ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
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──動け動け動け動け動け動け!!
嵐のように吹き荒れる激情に反し、石化してしまったかのように固まった両足に少年は何度も命令する。しかし、一向に動く気配はない。その間も最悪の結末─自分の命よりも何よりも大切な人が、目の前で消滅する未来が近付いてくる。
少年─血盟騎士団
「ユナ───ッ!」
二十を超えるモンスターが、自分よりも軽装な少女、ユナに群がっていく様をノーチラスは見ていることしか出来なかった。彼女の姿が群れに埋もれていく。このままでは数秒も経たないうちに、鮮やかで儚いポリゴン片が舞ってしまう──
「あああああああああ!やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
ノーチラスは自分の弱さを呪った。
大切な人が危なくても、足が竦んで動けない自分が憎くて仕方がなかった。
この世界に囚われたと知った時よりも深い絶望に呑まれたノーチラス。
全身の感覚が薄れる。あらゆる色が褪せ、音が遠ざかる。
瞬間。
モノクロームに染まった彼の視界を、
「──え?」
前方でユナを囲っていた群れの半数以上が動きを止め、一瞬のタイムラグの後ポリゴンとなって爆散した。ノーチラス同様、何が起こったか分からない様子のユナが見えた。ノーチラスがわずかな安堵を感じていると、彼の後ろから凛とした声が響いた。
「私は”歌チャン”を助けるから、君はボスを手伝ってあげて!」
「あいよ!」
未だ固まったままのノーチラスの横を通り過ぎる
その瞬間、ノーチラスの足はさっきまでが嘘のように動くようになった。その足でユナの元へ駆け寄る。
「ユナ!」
「ノーくん!」
HPバーを真っ赤に染めて防具も損傷が激しい姿を見て、ノーチラスは心を痛めた。互いに言いたいことが頭に浮かぶが、今は視線を二人の剣士に向ける。
「終わったぞ」
「おつかれー!」
ハイタッチを交わす二人は、最前線であることを忘れているかのように楽しそうだった。だが決して油断しているわけではないことが分かる。二人の強さは、今まさに四十層のボス戦に赴いている攻略組たちに匹敵するだろう。
「あなたの素敵な歌は、これからも沢山の人を救うものになる。世界最強の私が保証するから、あなたは自分の信じる道を真っ直ぐ進んで」
ユナが黙って頷くと、
第四十層ボス戦と同時刻に行われた救出作戦は、危ういながらも犠牲者を出さずに完遂された。
指揮を執ったノーチラスと、危険を顧みず助けに入ったユナは多くの人から称えられたが、二人は何も言わずに姿を消した。
二人が再び姿を現すのは、この日から約一年後のことになる。
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<サツキside>
目の前に現れた剣士を、俺は呆然と見つめた。
鬼を模した仮面を被っていて顔は見えない。少し赤みがかった長い黒髪を後ろで一つに束ねて下げている。身につけている着物と袴のような防具は初めて見るものだ。手には大振りの刀。クラインとはまた違った”侍”スタイルの剣士は、俺から視線を外すと両腕を再生させたレーシェンを見据えた。
「・・・斬ったところで、すぐに、再生・・・するのだ・・・核を、心の臓を討たねば・・・攻撃は、無意味・・・」
「心の臓・・・?あのデカいヤツか?」
レーシェンの体の中央にある膨らんだ部位を指しながら剣士に言った。
「左様・・・アレを破壊すれば、容易く葬れる」
「・・・なるほどね」
色々聞きたいことはあるが、今は戦いに集中しなければならない。立ち上がって愛剣を構え直し、俺は剣士の右側、シュガーが左側に並ぶ。
「下僕は、他の者に、任せ・・・私たちが・・・ヤツを、叩く・・・良いな・・・?」
「はい!」
「ああ──クライン!エギル!」
「おうよ!こっちは任せな!」
「派手に暴れてこい!」
仲間たちの頼もしい声を受け、俺とシュガーは先行した剣士を追従する。攻略組でもトップクラスの俺たちと遜色ない速度で駆ける剣士は、やはりかなりの実力者だろう。
「シィィィィッ!」
レーシェンが咆哮とともに、今度は両腕を真っ直ぐこちらに伸ばしてきた。仮面の剣士は疾走しながら刀を構えた。
目にも止まらぬ神速の連撃が、レーシェンの両腕を細切りにする。ソードスキルではない。無防備になったレーシェンの正面に俺とシュガーが身を躍らせる。
「「はぁぁぁっ!」」
俺の”リニアー”とシュガーの三連撃突き技” テフラ・ディーセント”が大きく膨らんだレーシェンの胸部に迫る。だが剣先は胸部を守るように伸びてきた木の壁に阻まれた。
「チッ!」
舌打ちし、背後から迫って来た小枝らをカタルシスで斬り伏せる。そのまま追撃を躱しつつ一度後退した。
「厄介ですね」
「ああ、めんどくさいタイプだな」
「・・・」
即座に修復を終えたレーシェンがゆっくり近付いて来る。仮面の剣士が前に出て言った。
「・・・私が、斬り込む・・・短期決戦だ・・・お前たちは、私の動きに、ついてこい・・・できるか・・・?」
仮面越しに向けられた試すような視線に答える。
「当然!」
「合わせますよ!」
「・・・うむ・・・では、行くぞ」
再び走り出した俺たちを見て、レーシェンは両腕を地面に突き刺した。言葉を交わさずとも、俺たちはそれぞれ散開して真下からの拘束攻撃を避ける。
「・・・ッ」
仮面の剣士が仕掛ける。
四方から伸びる幹を処理しつつレーシェンに接近していく。無駄がない最高効率の攻撃だ。遅れまいと俺も二本の剣を振るって後を追う。どちらからともなく互いの背中を守る形になり、あれほど鬱陶しかったレーシェンの攻撃に難なく対処できる。
結局、危ない場面は最初の拘束攻撃を喰らった時だった。そもそもレベル的にも余裕だったので、戦い方が分かってしまえば手こずる相手でもなかった。
だが戦闘の間、一つ気付いたことがある。
仮面の剣士は、一度もソードスキルを使わないのだ。余裕ぶっているのではなく、使わなくても問題ないほど圧倒的に強い。
怖いくらい安定した戦況の中、さらに加速していく剣士に俺は動きを必死で合わせていった。
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・・・まだ、ついてくる・・・私の動きに・・・
久方ぶりに気分が高揚する。
流麗、練り上げ、極められた”剣豪”の剣戟に私は目を見張った。想像以上、ここまでとは。
さすが、
さすが、
仮面の下で、私は笑う。
木の魔物は、息絶える寸前だった。
交わる運命──。