ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<ノノ&シュガーside>
「アスナさーん!サツキー!どこー!?」
「ノノちゃん静かに!敵が集まって来ちゃうよ」
狭い通路にノノの声がこだまする。
白い息を吐きながら二人は暗闇の中を早足で進んでいた。
「もう!どうなってるのよ・・・入口は閉まっちゃうし、教会行ってないからアストラル系と戦えないし!」
「完全に初見殺しのダンジョンですね」
二人の愛刀・愛剣には聖属性が付与されていないため、ダンジョン内を彷徨う亡者たちと戦闘が出来ない。かと言って、一度街に戻ることも出来ない。落とし穴が発動したと同時に入口の扉が閉ざされてしまったからだ。さらにダンジョン全域が結晶無効化エリアになっているようで転移も出来ず、仕方なく二人は亡者たちを避けながら奥へ進んでいた。
「でも、こんなに暗いダンジョン初めてじゃないですか?最前線の迷宮区でももっと明るいですよね」
「そうね。索敵がないと迂闊に動けないし」
「それに・・・もしかするとこのダンジョン、クリアしないと出られないんじゃないですか?」
「・・・その可能性はあるね」
入口が閉まり、転移できないとなればそういう事だろう。となると、このダンジョンでまともに戦えるのはサツキだけになる。加えて─
「早く二人を見つけないと。特にアスナさん」
「なんでですか?」
「・・・苦手なのよ。アストラル系」
前にギルドの女子会でアスナが言っていたのをノノは覚えていた。サツキが一緒だとまだ良いが、もし一人だったらと考えるだけでゾッとする。
「まったく、この借りは高く付くわよ!」
毒づきながらノノは暗闇の中を進み続けた。
♦️
「やはり、最初の挑戦者は彼らか」
表示された管理者専用のウインドウを見ながらヒースクリフは微笑した。ウインドウは左右二つに分かれており、片方には座り込む二人、もう片方には暗闇を慎重に進む二人が映し出されている。
四人が足を踏み入れているダンジョンは、現時点で最高難易度に設定されている。理由は、ダンジョン最深部に安置されている”霊剣”にある。
シュガーの考察通り、”霊剣”は魔王・ヒースクリフを倒すために大きな役割を果たすのだ。それに加えて、この世界で5本の指に入る圧倒的なスペックを誇るためそれに比例した入手難易度となっている。
このダンジョンは第五十層クリアで開放されるが、その難易度は最前線のそれと同期する仕様になっている。つまり、上層を開放すればするほどこのダンジョンの難易度も上がっていくのだ。現在は五十五層クラスの難易度になっている。
この程度では攻略組にとっては最前線と何ら変わらないが、加えられた様々な要素が難易度を押し上げている。
光源がほぼない暗闇。
通常武器では戦えないアストラル系。
数々のフィールドトラップ。
結晶無効化。
クリアまで脱出不可能。
「・・・流石に・・・現状では・・・困難・・・ではないか・・・?」
途切れ途切れの声にヒースクリフは顔を上げた。いつの間にか部屋の隅に立っている人物が一人。顔馴染み─鬼を模した仮面を被っているので表情は見えない─の来訪にヒースクリフは息を一つ吐いた。
「君か。来るなら一報くらい入れたまえ」
「・・・心配しなくとも・・・一人だと・・・確認してから・・・来ている・・・」
そうか、とだけ返してヒースクリフはウインドウに目を戻して言った。
「
「・・・期待・・・しておこう・・・」
「そうだね・・・こんな所で負けるような彼らではないよ。君も負けないよう精進したまえ」
「・・・分かっている・・・」
♦️
「おはよう、今日もいい天気だね」
少女の声に返事はない。
清潔感のある一室で眠る彼の元へ訪れるのが日課になって、もう一年と少しが経つ。返事がないと分かっていても挨拶は欠かせない。そのうち本当に返事をしてくれると期待しているからだ。
見舞いの品をテーブルに置いてベット脇の椅子に座り、眠ったままの彼の手を握る。酷く痩せ細っているが、確かに感じる温もりと彼に繋がった機械の音が生存を示している。しばらくそうした後、暗い空気を晴らすように少女は口を開いた。
「そうだ、嬉しいお知らせがあるんだよ」
鞄から一枚の紙を取り出して彼に見せる。
それは、彼に背中を押されて追い続けた夢が叶った証だった。
「じゃーん!なんとオーディションに合格しました!まだまだこれからだけど、頑張る、から・・・だから・・・」
──あぁ、だめだなぁ・・・
耐えられず両目から涙が流れる。
どうしても恐怖や不安に押し潰されそうになって、何もできない自分が悔しくて、涙を我慢することが出来ない。
「頑張って・・・絶対、帰って来て・・・」
加速する彼の心拍を示す機械音と少女の嗚咽が室内を満たしていった。
♦️
<サツキside>
この世界の体は酸素を必要としない。
しかし今、現実世界の俺の体は激しく呼吸し、脈拍は天井知らずに加速しているはずだ。病室に横たわる俺の近くに誰かがいれば、俺が今この瞬間に命を懸けた戦いをしていると思うだろう。
現状、当たらずも遠からずと言ったところだ。
暗闇の中、動けない仲間が一人、出口が分からず仲間と分断されている状況に変わりはない。かと言って、亡者たちが強くなったわけでも、愛剣をなくしたわけでも、ポーションが切れたわけでも、空腹になったわけでもない。ただ──
「・・・あの、副団長」
「・・・」
ニメートルの幅を取って座っていた副団長が、今は俺の胸に顔を埋めて固まっているのだ。こんなに接近されたのは初めてで、今や俺の心臓は破裂しそうな勢いで脈打っている。
「やっぱり、無理?」
「・・・」
副団長は頭を高速で上下させて肯定した。
こうなったのは俺の話が序章を終えた時だった。
俺と相棒のコンビ結成から始まり、徹夜のレベル上げ、装備の強化、ねぐらの確保、クエストの消化。そして、相棒曰く第一層の裏ボス─ 《アスタルテ》と繰り広げた激闘を熱弁していた時、それまで聞き入っていた副団長がピタリと動きを止めたのだ。その視線が俺の後ろに向いていて、徐々にヘイゼルの瞳から生気が失われていくのを見て俺は瞬時に悟った。いるな、と。
同時に、俺の胸に副団長が飛び込んで来て今に至る。隠蔽スキルとコートのおかげで亡者に見つからずに済んでいるが、この体勢は非常に良くない。ダンジョン内ではあまりに無防備であり、何より俺のメンタルが持たない。
「副団長、落ち着いて、離れて」
「・・・ぃや」
聞いたことのない弱々しい声に言葉が詰まるが、精神力を振り絞って続ける。
「やっぱり移動しないと、流石にずっと留まるのは危険だから・・・」
「・・・・・・手」
「え?」
短過ぎる返答に間抜けな声が出た。
副団長はわずかに顔を上げて再度言った。
「手・・・繋いで」
「わ、わかった・・・」
深く考えずに差し出した俺の手に、副団長の白く細い手が触れる。確かな温もりと震えが伝わって来たその手を軽く握ると、俺よりも強く離さまいと握り返してきた。そのままゆっくり立ち上がる。
「・・・ありがとう」
「これなら大丈夫?」
「・・・うん」
「よし、じゃあ移動しますか・・・とりあえず出口を目指しつつシュガーたちを探そう」
と、言ったものの早速左右に分かれた道をどちらに進むかで迷ってしまった。
『道に迷った時は、このコインの裏表で決めると良いよ。絶対良い結果になるから!』
ふと相棒の声を思い出してポーチから黒色のコインを取り出す。表・裏とだけ大きく描かれたこのコインは特に何の効果も持たないが、相棒はよくこれで進む道を決めていた。それが何故かよく当たっていたりする。システム外スキルなんて相棒は言っていたが、あながち間違ってないのかもしれない。
指で弾いて落ちてきたコインを掌で受け止める。出た面は─表。
「・・・右に行こう」
コイン投げを不思議そうに見ていた副団長だが、特に何も言わなかった。
索敵で亡者を見つけ、隠蔽でエンカウントを避けて暗闇の中を進む。途中、何度も分かれ道に直面したがコイントスを信じて歩を進めた。
「ここって・・・」
「・・・うん」
そうして進み続けた末に、俺たちは久しぶりに明るい場所に辿り着いた。青白い炎が揺らめくそこは、かなり広い円状の部屋だ。どう見ても出口ではないのだが、俺の目は部屋の奥の祭壇に突き立ったソレに釘付けになった。
周りの空間すら歪んで見えるほどの強烈な存在感を放つ、一振の剣。
サイズ的に片手剣だと思われるが、離れていても分かる空恐ろしいほどの流麗さは、魔剣クラスである俺の
「あれが”霊剣・レーヴァ=テイン”・・・」
「・・・みたいね」
部屋の入口ギリギリから中を覗きながら小声で話す。ここが最深部なのは間違いない。思っていたよりだいぶ早めの到達だった。最初の落とし穴に引っかかったことが近道になったのかもしれないが、素直には喜べない。
「どう見ても、ボス部屋だよな」
「・・・でしょうね」
このだだっ広い部屋で何も起きないわけがない。十中八九ボス戦になるだろう。フロアボス並の強さであるはずなので、仮にシュガーたちと合流できても勝率はかなり低い。
「まぁ、場所は把握できたから今回は撤退しよう」
「・・・どうやって?」
「え?」
暗闇から解放されて少しだけ落ち着いた様子の副団長が続けた。
「結構探索して来たけど、一度も上へ続く道を見ていないでしょう?ここへ来るのだって穴を落ちて来たり、下り坂を滑って来たじゃない。降りたら登れなくなるようなところばかりだったわ」
「つまり・・・」
「歩いては出られない」
「じゃあ転移結晶で─」
「無効化エリアよ。もう試したわ」
「・・・え、じゃあボス倒すしかない?」
「・・・そうね」
「・・・」
「・・・」
あまりに絶望的な状況に二人して黙ってしまう。
「とりあえず、シュガーとノノが来るのを待とう」
「・・・うん」
ここで無茶をするほど俺もバカではない。少しでも勝率を高めるために俺たちを探しているであろう二人を待つことにする。
部屋から漏れ出た光で照らされた場所に座ろうとした俺の耳に、冷たく重い男の声が響いた。
「──来たか、剣士よ」
ばっと辺りを見回すが声の主はいない。だが頭上から何かがが落下して来る気配を感じた。
「アスナ!」
咄嗟に名前を呼び捨て、俺は副団長を抱きかかえて青白い部屋の中へ飛び退いた。直後、入口近くに数本の剣やら槍やらが突き刺さった。あのままあの場にいたら串刺しになっていただろう。
「あ、ありがとう」
「ああ、大丈─」
副団長のお礼への返事を止め、部屋の中央から感じられた何者かの気配に目を向ける。そこには、先程まではいなかった者がいた。
全長は3メートルほど。煌めく金色の王冠を被り、見事な白髪と白髭が長々と伸びている。不気味なくらい青白い肌の最小限を甲冑と金属メイルで覆っているが、その全身は薄く透き通っていておまけにゆらゆらと浮いている。足はない。だらんと力なく垂らした右手で、同じく透けている直剣を握っている。間違いなくアストラル系の、このダンジョンのボスモンスターだ。
恐怖心が蘇った副団長は目を瞑りはしなかったものの再び俺の左手を握ってきた。俺はその手をそっと握り返し、腹を括って正面のボスに視線を向ける。ボスはその巨体に見合わない小さな瞳で俺たちを見据え、口を開いた。
「──待っていた。この時を、何百年と」
「は?」
意味不明なセリフに拍子抜けした声を出してしまった。構わずボスはしみじみと感慨深そうに続けた。
「──頂ノ王に敗れ、この御室に剣を安置し、我らの遺志を受け継ぐ者が現れるのを、死して尚、待っていた」
意味ありげなセリフだが、何か口を挟めるわけもなく黙って聞くしかなかった。
ボス─《
プレイヤーには明かされていなかった、浮遊城アインクラッドの成り立ち。
《大地切断》と《古の決戦》の記憶だった。
これくらいの更新速度を維持したいと思います。