ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ──   作:Syncable

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少しだけ二人の距離が縮まる回


Ep.16 暗闇の二人

<アスナside>

 

──もう嫌だ。怖い、恐い。

 

何も見えない暗闇の中、時折聞こえてくる不気味な呻き声すら無視して、アスナは蹲って震えていた。目をぎゅっと瞑り、恐怖を必死に耐える。

 

「副団長」

 

突然かけられた声に思わず体がビクリとするが、顔を上げることはできない。顔を上げれば()()()()()()()()()()()()()()()。苦しみや憤怒、憎悪を染まった亡者たちの顔が。

 

オバケの類いがいつから怖くなったのかを、アスナ自身は覚えていない。何かきっかけがあったわけでもなく、気付いたら怖いものと認識していたのだ。それはこの世界でも変わらず、今までアストラル系モンスターとの戦闘はおろか出現エリアに近付くことすら避けていた。

 

しかし今、アスナは亡者たちの巣窟のど真ん中にいる。こうなってしまった原因は、さきほどアスナに声をかけた少年にあると言っていい。

 

 

数時間前。

 

 

二十五層迷宮区で見つかった新ダンジョンの攻略前偵察に行こう!とノノから誘いを受け、特に予定がなかったアスナは深く考えずに同行することにした。サツキ・シュガー・ノノと四人だけで行くことに心配があったが、あくまで偵察だと言うサツキの説得に負けた。しかし同時に、この四人は最前線でも充分過ぎる安全マージンを取っているので大丈夫だろうとも思っていた。

 

そうして迷宮区の隠し通路から未踏破ダンジョンに足を踏み入れたのだが、スタートからわずか十本歩いた瞬間に、床が無くなった─つまり落とし穴トラップにサツキと二人して引っ掛かってしまったのだ。シュガーとノノの声が急速に遠ざかり、サツキの絶叫と自分の悲鳴の中為す術もなく落下していった。そうして着いた所が暗闇の中、亡者たちの巣窟だったのだ。亡者を見た瞬間に戦意は消え失せ、恐怖で体が動かなくなってしまい、遂には立っていることすら出来なくなってしまった。

 

──そうだ。ずっとずっと前にも、似たようなことが・・・

 

遠く懐かしい記憶が蘇る。

あの時は今ほど暗くもないし亡者もいなかったけど、今と違って独りだったし武器も無くしていた。

 

一杯考えて、勇気を出して、戦って、そして─

 

『・・・頑張ったな』

 

彼の優しさに包まれて、温かさに触れて──

 

「キリトくん・・・」

 

彼の名がぽつりと零れ、一筋の涙が頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

♦️

 

 

 

<サツキside>

 

 

 

「・・・どんな反応すればいいんだ」

 

亡者たちを難なく蹴散らして戻った俺は、副団長が零した名前にどう反応すべきか悩んでいた。人が危機的状況の時に助けを求める相手は、かなりの信頼を寄せている者に限る。副団長にとっては、決別したとはいえ今でも”黒の剣士”がそうなのだろう。

 

なんとも言えない気持ちになりつつ、俺は周囲を見渡しながらこれからの事を考えた。

 

状況を打開するには、やはり出口を目指して動かなければならないだろう。しかし副団長がこの状態ではとてもそうはいかない。かと言って、救助が来るまでここに留まるのも難しい。俺とて亡者たちを相手に無限に戦えるわけではない。なのでやはり、副団長を連れてここから動かなければならない。

 

そのためには、副団長の状態について原因を探らなければならない。と思った時にはすでに、俺の中で答えは出ていた。

 

「なるほど・・・オバケが怖いのか」

 

副団長─”閃光”や”攻略の鬼”の異名を持つ彼女もまた、生身のプレイヤーであり、一人の少女なのだ。その類いが怖くても何ら不思議ではない。

 

 

『きゃー!オバケだよオバケ!初めて見たなぁ』

 

『生でアイドルを見た時みたいな反応するな』

 

『だって、アイドルよりもレアでしょう?』

 

『そうだけどその反応はおかしい』

 

 

ずっと昔、アインクラッド初のホラー系フロアに行った時のことを思い出す。かつての相棒が雰囲気をぶち壊したので全く怖くなかったが、そんな相棒に影響されたのか俺は色んなことが麻痺しているみたいだ。

 

「・・・隣、座るぞ」

 

暗闇でもぎりぎり視認できるであろうニメートルの間隔を取り、俺は壁に背を預けて座った。少し考えてから、最低限まで落とした声量で口を開く。

 

「えっと・・・大丈夫?」

 

「・・・」

 

副団長は何も言わず頭を小さく横に振った。

 

「その、ちょっと意外だったな。オカルト系は信じていないと思ってた」

 

「・・・幻滅したでしょう?」

 

「え?」

 

副団長は顔を上げないで続けた。

 

「普段は攻略攻略って口うるさく偉そうに言ってるくせに・・・いざこんな状況になったら何も出来ない。目を瞑って逃げているだけ」

 

「いや、誰でもいきなりこんな状況になったら混乱するよ」

 

「・・・あなたは?いつも通りだと思うけど」

 

「俺は慣れっ子なんだよ」

 

「・・・慣れっ子?」

 

「ああ。この手のトラップは、相棒に振り回されてアホみたいに引っ掛かって来たから、今さら混乱なんてしないよ。今回なんてまだマシな方さ」

 

そう、攻略組になる前なんて、こんな事は日常茶飯事だった。あの目も眩むような日々は今でも懐かしく思う。

 

「・・・あなたも、元βテスターとコンビを組んでいたの?」

 

「ああ、はじまりの街の隠れ武器屋で会ってからな。そういえば副団長も─」

 

言いかけてこの話題はマズいと止めるが、副団長は特に気にする素振りを見せずに続けた。

 

「私が、キリトくんと出会ったのは・・・一層の迷宮区だった。自暴自棄になって無茶な戦闘を続けていた私を気にかけて、声をかけてくれたの・・・それから、気絶した私を野営用の寝袋を使って安全な所まで運んで─」

 

それから副団長は饒舌にキリトとの冒険譚を話し始めた。どこへ行き、何を見て、戦い、笑い、泣き、喜び、悲しみ──。いつしか彼に抱いた感情。

 

彼女という剣士が生まれたその物語は、とても美しくて眩しいものだった。多くの人に影響を与える彼女に、大きな影響を与えたキリト。彼の強さにではなく、人間性に初めて興味を持った。

 

「・・・良い人だな。会ってみたいよ」

 

「えっ?」

 

素直な俺の感想に、副団長が初めて驚きの声を発した。それに驚いた俺が隣を見ると、顔を上げてこちらを見ていた副団長と目が合う。ヘイゼルの瞳から恐怖は消え、代わりに疑問に染まっていた。

 

「な、なに?」

 

「会ってみたいって、もう会っているでしょう?ていうか、一緒に戦ってたじゃない」

 

「・・・まさか、カグマの時の助っ人?彼が”黒の剣士”?」

 

「そうよ」

 

「そうだったのか・・・」

 

トッププレイヤーに相応しい実力だったと今でも思う。あの日以来会えていないが、今度見かけた時は奢る約束を果たそうと決めている。

 

「名前も知らないで、奢るなんて言っていたの?」

 

クスッと笑った副団長は俺を見ながら言った。彼女が俺に笑顔を見せたのはこれが初めてだ。そんなこと未来永劫ないと思っていた俺は、その破壊力にどうにか耐えながら視線を逸らして言った。

 

「いや、聞こうとしたらタイミングよく副団長たちが到着したんだよ。それでそのまま行っちゃうし・・・知ってたなら紹介してくれればよかったのに」

 

「あの時は・・・突然のことで頭と気持ちの整理ができなくて、あんな態度を取ってしまったの。それに、キリトくんは私といると居心地悪いだろうし」

 

「そんなことは・・・」

 

二人のことをよく知らない俺には、それ以上言葉を続けることが出来なかった。二人のことは二人にしか分からない。部外者の俺がどうこう言うべきではない。

 

しばしの沈黙を破ったのは、すっかり普段の調子を取り戻した副団長の声だった。

 

「・・・あなたは?」

 

「というと?」

 

「私の話ばかりじゃない。あなたのことも話してよ」

 

「俺のことってもなぁ・・・」

 

俺は腕を組んで考える。別に過去について話すことに抵抗はないが、何せ誰かに話すのは初めてなので、どう話せばいいのか分からない。やや遠慮がちに副団長が口を開いた。

 

「相棒さんについて、話してよ」

 

副団長が相棒について知りたいとは予想外だった。とは言え、俺の過去の話は相棒の話でもあるので好都合だ。

 

俺はダンジョン内ということも忘れて懐かしい過去について話し始める。

 

「じゃあまずは出会った時からだな。さっきも言ったけど、はじまりの街の裏路地にある武器屋で初めて相棒に会ったんだ。俺はたまたま行き着いただけなんだけど、相棒はβ時代の知識を活かして──」

 

暗闇の中、副団長は何も言わずに静かに俺の話を聞いていた。




イチャラブはまだ遠い話

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