ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ──   作:Syncable

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アニメ最終章の放送開始おめでとうございます!


Ep.26 渇望

<サツキside>

 

大量のポリゴン片となってレーシェンが爆散するのを見届け、クエストクリアを知らせる表示を一瞥した俺は視線を仮面の剣士に向けた。ゆっくりと様になった動作で腰に提げた鞘に刀を収めた剣士は、再び途切れ途切れの声を発した。

 

「・・・流石だな、攻略者を・・・”剣豪”を名乗るだけは、ある」

 

「そりゃどうも」

 

霊剣(レーヴァ=テイン)白の魔剣(カタルシス)を鞘に落とし込んで言う。激戦の余熱が冷めていくのを感じながら、俺は仮面の剣士に疑問を問いかける。

 

「あんたもかなりの実力者だけど、攻略組じゃないよな」

 

「・・・如何にも」

 

「入る気はないのか?」

 

「・・・そう、だな・・・その気は、ない」

 

「なぜですか?」

 

シュガーが問う。

 

「・・・私は・・・”死”が、怖い・・・何よりも」

 

「誰だってそうだろう」

 

「・・・それに、私は・・・満足、しているのだ、この世界に・・・お前たちは、どうなのだ・・・まだ、還りたいと、願うか?・・・()()()()()()に」

 

あちらの世界──本当の俺たちがいる、現実世界。

 

命のやり取りとは縁遠い、平凡な日常。

 

そう、()()()()()()()()()()()()

 

「・・・私は、この世界で剣技を、極めたい・・・未だかつて、誰も到達したことのない・・・そんな領域を、追い求めている・・・」

 

「随分なエゴイズムだな」

 

現代人とは思えない考えだった。だが、少しだけ分かる気がする。かつての俺も、そうだったから。

 

「還りたくないってことですか?」

 

一瞬だけ迷う素振りを見せたが、剣士は肯定した。

 

戦後処理を終えたエギルたちが合流して来る。

 

「お疲れさん、みんな無事だな」

 

「助かったぜ、兄ちゃん!」

 

クラインが差し出した手を、意外なことに仮面の剣士は握り返した。笑みを深めたクラインが言う。

 

「おめぇの名前は?なんていうんだ?」

 

「・・・・・・ルナ」

 

「ルナ、ルナルナ・・・うっし、覚えたぜ!」

 

そこから風鈴火山メンバー、エギルにシュガーと自己紹介の流れが続き、最後に俺の番となった。

 

「えっと、俺は」

 

「・・・知っている・・・”剣豪”サツキ」

 

「お、おう・・・もしかして俺って有名人?」

 

「もしかしなくとも、お前さんは有名人だろう」

 

「ユニークスキル持ちでKoB所属なんて、有名にならない方がおかしいだろうが!」

 

エギルとクラインに言われ、それもそうかと納得した。咳払いを一つ、話を戻す。

 

その瞬間。

 

「──うっ!?」

 

突然視界がぐにゃりと歪んだ。自分のものではない何かが流れ込んで来る感覚、最近は落ち着いていた霊剣(レーヴァ=テイン)特有の感応現象だ。

 

 

 

血で塗られたかのような真っ赤な月。

 

その下で蹲る一人の剣士、いや、侍。全身に幾多もの剣跡が刻まれ、血にも似たダメージエフェクトが舞っている。呻きながら、立ち上がろうと体を震わせている。

 

それを正面から見つめる俺の視界が、普段より少しだけ低いことに気が付いた。

 

そして、全身を満たす、退()()という感情。

 

今までに経験した感応現象とは少しだけ違った。流れ込んで来る誰かの記憶を第三者的視線で見ていたのに対し、今見えているのはまさにその人目線の光景だ。さらに、流れ込んで来た感情。何百人という死者の感応現象の中で、初めての感情だった。新しく買ったゲームが全くの期待外れだった時のような、デスゲームに囚われたプレイヤーのものとは思えない呑気な感情。

 

 

 

「・・・大丈夫、か・・・」

 

「おい!どうしたサツキ!」

 

「サツキさん!」

 

名を呼ばれてはっとする。感応現象は収まり、目の前に心配そうな様子の仲間たちの顔があった。

 

「ああ、悪い。少し疲れたみたいだ」

 

「・・・何か、あったのか・・・?」

 

「・・・いや、なんでもないよ」

 

ルナに問われドキッとするが、なんでもない様を取り繕って答える。感応現象については大っぴらに公表はしていない。知っているのは亡霊王と対峙した三人、クラインとエギル、アルゴにヒースクリフくらいだ。

 

先程の光景、映っていたのは今と格好が少し違うがルナであるのは間違いない。聞いてみたい気持ちを抑え、俺は話題を逸らす。

 

「んじゃ、クエストクリアってことで戻ろうぜ」

 

「そうだな、手伝いを頼むつもりが親玉の相手させちまってすまねぇ」

 

「報酬はたんまり貰うから気にすんな」

 

「じ、常識の範囲内で頼むぜ!」

 

「とりあえずはクラインの奢りで打ち上げだな」

 

「少しは遠慮しろよ!?」

 

くだらないやり取りをしながら歩き始めた俺たちに、ルナが立ち止まって言った。

 

「・・・すまない、私は・・・まだ、やることがある・・・ここで・・・別れよう・・・」

 

「そうだったのか、じゃあ今度はオレたちが手伝うぜ!」

 

その申し出に、ルナは首を横に振った。

 

「・・・生憎・・・ソロの、クエストなのだ・・・気持ちだけでも・・・感謝する・・・」

 

「そうか、ならしょうがないな・・・」

 

心底残念そうに肩を落とすクライン。と思ったらすぐさまウインドウを操作し始めた。

 

「だったらよ、フレンド登録しようぜ!」

 

んな無茶なと思った俺とは裏腹に、ルナはまた意外なことに承諾した。その流れで俺とシュガー、エギルも互いに登録し合った。

 

「・・・では、私は行く・・・また会えるのを・・・楽しみに、している・・・」

 

「おう!またな!」

 

「今度俺の店に来てくれよ、サービスするぜ」

 

「さようなら!」

 

「お疲れさん」

 

ルナは手を振って応え、深い森のさらに奥へと姿を消した。

 

「・・・あんなに強い人も、いるんですね」

 

感嘆の声を零したシュガーに肩をすくめる。

 

「そりゃあSAOには何千人っているんだ。俺たちが知らない高レベルプレイヤーもいるだろうさ」

 

かつての相棒、”不滅”のカグマ、ヒースクリフの3人が脳裏を過ぎる。4人目のルナの姿を思い浮かべながら、俺たちは街へ向かって歩き出した。

 

 

依頼主のエルフから報酬を受け取り、風林火山主催─実際はクラインのポケットマネーだが─の打ち上げで、俺たちは夜が更けるまで飲み明かした。

 

風林火山の面々が現実世界でも友人であり、徹夜で店頭に並んでSAOを買ったこと。ニュービーから攻略組まで上り詰めた今までの旅路。

 

斧戦士として戦い続けるつもりが、あるきっかけで商人魂に目覚めていつの間にか兼用していたこと。現実世界でも店を経営していたこと。

 

大学(かなりの名門)に在籍していて、やたらと上から目線で話してくる恋人がいること。KoBに入団するまでの戦いの日々。

 

全員がなんの抵抗もなく現実世界の話を持ち出したことに驚いた。たった一回パーティーを結成しただけでここまで打ち解けるなんて、以前の俺からは想像もできない。

 

俺もみんなに倣って、なんてことのない、平凡で退屈だった日常に刺激が欲しくてSAOを買ったこと、ビーターの相棒がいたこと、KoBに入団するまでの流れをざっくり話した。

 

クラインが俺の相棒とシュガーの恋人について熱心に聞いてきたが適当に流し、店の準備があるエギルを皮切りに解散となった。

 

みんなと別れて一人になった時、アルゴからのメッセージが届いていることに気が付いた。内容を要約するも、シュガーの依頼した情報を入手したこと、風林火山の手伝いお疲れといった感じだ。

 

シュガーにも連絡はしたようで、改めて会いに行く約束を取り付けて俺はねぐらに戻った。

 

 

 

 

♦️

 

 

 

「ずいぶんと大胆な行動に出たものだね」

 

全面ガラス張りの壁を背に主は言った。その不思議な真鍮色の瞳には、対峙した者を静かに圧倒する威圧感がある。最強プレイヤーとしての目ではなく、私だけに見せる神の目だ。

 

「・・・支障は、ない・・・必要だと、判断したゆえ・・・勝手ながら接触した・・・」

 

「そうか、君の判断ならば何も言うまい・・・それで、感想は?」

 

「・・・想像以上、だった・・・流石と言った、ところか・・・」

 

()()()は勝てるかね?」

 

「・・・まだ、断言はできない・・・だが」

 

私は真正面から主を見据える。

 

「・・・私は、もう・・・二度と負けない・・・」

 

 




歪んだ望み。

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