ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<サツキside>
アルゲードでシュガーと合流した俺は、怪しげな屋台で買った串焼き肉を片手に指定された合流場所に向かった。昼時であって人通りも多く賑わっている広場の一角、そこに武士風のものに統一した集団─ギルド<風林火山>の面々を見つけた。食べ終えて残った串が消えるのを見届けてから、俺はギルドリーダーであるクラインに声をかけた。
「おっす、クライン」
「おお、サツキ!昨日ぶりだな」
手を上げて応えたクラインに同じように応える。
「ほんと、何でボス戦でもないのにお前と顔を合わせないといけないんだか」
「ひっでぇヤツだな!」
「あはは・・・」
冗談混じりの挨拶を済ませて、俺はさっそく本題に入った。
「てか、わざわざアルゴに依頼しなくても攻略組の連中に声かければよかっただろ」
「いやぁ、攻略組ってもまだまだ新参者のオレたちがお願いするのも気が引けてよ」
「変なとこは真面目なんだな」
「遠慮しないでくださいよ!あ、僕はシュガーです!ちゃんと話すのは初めてですよね」
「おう、アンタの偵察のおかげで本戦がかなり楽だぜ!ありがとな」
「いえ!お役に立ててよかったです!」
アルゴ同様がっちり握手を交わす二人に既視感を覚える。俺の時もそうだったがシュガーの人懐っこさ、コミュ力はスゴいと思う。現実世界でも友人が多いんだろうな、なんて考えていた俺の肩を、背後から誰かが豪快に叩いた。
「痛っ!?」
「どうやらオレが最後みたいだな」
豊かな張りのあるバリトンに振り返ると、俺を見下ろす巨漢の男と目が合った。背中に大振りの両手斧を軽々と提げたその男を、俺はやはり知っていた。たしか五十五層、六十層のボス戦に参加していた攻略組唯一の雑貨屋。名前までは覚えていないが、最近アルゲードに店を構えたと風の噂で聞いた気がする。
「よぉエギル!店は大丈夫か?」
「おう、おかげさまで繁盛してるぜ」
豪快に笑ったエギルという男は、俺とシュガーに向き直ると言った。
「お前らさんと話すのは初めてだな。噂には聞いてるぜ、KoBの剣豪と偵察隊長。俺はエギル、メインは雑貨屋だが、戦力が足りない時はボス戦に参加している。今回はレベル上げを兼ねての参加だ、よろしくな」
「よ、よろしく」
「よろしくお願いします!」
差し出されたごつい手に応えながら、本当に雑貨屋?なんて失礼な考えが頭をよぎる。時は来たと言わんばかりにクラインが仕切り始めた。
「うっし!メンツは揃ったな。三人も来てくれて嬉しいぜ!これも俺の人望が厚いおかげだな」
「「それはない!」」
「あはは・・・」
初対面でハモる辺り、エギルとは気が合いそうだ。ガッツリ否定されたのに落ち込む様子もなく、クラインは意気揚揚に続けた。
「クエストは至ってシンプル!湧きまくる植物型モンスターを倒して倒して倒しまくる!以上!」
「雑だなぁ」
「風林火山の皆さんでも、処理しきれない程の数なんですよね」
「そうなんだよ!一個体の強さはそうでもないんだが、少しでも処理が遅れると支えきれないんだ。でも、このメンツならいけるはずだぜ!」
いつになくハイテンションになったクラインを筆頭に、風林火山+αの臨時パーティーは目的地のフィールドへ向かい始めた。
♦️
<ノノside>
ボス戦の翌日ともあって昼過ぎに起床した私は、寝起きの頭で書物室に足を運んだ。他の団員は滅多に来ることがないので一人になりたい時によく訪れるのだが、今日は珍しく先客の姿があった。
「あれ、珍しいねアスナさん」
「おはよう─って、もうお昼過ぎてるけどね」
そう笑うアスナさんは同性の私でも惚れてしまうくらいに美しい。向かいの席に座った私の目は、自然とアスナさんが開いていた本に引き寄せられた。
「何の本ですか?」
「これ?シュガーくんにオススメされた本だよ。覚えてない?新人挨拶の時に言ってたの」
「・・・ああ、言ってましたね」
遠い昔に感じるギルド加入時のことを思い出す。
新興にして多大な注目を浴びていた血盟騎士団からの勧誘を、当時の私は唯の通過点だと思っていた。同じ団員でも馴れ合うつもりがなかった私は、新人挨拶の時も緊張などしておらず戦うことしか考えていなかった。
その時一緒に加入したもう一人がシュガーだった。
別室で待機中、緊張から石化でも喰らったかのようにガチガチになったシュガーを今でも鮮明に覚えている。何度も小声で挨拶の練習を繰り返している彼が気になりつつも無関心を装っていた。だから彼が突然ぎこちなく話しかけて来た時は驚いたものだ。
『あの、君も新人さんだよね・・・?』
『・・・え、そうですけど』
『よかったぁ、僕だけじゃなくて。あ、僕はシュガーです!よろしくね!』
『は、はぁ・・・』
それからの彼は今までの緊張が嘘のようにアレコレと話し始めた。そのままの勢いで新人挨拶も難なく、と言うか喋り過ぎなくらいだった。その中で彼はSAOプレイヤーでは珍しい読書家であると語っていたのだ。SAOに無数に存在する本の中でも名作だと豪語する作品が、今まさにアスナさんが手に取っているものだった。
「面白いですか?」
「うん。まだ半分も読めていないけど、なかなか面白いわ」
読書なんてからっきしだった私は読もうとは思わない。後で簡単な内容だけでも教えてもらおうかと考えて気付く。
「あれ、そういえば休みなのにシュガーが居ないなんて珍しい」
「シュガーくんなら、サツキくんとクエストに行ったみたいよ」
「へぇ・・・仲良いのね」
彼があの異端児とどこで何をしているのか、少しだけ気になった。
♦️
<サツキside>
「東方向から新手、十五!」
「南からも十は来てるぜ!」
「やべっ!裏から三匹来てる!」
「両隣の奴らのカバー忘れるな!マズいと思ったらすぐ呼べ!」
「「「了解!」」」
五十三層の薄暗い密林エリアでの戦闘は、俺の想像を大きく超える大混戦になっていた。
四方から絶え間なく湧き続ける身の丈二メートル弱の植物人間は、決して強敵と言える強さではない。三連撃以上のソードスキル、単発でも急所を捉えれば一瞬で屠れるが、ステータス的弱さを補うかのように数で圧倒してくる。ソードスキルのタイミングを見誤れば、技後の硬直時間でリンチにされるのは目に見えている。
しかし、俺たちはその限りではない。
「サツキさん!西方向
「今行く──スイッチ!」
シュガーの前に身を躍らせ、二本の剣を縦横無尽に振るう。十三連携技”ドゥーム・フェイム”が、いい具合に集められた十一体を跡形もなく爆散させる。
「──オラァッ!」
後方で野太い雄叫びとともに派手なエフェクトが輝いた。次いで地面を穿つ衝撃と強烈な風。両手斧カテゴリ二連撃技” アナイアレーション”。技後のわずかな硬直を課せられたエギルをターゲットに、三匹の新手が触手による攻撃モーションに入った。
「──へっ、させるかよ!」
クラインが三連撃技”帚木”を一撃ずつ命中させて新手を仕留める。キメ顔を披露するクラインだが、すでに背後に回った一体にタゲられてることに気付いていない。
「──はぁっ!」
さすがの反応速度でシュガーが援護に入った。突進技” サージ”が正確に急所を捉える。
メンバー全員が攻略組であり戦闘経験が豊富なおかげだろう。戦闘開始から約一時間もの間、互いにカバーし合いながら最大火力かつ最大効率の戦闘を維持できている。倒した数は千に迫るだろうが、一向に湧きが収まる気配はない。だが、俺はもう少しで状況が大きく変わるだろうと推測していた。
風林火山が受領したクエスト《邪な森の王》は、森エルフの領土を占領した”悪しき王”を倒すという内容だ。王を倒す過程で、大量に生み出された下僕を倒さないといけないらしく─依頼主のエルフ情報─その数は千体ほどらしい。故に、あと少しでメインターゲットである”王”が現れるはずだ。
「自爆型が東より二体接近中!」
「北にも三体!」
風林火山のメンバー・カルーとオブトラが叫ぶ。自爆型とはその名の通り、一直線にプレイヤーまで近付いて来て近距離で爆発するタイプだ。通常タイプよりも厄介かつ危険なので優先して排除する必要がある。
「シュガー!」
「任せてください!」
シュガーが東の二体へ向かい、他のメンツは通常タイプのタゲを素早く取る。全員が俺の意図を汲んでくれた。俺も彼らに応えるべく三体の自爆型の処理に向かう。
通常タイプと比べて明らかに肥大している頭部が特徴の自爆型は、ある距離まで詰めると頭部を勢いよく弾け飛ばす。その中から種子のような黒い粒を無数に高速射出する広範囲攻撃を行うのだ。弾けさせずに倒す方法は一つ。
ダッシュで先頭の一体に瞬間移動じみた勢いで肉薄する。すかさず最速のOSS”デッドリー・ダンス”で頸を捉え、斬り飛ばす。頭部は弾けることなく落下しポリゴンと化す。頭部を傷付けないように一撃で屠れば、自爆型でも脅威ではない。そのまま後続の二体も同様に” イーグレット”で瞬殺する。
「いいぞ!」
「こっちも終わりました!」
「ナイスだぜ二人とも!」
賞賛に応えて元の陣形に戻ろうとした時だった。
モンスターの、フィールドの雰囲気が変わった。
一際派手なモンスターの出現エフェクトが周囲を照らした。光は徐々に形を成していく。歪で巨大だ。もはや間違いない。
「ボスだ!」
「へっ!ようやくお出ましかぁ!」
枯れた巨木がそのまま巨人型モンスターとなったようなボス《レーシェン》の頭上に長大なHPバーが表示される。不気味なうめき声を響かせたレーシェンが両腕を大きく振り上げ、それが合図となった。
正面から俺とシュガーがレーシェンに斬り掛かる。他のメンツは残った取り巻きたちのタゲを引き付けた。
「まずはパターンと弱点を把握する!」
「わかりました!」
走りながら右手のレーヴァ=テインを中段に構えて突進技”リーバー”を発動させる。シュガーは二連撃技” デブリス・フロウ”の構え。鮮やかなエフェクトが刀身をおおった瞬間、レーシェンが動いた。
「フゥゥルルルルゥゥゥ・・・」
両腕を自らの足下に突き立て、そのまま動かずに沈黙した。一見隙だらけに見えるが、今までの戦闘経験から培った第六感が警鐘を鳴らす。俺はシュガーと瞬時にアイコンタクトを交わした。彼も何かを感じ取ったらしく、その赤い瞳から攻撃を中止するという意思が伝わって来る。俺は”リーバー”をキャンセルしてレーシェンを警戒しつつ、シュガーの援護に回った。
そう、前方のレーシェンを見ていたせいで
「ッ!?なに──」
「サツキさ──」
地面が割れる音とともに真下から急速に伸びてきた
「なん、だ、これ・・・!」
「う、動けません!」
シュガーも木の根に囚われてしまったようだ。ソードスキルの構えのまま固まっている。
「おい!どうなってんだ!?」
「二人とも大丈夫か!?」
後方から聞こえたクラインとエギルの声に、俺は出せうる限りの大声を返した。
「身動きが取れない!この根を切れるか!?」
返ってきたのは切羽詰まった声だった。
「ダメだ!雑魚共が多すぎて手が回らねぇ!」
「サツキさん!ボスが──」
レーシェンが地面から腕を引き抜いてこちらに歩いて来る。随分ゆっくりした速度だが、俺にはそれが死へのカウントダウンに見えた。
思考を限界まで加速させて打開策を探す。
ボスを、フィールドを、周囲の状況を、巻き付いた木の根をよく見る。
何か。
何かないのか──!?
脳神経が焼ききれんばかりに極限化された視界。
それ故か。
群がる数十体の取り巻きと、レーシェンの両腕、俺とシュガーを拘束していた根を一瞬で斬り捨てた斬撃の軌跡を捉えることができたのは。
拘束から解放されて尻もちをついた俺は、眼前に現れたその剣士を見上げた。
「・・・危ない、ところ・・・だったな・・・」
鬼を模した仮面を被った剣士は、俺を見下ろしながら静かに、途切れ途切れの声で言った。
その剣士は──。