ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<シリカside>
サツキに連れられて三十五層主街区に戻って来たシリカは、張っていた気が緩みどっと疲れを感じた。大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせていると、顔見知りの男性プレイヤーたちが声を掛けてきた。シリカがフリーになったと聞いて早速パーティー勧誘に来たのだ。
「あの、お話はありがたいんですけど・・・」
やんわりと断りながらサツキをちらりと見ると、うへぇとした顔をしている。シリカの視線に気付いた彼は勧誘組リーダーの前に割り込むと口を開いた。
「悪いな、この子はしばらく俺とパーティーを組むことになったんだ。出直してくれ」
飄々とした態度のサツキに、リーダーの男は彼を見下ろす格好で言った。
「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声かけてるんだぜ」
「あー、すまんな。緊急の用事なんだ」
予想外の返しだったようで男は聞き返す。
「なんだよ?緊急って」
「見て分からないのか?使い魔が死んじゃったから蘇生アイテムを取りに行くんだよ。時間がないから俺が手伝うことになったんだ」
そこで男はようやくピナがいないことに気付いた様だった。申し訳なさそうにしつつ、それでもまだ引き下がらない。
「だけど、確か使い魔の蘇生アイテムって四十七層だろ?お前、そんなに強いのか?」
瞬間、サツキの雰囲気が変わった。
肌を撫で切る張り詰めた空気をシリカは感じた。
「あんたよりは強いよ」
「ッ!」
言い様のない威圧感を放つ彼に、シリカは戸惑う。さっきまでとはまるで別人だ。黙り込んでしまったシリカと勧誘組に、サツキは雰囲気を戻して言った。
「まぁ、明日中には戻って来れると思うからさ」
「あ、ああ・・・分かった」
そう言い残して勧誘組の面々は足早に去って行った。ふぅと息を吐いたサツキがシリカに向き直る。
「なんか・・・ゴメン」
「い、いえいえ!気にしないでください。ちゃんと断れなかったあたしのせいなので」
謝るサツキにシリカは謝り返す。
気を取り直して二人は歩き始めた。
♦️
<サツキside>
「あら、シリカじゃない」
近くの宿屋に入ろうとしたところで、隣の道具屋から出てきた赤い髪の女性プレイヤーがシリカに話しかけた。知り合いかと思って立ち止まったが、シリカの様子を見るにスルーした方が良かったらしい。
「・・・どうも」
「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」
赤髪の女は口の端を歪めるように笑いながら言った。
「でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」
「要らないって言ったはずです!急ぎますから」
シリカは会話を切り上げようとするが、相手はピナがいないことに気付いたのか嫌な笑いを浮かべる。
「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」
シリカが唇を嚙む。使い魔が主のそばにいない理由など一つしかない。当然赤髪の女もそれを知っているはずだが、薄い笑いを浮かべながらわざとらしく言葉を続けた。
「あらら、もしかしてぇ・・・?」
「死にました・・・。でも!ピナは、絶対に生き返らせます!」
痛快という風に笑っていた女の目が、わずかに見開かれた。小さく口笛を吹く。
「へぇ、じゃあ、思い出の丘に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略できるの?」
「できるよ」
シリカが答える前に、俺は口を開いた。
「あの程度のダンジョンなら俺が一緒に行けば問題ない」
女は俺を値踏みするように見回した。そして笑みを深めて言った。
「ふーん、あんたもこの子にたらしこまれた口?あんま強そうに見えないけど」
「行こう」
女の声を無視し、シリカの手を引いてその場を離れる。女はまだ何か言っていたが振り返らずに宿屋に入った。
宿屋の一階は広いレストランになっている。奥まった席にシリカを座らせ、俺はフロントでチェックインと注文を済ませた。シリカの前の席に座ると、彼女が申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、さっきはすみません・・・」
「いや、大丈夫だけど・・・さっきの人と何かあったの?」
「・・・はい」
シリカは赤髪の女──ロザリアとのささいなケンカからピナを喪ってしまったことを話してくれた。
「・・・なるほど。そんなことが」
「すみません、巻き込んでしまって」
「いやいや全然」
NPCが運んで来たマグカップを受け取り、シリカとカップをこちんと合わせる。赤い液体を一口すするとスパイスの香りと甘酸っぱい味わいが口に広がった。同じく一口すすったシリカがおそるおそるといった様子で口を開く。
「あの、これは・・・?」
「ああ、これはギルドの倉庫からパク──じゃなくて、貰ってきたんだ。カップ一杯で敏捷力の最大値が1上がるんだよ」
「そ、そんな貴重なもの・・・」
「ただ倉庫に置いといても意味ないからな」
カップの中身を一気に飲み干してテーブルに戻す。NPCがそれを下げるのを見届けたシリカが問う。
「サツキさん、ギルドに入っているんですか?」
「ん?ああ、言ってなかったな」
俺は所属ギルドの欄を可視化してシリカに見せる。最強の攻略ギルドと名高い血盟騎士団のそれを。
「えっ、え──」
「シーッ!」
叫び出しそうなシリカを制する。両手で口をおさえたシリカがおそるおそる小声で言う。
「血盟騎士団・・・攻略組なんですか?」
「新人だけど、一応ね」
シリカのような中層プレイヤーにも名が知られているのは流石の知名度と言ったところか。改めてとんでもないとこに入ったなと感じる。周囲を見回して俺は小声で言う。
「・・・誰にも言わないでね」
「は、はい。言いません・・・でも良いんですか?攻略の方は・・・?」
「大丈夫大丈夫、しばらく休みだから」
NPCが運んで来た料理や飲み物を口に運びながら、俺たちは他愛もない話で盛り上がった。攻略組の話を聞くのは初めてらしく、シリカは最前線やボス戦の様子、トッププレイヤーたちについて熱心に聞いてきた。攻略組になってから日が浅い俺は答えるのにだいぶ苦労したが。
話の一段落がついた頃シリカが呟いた。
「・・・なんで、あんなこと言うのかな・・・」
「ロザリアのこと?」
悲しみを浮かべた顔のシリカが小さく頷く。
「MMOをプレイするのはSAOが初めて?」
「はい・・・」
「そっか・・・俺は結構な数を遊んだけど、どんなMMOにもロザリアみたいなやつはいるよ。悪人になったり、善人になったり。現実とは違う自分になれるのがMMOの良いところだとは思うけど──」
「でも、SAOは・・・」
「そう。この世界はゲームだけど遊びじゃない。俺はSAOを、アインクラッドをもう一つの現実だと思ってる。攻略組・・・この世界で必死に生きている人はみんなそう思ってるんじゃないかな。それでも中には平気で犯罪に手を染める奴もいる。全員で助け合うなんて出来ないことは分かってる。でも、あまりにもそんな人間が多い」
言い終わると空気が張り詰めているのを感じた。緊張した様子のシリカに頭を下げる。
「ごめん。最近愚痴る相手がいなくて、つい」
「いえ・・・その通りだと思います」
視線を落としたシリカが小さく続ける。
「確かに悪い人もたくさんいます。でも良い人がいるのも確かです。サツキさんみたいに」
信頼と感謝が宿った瞳に見つめられ、俺は自分の行いに間違いがないことを確信した。
「ありがとう。じゃあ、明日はさくっと蘇生アイテムゲットして帰ってこよう」
「はい!」
今夜はお開きにして二階へ上がり、俺はシリカが部屋に戻ったのを見届けた。そして俺はそのまま自分の部屋、ではなく一階へ戻る。
「・・・」
人気の疎らなレストランの端の席、さっきまでシリカと座っていたそこから少し離れた壁の前に立つ。一枚の絵が飾っているだけの何の変哲もない壁だ。普通はそう見える。
「こんなところで何してんだ」
はたから見たらヤバい人に見えるだろうが、幸いこちらに視線を向けた人はいない。俺がそのままじっと壁を見続けていると、突然ぐにゃりと壁が歪んだ。
「ニシシ、やっぱりバレてたカ」
現れたのは小柄なプレイヤー、鼠のアルゴ。
「俺の索敵舐めんな。で、何してんの」
「報告が遅いカラ、サー坊がちゃんとお使いをしているのか確認しに来たんダヨ」
「あ・・・」
すっかり忘れていた。
「悪い。でもしっかり頼まれたものは──」
「いや、それは後で良イ」
お使いの品を渡そうとした俺を止めたアルゴは、いつもより真剣な顔をしていた。このアルゴを見るのは二度目だ。
「サー坊にしか頼めない依頼がアル」
今夜は長くなりそうだ。
全然進んでないけど年内完結を目指してます。