ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ──   作:Syncable

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Ep.52 卑声

「咲月!?」

 

静かな病室で突然響いた不吉な音に、私は声を上げた。

 

音の発生源は彼に付けられた心電図、そのモニターに表示された心拍が急激に上昇している。

 

「咲月・・・頑張れ、頑張って・・・!」

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

私には、やせ細った手を握って祈るしか出来ない。プレイヤーの心拍数が上がるのは、モンスターと戦っているからだと聞いたことがある。その直後に死んでしまうことが多いことも。

 

次の瞬間には死んでしまうかもしれないという恐怖の中、無意味だと分かっていても私は彼の手を握り続けた。

 

 

 

 

♦️

 

 

 

<サツキside>

 

 

激痛と絶望の中でも意識を失わなかったのは、右手に懐かしい温もりを感じていたからだろう。

 

言うことを聞かない体を無視して目だけを前に向ける。

 

シュガーがラバリィの猛攻を捌き、副団長とミトがサッドに攻撃を当てようとして髪に阻まれている。ルナは後方から三人に迫る髪を切り伏せていた。一人でも脱落すれば一瞬で崩れる均衡状態。

 

(クソッ・・・動け、動けよ・・・!)

 

激痛に構わず俺は立ち上がろうとした。脳細胞が焼き切れんばかりの灼熱を感じ、本能が大音量で危険信号を発する。

 

 

 

 

『貴様には無理だ、餓鬼』

 

 

 

脳内に響いたその声に、俺の息が止まった。

 

 

 

『身の程を知らない餓鬼だ・・・貴様程度にあの女の技が使える筈がないだろう。今までやっていたのは只の猿真似、あの女の足元にも及ばん』

 

 

 

思考が止まる。

一番聞きたくない、忘れたい、()()()()()()()()()

 

 

『そこで這いつくばって見ていろ』

 

 

「・・・あ・・・ぁ・・・」

 

 

光の届かない深海のように深く、深く深く閉ざしていた記憶が蘇る。

 

 

大量の不気味な()に四方を覆い尽くされた、宗教じみた部屋。

 

見えない斬撃を舞うように避ける漆黒の女剣士と、血で染めたような真っ赤な着物姿の男。

 

斬撃を避けられているのに嗤う男の眼が、鮮明に思い浮かぶ。

 

 

『あの時と同じように』

 

 

「黙れ・・・黙れぇぇぇぇッ!!」

 

下卑た声を掻き消す咆哮が俺の口から迸った。全身の激痛をも上回る、烈火の如き憤怒が俺を立ち上がらせた。

 

とてつもなく重く感じるレーヴァ=テインをぶら提げて、俺はボスの元へ走った。その視界に突然、初めて見たシステムメッセージが表示された。

 

 

[警告]

装備中の武器の筋力要求値を満たしていません。

武器を変更してください。

 

 

そのメッセージの答えは、俺のプレイヤーネームの横にあった。

 

「ッ!毒が・・・!」

 

時間経過で筋力が低下していくデバフ。ラバリィの一撃を受けた時に付与されていたようだ。筋力要求値を満たしていない武器は、適当に振り回すだけなら可能だがソードスキルを発動させることが出来ない。この局面で飛び込むには致命的、無謀の極みだ。

 

しかし俺は止まらない。

 

この様ではソードスキルが使えても使えなくても、たいして役に立てない。出来るのはせめて、ボスに一瞬だけでも隙を作ることだ。そうすれば、必ず誰かの攻撃が届く。

 

(動け!みんなを助けろ!戦え!)

 

 

 

『ほぅ、ここまで愚かだったとは流石に想定外だったぞ』

 

 

再びあの声が響く。

 

 

『その様で何が出来る?教えてやろう、何も出来ない。無駄死にだ』

 

 

嘲笑の声は止まない。

 

 

『貴様はここで死ぬ。そしてあの女も無駄死にとなる。最高の結末(エンディング)じゃないか。傑作だ』

 

 

「うるせぇんだよ!」

 

幻聴に吐き捨てて意識から排除し、俺はシュガーに振り下ろされた鎌にレーヴァ=テインを叩きつけた。

 

「サツキさん!」

 

「来るぞ!」

 

振るわれる鎌を不格好に受け止める。回避すればサッドを狙っている副団長とミトが危ない。

 

「シュガー!俺が、隙を作るから、トドメを頼む!」

 

「ッ!わかりました!」

 

俺の異常に気付いたシュガーがソードスキルの構えを取り、俺は腰のポーチから神秘的な輝きを放つ結晶を取り出した。

 

「ほら、お前の、大好物だろ?」

 

<還魂の聖晶石>を見たラバリィは、血走った目を俺に釘付けにした。振り下ろされた二本の鎌を同時にレーヴァ=テインの腹で受けるが、刀身ではなく俺の体が悲鳴を上げる。のしかかる重さに耐えられず片膝を着く。すでに半分近くまで減少したであろう筋力では、鍔迫り合いをするには圧倒的に足りない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

だが十分だ。シュガーのソードスキルがラバリィの頸を捉え、そのHPを大きく減少させる。このまま喰い込んだ刀身が離れなければ、継続ダメージで削り切れる。

 

「今です!」

 

二割ほどまで回復したサッドを相手に、副団長とミトが動く。

 

「アスナ!行って!」

 

ミトの鎌が髪を両断し道を作る。副団長がサッドの顔の高さまで跳躍し、細剣を構えた。

 

だが次に動いたのは副団長ではなく、ラバリィだった。

 

「ガアアァァァッ!」

 

シュガーの剣が頸に刺さったまま、右手の鎌を横なぎに払って副団長の細剣を弾いた。空中で体勢を崩した副団長の華奢な体を、鎌を手放した左手で捕まえる。

 

「あっ・・・!」

 

このまま握り潰すつもりだ。HPがジワジワと減少し、副団長が苦悶の表情を浮かべた。

 

「アスナァァァ!!」

 

絶叫したミトがソードスキルで助けようとするが、位置が高い。剣が刺さったままのシュガーと、手数が増した髪の相手をしているルナは助けに入れない。

 

(──俺だ、俺しかいない!立て!助けろ!剣を持て!守れ!)

 

激情が吹き荒れ、四肢の感覚が遠ざかっていく。レーヴァ=テインを頼りに立ち上がり、見上げた先でヘイゼルの瞳とぶつかった。

 

 

 

 

『見ろ、分かるか?あの目に込められた感情が』

 

 

 

『弱い、役立たず、臆病者・・・貴様を軽蔑している目だ。また見殺しだな。愉快愉快』

 

 

違う。

 

 

『もう諦めて大人しく死ねよ。貴様が生きているのが、不愉快でしょうがない』

 

 

「・・・そうか。なら、もっと生きてやるよ」

 

俺はレーヴァ=テインを上段に構えた。岩のような重みが全身に加わり、その場から一歩も動けなくなる。

 

(俺はどうなってもいい。たとえ体が壊れようが、戦えなくなろうが、今この瞬間だけは・・・!)

 

ヘイゼルの瞳に映っていたのは、軽蔑なんかじゃない。まだ短い付き合いだが分かる。あれは、俺への信頼だ。絶対に助けてくれると、俺を必要としている瞳──

 

 

 

 

『私は、自分のためならすっごく頑張れるんだけど・・・君は違う』

 

 

狂おしいほど焦がれた声が聞こえる。

 

 

『君は、君自身じゃない誰かのために頑張れる<剣豪(ヒーロー)>なんだよ』

 

 

『君を必要としてくれる人を、助けてあげて』

 

 

そうだ。

 

 

あの約束が始まりだった。

 

 

 

 

「───ッ!うおおおおぉぉぉぉッ!!」

 

世界の色が失われていく。心臓が爆発しそうなほど脈打ち、全身に力が高速で巡っていく。

 

 

 

 

『愚か愚か愚かだなぁ。身に余るその力は、貴様を助けはするが滅びの道だ』

 

 

その通りだ。結局俺は、死んだ後も相棒に助けられている。たまたま真似事が出来たのを良いことに。その代償がこの痛みなら、俺は受け入れよう。

 

 

(せっかく忠告してくれたのに、ごめん。でも使わせてくれ。説教なら次に会った時ゆっくり聞くから)

 

 

モノクロームの世界で、俺は再び漆黒に染まったレーヴァ=テインを振るった。

 

<暗黒剣>継続強化状態・”黒ノ剣衣”

<暗黒剣>突進技・”黒龍斜陽転”

 

連続で攻撃を繋げるほど自分を強化する技と、連続ヒット技の組み合わせ。黒龍を思わせる軌跡がラバリィの左手を喰らい、副団長を解放する。

 

「サツキくん!」

 

「行け、アスナ!」

 

今度こそ動けなくなった俺は地面に叩き付けられながら叫んだ。俺の声に応え、副団長は再び高く跳躍した。

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

夜空に煌めく流星を思わせる八連撃技” スター・スプラッシュ”が、防ぐ術を失ったサッドの顔面を貫く。そのHPがゼロになるのと同時に、シュガーの両手剣がラバリィの頸を切り飛ばした。

 

「「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ──」」

 

断末魔を響かせて、二体のボスはその体を爆散させる。

 

表示された[Congratulation!]の文字が、長きに渡ったボス戦の終わりを告げていた。

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