ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ──   作:Syncable

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Ep.33 嗤う者

<サツキside>

 

 

 

 

夜の帳に包まれた第七層の辺境村には、俺と副団長を始めとするKoBメンバーで構成されたA班の面々が集まっていた。時間帯もあって俺たち以外のプレイヤーはいない。各々が作戦前の最終準備に取り掛かっている中、俺はいつも以上に険しい顔をしている副団長に話しかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・ええ、心配ないわ」

 

とてもそうは見えないが言及はしない。俺は近場にあったベンチに座り蒼い月を見上げた。アインクラッドの月は基本的に蒼色だが、ごく稀に血で染めたかのような真っ赤な月が昇ることもある。条件は不明だ。

 

「ねぇ、サツキくん」

 

「ん?」

 

視線を戻すと、副団長は俺から微妙な間を空けてベンチに座った。

 

「あなたは、怖くないの?」

 

「なにが?」

 

「これから戦うのは私たちと同じ人間・・・殺人に手を染めているとはいえ、私たちと同じSAOの被害者なのよ。あなたはもしもの状況になったら、殺す覚悟があると言ったけど・・・」

 

「ああ、殺すよ」

 

あまりに自然と言ったからか、副団長が目を見開く。俺は背中に吊った鞘から霊剣(レーヴァ=テイン)を引き抜いた。流麗な刀身に月明かりが反射する。

 

「殺して、ソイツの魂も連れて行く。呪われようが構わない。全部背負って、ラスボス倒して、みんなでここから還る。そうすれば、死んでいった人たちも少しは報われるんじゃないかって思ってるから」

 

俺のただの自己満足かもしれない。だが死者の記憶を垣間見ると、何かしてやりたいと思ってしまう。

 

「サツキくん・・・」

 

「まぁ、そうならないのが一番なんだけどな」

 

霊剣を収めて笑った俺の手を、副団長が閃光の速さで掴んだ。突然のことで驚く。

 

「ど、どうした!?」

 

「サツキくん」

 

至極真面目な表情で、正面から俺を真っ直ぐ見つめた副団長は告げた。

 

「前も言ったでしょう、あなただけじゃない。私も、シュガーくんもノノちゃんも、みんなで背負うから。一人で無理はしないで」

 

「あ、ああ。そうだったな」

 

俺が言うと、副団長は穏やかな笑顔を浮かべ頷く。しばらく沈黙して見つめ合っていたからか、突然かけられた声に俺と副団長は驚いた。

 

「取り込み中のところ悪いんだけど・・・」

 

バッと勢いよく視線を前に戻した俺は、いつの間にか目の前に立っていた人物を見てさらに驚いた。

 

「来たか、キリト」

 

「ああ。二人とも何してたんだ?」

 

「は、話してただけだ、気にすんな」

 

夜の闇に溶け込む全身黒づくめの剣士は、訝しげに辺りを見渡すと言った。

 

「これで全員なのか?」

 

「いや、これが俺たちの班──ってそうか、作戦の詳細は話してなかったな」

 

「まだ時間があるから説明するわ。キリトくん、それにサツキくんも、もう一度よく聞くように」

 

「ああ」

 

「りょーかい」

 

資料を広げながら始まった副団長の説明を俺とキリトは黙って聞いた。何度も復習した俺はともかく、キリトは途中でいくつか質問を挟んだだけで理解したようだ。

 

「揃ってるようダナ」

 

特徴的な語尾に俺たちは視線を向けた。またしてもいつの間にいたのかアルゴが俺たちのすぐ傍に立っていた。

 

「お前ら隠蔽スキル高過ぎない?」

 

「サー坊の索敵が低いんじゃないノカ?」

 

ニシシと笑うアルゴはキリトに向き直った。

 

「久しぶりダナ、キー坊。協力に感謝するゾ」

 

「アンタには返せてない借りが山ほどあるからな」

 

「これから返してくれれば良いサ、ちょうど人手が欲しい仕事があるンダ」

 

「・・・時間があればサツキと一緒に手伝うよ」

 

「俺を巻き込むな」

 

口を滑らせたなと内心笑っていた俺は、思わぬ飛び火に異を唱える。

 

「さテ、冗談はこれくらいにしテ・・・この班は準備ができたみたいダナ」

 

気付けば俺たちの周りに他の班員が集まっていた。準備万端、というのが雰囲気から感じ取れる。俺も気持ちを切り替えて立ち上がった。

 

「作戦通り、待機場所まで前進してクレ。B・Cの突入準備が完了したらまた伝えに来るヨ」

 

「わかりました、お気を付けて」

 

「見つかるなんてヘマすんなよ」

 

「オイラはそんなミスしないヨ。サー坊こそトチ狂って勝手に飛び込むナヨ?」

 

「その時は俺とアスナが止めるさ」

 

「ええ」

 

「お前ら俺をなんだと思ってんだ」

 

音もなく去って行くアルゴを見届け、俺たちA班は迷宮区内の待機場所まで前進を開始した。

 

 

 

 

 

♦️

 

 

 

<ノノside>

 

 

 

 

「ノノちゃん、大丈夫?」

 

「ええ、心配ないわ」

 

口ではそう言いつつ、愛刀《霞桜》を握る私の左手は微かに震えていた。しかしこの震えは、シュガーが危惧しているであろう恐怖や怯えから来るものではない。長い間夢見てきた局面をようやく迎えることが出来る武者震いだ。

 

一度大きく深呼吸して心を落ち着かせる。

 

目先20メートルほどには、ラフコフのアジトとなっている安全圏特有の光が見えている。B隊がこの場に待機してからおよそ十分、もうすぐ全班の準備が整って突入するはずだ。

 

主力であるA班の突入を合図に、KoB数名と風林火山で構成されたB班と聖龍連合オンリー構成のC班が一斉に突入する。逃げ道を無くして一網打尽にする戦法だ。圧倒的な力の差を見せつければ、いかに狂った殺人者と言えど戦意を喪失して降伏するだろう。

 

だが私の戦いはそこで終わらない。

 

間違いなく、確実に()()()は現れる。

 

()()()にとってこんな絶好のチャンスはないし、これも運命と呼ぶべきか全ての()()()()()()()()

 

「・・・絶対に、逃がさない」

 

誰に聞かれることなく、私の呟きは消えていった。

 

 

 

 

 

♦️

 

 

 

<サツキside>

 

 

 

 

 

「準備はいいカ?」

 

「ああ」

 

通路の陰に身を潜めた俺たちは、アルゴの問いに静かに頷いた。

 

予定通りに全班が配置に着き、あとは俺たちA班が突入して作戦を開始するだけだ。各人が武器を手に取って副団長の指示を待つ。

 

「・・・サー坊、最後に一ついいカ?」

 

「この直前にどうした?」

 

俺にだけ聞こえる極小のボリュームでアルゴが言った。

 

「オイラの杞憂だといいんダガ・・・ノノっちを気にかけてクレ」

 

意外な名前が出てきて疑問符が浮かぶが、俺は反射的に答えていた。

 

「心配すんな、誰も死なせないよ」

 

「・・・あア、待ってるからナ」

 

そう言い残してアルゴは隠蔽スキルを発動させて姿を消した。俺たちの帰りを街で待つのだろう。俺は頭を切り替え、両手の愛剣を握り直し、その時を待った。

 

数秒、あるいは数分か。

 

「──行きます」

 

副団長の一声で、俺たちは鬨の声を上げつつアジトへ突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員動くな!大人しく降伏しろ!」

 

勢いよくなだれ込んだ俺たちは武器を構えて叫んだ。一呼吸置いて残りの入口からB・C班が突入して来る。

 

「なんだてめぇら!!」

 

怒号を発するのは、アジト中央に固まったラフコフメンバーの八人。俺たちのそれと比べれば遥かに劣るであろうエモノを手に、戦闘態勢に入った。俺も愛剣たちを構えるが、ここで異様なことに気付く。

 

「残りはどこだ・・・?」

 

そう、視認できた敵はこの八人だけなのだ。咄嗟にアジト内を索敵するが、マップには突入直前に確認した時と同じ四十近くのレッドが表示されている。

 

どういうことだ──思考を加速させようとしたその瞬間、俺たちの()()()()狂気に満ちた幾多もの奇声が降り注いだ。

 

「殺せぇぇぇ!!」

 

「ヒャッハァァァァァッ!!」

 

「攻略組ィィィィ!!」

 

上を仰げば、どこに隠れていたのかラフコフのメンバーが俺たちに向かって飛びかかって来ていた。俺は反射的に横に転がり回避する。だが俺の耳には、恐怖に染まった絶叫が聞こえてきた。

 

「うわぁぁあ、やめろ!来るなぁ!」

 

「ハハハハハッ!死ね!死ねぇぇぇ!」

 

逃げ遅れた一人が、ラフコフ二人に囲まれていた。彼だけでない、他にも数名が倒れたり武器を刺されたりして動きを封じられている。B・C班も同様に奇襲を受けたようで混乱しているようだ。

 

「なんで・・・情報が、漏れていたの・・・?」

 

狼狽する副団長にかける言葉が瞬時に出てこない。代わりに俺は出しうる限りの声量で叫んだ。

 

「みんな落ち着け!態勢を立て直すんだ!」

 

「自分より仲間の心配かぁ?随分余裕だな剣豪さんよぉ!!」

 

「──ッ!」

 

より狂気じみた声とともに振るわれた小型のダガーを弾き返して攻撃者と距離を取る。微かに黄色く光るダガーを構えていたのは、不気味な頭陀袋を被った男だった。見間違えようのない──

 

「ジョニー・ブラック・・・!」

 

「いよぉ、初めましてだなぁ?」

 

ふらふらと体を揺らしながらジョニーは笑った。ラフコフ幹部の一人で、麻痺毒を使い自由を奪った後ゆっくりと嬲り殺すのを楽しみとするコイツの最大の脅威であるダガーに意識を集中させる。

 

「いやぁ、まさかここまで正確な情報だったとわなぁ。一体どこから流れて来たんだか」

 

やはり作戦の情報は流れていたようだ。だが今さら悔やもうと意味はない。周りで響く怒号と絶叫で耳が痛い。

 

「それでぇ、どうすんだ剣豪さん?俺たちを殺す覚悟はあるって聞いてるぜぇ?邪魔が入る前に殺す気で楽しもう!」

 

「・・・ああ、来いよ。相手してやる」

 

俺は愛剣たちを握り直してジョニーとの戦闘、いや殺し合いを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

<アスナside>

 

 

 

ラフコフの待ち伏せを受けて戦場は大混戦に陥っていた。一体一では勝てないと踏んでか、討伐隊一人に対して三人がかりで襲って来る。それも連携なんてものはなく、殺意に動かされるままの無茶苦茶な攻撃だ。

 

「死ねぇぇぇ!!」

 

振り下ろそれた粗雑な剣をアスナはステップで避ける。続く攻撃を愛剣で弾き返す。性能の差で軽々とパリィできるが、敵は構うことなく武器を振るってくる。

 

拘束するには足や腕の部位欠損をしなければならないが、この局面でもアスナはプレイヤーに剣を向けることに躊躇いがあった。同時にそれが自分と仲間を危険に晒すことだと理解している。周りではすでに拘束すべく剣を交えている者もいる。すぐ近くではサツキが幹部のジョニー・ブラックと死闘を繰り広げていた。

 

「大丈夫だ、アスナ」

 

攻略組であった頃と遜色ない剣戟で敵の足を切り飛ばしたキリトは、アスナに語りかけた。

 

「何も怖がることはない。俺たちは勝てる」

 

あの頃と変わらないその声に、アスナは徐々に冷静さを取り戻した。そうなることで周りの状況も見えてくる。幸いと言うべきか、まだ犠牲者は出ていないようで、どの班も態勢を立て直して戦闘を始めていた。

 

「黒、の、剣士」

 

「・・・相変わらず趣味の悪い格好だな」

 

「お前、には、言われ、たくない、な」

 

途切れ途切れの不気味な声。アスナは遭遇するのが初めてだが、その異様な存在感から只者ではない。そして特徴とも言える骸骨マスクから覗く赤い眼。

 

「・・・赤眼のザザ」

 

零れたアスナの呟きに、キリトは片手剣を構えながら言った。

 

「ああ、俺はヤツの相手をするから、アスナは他を頼む」

 

「・・・わかった、気を付けて」

 

頷いてザザに向き直ったキリトから目を離し、アスナは激化する戦場を走った。

 

 

 

♦️

 

 

 

<サツキside>

 

 

 

 

対毒ポーションを一気に流し込み、空になった瓶を投げ捨てて迫るダガーを白の魔剣(カタルシス)で弾く。間髪入れずに霊剣(レーヴァ=テイン)で”スラント”を発動させるが、素早いバックステップで避けられる。対毒ボーナス時間を確認しつつ決定打になる技の組み合わせを模索するが、まだ導き出せない。

 

「いやぁ、やっぱ強ぇよ攻略組」

 

子供のように無邪気なジョニーは心底愉しそうだ。俺は挑発も兼ねてわざとらしく言う。

 

「そんな余裕こいてて良いのか?お前ら如き、真っ向からぶつかれば俺たちの敵じゃないんだぜ?」

 

「言うねぇ!ま、その通りなんだけど」

 

すでにA班はラフコフメンバーのほとんどを拘束している。B・C班も勢いを取り戻して士気も高いため、戦況は俺たちに傾き始めていると言っていいだろう。リーダーのPoHが姿を見せないことが気がかりだが、この場で幹部二人を拘束できれば戦果は大きい。

 

「もう降伏したらどうだ?」

 

「バカ言え!こんなパーティーを早々に切り上げるなんて有り得ねぇよ!」

 

突進して来るジョニーのダガーが仄かにライトエフェクトをまとう。俺はそれを見て発動したソードスキルが”ラピッドバイト”であること、そして俺の勝利を確信した。

 

加速して一筋の光となったダガーが、俺の心臓目掛けて迫る。避けるか弾く、ジョニーはそう予測してるはずだ。

 

だから俺はその場から動かなかった。腕をだらんと下げて構えもしない。何か察知したのか、ジョニーは技をキャンセルしようとした。だがその瞬間に、俺の射程内に入っていたジョニーの右手が宙を舞った。

 

OSS”デッドリーダンス”

 

初見での回避は不可能と自負している最速の一撃がジョニーを捉えた。呆気にとられている間に、二連撃技” リバース・サイクロン”で両足を切り飛ばし動きを封じる。

 

「ガハッ!」

 

為す術なく地面に倒れたジョニーは、俺を見上げて強気に笑ってみせた。

 

「なんだ今の?何しやがった」

 

「誰が教えるか。大人しくしてろ」

 

念の為にもう片方の手も切り落とそうかと考えていた俺に、ジョニーは続けた。

 

「ハハハッ!剣豪さんよぉ、一つ良いこと教えてやろうか?」

 

「なんだよ、ふざけた事だったらその頭陀袋引っ剥がしてやるからな」

 

「マジでお前たちにとって良いことだぜ・・・」

 

ジョニーは口元に歪な笑みを浮かべ、耳を疑うことを言った。

 

「実は最近よぉ、四人目の幹部が誕生したんだ」

 

「・・・は?」

 

戦慄が全身を駆け巡った。


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