ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ──   作:Syncable

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遅くなりました!長めです。


Ep.20 受け継ぐ力

♦️♦️♦️

 

 

 

 

 

『いやー負けた負けた!すっごい強かったね!』

 

『マジで死んだと思った』

 

『ね!』

 

真っ赤に染まった互いのHPバーを横目に、俺たちは馬鹿みたいに笑った。かつてないほど死に近付いたというのに、俺は恐怖よりも楽しかったという感情で満たされていた。それは間違いなく、隣に座った相棒の影響だろう。

 

彼女は大きく背伸びをして後ろへ倒れ空を仰いだ。

 

『でも、おかしくないか?』

 

『なにがー?』

 

相棒は目を瞑って聞いてきた。

 

『自惚れてるわけじゃないけど、俺たちで勝てないって相当だろ?ゲームバランスがおかしい』

 

『んー・・・』

 

相棒はしばし沈黙して言った。

 

『君はSAOってどんなゲームだと思う?』

 

『なんだ突然・・・まぁ悪い意味で神ゲーだな』

 

『じゃあもし、SAOが普通のゲームだったら?』

 

『それは良い意味で神ゲーだろ』

 

『具体的にはどんなところが良いと思うの?』

 

『具体的・・・MMORPGにしては、ゲーム内のバランスが取れていると思うよ。コルの価値だったりモンスターのポップ率やアイテムドロップ率とか』

 

『うん、SAOは基本的に公平さ(フェアネス)を貫いている。ならさっきのボスも今のプレイヤー、私たちなら倒せるはずだよ』

 

『いや無理だろ。どう考えても勝てる相手じゃないって』

 

『確かに、あのままならね』

 

『は?』

 

相棒は起き上がって続けた。

 

『戦ったことあるでしょう?特定の条件かアイテムが揃わないと倒せなかったモンスター』

 

『いたけど・・・つまり、さっきのボスも?』

 

『だと思うよ。部屋の床とか壁に変な模様が彫られたスイッチがあったから』

 

『あの戦闘でよく見つけたな』

 

『褒めないでよ、好きになっちゃう』

 

『黙れバカ。じゃあ部屋のギミックを使えば、ボスが弱体化かなんかして戦えるようになると?』

 

『多分ね!私の経験によると、RPGで理不尽なまでに強い敵って、何かしらの攻略法が隠されてるものなんだ。だから、そんな敵が相手ならまずは周囲をよく観察すればいいよ!』

 

『なるほどね、覚えておくよ・・・で、見事なまでの完敗だったわけだが、何かいい作戦は思い付いたのか?』

 

『もちろん!いい?君が蜂の巣にされてる間に私がボスの頸を取る、なんてどう?』

 

『俺の死を前提にするな』

 

俺のそのツッコミは、相棒の中でお気に入りの迷言となったらしい。

 

♦️♦️♦️

 

 

<サツキside>

 

 

起こっている現象に理解が追い付かないが、少なくとも目の前の光景には覚えがあった。

 

あれは確か─三十何層の小さな村にいたNPCのクエストでのことだ。ダンジョンの奥地に落としてしまった指輪アイテムを取って来るだけのお使い系かと思えば、指輪が落ちているのがボス部屋でそのまま戦闘になった。その有り得ない強さに即時撤退してこの場に逃げ帰って来たということだ。

 

死にかけたというのに、冗談を言い合ってバカ騒ぎする二人を見て、我ながらこの時は頭がおかしかったなと思う。相棒のせいだけど。

 

だが、偶然か必然か。

 

この会話はまさに現状に当てはまるではないか。昔のことで忘れていたが、おそらくあの御室にも、亡霊王を倒すためのギミックが隠されている。

 

そして、それらしきものは一つしかない。

 

「・・・ありがとな、──」

 

純白の光に包まれ、かつて取り戻そうとした光景が遠ざかっていく。最後に見えた二人は、やはり笑っていた。

 

 

 

♦️

 

 

<アスナside>

 

 

愛剣を握り直したサツキは、亡霊王が直剣を振り回す様を見ながら言った。

 

「見る限り、ヤツは殲滅型だと思う。間を空けずに接近して躱し続ければ時間を稼げるはずだ」

 

モンスターのアルゴリズムにも様々な種類がある。その一つ<殲滅型>は、文字通り近付くプレイヤーを片っ端から攻撃するものだ。その特性故にタゲ取りはさして苦労しない。

 

「でも、あっさり霊剣に近付くことを許してはくれないと思うわ」

 

「だろうな。多分霊剣に近付いた奴を優先攻撃すると思う。だから、ちょっと無茶する」

 

「・・・どういうこと?」

 

サツキは全快した自分のHPバーを見て言った。

 

「霊剣までなかなか距離があるからな。急がないとこっちがもたない。だから俺がさっきの要領で、ヤツの攻撃をわざと受けて吹っ飛ばされる。あの威力なら方向が合えば一瞬で霊剣のとこまで行ける」

 

「なに言ってるの!?そんな危険なこと─」

 

激高したアスナにサツキは続ける。

 

「大丈夫だって、今度は上手くやるよ。他の方法も時間もない」

 

見れば、ノノとシュガーのHPは六割ほどまで減っていた。一撃でもまともに被弾すれば、耐えられないだろう。

 

アスナは葛藤の末、無言で頷いた。

 

「わかった、その方法でいきましょう」

 

「おっけ、じゃあ─」

 

「でも」

 

アスナはサツキのコートの袖を摘んだ。彼の青い瞳をしっかり見つめながら、一言だけ零した。

 

「・・・死なないでね」

 

「フラグになるからやめて。次の予定は、みんなで霊剣ゲットのパーティーだからな!」

 

不敵な笑みでそう言い、サツキは愛剣を手に走り出した。アスナもそれに続く。二人の接近に気付いた亡霊王の目に剣呑な光が宿った。

 

「──数が増えたとて、無意味」

 

「お待たせ!次の攻撃を避けたらスイッチ頼む!」

 

亡霊王が直剣を振りかぶったと同時にサツキは叫んだ。ノノとシュガーは彼の復活に安堵し、そして困惑した。

 

「こんな透けてるヤツ相手にどう戦おうっていうのよ!」

 

「何か策があるんですか!?」

 

「ああ!信じろ!」

 

サツキのその気迫に、二人は頷いた。

 

「あぁもう!これで死んだらアンタのこと呪ってやるから!」

 

「僕はどこまでもついて行きますよ!」

 

「サンキュー!いくぞ!」

 

正面からサツキ、左からノノとアスナ、右からシュガーが同時に接近する。対する亡霊王は直剣を低く構えた。直後、サツキが叫ぶ。

 

「ガストネード─全方位攻撃だ!巻き起こされる風に注意!」

 

その警告通り、音もなく回転した亡霊王を中心に旋風が巻き起こった。被弾していればダメージに加えて大きく体勢を崩していただろうが、全員射程外に退避できていたので問題ない。

 

「硬直時間は3秒!今だ!」

 

旋風が収まった瞬間に再び全員が走り出す。

 

「──おもしろい」

 

ぎらりと亡霊王の目が光った。硬直が解けるや否や最も近くにいたシュガーを目掛けて直剣を斬り払うが、彼はそれをステップで避けていく。入れ替わるようにノノとアスナがタゲを取り、亡霊王が攻撃モーションに入る。

 

「──む」

 

そこで()()()()ようだ。

 

亡霊王の背後─頭上の位置まで跳躍したサツキが空中でソードスキルの構えを取った。

 

亡霊王は足下の二人からタゲを変更して直剣を水平に持ち直した。そのまま猛烈な勢いで音もなく回転し、サツキに一撃を見舞う。さきに見たものと全く同じ光景。透き通った直剣がサツキを捉える。

 

「ぐっ!」

 

短い呼気とともにサツキが吹き飛ばされる。一度見ている光景でも、やはり心臓に悪い。

 

「サツキ!?」

 

「サツキさん!」

 

捨て身の作戦を知らない二人が血の気を引かせるがすぐにサツキの考えに気付いたのだろう。呆れたような笑みを浮かべた。

 

受け身が良かったのか、サツキのHPは赤に染まるギリギリ手前の四割程度で減少を止めていた。ハイポーションを咥えながら愛剣を頼りに立ち上がった彼は、したり顔でその()を握った。

 

祭壇に突き立った《霊剣(レーヴァ=テイン)》の柄を。

 

 

 

♦️

 

 

<サツキside>

 

 

間近で見るとその神々しさに圧倒された。

戦闘中でなければ、何時間でも眺めてしまいそうなほどに美しい。

 

《霊剣》レーヴァ=テイン

 

間違いなく現在入手可能な武器の中で最強と言える剣の柄を握る。冷たい刀身に魂が宿るような錯覚。

 

「──ほう、その手に取るか」

 

亡霊王が俺を見据える。

俺は空になったハイポーションの瓶を投げ捨てて愛剣(カタルシス)を背中の鞘に収めた。

 

「《霊剣》を使うに相応しいかを選別する試練なら、実際にこれを使ってアンタを倒せばそれが証明になるだろう?」

 

「──如何にも。我はすでに果てた者・・・《霊剣》の力で現世に留まっている魂に過ぎぬ」

 

亡霊王はゆっくりと俺に近付いて来る。祭壇の少し手前で止まると、俺を見下ろしながら言った。

 

「──さぁ、抜いてみせよ。さすれば我が肉体は復活し、そなたらと剣を交える真の試練を始めよう」

 

「ああ─」

 

亡霊王の後ろで成り行きを見守っていた三人は、全員が準備万端と言わんばかりの目をしていた。

 

「─やってやるよ」

 

俺は右手で握った《霊剣》を引き抜いた。半ば以上刺さっていた流麗な刀身が何の抵抗もなく姿を現し、冷たく重い空気を鋭く斬り裂く。

 

途端に、部屋を照らしていた青白い炎が揺らめき、その色を金色に変えた。冷たく重い空気が消え去り、部屋に光が満たされる。

 

変化はそれだけではない。

 

ゆらゆらと透けていた亡霊王が、その輪郭を鮮明にしていく。途切れていた足が現れ、眼光は鋭さを増し、直剣は鈍い輝きを放つ。俺は《霊剣》を構え直して言った。

 

「これで、アンタと戦えるわけか」

 

「──左様。さぁ、始めよう」

 

ニヤリと笑った亡霊王が、先ほどよりも速く重い一撃を放つ。しかし、不思議と今の俺には欠伸が出そうな程度の一撃に見えた。右手の《霊剣》でそれを受け止める。耳を劈く金属音が鳴り響き、大量の火花が散った。

 

俺を押し潰そうと亡霊王が渾身の力を振るう。しかし、つばぜり合いは完全な均衡を保っている。《霊剣》から無限の力が流れ込んで来るような感覚が、俺の全身を満たす。

 

「はぁぁぁっ!」

 

つばぜり合いの状態から無理やり亡霊王の直剣を弾き返し、間髪入れずに三連続技” サベージ・フルクラム”を発動させる。がら空きの胴に鮮やかな剣痕が刻まれた。

 

「「「スイ───ッチ!!」」」

 

副団長以外の三つの声が重なる。後退した俺と入れ替わりにノノとシュガーが前に出た。二人の武器がライトエフェクトをまとう。

 

カタナカテゴリ二連撃技” 梁塵”

両手剣カテゴリ二連撃技” デブリス・フロウ”

 

両足にそれぞれ命中させ、亡霊王のHPは目に見えて減少する。さらに副団長が助走から跳躍し、顔面に四連撃技” クォータニオン”を見舞った。

 

「──存外やるな」

 

体勢を戻した亡霊王が俺たちを見下ろして言った。

 

「──どうだ?《霊剣》の使い勝手は」

 

「怖いくらい扱いやすいよ」

 

流麗な刀身を見つめながら答えた俺に、亡霊王は試すような目を向けた。

 

「──うむ。そなたが()()()()()()()()()

 

「・・・?何を言って─」

 

次の瞬間、目の前の光景が急変した。

 

金色に満たされた部屋も亡霊王も消え、色を失った白黒の世界。深い森の中、大量のモンスターに囲まれている・・・目の前で俺の知らない誰かが為す術なくミンチにされ、その体を爆散させて──大音量で頭の中に響くのは、恐怖と絶望に染まった悲鳴、絶叫。その人の仲間だろうか。簡素な片手剣を振り回し、モンスターに斬りかかる一人の男が、攻撃を弾かれ、剣を折られ、袋叩きにされ散っていく・・・

 

「──ッ!?」

 

仮想の体から魂が抜けるような感覚。そして見える光景が変わり、どこかの街の、どこかの広場。並んでベンチに座る男女は、愛おしそうに互いを見つめ、笑い合う。春のひだまりの様な温かい気持ちが溢れ・・・

 

「なんっ・・・だ、これ」

 

「サツキくん!」

 

「サツキさん!大丈夫ですか!?」

 

「どうしたのよ!」

 

三人に答える間もなく再び光景が移り変わる。

 

見えるのはどれも俺の記憶にないものだ。知らない誰かが死ぬ場面、武器強化の成功を願う場面、食事をする場面、ホームを購入する場面・・・喜び怒り哀しみ楽しい苦しい憎い。好意、悪意、憎悪、友情、愛情、嫉妬───。

 

数多の感情が濁流となって襲いかかる。頭がどうにかなりそうだ。震える手から《霊剣》がすり抜けて石床に突き立った。

 

これは──

 

「──どうだ?()()()()?」

 

元の光景に戻ったところで亡霊王が言った。

 

「どうなってんだ・・・?」

 

「──そなたが垣間見たものは《霊剣(レーヴァ=テイン)》に宿された魂と心意である。全て、この世界で散っていった者たちのものだ」

 

「今のが、死んだ人たちの・・・?」

 

「──左様。それこそが《霊剣》を手にする英傑の使命である。遺志を背負い、誰一人として見捨てることなく未来へと繋ぐ。そなたに出来るか?」

 

「俺は・・・」

 

とてもゲーム内の話にしては現実味のないものだった。しかし先ほどの現象は、亡霊王の言うことと一致する。何らかの仕掛けで、《霊剣》という装備オブジェクトにプレイヤーの記憶が書き込まれている可能性も否定できない。仮にそうだとしても、今までゲーム内で死亡したプレイヤー、約三千人の遺志を背負うなど俺にはとても出来ない。

 

黙り込む俺の胸中を察してか、副団長が毅然とした声で言った。

 

「大丈夫よ、サツキくん」

 

優しい笑みを浮かべた副団長は俺の右手をそっと握った。暗闇の時とは違い、その手からは怯えも恐怖も感じない。

 

「あなた一人に背負わせないわ」

 

「そうですよ!僕たちも一緒です!」

 

「そーゆーこと!さっさと持って帰るわよ」

 

「みんな・・・」

 

頼もしい仲間の励ましを受け、俺は再び《霊剣》を手に取った。再び感情の濁流が押し寄せて来るが、もう怖くはなかった。

 

「やってやるよ。俺が、俺たちが・・・」

 

「──ほう」

 

「誰も見捨てない。全員の思いを背負って、ゲームをクリアする・・・!」

 

右手に《霊剣(レーヴァ=テイン)》左手に白の愛剣(カタルシス)を構えて走る。

 

激化する戦闘の中、がんばれ、と励ます声が聞こえた気がした。




次で霊剣篇は終わりです(多分)。

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