ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
ノノがユニークスキルを習得したのは、デスゲーム開始からちょうど一年が経過した日だった。
それまでに圏外に出たことのなかった彼女に、そのスキルが与えられたのはカーディナルシステムの気まぐれか、もしくは運命か。
全プレイヤーの中で最も優れた集中力を持つ者に与えられるユニークスキル《抜刀術》。その速度・威力は習得者の能力に比例し、限界はない。
現段階でノノが使う《抜刀術》は、生存プレイヤーの中で最強と言って良いほどの領域に達していた。
それが、復讐のために研ぎ澄まされた力であることを、本人以外知る由もない。
♦️
<ノノside>
最高に気分が良い。
追い続けた
「どうしたの?ずいぶんと余裕がないように見えるけど」
「うるせぇ!殺してやる!」
何の考えもなしに振るわれる右拳に意識を集中させ、私は《霞桜》を閃かせる。
《抜刀術》二連撃ソードスキル・
右腕を肩から斬り飛ばし、二発目でアニマの左眼を抉る。アニマが被弾を認識した時、私は既に追撃の構えを取っていた。
《抜刀術》九連撃ソードスキル・
アニマの全身を、ダメージエフェクトすら置き去りにする超速度で切り刻む。たまらずアニマは逃げるように後退した。納刀した私はさらに挑発を繰り返す。
「なぁんだ。サツキが苦戦したって言うから期待してたのに、大したことないのね」
「あァ?」
「あなたの強さって、結局はその異常な回復力でしょう?それに甘えて何の策もなしに突っ込んで、無理矢理ねじ伏せて来たんだろうけど・・・その程度なら、ボスモンスターの方が何倍も手強いんじゃない?」
わざとらしい笑みを浮かべて言う。はたから見たら酷く歪んだ表情だろうが、関係ない。この戦いが終わったら全てを終わらせるつもりなのだから。
「そしてその強さも、あなたのモノじゃない。
「黙れ・・・俺は、殺してない・・・俺は・・・」
狼狽するアニマに私は頭に血が上る。
「いい加減認めたらどうなの?守る、助けると妄言だけを吐き散らして、最期は裏切り、その手で殺したってね!」
「アァアッ!黙れぇぇぇ!!」
感情任せの乱舞をあえてギリギリで躱しながら、私は愛刀を握り直した。
「もういい、これ以上話していると私まで頭が狂いそうだから・・・終わりにしてあげる」
「クソがァ!!」
《抜刀術》最上位ソードスキル・
視認できない神速かつ最高威力の一閃が、狙い続けた
♦️
かつてないほど死を予感した。
ここまで死に近付いたのは、全てが終わり始まったあの日以来か。
──あなたが殺したんでしょう!?
違う・・・いや、違わない、か。
殺した・・・そうだ、俺が殺した。
あの時の選択を間違わなければ、こんなクソみたいな道を歩むことはなかった。
──死んでも、私が守るから
──俺たちは、いつでもどこでも一緒だからな!
交わした約束は、今となっては呪いのようで。
無力な、
今さら死んでも、二人と同じ所へは行けない。
それなら、忘れてしまうまで生きて、殺し続けよう。殺戮の限りを尽くそう。
二人と同じ苦しみを、この世界に教えよう。
オレは久々に《眼》を開いた。
光すら置き去りにした神速の一閃、それが欠伸が出そうな速度で見える。
頸に迫る刀を、オレはいとも簡単に躱してみせた。
♦️
<ノノside>
「──なっ!」
奥の手と言える最上位ソードスキルを躱されたことに、私は驚愕を隠せなかった。誰にも、ヒースクリフにすら看破されることはないと自負していた一閃が不発に終わり、代償として致命的な硬直時間に陥る。
「・・・オレも、とっておきを見せてやるよ」
今までと違う底冷えする声が聞こえた直後、私の腹部を強烈な衝撃が襲った。次いで浮遊感。冷たい床に転がり、吐き気を抑えながら視線を上げた瞬間、正面から衝撃。さらに右、左、上、下とあらゆる方向から止まらない衝撃が全身を穿いた。何が起こっているのか分からないまま、私はHPを黄色に染めた。
「なに、が・・・」
「お前の負けだ」
朦朧とする意識の中顔を上げると、アニマが私を見下ろしていた。
「お前は俺に力が無いと言ったが、それは間違いだ。俺にも力はある。二度と使いたくないと思ってた力がな」
アニマは自分の”眼”を指差しながら続けた。
「俺が持つユニークスキルは3つある。《拳闘士》と《超回復》・・・あの二人のモノの他に、俺自身が授かった《修羅眼》だ」
「なによ、それ・・・!」
近くに転がっていた《霞桜》を手に取り攻撃する。が、難なく刀身を掴まれた。
「この《眼》は全てが見える。ステータスからスキル、装備の耐久値なんかも視界に入るだけで手に取るように分かる・・・これを使って俺たちは安全で高効率なレベル上げをしていた」
《抜刀術》三連撃ソードスキル・
手首を斬り飛ばして頸を狙った攻撃、しかし膝蹴りが刀身を捉え、その衝撃で愛刀が手から放れてしまった。技がキャンセルされたことにより発生した硬直時間、がら空きの腹部に強烈な回し蹴りが入った。
「がっ・・・ぁ!」
「全てが順調だった。もしかしたら現実世界にいた時よりも生き生きとしていたかもしれない。三人でいれればそれで充分だった」
こちらに歩み寄るアニマは、取り戻せない遠い過去を懐かしむように続けた。
「そんな時だ。彼女が、チグネが攻略組になろうと言い出したのは」
「っ!」
最愛の人の名に、私は反撃の動きを止める。
「俺たちも攻略組に、なんて考えたことがなかったわけじゃない。だが俺は手にした平穏な日々を手放したくなかった。だから言い出さなかった。それなのに、一番臆病なチグネが言い出すなんて予想すらしてなかったな」
「チグネさんが、なんで・・・」
「さぁな、あの世で直接聞いてみるといい。今から殺してやるからよ」
振りかぶった拳をライトエフェクトが包み込む。《拳闘士》の技であろうそれを見ながら、私は自分の中で諦めがついていることに気付いた。
3つ目のユニークスキルは完全に誤算だった。《超回復》と《拳闘士》だけならまだ押し切れる自信があったが、攻撃を見破る補助系のユニークスキルと《抜刀術》は相性が悪い。どんなに速く強力な一撃も当たらなければ意味がない。
無様に転がり、最期の瞬間を待った。
拳を振り下ろすアニマがどこか哀しそうな表情をしているのを見て、短かったチグネさんとの思い出が脳裏をよぎる。
色を失った絶望の日々を鮮やかに染め直してくれた。生きる意味を教えてくれ、戦う力をくれた。
・・・頑張ったよ。
たった一人で攻略組にまで上り詰めて、チグネさんを裏切り殺したヤツを追い詰めたよ。
殺せなかったのは悔しいけど、でも、頑張ったよ。
だから、次に会ったら褒めてね?チグネさん。
せめて目は背けまいと、迫る必殺の拳を凝視する。
刹那。
再び色が失われていく世界を、漆黒の軌跡が縦横無尽に斬り裂いた。
「えっ・・・?」
「・・・は?」
腑抜けた声が漏れると同時に、アニマの全身から真っ赤なダメージエフェクトが溢れ出た。
「・・・もうやめろ、アニマ」
声の主はサツキ。彼は霊剣を漆黒に染め、