ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<サツキside>
「ここか」
「・・・そうみたい」
アルゴから買った”
「行くか」
ギルドマークが装飾された扉を二回ノックして返事を待つ。少しして、中から若干怯えた感じの女性の声が聞こえた。
「・・・どちら様でしょうか?」
「えーっと、俺らキリトに会いに来たんだけど、今いる?」
「えっ、キリト・・・?」
「ちょっと、あなた少しどいてなさい」
何やら疑心暗鬼にしてしまったようだ。自分のコミュニケーション能力の低さに嘆いていると、副団長が俺をどかして前に出た。打って変わって優しい笑顔で話し始める。
「はじめまして、私は血盟騎士団のアスナといいます。こちらはサツキくん」
「えっ、血盟騎士団・・・!」
驚きの声と同時に扉がゆっくり開かれ、一人の少女が目を輝かせながらこちらを見てきた。少し青みがかった黒髪を揺らす少女に副団長は改めて続けた。
「突然ごめんなさい、キリトくんに急ぎの用事があって伺いました」
目を輝かせていた少女だが、キリトの名を聞いてから困惑気味になった。
「あっ・・・キリトは今、他のみんなとレベル上げに行ってて・・・いません」
「留守か、何時頃に帰って来るかわかる?」
極力穏やかに問いかけると、少女は慌てることなく答えてくれた。
「えっと、多分あと一時間もしない内に帰って来ると思います・・・」
「そうですか・・・ではまた後でお邪魔しますね」
「あっ、待ってください!」
そう言い残して立ち去ろうとする俺たちを、少女が呼び止めた。
「良かったら、中で待っててください」
「こんなモノしかないですけど、良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
「どうも」
丁寧に出されたコーヒー的な飲み物を頂きながら、キリトが帰って来るのを待つ。通されたのは広々としたリビングルームだ。様々なインテリアが置かれていて、俺が見たどの部屋よりも生活感があり暖かい。部屋を見ただけでこのギルドの雰囲気が分かる。
「・・・良いギルドだな」
「えっあ、ありがとうございます」
思わず零れた呟きに少女は笑った。並んだ俺たちの正面に座った少女は、おずおずと緊張した様子で話し出した。
「まだ名乗ってませんでしたね・・・はじめまして、私はサチといいます」
改めて聞くその声と揺れる黒髪にどこか既視感を感じるが、答えを出す前にサチが続けた。
「あの、お二人は攻略組・・・なんですよね?」
「ええ、血盟騎士団というギルドに所属しています」
「知ってます、少数精鋭の最強ギルド・・・それにあの、副団長のアスナさんと、剣豪のサツキさん、ですよね」
「おぉ、いつの間にか俺も有名人だな」
副団長はともかく、俺の名前が出たのは意外だった。
「有名ですよ、キリトもよく話してくれます」
「へぇ、例えば?」
「”ステータス的な強さはもちろんだけど、彼の剣には俺が持っていないない強さが込められている”って」
「めっちゃ褒めるな」
そんなに評価が高かったとは素直に嬉しい。最初とは打って変わってサチと順調なやり取りを交わせていることに安堵していると、今度は副団長が口を開いた。
「サチさん、すごく個人的な質問なのだけど」
「は、はい」
どこか鬼気迫る感じの副団長にサチが身構える。俺は大方の予想はできていた。
「キリトくんとは、どうやって知り合ったの?」
だろうな、と思った。
副団長が今一番知りたいであろう疑問、かく言う俺も気になるところだ。ずっと
「・・・キリトと最初に会ったのはレベル上げの帰りでした。ちょっと大きめの群れと戦闘になったんです。安全マージンは十分に取っていたんですが、後退しながら戦っていたらどんどん他のモンスターを引っかけちゃって。私は元々戦うのが怖くて役に立てなくて、みんなも焦りが大きくなっていたんです・・・その時に助けてくれたのがキリトでした」
その時のことを思い浮かべているのか、サチはほっとした嬉しそうな表情を浮かべていた。
「みんなで協力して一体ずつ倒して、全部やっつけた時はスゴい盛り上がりました。それで、そのままキリトを連れて当時ホームにしてた宿屋で打ち上げをしたんです。そこでキリトがギルドに加わってくれました」
「そんな経緯だったのか」
見知らぬ人でもフィールドで危険な状況に陥っていた場合、助けに入るのが攻略組では暗黙の了解になっている。戦闘後に短く礼を言うだけで済ませている俺たちからすれば、打ち上げなんて大袈裟だと思うが彼らにとってはそれほど恩を感じることだったのだろう。
「あの、お二人はキリトと・・・?」
「俺も危ないところを助けてもらったんだ」
カグマとの死闘が脳裏を過ぎる。
「私は・・・私も、彼に助けてもらったの。数え切れないほどね」
過去を懐かしんでいるのか、副団長は優しい笑みを浮かべていた。それは同時に、何かを抑え込んでいるかのように俺には見える。天井に吊るされた照明を眺めながら俺は呟いた。
「じゃあ俺らが今こうして話してるのは、キリトのおかげってわけだ」
「そうね・・・」
キリト自身は気付いているか分からないが、彼は周りに大きな影響を与え続けている。そんな存在が最前線からいなくなったのはやはり痛手だと思うが、それを非難するつもりは毛頭ないし、ユニークスキルを持ちながら今まで攻略に参加してこなかった俺にそんな権利はない。
「ところで、キリトに急ぎの用事ってなんですか?何か困ったことでも・・・?」
いきなりズバッと聞かれて答えを言い淀む俺に対し、副団長はその問いを想定していたようではっきりと答えた。
「皆さんが揃ったらお話します。キリトくんだけに判断できる話ではないと思うので」
副団長らしい回答だと思った。キリト一人に話せば、きっと彼は誰にも相談することなく悩むだろう。だから最初からギルドメンバー全員の前で話し、みんなで相談するように配慮したのだ。
だがそれは副団長の知っているソロプレイヤー・キリトの話で、月夜の黒猫団・キリトの話ではない。
緊張の戻った表情のサチに、俺は雑談でもするかのように声をかけた。
「ところで、キリトが”ビーター”だって知ってる?」
一瞬で空気が変わったのは気のせいではないだろう。
「ちょっと、サツキくん」
副団長が俺を咎めるが、サチの回答は俺の予想通り、副団長にとっては予想外のものだった。
「はい、知ってます。話してくれました」
驚きと何かを察した様子の副団長が俺に視線を送ってくる。俺の言いたいこと、キリトは変わった、もう独りじゃないと理解したようだ。
「どう思った?」
「その当時は”ビーター”に悪い印象しかなかったので、とても驚きました。でもキリトが自分の気持ちを正直に話してくれて、誰も責めませんでした」
「キリトくんが自分から・・・?」
「はい、きっかけはクリスマス・イブの日でした・・・新しい家具を買うお金を稼ぐために迷宮区に行きました。目標額を稼ぎ終えて帰ろうとした時、まだ手付かずだった隠し部屋を見つけて、中に大きめの宝箱があってみんな喜んでいたんですけど、キリトだけが開けない方がいいって言ったんです」
迷宮区の隠し部屋、しかも宝箱が置いてあるとなれば俺の経験上八割方がトラップだ。キリトもそう勘繰ったのだろう。
「結局、多数決で宝箱を開けたんですが・・・その瞬間にモンスターの大群が押し寄せてきて、部屋の端っこに追いやられました。みんなパニックの中、キリトが一人でモンスターを相手にしていたんですが数が多くて・・・このままここで死ぬんだ、って・・・・」
ここでふと記憶が呼び起こされる感覚があった。サチの話、その時の光景が鮮明に思い浮かぶ。
「その時でした、誰かが塞がれていた入口を破壊して助けに来てくれたんです」
──俺やん!
心の中で俺は盛大なツッコミを炸裂させた。俺の記憶とサチの話が見事にリンクした途端、急な小っ恥ずかしさが全身を襲う。
そんなことあったな、と思えばキリトがそれっぽいことを言っていた気がする。俺に助けられたとかナントカ言ってたのはこの事かと合点がいった。
「モンスターを全部倒した後、助けに来てくれた人はキリトと話してすぐにいなくなっちゃったんですけど・・・その日帰ってからみんなにビーターだと教えてくれました」
「その助っ人が何か言ったのかしら?」
「そ、そうじゃないかな?」
ややこしくしないように助っ人が俺だったとは黙っておく。正直、その時キリトとどんな会話をしたのか覚えていないし、俺のせいでキリトが攻略組離脱を決意したのなら目も当てられない。
俺は冷や汗をかきながら、誤魔化すようにサチが出してくれたコーヒーに手をのばした。
♦️
<アスナside>
攻略組から離脱し、動向が分からなかったキリトくんがギルドに所属していた。
驚いたと同時に私は安堵した。ビーターの蔑称を背負い、独りで戦い続けていた彼にも、ようやく帰る場所、守るべき仲間ができたのだ。自分がそういう存在になれなかったことに胸が痛むが、それでも私は嬉しかった。
そして彼にはもう頼れないという現実が、再び私にのしかかってくる。
押し潰されそうな心を誤魔化すように、私はサチさんに彼についてもっと詳しく聞こうと口を開きかけた、その時だった。
「「「「ただいまー!」」」」
玄関の扉が開かれ、元気よく合わさった四人の声が室内に響いた。遅れてもうひとつ、聞き慣れた、懐かしい声。
「ただいま」
帰宅した5人の黒猫団メンバーは、私とサツキくんを見て固まった。誰も状況を理解できていない中、キリトくんだけは驚いて目を見開いていた。
「おっす、久しぶり」
サツキくんの挨拶が沈黙の中に消えていった。
♦️
<サツキside>
遠巻きに俺たちを見ていたメンバーから、KoBや攻略組、剣豪といった単語が聞こえてくる。副団長の格好や俺たちの頭上に表示されているであろうギルドマークから一目でわかったのだろう。
「サチ、この方たちは?」
先頭の男が俺たちとサチを交互に見ながら言った。それにサチが答える前に、彼の肩にキリトが手を置く。
「俺の知り合いだ、ケイタ」
知り合い。その単語に副団長が微かに反応したことを俺以外は気付いていない。キリトは一歩前に出るといつもの笑顔で俺たちに言った。
「久しぶりだな、二人とも。びっくりしたよ。突然どうしたんだ?」
「急に押しかけて悪いな、キリト。話がある」
「・・・聞こうか」
何かを察したのか、キリトは真剣な様子でサチの隣に座った。
「あの、僕たちは聞かないほうがいいですか?」
「いや、全員聞いてくれ」
まだ状況が分からない様子のケイタを始め、残りのメンバーも流されるままに席についた。副団長を見るが、キリトを前に緊張しているのかとても話せるような感じではないので、代わりに俺が切り出す。
「単刀直入に言う、キリト。お前の助けが必要だ」
「・・・ボス戦なら参加しないぞ」
「ああ、それは分かってる。だが今回はボスよりも厄介な相手だ」
「どういう意味だ?」
俺はここを訪れた目的の核心をつく。
「ラフコフだ」
「ッ・・・!?」
その衝撃はキリトだけでなく、黒猫団メンバー全員を襲った。それもそうだろう。アインクラッドでラフコフの名を知らない者はいないのだから。衝撃が収まらない彼らに俺は続ける。
「明後日、俺たちは討伐隊を編成してアジトを襲撃する。キリト、お前にも手伝ってほしい。元攻略組の実力と判断力、ラフコフ幹部との接触経験。それを俺たちに貸してほしい」
「・・・」
伝えるべきことは伝えた。後は彼ら次第だ。
重苦しい沈黙が部屋を支配する。沈黙デバフを喰らったかのように誰も何も話さない。気まずさを誤魔化すためのコーヒーはすでに飲み切ってしまった。
体感数十分の沈黙を破ったのは、サチだった。
「・・・それは、キリトに人殺しの手伝いをしろ、ってことですか・・・?」
一瞬、理解が追い付かなかった。
「違うわ、サチさん。あくまで捕縛が目的です」
俺よりも頭の再起動が早かった副団長が言うが、続くサチの言葉はもっともなことだった。
「でも、もし捕まえることが出来なかったら・・・その時は、どうするんですか?相手は本物の人殺しですよ・・・?どうしようもなくなったら・・・」
その先は続かなかったが、サチの言いたいことは分かる。それは俺も考えていなかったわけでないし、副団長もそうだろう。ここは誤魔化さないで、正直にぶつかるべきだ。
俺は普段と変わらない調子を取り繕って、確かに告げた。
「そうだな、もし捕縛することが困難な状況になったら・・・その時は、殺すしかない」
全員が息を呑んだ。言葉にした俺の動悸も加速する。だが言わなければならない。
「どんな理由があっても殺人は罪だ・・・相手がラフコフでもな。けどヤツらがいなくなることで救える命があるはずだ。そのためなら俺は、自分の剣を血で染める覚悟、罪を一生背負っていく覚悟はできている」
ラフコフの被害者に会ったのは一度や二度ではない。残された者の悲しむ姿はもう見たくないし、繰り返してはいけない。そのためにはラフコフを潰さなければならない。間違っていると言われても、その手段しかないのなら俺は迷わない。
「サツキ・・・」
「サツキくん・・・」
「キリト、強制はしない。みんなでよく考えて決めてほしい・・・」
何かと葛藤するキリトと、様々な思いが交錯しているであろう黒猫団メンバーたちを見て、俺はこれ以上何も言うことはないと思った。副団長を見ると、彼女も同じようで俺を見て小さく頷いた。
帰ろう、副団長にそうアイコンタクトして立ち上がろうとした時だった。
───けて
────ねがい
─────助けて!
「ッ・・・!」
頭に聞き覚えのない、まだ幼さが残る少女の声が響いた。
「じゃあな」
「・・・失礼します」
俺と副団長は黒猫団のホームを後にした。本部への帰り道、どちらからも話すことはなかった。
無言で歩き進める中、先ほどの少女の声が妙に頭に残っていた。
ちなみにキリトは夜中にこっそりレベル上げしてる設定なので今でも攻略組並に強いです。