ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<サツキside>
──勝率三割、悪くない
殺意のまま振り回される鎌を捌きながら、俺は副団長の答えを思い出していた。
シュガーが加勢してくれたおかげで負担は大幅に減っている。削り役の三人の動きを見る余裕が生まれ、絶妙なタイミングでのパリィが出来ている。このままいけば、と思うが油断はしない。これ以上の犠牲は出してはならないと意識を集中させる。
「ァァアァアアア───」
あれほど耳障りだったラバリィの絶叫が遠のいていく。集中が極限に、いや、それより更なる高みへと達しているのか無音の世界へと足を踏み入れる。自分の心音すら聞こえない中、俺は愛剣を振るった。
「───」
<暗黒剣>八連撃技・”
ラバリィの攻撃を捌き、抑え、押し返す。ヤツが動くよりも速く、何かに導かれるように、俺は黒い軌跡を刻み続けた。
「スイッチ!」
「はぁぁっ!」
副団長の声に合わせ、ラバリィの鎌を弾き返してバックジャンプする。生まれた確かな隙に副団長とミトの連撃、さらにルナの神速の一閃が背後から命中した。
「シュガー!」
「はい!」
間髪入れずに飛び込みタゲを引き受ける。シュガーがソードスキルの構えを取ったのを確認し、俺は”暗香疎影”で回避しつつ後ろに回り込んだ。黒い幻影を手応えなく切り裂いたラバリィの動きが一瞬止まる。
「はぁぁぁっ!」
それを見逃さず二連撃技” サブサイデンス”でシュガーが鎌を弾くと、副団長とミトの追撃が直撃した。
副団長はともかく、初めてにしてはミトとの連携が上手くいっている。副団長の知り合いらしい彼女だが、攻略組にいないのが不思議なくらい強い。それは、あの鬼面の侍にも言えることだが。
ルナのソードスキルにも似た連撃がヒットし、ラバリィのHPは遂に二割にまで減少した。このまま押し切る──そう意識を集中させたおかげか、背後から迫った脅威に俺はいち早く反応できた。
「ッ!後ろだ!」
体を捻りつつ叫び、二本の剣で迫って来た鋭利な長髪を受け流す。火花を散らしつつ転がるように離脱した俺は、追撃を弾きながら体勢を整えた。
「サツキさん!」
「来るぞ!」
縦横無尽に払われる髪を前に防戦一方となる。ラバリィと比べれば重くはないが手数が多い分厄介だ。
「サツキくん!」
「こっちよ!」
なんたとか副団長たちと合流して状況を見渡す。ボス部屋全体をサッドの髪が覆い尽くすように伸びていた。
「クライン!大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫だ!すまねぇ、急にヤツの攻撃が──」
「下手に動くなよ!防御に集中しろ!」
クラインたちがやられた訳ではないことに安堵しつつ、俺は
ラバリィの背中に乗ったサッドは鋭い眼光で俺たちを睨め付けながら髪を漂わせていた。ラバリィは一回りほど巨大化した両手の鎌を揺らし、刀身から溢れ出る毒を見せつけている。
そこで俺は、ゼロになっていたはずのサッドのHPが少しずつ回復していることに気が付いた。
「いよいよマズイな」
「あと少しなのに・・・!」
「落ち着きましょう、まだ勝機はあります!」
「・・・一撃・・・技が決まれば、な・・・」
「そうね・・・でも見て。この髪、さっきまでとは違うみたい」
ミトの言う通り、サッドの髪色が明らかに違う。何かに濡れているようなこの光沢は、間違いない。思わず舌打ちをする。
「ラバリィの毒か!つまり──」
「この髪に触れただけで、アウトってわけね」
「そんな・・・!」
「無茶苦茶ですね・・・!」
再び絶望の色が濃くなる。だが負ける可能性を考えている暇はない。
「ここは一気に決める。片方ずつ、なんて手はもう通用しない。同時にアイツらに攻撃を当てる」
「・・・出来るのか・・・?」
もっともな意見だ。
「やってみないことには分からん。勝率的には、一割ってとこか」
「危険よ、と言いたいところだけど」
「それしかなさそうですね」
「どうせこのままじゃジリ貧だもの」
「・・・うむ、ならば・・・最後まで、付き合おう」
武器を構え直す四人にこれまで以上の頼もしさを感じ、俺は全身に力が溢れるのを感じた。俺は愛剣を構える。
「誰でもいい、ヤツらに一発ずつ喰らわせてやれ」
俺たちが走り出すのと同時に、ボス戦最後の局面が動き出した。
♦️
<ミトside>
今までにない最高の集中力だ。
自分がさらに上の段階へと上るのを感じる。
これは紛れも無く、ボス戦という極限の状況下と、自分が圧倒される強者たちと出会ったからだ。この短時間で感覚が研ぎ澄まされ、眠っていた新たな感覚が叩き起される。
襲い掛かる猛毒の髪を押し退けながら、私は前を往く強者たちを追いかけた。
ルナ──謎の多い侍だが、その実力はトップレベルのもの。
シュガー──鋭い観察眼で、迅速正確な判断ができる。
サツキ──剣豪の異名通りの剣技、仲間を想う気持ちと相当な胆力を持っている。
アスナ──私が知っている彼女とはまるで別人のようだ。剣技はもちろん、精神的な面においても。
知りたい。
彼らのことをもっと知りたいと思った。
そのためにはまず、眼前のボスを倒さなくてはならない。みんなで生き残ることが最優先だ。
漆黒の軌跡が一閃、行く手を阻むように束になった髪を切り裂き、ボスまでの道が開かれる。
「今だ!」
サツキの声で全員がボスに飛び込む。
必殺のソードスキルのエフェクトが煌めいた。
♦️
<サツキside>
<暗黒剣>広範囲技・”暗天災禍”
遠距離攻撃と錯覚するほど長い射程の一閃が、ボスへの道を切り開く。
「今だ!」
叫ぶと同時に、俺は突進技”レイジスパイク”を発動させた。狙いはラバリィ、仕留めるためでなく動きを止めるためだ。後ろで同じくソードスキルを発動させた四人にチャンスを作る。
「はぁぁぁぁっ!」
「アアァアアア!」
俺の一撃を受け流したラバリィは、もう片方の鎌を振り下ろしてきた。それをカタルシスで受け止め、レーヴァ=テインを引き戻して両手の鎌を押さえ付ける。膠着状態の中でラバリィと視線が交わった。
「・・・往け・・・」
風を切る音がして、あれほど目障りだったサッドの髪が細切れになって宙に散った。やはりルナの剣技には舌を巻く。
「「「はああぁぁぁぁぁあ!」」」
最大の武器である鎌と髪を封じられた二体に、三人の渾身の一撃が迫る。決まれば確実にHPを削り切れる威力だ。俺はその瞬間までラバリィに反撃させまいと両手に、全身に力を込めた。
『───サーくん!』
黒い。
肩まで伸びる髪も、瞳も、背中の片手剣も、身に付けている装備も・・・
なぜこのタイミングで、と思った。
レーヴァ=テインの感応現象、死者の記憶と心意を継承する力。どれだけ求めても叶わなかった、世界最強の剣士の姿がこの瞬間に見えた。
かつての相棒であり<暗黒剣>の使い手であった少女は、生前でも見ることのなかった取り乱した様子で叫んだ。
『───サーくん!
直後、俺の視界で光が爆ぜた。
「──がっ!?ああああああぁぁぁぁッ!!」
形容し難い激痛が全身を襲った。
アインクラッドでは痛みを感じない。体を貫かれようが、手足を切り飛ばされようが、不快感を少し感じるだけで済む。
しかしこの激痛は、アインクラッドはもちろん現実世界でも経験したことがないものだった。意識が遠のき、全身から力が消えていく。
「サツキくん!」
異変に気付いた副団長がカバーに入ろうとするが、それよりも速くラバリィが動いた。
「ヴアァアアァッ!」
容易くカタルシスを弾き飛ばしたラバリィの一撃をレーヴァ=テインで受け止められたのは、体に染み付いた剣士としての本能のおかげだろう。直撃は避けられたが、勢いを殺すことは出来ずそのまま吹き飛ばされる。
「サツキさん!」
「あっ・・・が、ぁああ・・・」
何とか手で構うな、攻めろと伝えるが俺は無様にも立ち上がれなかった。
まるで意識と体の接続が切れたかの様な感覚に、俺の中で絶望が肥大化していった。