ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<アスナside>
「拘束した者は入口付近に集めてください!」
向かって来る敵の足を”リニアー”で穿ちながら、アスナは近くの団員に指示を飛ばした。
拘束されたラフコフメンバーが喚き散らしながら連れて行かれるのを見届け、改めて辺りを見渡す。ラフコフの大半は無力化・拘束されているが、幹部を相手にしているサツキとキリトは未だ激しい戦闘を続けていた。早く残りを片付けて加勢しよう、アスナがそう思った時だった。
「なっ、んだ・・・お前」
後方から驚きと戸惑いの声が聞こえた。反射的に振り返ったアスナが見たのは、入口付近で不自然に倒れているKoBメンバーと、それを見下ろす一人のプレイヤーだ。
白。目が痛くなるくらいの白だ。ショートヘアも軽量化重視の最低限金属防具もロングブーツも、全てが汚れ1つない純白だった。ダンジョン内どころか街中でも目立つであろうその姿に、今まで気付かなかったことに強烈な違和感をアスナは感じた。間違いなく討伐隊のメンバーではない、ラフコフの一員だ。
アスナは倒れている仲間を助けるため、白の剣士目掛けて走り出した。突っ立ったまま動かない白の剣士に”リニアー”を見舞う。流星の如き一閃、しかしわずかに掠めることもなく軽々しいステップで避けられてしまった。
──強い。
その動きだけで、相手がかなりの実力であるとアスナには分かった。意識を集中させ愛剣を構えたアスナ、そこで異変に気付く。
「あ・・・っ・・・が、あぁぁ・・・!」
足元に倒れるKoBメンバーが、アスナに何かを伝えようとしている。しかし言葉にならず内容が分からない。麻痺状態時の声量制限かと思われるが、今は自分でポーションを使ってもらうしかない。そんな隙を敵が見逃してくれるわけがないからだ。
そう視線で訴えた時だった。注視していたため頭上に表示されたKoBメンバーのHPバー、麻痺状態を意味する緑色の枠に囲われたその横に、2つのデバフアイコンがあった。攻撃力低下と防御力低下。2つともモンスターの特殊攻撃かフィールドトラップでしかかかる事の無いものだ。今かかるのは有り得ないし、なにより七層にこのデバフを使うモンスターもトラップも存在しない。
考えられるのは──
「まさか・・・!」
一つの恐ろしい仮説を導き出したアスナ、しかしその直後に白の剣士が動いた。右手に提げた赤紫色の
「うっ・・・!」
空気を斬る音と同時に飛来したのは投擲用のピックだ。その速度と小型ゆえに回避が出来ず右肩に被弾し、HPが0.5%ほど減少する。だが構わず追撃に備える。
が、突然アスナの視界がぐにゃりと歪んだ。
「・・・え」
全身の力が抜け、立っていられずその場に崩れ落ちる。腕が足が口が全く動かない。かろうじて動く目を上に向けると、白の剣士が虚ろな瞳でアスナを見ていた。
遠くからでは分からなかったが、白の剣士はとても殺人ギルドの一員とは思えない幼い少女だった。アスナより年下だろう。しかし彼女が放つ雰囲気は常人のものではない。
白の剣士はゆっくりと近付き、なんの躊躇いもなく赤紫色の刀身をアスナの体に突き立てた。
「あっ・・・」
不快な神経ショックとともにHPが二割ほど減少する。見れば、麻痺状態に加えて攻撃・防御力低下、さらにもう一つ見たことの無いデバフアイコンが並んでいた。死の恐怖がアスナの頬を撫でる。抜け出そうとするが意思に反して体は動かない──。
だが白の剣士は一度細剣を抜くと、再度アスナに突き立てることなく身を翻した。そのまま入口付近に集められたラフコフメンバーの元へ歩みを進める。拘束を解くつもりだろう。異変に気付いたA班の班員たちが阻止に動くが、白の剣士は臆することなく正面から斬りかかった。
それはあまりに一瞬のことで、アスナは目を疑った。一撃。細剣によるソードスキルでもなんでもない、ただ斬っただけの一撃。ダメージにしたら微々たるものだ。それなのに、装備やスキル、ポーションによって底上げされているはずの状態異常耐性を簡単に貫通し、白の剣士の足元には四人が麻痺状態で転がっていた。
白の剣士はアスナたちに目もくれず、拘束されていた約20名を解放し、狂気の殺人者たちは、無抵抗に転がった四人を囲って、嬲り殺した。あまりに呆気なく散っていったプレイヤーだったポリゴン片。まだ足りない、と言いたげな殺人者たちの眼は、次の標的としてアスナを捉えていた。
「・・・あ、っ・・・ぃや・・・!」
誰にも届かない声。動かない体。
「オイオイ見ろよ、KoBのサブリーダー様だぜ」
「噂通り良いことオンナだなぁ」
「殺すのもったいねぇな。白ガキがいるんだから、永遠にマヒらせて俺たちの遊び相手にしようぜ」
「それいいな、賛成!」
下卑た会話に違う意味の恐怖が込み上がってくる。
耳鳴りに似た笑い声。
それを掻き消す、もう聞き慣れた声。
「悪く思うなよ、クソ野郎共」
黒と青のハーフコートを翻して現れたサツキ。次の瞬間、彼の近くにいた5人はポリゴン片となって爆散した。
♦️
<サツキside>
「四人目の、幹部だと?」
「おォ?やっぱ興味ある?」
片手両足を落とされていることなど意に関せず、ジョニー・ブラックは嬉嬉として言った。時間稼ぎのためのハッタリとも考えたが、この反応を見る限り本気で言っているようだ。
俺は
「誰だ?洗いざらい吐け」
「そう怖い顔するなよぉ!一から説明するからさぁ・・・っても、マジで最近入ったばかりだから俺も詳しくはないんだけど」
ジョニーはケタケタ笑いながら続けた。
「スカウトしてきたのは
「イカれたスキル・・・?それは何だ?」
「実際に殺り合ってみればいいじゃねぇか、ちょうど今来たとこだしよぉ?ハハハッ!」
ジョニーの視線を追って振り向くと、遠くからでも分かる異質なオーラをまとった白一色の剣士が、ぼうっと突っ立っていた。だがそれよりも衝撃的な光景が──
「ッ!?副団長!」
倒れた副団長に拘束されていたはずのラフコフメンバーが群がって行く。ニタニタと卑しい笑みを浮かべている連中を見て、俺は暫くぶりの怒りを感じた。
守る。殺す。
どちらの感情が勝っていたのか分からない。
「悪く思うなよ、クソ野郎共」
俺は瞬間移動じみた速度で距離を詰め、最も近くにいた5人を二本の愛剣で斬り捨てた。そこで止まらず爆散するポリゴン片を掻き分け、硬直している2人の首をハネ飛ばす。愛剣を切り払い、唖然とする残党たちを睨めつけて俺は言った。
「死にたくないなら、降伏しろ」
性懲りも無く勢い任せにかかってきた1人を一撃で葬り、もう一度同じ問いをすると残りは全員武器を捨てた。残ったA班の隊員がそいつらを拘束していく。それを見ながら俺は必死に冷静さを保ち続けた。
重くのしかかって来る8人の命を受け止める。後悔はない。仲間を守れたのだ。そのための罪なら、いくらでも背負う覚悟ができている。
倒れたまま泣きそうな目で見つめてくる副団長に、俺は心配ないと頷く。俺が何か言葉をかける前に、後方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「サツキさん!大丈夫ですか!?」
「まったく、どういう状況よ」
合流して来たのはシュガーとノノだ。B班の方は片付いたらしく、風林火山のメンツが拘束したラフコフメンバーを見張っている。C班ももうすぐ片付くようだ。俺は動きを見せない四人目の幹部を警戒しながら、ポーチから取り出した解毒ポーションを二人に渡した。
「副団長ともう一人を頼む。俺はアイツを捕まえる」
「PKらしくない格好ね」
「あの子もラフコフなんですか?」
「そうだ、四人目の幹部らしい」
「四人目の!?すぐに加勢しに行きます」
「ああ、頼む」
二人は俺が8人を殺すところを見たはずだが、いつもと何も変わった様子がない。それに僅かな安堵を感じた俺は、こちらを静観する四人目の幹部に向かって走り出した。俺を標的としたのだろう、収めていた細剣を引き抜き右手に提げた。赤紫色の刀身に視線が吸い寄せられるが、左手が閃いたことを俺は見逃さなかった。
カタルシスを前方に振ると、ガキィンと金属音が響き小型のピックが床に転がった。それを見た幹部が翠色の瞳をわずかに見開く。さらに加速して距離を詰める俺にもう一度ピックを投擲してくるが、それを跳躍して躱す。そのまま落下の勢いを乗せて、俺は二本の愛剣を振るった。
細剣では受け止められないと判断したのだろう。軽やかな、しかし俊敏なステップで回避してみせた幹部は、反撃と言わんばかりに”リニアー”を放ってきた。副団長と遜色ない完成度のそれを逆手に取り、俺は技の側面からカタルシスで細い刀身を叩く。横からの衝撃に弱い細剣の弱点をついた
鍔迫り合いの最中、俺は幼さの残る殺人者に疑問を問いた。
「あんた、強いな。なんでラフコフなんかに入ったんだ?」
「・・・」
答えはない。虚ろな瞳に感情はなく、そこから真意を読み取ることは出来ない。ならば剣で語ろうと、俺はレーヴァ=テインを上段に構えた。
その瞬間だった。
殺してやるよ、全員。壊してやるよ、こんな世界。それが望みなんだろう・・・?
頭の中で響く憎悪と殺意に満ちた声で、意識が飛びかけたのは。
「あッ・・・!?」
「・・・」
押し込む力がなくなり、鍔迫り合いに負けた俺は後ろへ大きく押し返された。体勢を崩して不格好に尻もちをついた俺に、赤紫色の刀身が一直線に肉薄する。
「──はぁっ!」
それをギリギリでシュガーの両手剣が弾き返した。相対する二人を見ながらも、俺の頭の中では様々な情景がフラッシュバックする。
──俺たち三人なら大丈夫だ
──なんだよ怖いのか?
──ビビりじゃなくて慎重なだけだもん!
聞いたことの無い三人の声。いや、一人だけ微かに聞き覚えのある、しかしどこか違う感じ。
──おい見ろよこれ!めっちゃ美味そう!
──そんな金ないよ
──じゃあ三人で一個食べようよ!
どこかの露店で楽しげなやり取りをする三人。顔は靄がかかったように見えない。
──やっぱ最前線は油断できねぇな
──でも思ってたより戦えてるよね、私たち
──ああ、攻略組とも肩を並べられると思うよ
見覚えのある、遺跡をテーマとした迷宮区。戦闘を終えた後なのか、余裕のある表情で互いを讃えあっている。
──攻略組になるって、ギルドに入ればいいのか?
──ギルドに入らなくても、ソロで攻略組になっている人もいるらしい
──でも、ギルドに入ってた方が安全じゃない?
──それはそうだけど、馴染めるかなぁ?
──別に馴染めなくても、俺らが一緒だから大丈夫だろ?
──そうだよ!私たちはいつでも一緒だから
なんて強い絆だろう。この世界に囚われる前から、この三人は長い時を共に過ごしてきたのだろう。状況を忘れて、俺は素直に羨ましいと思った。
だがそんな思いも、次の瞬間には消え去った。
──いや!やめて、放してよ!
──テメェら!何のマネだ!
──チグネ!おい!早く助けろ!
蟻地獄のようなすり鉢状のフィールド。その上で暴れる三人を押さえ付ける数十人の、見覚えのある集団。
──これがテメェら攻略組のやり方か!?
──いやっ!助け
少女─チグネは、手足を拘束された状態で蟻地獄の底へと蹴り落とされた。それを察知したかのように、底から巨大なイモムシ型のモンスターが姿を現し、無数の牙を連ねた口を大きく開き───
──やめろぉぉぉぉぉ!!
少年─カイトの絶叫とともにフラッシュバックは終了した。意識が元に戻った俺は、自分が大量の冷や汗をかいていることに気付く。
レーヴァ=テインの感応現象で誰かが死ぬ瞬間を見るのは初めてではない。だが今見た
「・・・お前らなのか?DDA」
10人ほどを拘束してシュガーと幹部の攻防を遠目から見ているC班に、聞こえるはずはないが俺は問いかけた。もちろん答えはない。だが俺は、彼らに大きな疑心を持たざるを得なかった。感応現象で見えたメンバーに見覚えはないし、装備から推測してもDDA創設から間もない頃の出来事だろう。今すぐ問い質したい衝動を抑え、俺はまず幹部を捕まえることにする。
俺の代わりに幹部の相手をしているシュガーは、流石の技量で敵の攻撃を捌き続けていた。幹部は相変わらず無表情で思考が全く読めない。シュガーは、敵が何か奥の手を隠しているのではと勘ぐっているのだろう。いつも以上に集中しているのが分かる。
俺は立ち上がり愛剣を手に加勢しようとした。
その瞬間──
「なに・・・!?」
ドガァッ!と俺の耳を、いや部屋全体を震わせる破壊音が響いた。
音の発生源はC班が突入して来た入口。
ダンジョン内では珍しい開閉式の扉が跡形もなく粉々に砕かれ、破片がポリゴンとなって散っていく。
その異様な光景に誰もが、俺や戦闘中だったシュガーや幹部までもが動きを止めて視線を向けていた。一瞬で辺りが静寂に包まれる。
そして忘れることの出来ない、狂気に満ちたあの声が静寂を打ち砕いた。
「愉しそうだなぁ・・・オレも混ぜてくれよ」
「ッ!?お前・・・!」
現れた乱入者──《不滅》のカグマは、俺たちを一瞥すると不敵な笑みを浮かべた。
運命は、時として残酷。