

 

「貰ってください!」

 

「……すまないな。じゃあまた後で」

 

 そう言って、アルファさんはあっさりと宿のなかへと消えていった。彼の視線が一瞬下を向いたことで、ラズリもまた視線を落とし、自分の脚の震えが止まっていることに気づいた。

 

「あー……あれはほんとうにいい男だわ。パーヤ、見る目があるわね」

 

 一人呟く。

 

 押し付けがましくなく、かつ人の心を汲んだ心配りというのは存外に難しいものだ。人と関わることが主な仕事であるラズリはよく思う。

 過度すぎると煩わしく感じられてしまうし、かといって遠慮しすぎると気遣いの心は伝わらない。

 相手の求めることを、求めているタイミングでそれとなく提供することは、一流の看板娘の必須スキルだ。まだまだ精進しなければ、なんて考えているうちに、すっかり不安な気持ちは薄れてきた。

 

 もしも。もしもパーヤとアルファさんの関係が発展したとして。

 内気なパーヤと押しのないアルファさんが付き合う......ところはどうにも想像がつかない。

 

 頼もしい男性でありながら、中性的な美貌のためか、男の威圧感を感じさせない彼が、パーヤに迫るのをどうにも想像ができない。逆にパーヤが意を決して告白をする、なんて場面も想像できなかった。

 

 家に帰って母にアルファさんが来ることを話すと、絶句し、お礼をしないと、と豪勢な料理を作り上げ、ラズリが作ったことにしていいわよ、と謎の応援をしてきた。曰く「パーヤにはかわいそうだけれど、貴女は村の外にも出ていけるのだから、あれだけ頼もしい人に貰ってもらうのもいいわね」とのこと。そんなつもりは全くないのだが、後でパーヤと話すのが心なしか後ろめたくなった。

 

 

 


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