ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<アスナside>
「副団長!右斜めに避けてパラレル!」
サツキの声に従って亡霊王の直剣を回避し、反転して腕に二連撃技"パラレル・スティング"を見舞う。アスナの愛剣が岩石にも似た腕を深々と穿ち、亡霊王のHPを減少させる。
「前方範囲攻撃─シュガーはセクター!ノノは─」
「"醒睡"でしょ!」
「ああ!頼んだぞ!」
薙ぎ払われた直剣を、シュガーが前方宙返りで避けて反撃の一撃。ノノは直剣の下を潜って一閃。
「はぁぁぁっ!」
間髪入れずにサツキが仕掛ける。
白の愛剣で片手戦棍カテゴリ二連撃技"フェアウェル"。続けて霊剣で短剣カテゴリ三連撃技"マーシフルマシナリー"、片手直剣カテゴリ七連撃技"デッドリー・シンズ"。
「「スイッチ!」」
亡霊王の反撃を捌いたサツキに代わり、ノノとアスナが前に出る。ノノが先行して亡霊王の攻撃をパリィして隙を作り、アスナが渾身の四連撃─カドラプル・ペインを放った。
「──ぬぅ」
一時間近く続いた戦闘でようやく亡霊王のHPバーは残り一本となった。初めこそ何度か危ない時があったが、一本目を削る頃にはパターンを把握して連携も取れていたので安定して戦えた。
「──なかなかやりおる。こんなに気分が高揚したのは"決戦"以来か」
亡霊王の目は幼い少年のように輝いていた。純粋に戦いを楽しんでいる剣士の目だ。
「やっぱり、アンタが
「──左様。もはや、そう名乗る資格はないがな」
自虐的な笑みを浮かべる亡霊王を見て、アスナはずっと感じていた違和感の原因を見つけた。
ダークエルフの友人・キズメル同様、この亡霊王もNPCとは思えないほど人間味がある。キリトの考察では、あらかじめ決められたプログラムに従って行動するのではなく、自ら学習し判断する高度なAIなのではないかと。それにより、プレイヤーとの自然な会話も成立させているのではないか。
現実世界でもそういった分野に疎いアスナは、今の技術がどこまで進歩しているのか分からない。しかし、キリトの様子から
らしくない思考は亡霊王の声に断ち切られた。
「──あの時ほど、我の弱さと愚かさを呪ったことはない。勝てる、帰る、守る、助ける・・・虚言を吐くだけの我にできたのは、仲間の死を横目に敗走するのみ」
「なんだか、聞き入っちゃうわね」
「あくまで、これも設定なんですよね?」
「そういうバックストーリーに基づいてはいるだろうな。やたらリアルだけど」
「──"決戦"で全てを失った我だが、一つだけ得たものがある」
亡霊王は左手を上へかざした。
「──それが《頂ノ王》との戦いに必要不可欠の力・・・世の理すら超越する《心意》だ」
鋭さの戻った目で亡霊王は見下ろした。
「パターン変わるぞ!注意!」
各々が武器を構えて素早く戦闘モードに入る。
アスナは先頭に立つ"剣豪"を見つめた。
霊剣による"あの現象"が度々起きているのか、時折耐えるように顔を歪めているのをアスナは見逃していなかった。彼のためにも早期決着が望ましいが、焦ってはならないと自戒する。
再度攻撃を仕掛けようと走り出す直前、亡霊王が直剣を高々と掲げた。神々しい初見のライトエフェクトが輝く。
「──刮目せよ、我が《心意》を」
「くるぞ!回避──!」
刹那、サツキの声を掻き消す轟音と衝撃がアスナを襲った。視界が真っ白に染まり、硬い石床の感覚が消えた。全ての感覚が遠ざかる。立っているのか倒れているのかすら分からない。耳鳴りと込み上げる嘔吐感で意識が朦朧とする中、アスナは叫んだ。
「みん、な・・・大丈夫!?」
その声が届いているのか、誰かが返事をしているのかすらアスナには認識できなかった。頭をフル回転させて考える。
初見だった亡霊王のソードスキル、いや《心意》がこの現象を引き起こしているのは間違いない。今この瞬間に全員が同じ状況になっているのならば、最悪の結末になってしまう。もしかしたら既に誰かが──
「いやっ・・・!」
感覚がない全身に動けと命令する。立て、剣を取れと心を燃やすが、魂と体の接続が切れているかのような錯覚に押し潰される。必死にもがきながらアスナは考える。
どれくらい経っただろう。
時間の経過すら忘れかけていたアスナは、突然自分の体を包んだ温かさに驚いた。陽光のように温かさが全身に伝わってくる。失われていた感覚が急速に戻っていく。
真っ白に染められた視界が晴れ、至近距離で映ったのはサツキの顔だった。体勢からして、抱きとめられているのを理解したアスナだったが、そんなことを咎める余裕はなかった。
「サツキ、くん・・・?」
魂が抜けてしまったような光のない瞳だった。まるで別人のような彼にアスナは困惑した。いつもの彼じゃない、それを確信させるモノが彼の
水にインクを垂らしたような、漆黒の
状況が呑み込めないアスナが呆然としていると、ふいにサツキの目が閉じられた。そのまま力なく石床の上に倒れてしまう。
「サツキくん!しっかりして!」
体を揺さぶるが反応はない。そこで気付く。
サツキの隣に転がった二本の剣──レーヴァ=テインとカタルシスの刀身が漆黒に染まっていた。ソードスキル特有のそれよりも強く、かつ儚いライトエフェクトだ。アスナは今までに見たことがない。漆黒のライトエフェクトは徐々に弱まり、やがて消えた。二本の剣が本来の姿を取り戻す。
視線をサツキに戻すと、先ほどまで蠢いていた
「アスナさん!」
背後から突然呼ばれてアスナは振り向く。そこには満身創痍の二人─シュガーとノノが互いに支え合いながら立っていた。
「二人とも!良かった、無事だったのね」
「なんとかね・・・サツキは?」
「大丈夫よ、ちょっと疲れただけみたい」
全員の無事を確認したところで、アスナはようやく気付いた。
「二人も、もしかしてさっきの光で?」
アスナの問いに二人は頷いた。
「はい。突然何も出来なくなってしまって・・・」
「私も。シュガーに起こされるまでずっとね」
「・・・」
シュガーとノノも同じ状況に陥っていた。なら、二人に聞いても分からないだろう。
消えた亡霊王の行方は。
♦️
何も感じない、見えない
俺は、何をしてたんだっけ・・・
そうだ、レーヴァ=テインを・・・
・・・みんなは?
何が起こった?確か妙な光が・・・
死んだ、のか・・・?
いやだ。
まだ死ねない、死んでられない
やり残したことが、多すぎる
怒られてしまう
起きろ
まだ休む時じゃない
還るんだろう、あの世界へ
一度決めたら、途中で投げ出すな
何度でも、無様に這ってでも、そう誓っただろう
あの日から
思い出せ──
『じゃあ、私のとっておきを教えるね!』
この世界で最強だった剣士を──
♦️
亡霊王の言う《心意》とは、意思の力でシステムすら超越することを指している。これは生身の人間であるプレイヤーたちが成せる奇跡であって、
だが紛い物とは言え、人間が起こす奇跡なのだからその力は強大だ。
亡霊王による《心意》の攻撃は、自身を中心とした半径三十メートルにも及ぶ広範囲なものだった。御室を丸々範囲に収める広さなので、回避は不可能。唯一の対処法は、掲げた直剣への攻撃でキャンセルさせることだが、初見で見破るのは困難だ。
範囲内にいる全員への瞬間衝撃波ダメージに加え、プレイヤーたちには知られていない"五感の全てが失われる"《
──そう、倒れていたのは
視界の端で漆黒の軌跡が閃き、亡霊王は振り上げていた直剣を咄嗟に引き戻した。重い衝撃が立て続けに襲う。
「──な、ぬ」
想定外の攻撃に亡霊王は初めて混乱した。何十連にも及ぶ斬撃を見舞った攻撃者─"剣豪"サツキが音もなく石床に着地する。
「──おぬし」
亡霊王に向き直ったサツキの右頬に、不気味な漆黒の
憎しみも怒りも殺意も、何の感情もない虚ろな瞳で亡霊王を捉えたサツキが、消えた。視認できない速度で漆黒の刀身が迫る。
「──その《心意》は」
片手直剣二連撃技"スネークバイト"
片手斧六連撃技"イザード・ヴェジテーション"
片手戦棍六連撃技"トランセンデンス"
細剣八連撃技"スター・スプラッシュ"
怒涛の超連撃が亡霊王を斬り、貫き、砕く。
「──これほど、とは」
大振りな反撃は紙一重に、しかし確実に躱される。途端にサツキの体を鮮やかなオレンジ色が包んだ。
片手直剣カテゴリOSS”ファントム・レジェナント”
追撃が重く、速くなる。HPの減少が止まらない。
人間に限りなく近い思考力と判断力を有する亡霊王は、すでに自らの敗北と消滅を悟っていた。最期に導き出したのは、サツキの《心意》の根源を探ることだった。覚醒の状況からしてそれは──
「──悪く思うな」
亡霊王はサツキから視線を外し、力なく倒れるアスナに直剣を構えた。サツキの気配がわずかに揺れる。そのまま直剣を勢いよく投げ放つ。
一瞬だった。
世界が反転した。
天地が逆さになり浮遊感、そして落ちて行く。
目前を漆黒の軌跡が通り抜ける。
放たれた直剣が無残に砕かれて空中で爆散した。
衝撃とともに石床が視界に映る。
離れた所でアスナを抱きとめるサツキが見える。
「──やはり」
全てが白に染まる中、亡霊王は確信した。
サツキはあの一瞬で頸を跳ね飛ばし、アスナに迫る直剣を破壊し助けた。
ありえないことだ。
ステータスで定められた絶対的限界を超えた速度。
システムを超越した力─《心意》
「──仲間を守る。それがそなたの《心意》か」
満足気に笑った亡霊王は、その体を爆散させた。
書いてて自分でも急展開だなぁと思った主人公覚醒回でした。次からは原作エピソードになります。