ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<ミトside>
「・・・少し、速度を上げるぞ・・・」
「ええ!」
立ち塞がる
初見ではとても出来ないことだが、全容が表示されたマップがそれを可能にしている。アルゴから最前線迷宮区のマップ情報を無償譲渡されたのは、20分ほど前のことだ。
「──とにかく、今はレイドに情報を伝えるのが最優先ダ!」
焦りの声を上げるアルゴは、ウインドウを操作しながら続けた。
「2人はボス部屋に急行してクレ!これはマップ情報ダ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
差し出された半用紙アイテムを、私は受け取れなかった。
「無理よ、私には・・・ボス戦なんて・・・」
「頼む、今行けるのは2人だけなンダ!」
「私、私は・・・」
かつて痛感した自分への失望と、打ち勝てなかった恐怖が全身を硬直させる。
──今から駆け付けたところで、状況が変わるとは思えない。
──行くならもっと、大勢でないと。
──街で有志を募れば、きっと他の誰かが。
あの時と同じ、逃げる選択肢が頭を埋め尽くしていく。
私の濁流のような思考は、ルナの口から出たその名で塞き止められた。
「・・・ここで攻略組を、特に・・・剣豪サツキや、閃光のアスナを喪うのは、確かに痛手だろう・・・」
「──え」
忘れられないその名に、時が止まったような気がした。脳裏に焼き付いた親友の笑顔がフラッシュバックする。私は震えた声を発した。
「アスナ・・・いま、アスナって言った・・・?」
ルナは知らないのかという様子で確かに言った。
「・・・閃光のアスナ、血盟騎士団の副団長にして・・・
「っ・・・あぁ、嘘・・・」
私は脱力しその場に膝をついた。あの日から張っていた糸が切れ、同時に安堵と新たな罪悪感が全身を満たす。混ざりあった感情が涙となって頬を伝った。
「・・・生きて、たんだ・・・アスナ・・・!」
「アーちゃんの知り合いカ?」
「・・・ええ、親友だった。今となっては、恨まれてるかもしれないけどね」
「・・・そうカ」
目を見開いたアルゴだったが、深くは触れなかった。代わりに再びマップデータが記された半用紙を差し出してきた。
「アーちゃんは簡単に死ぬほど弱くナイ、まだ間に合うヨ」
「・・・少なくとも、全滅はない、だろう・・・」
「・・・ええ、そうね」
完全なビキナーだった彼女が、今や攻略組ギルドの副団長だ。あの日から今までどんな経験をしてきたのかは、裏切り見捨てた私には分からないし知る権利もない。でも、そんな彼女が簡単に負けるとは思わない。
私は半用紙を受け取り、涙を拭って立ち上がる。
「オレっちは急いで増援を集めるカラ、アーちゃんを、みんなを頼んダヨ」
「分かった・・・私一人だと心もとないから、ついて来てくれる?」
ルナは小さく笑みを浮かべて言った。
「・・・付き合おう・・・」
「──見えた!」
一本道の最奥に異質な存在感を放つ巨大な扉が見えた。間違いなくボス部屋だ。微かに、しかし確かに絶望に染まった悲鳴が聞こえてくる。
「間に合え・・・!」
雑魚たちを引き離した速度のまま、私とルナはボス部屋に突入した。中は、まさに地獄絵図だった。
「うわぁぁぁ!」
「やめ──」
目の前で男がその体を呆気なく爆散させた。男の命を奪ったのは、部屋の奥に鎮座した人型モンスターが伸ばした
到着した直後に”死”を目の当たりにし、長年私を苦しめていた
「──あ」
そして見つけた。
糸が切れたかのようにへたり込む彼女は、血盟騎士団の象徴でもある赤と白の隊服を着ている。栗色の長いストレートヘアは見間違うはずもない。
およそ2年ぶりに見たアスナは、あの時よりも弱々しく今にも消えてしまいそうだった。そしてそれは、ただの予感ではなかった。小さく表示された彼女のHPバー横には《沈黙》のデバフアイコン、そして──
「ッ!」
アスナを見据える、醜悪な異形のモンスター。掲げられた鎌が鈍く光るのを見て、私はヤツが2体目のボスであることを確信した。
「逃げろ!アスナ!!」
ヤツの後ろで漆黒の剣士が叫んだ。単身相手にしていたのか、ボロボロの状態でも必死に動こうとしているが、間に合わないだろう。
怒号と絶叫が遠ざかり、世界がスローモーションになる。
あの時と同じだ。
トラップに掛かり、大量の雑魚たちに行く手を阻まれ、表示されたHPが減っていくのを見ていることしか出来なかった、あの時。
でも、今は違う。
私は武器を構え、走り出すために足に力を込めた。
それを察知したかのように、鋭利な髪が高速で私に迫る。
しかし、それが届くことはなかった。
「──往け、ミト」
視認できない神速の斬撃で髪を斬り伏せたルナが、私に言う。
「うん!」
あの時感じた恐怖はなかった。今度こそ助ける。ただそれだけの為に走った。
軽々しく投げられた鎌がアスナに迫る。
「──はぁぁぁぁぁぁッ!」
私はアスナの前に躍り出て、飛来した禍々しいそれを弾き飛ばした。衝撃で刀身に塗られていた毒が飛散するが、それもまとめて切り払う。
驚きが込もった視線を背中に感じたが、私は振り返らずに長らく言えなかった言葉を口にした。
「・・・ごめん、アスナ」
赦してもらおうなんて思わない。ただの自己満足だ。どれだけ罵倒されようが嫌悪されようが、全てを受け入れる。それが私に出来る唯一の償いだから。
「アアアァァアァアッ!」
おぞましい声を上げながらボスが迫って来る。アスナを巻き込まないよう、私は武器を構え直してボス目掛けてダッシュした。
振り下ろされた鎌を二連撃ソードスキルで迎撃・反撃し、生まれた隙に追撃のソードスキルを見舞う。ボスが怯んだ瞬間、ヤツの背中に漆黒の剣士の剣戟がヒットし、残り7割ほどのHPが目に見えて減少した。
漆黒の剣士と同じタイミングで後退した私は、転がった鎌を拾うボスの隙を見てアスナに《咳止めポーション》を手渡した。
「酷い状況ね」
次いで漆黒の剣士に話し掛けるが応答はない。私の意図を察してか、彼は耳を指差すジェスチャーをした。よく見るとHPバーの横に《失聴》のデバフアイコンが表示されている。私が《感音ポーション》を手渡すと、漆黒の剣士は一気に飲み干した。
「聞こえる?」
「ああ。助かった、ありがとう」
少し大人びた声だった。
遠くからでは分からなかったが彼の右頬の蠢く痣を見て、私は以前どこかで聞いた話を思い出した。中層のプレイヤーだったか、命の恩人を探しているという話で、その剣士の頬に痣があったという。彼がそうかは分からないが、一人でボスの相手をしていた実力を鑑みれば可能性は高いだろう。
そんな考察を頭から追い出して、私は早速ボスの情報を伝えようと口を開きかけた時、懐かしく消え入りそうな声が聞こえた。
「・・・ミト、ミトだよね・・・?」
信じられないといったその声に、怒りや憎しみは感じなかった。本音を言えば今すぐに向き直って謝りたい。しかし今は一秒を争う状況だ。私の刹那の葛藤を感じてか、漆黒の剣士が口を開いた。
「悪いんだけど、もう少しだけ協力してくれないか?」
「・・・もちろんよ。そのために来たんだから」
「心強いな。まぁ見ての通り”詰み”な訳だけど・・・もしかして、ボスについて何か知ってる?」
「・・・」
私は2体のボスを一瞥して言った。
「・・・アイツらは、
底のない闇色の目が、驚愕で見開かれた。
ようやく反撃です