ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<アスナside>
─全く見えなかった。
クラディールとのデュエルで初めて見た彼の剣士としての、いや<剣豪>としての姿。団長も認めているからかなりの実力者だとは思っていたけど、私の想像を遥かに超えていた。
クラディールの両手剣を視認できない一撃で破壊し、なんとか見えた二撃目は私も幾度となく使ってきたリニアー。だが速度と精度、威力は私のそれよりも練度が高いのが明らかだった。
デュエルが決着したあと私は強い違和感を感じた。
細剣を主武器としている私だが、攻略組の指揮を執る立場として全てのソードスキルを熟知している。記憶を探ると、一撃目はカタナカテゴリの単発技だ。二撃目もソードスキルであることを考えると疑問の正体が分かった。
彼は
そして
本来なら有り得ないことだ。
ソードスキル使用後は短くても必ず硬直時間が発生する。連続で使用することはシステム的に不可能なのだ。さらに有り得ないのが
たった数秒のデュエルで本来なら有り得ないことがいくつも起きた。これらの能力が彼の持つ<剣豪>スキルによるものなのは確実だろう。
もっと詳しく聞き出さねば。
走り去っていく彼の背中を見つめながら私はフレンドリストを呼び出した。
♦️
<サツキside>
マイハウスに戻る前に俺はとあるNPCレストランを訪れていた。腹ごしらえが目的ではなく人との待ち合わせだ。
「相変わらず早いナ、サー坊」
「そっちこそ、まだ10分前だぞ」
現れたのは情報屋・鼠のアルゴ。
アインクラッドには多くの情報屋がいるが、最も信頼の出来る彼女以外と取引したことはない。
「それで、今日はどんな情報をお求めダ?」
料理を注文し終えたアルゴが言う。
俺は周りに漏れないように小声で問う。
「アレの件、何か分かったか?」
「・・・まだ何も掴めてないヨ」
「そうか、じゃあ別件だ。俺の情報に口止めを頼みたい」
アルゴは意外そうな顔をする。
「なんダ?おねーさんの知らない間に有名人にでもなったのカ?」
「いや、これからなるからだ」
アルゴは一瞬キョトンとしたが、すぐに笑いを堪え始めた。腹立つ。
「これからっテ、何かやるつもりカ?」
「攻略」
「それなら今までも最前線に篭っていたダロ?」
「いや、攻略組としてだよ。さらに言えば血盟騎士団として」
「な、ナニィィ!?」
ガタッとイスから立ち上がったアルゴ。予測以上の反応に俺もびっくりした。
「どーいう風の吹き回しダ?いきなり攻略組なンテ・・・しかもあのKoB!?」
「お、落ち着けアルゴ!声がデカい」
幸い店内に他のプレイヤーはいないから良かった。こんな大声でKoBなんて言ったら大注目間違いなしだ。落ち着きを取り戻したアルゴが仕切り直す。
「デ、改めて聞くケドどーゆーことなンダ?」
「まぁ、簡単に言うと賭けに負けた」
「賭けって誰とダ?」
「ヒースクリフ」
アルゴが驚きで目を見開く。
「KoBの団長カ。どんな賭けなんダ?」
「デュエルで俺が勝てば全財産、負ければギルド入団」
アルゴは拍子抜けしたような呆れた様子で言う。
「・・・なるほど、金に目が眩んだわけダナ」
「うるせ」
図星をつかれて込み上げてきた恥ずかしさを誤魔化すため、運ばれて来た料理に手を伸ばす。
「デ、どうだったンダ?<神聖剣>の強さハ?」
「次元が違うよ」
ヤツとのデュエルを思い出す。薄暗い迷宮区での激闘を。
「とにかく硬すぎる。あの盾の防御を崩すには、超超超威力の一撃で体勢を崩すか、終わりのない連続攻撃で隙を作るしかないと思う」
「サー坊の<剣豪>スキルでもダメだったノカ?」
「あぁ、俺の使える最高位ソードスキルを連続で叩き込んでやったけど全く動じなかったよ」
今でも記憶に鮮明に残っている。
俺の連続技を軽々と盾で捌いて、まるでもて遊んでいるかのような振る舞いのヒースクリフを。
「サー坊でも勝てないカ・・・やっぱりヒースクリフは最強に相応しイナ」
「悔しいけどそればっかりは認めるしかないよ」
互いに頷き合いながら料理を頂く。
だいたい食べ終えた頃にアルゴが聞いてきた。
「そういえば本題は口止めの件だっタナ」
「思いっきり話逸れたけどな」
「そうだナ!デ、サー坊の何をいくらで口止めしたいンダ?」
さっきまでとは違い情報屋の顔になったアルゴ。俺も気を引きしめる。
「俺に関する全ての情報に頼む。料金は・・・これでどうだ?」
トレードウインドウを呼び出してアルゴに金額を提示する。武器防具のオーダーメイドを頼んでもお釣りが出る額だ。よほど金に余裕がある奴じゃなければ簡単には払えないだろう。俺の財布は軽くなるが。
「ヨシ、良いゼ。取り引き成立ダ」
トレードが了承され所持金がガクッと減るのを何とも言えない気持ちで見届けた俺は、わずかに残っていたオレンジジュース的な飲み物を一滴残さず飲み干した。
「デモナー、サー坊が攻略組カー」
「なんだよ」
「イヤー・・・知り合った頃のサー坊からは考えられなくテナ」
「・・・人は変わるもんだよ」
「そうダナ」
なんだか妙な空気になってしまった。
そろそろお開きかなと思い、席を立とうとしたその時だった。
カランと来客を告げる音。
歓迎の言葉を発するNPC店員。
それに答える客人の声。
「あちらの方々と待ち合わせています」
「え?」
思わず反応してしまった。
店内には俺とアルゴしかいない。なので"あちらの方々"とは俺たちのことを指しているのは明確だが、もちろん心当たりがない。
アルゴも一瞬驚いた様子だったが、俺の後ろ─来客の姿を見ると笑顔になった。
この時に俺はだいたい察した。アルゴの笑顔と、俺のすぐ後ろから感じるとてつもないオーラで。
完全に固まったままの俺に関せず、アルゴは無邪気にその名を呼んだ。
「アーちゃん!」
可愛らしい呼び名とは裏腹に、アーちゃんこと副団長は凛とした声で言った。
「お久しぶりです、アルゴさん。それと・・・さっきぶりね、サツキくん。ちょうど聞きたいことがあったの」
「り、了解」
どうやら、まだお開きには出来ないらしい。
アルゴの口調が分からん。