ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
「咲月!?」
静かな病室で突然響いた不吉な音に、私は声を上げた。
音の発生源は彼に付けられた心電図、そのモニターに表示された心拍が急激に上昇している。
「咲月・・・頑張れ、頑張って・・・!」
「大丈夫、大丈夫よ」
私には、やせ細った手を握って祈るしか出来ない。プレイヤーの心拍数が上がるのは、モンスターと戦っているからだと聞いたことがある。その直後に死んでしまうことが多いことも。
次の瞬間には死んでしまうかもしれないという恐怖の中、無意味だと分かっていても私は彼の手を握り続けた。
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<サツキside>
激痛と絶望の中でも意識を失わなかったのは、右手に懐かしい温もりを感じていたからだろう。
言うことを聞かない体を無視して目だけを前に向ける。
シュガーがラバリィの猛攻を捌き、副団長とミトがサッドに攻撃を当てようとして髪に阻まれている。ルナは後方から三人に迫る髪を切り伏せていた。一人でも脱落すれば一瞬で崩れる均衡状態。
(クソッ・・・動け、動けよ・・・!)
激痛に構わず俺は立ち上がろうとした。脳細胞が焼き切れんばかりの灼熱を感じ、本能が大音量で危険信号を発する。
『貴様には無理だ、餓鬼』
脳内に響いたその声に、俺の息が止まった。
『身の程を知らない餓鬼だ・・・貴様程度にあの女の技が使える筈がないだろう。今までやっていたのは只の猿真似、あの女の足元にも及ばん』
思考が止まる。
一番聞きたくない、忘れたい、
『そこで這いつくばって見ていろ』
「・・・あ・・・ぁ・・・」
光の届かない深海のように深く、深く深く閉ざしていた記憶が蘇る。
大量の不気味な
見えない斬撃を舞うように避ける漆黒の女剣士と、血で染めたような真っ赤な着物姿の男。
斬撃を避けられているのに嗤う男の眼が、鮮明に思い浮かぶ。
『あの時と同じように』
「黙れ・・・黙れぇぇぇぇッ!!」
下卑た声を掻き消す咆哮が俺の口から迸った。全身の激痛をも上回る、烈火の如き憤怒が俺を立ち上がらせた。
とてつもなく重く感じるレーヴァ=テインをぶら提げて、俺はボスの元へ走った。その視界に突然、初めて見たシステムメッセージが表示された。
そのメッセージの答えは、俺のプレイヤーネームの横にあった。
「ッ!毒が・・・!」
時間経過で筋力が低下していくデバフ。ラバリィの一撃を受けた時に付与されていたようだ。筋力要求値を満たしていない武器は、適当に振り回すだけなら可能だがソードスキルを発動させることが出来ない。この局面で飛び込むには致命的、無謀の極みだ。
しかし俺は止まらない。
この様ではソードスキルが使えても使えなくても、たいして役に立てない。出来るのはせめて、ボスに一瞬だけでも隙を作ることだ。そうすれば、必ず誰かの攻撃が届く。
(動け!みんなを助けろ!戦え!)
『ほぅ、ここまで愚かだったとは流石に想定外だったぞ』
再びあの声が響く。
『その様で何が出来る?教えてやろう、何も出来ない。無駄死にだ』
嘲笑の声は止まない。
『貴様はここで死ぬ。そしてあの女も無駄死にとなる。最高の
「うるせぇんだよ!」
幻聴に吐き捨てて意識から排除し、俺はシュガーに振り下ろされた鎌にレーヴァ=テインを叩きつけた。
「サツキさん!」
「来るぞ!」
振るわれる鎌を不格好に受け止める。回避すればサッドを狙っている副団長とミトが危ない。
「シュガー!俺が、隙を作るから、トドメを頼む!」
「ッ!わかりました!」
俺の異常に気付いたシュガーがソードスキルの構えを取り、俺は腰のポーチから神秘的な輝きを放つ結晶を取り出した。
「ほら、お前の、大好物だろ?」
<還魂の聖晶石>を見たラバリィは、血走った目を俺に釘付けにした。振り下ろされた二本の鎌を同時にレーヴァ=テインの腹で受けるが、刀身ではなく俺の体が悲鳴を上げる。のしかかる重さに耐えられず片膝を着く。すでに半分近くまで減少したであろう筋力では、鍔迫り合いをするには圧倒的に足りない。
「はぁぁぁぁっ!」
だが十分だ。シュガーのソードスキルがラバリィの頸を捉え、そのHPを大きく減少させる。このまま喰い込んだ刀身が離れなければ、継続ダメージで削り切れる。
「今です!」
二割ほどまで回復したサッドを相手に、副団長とミトが動く。
「アスナ!行って!」
ミトの鎌が髪を両断し道を作る。副団長がサッドの顔の高さまで跳躍し、細剣を構えた。
だが次に動いたのは副団長ではなく、ラバリィだった。
「ガアアァァァッ!」
シュガーの剣が頸に刺さったまま、右手の鎌を横なぎに払って副団長の細剣を弾いた。空中で体勢を崩した副団長の華奢な体を、鎌を手放した左手で捕まえる。
「あっ・・・!」
このまま握り潰すつもりだ。HPがジワジワと減少し、副団長が苦悶の表情を浮かべた。
「アスナァァァ!!」
絶叫したミトがソードスキルで助けようとするが、位置が高い。剣が刺さったままのシュガーと、手数が増した髪の相手をしているルナは助けに入れない。
(──俺だ、俺しかいない!立て!助けろ!剣を持て!守れ!)
激情が吹き荒れ、四肢の感覚が遠ざかっていく。レーヴァ=テインを頼りに立ち上がり、見上げた先でヘイゼルの瞳とぶつかった。
『見ろ、分かるか?あの目に込められた感情が』
『弱い、役立たず、臆病者・・・貴様を軽蔑している目だ。また見殺しだな。愉快愉快』
違う。
『もう諦めて大人しく死ねよ。貴様が生きているのが、不愉快でしょうがない』
「・・・そうか。なら、もっと生きてやるよ」
俺はレーヴァ=テインを上段に構えた。岩のような重みが全身に加わり、その場から一歩も動けなくなる。
(俺はどうなってもいい。たとえ体が壊れようが、戦えなくなろうが、今この瞬間だけは・・・!)
ヘイゼルの瞳に映っていたのは、軽蔑なんかじゃない。まだ短い付き合いだが分かる。あれは、俺への信頼だ。絶対に助けてくれると、俺を必要としている瞳──
『私は、自分のためならすっごく頑張れるんだけど・・・君は違う』
狂おしいほど焦がれた声が聞こえる。
『君は、君自身じゃない誰かのために頑張れる<
『君を必要としてくれる人を、助けてあげて』
そうだ。
あの約束が始まりだった。
「───ッ!うおおおおぉぉぉぉッ!!」
世界の色が失われていく。心臓が爆発しそうなほど脈打ち、全身に力が高速で巡っていく。
『愚か愚か愚かだなぁ。身に余るその力は、貴様を助けはするが滅びの道だ』
その通りだ。結局俺は、死んだ後も相棒に助けられている。たまたま真似事が出来たのを良いことに。その代償がこの痛みなら、俺は受け入れよう。
(せっかく忠告してくれたのに、ごめん。でも使わせてくれ。説教なら次に会った時ゆっくり聞くから)
モノクロームの世界で、俺は再び漆黒に染まったレーヴァ=テインを振るった。
<暗黒剣>継続強化状態・”黒ノ剣衣”
<暗黒剣>突進技・”黒龍斜陽転”
連続で攻撃を繋げるほど自分を強化する技と、連続ヒット技の組み合わせ。黒龍を思わせる軌跡がラバリィの左手を喰らい、副団長を解放する。
「サツキくん!」
「行け、アスナ!」
今度こそ動けなくなった俺は地面に叩き付けられながら叫んだ。俺の声に応え、副団長は再び高く跳躍した。
「やぁぁぁぁぁっ!」
夜空に煌めく流星を思わせる八連撃技” スター・スプラッシュ”が、防ぐ術を失ったサッドの顔面を貫く。そのHPがゼロになるのと同時に、シュガーの両手剣がラバリィの頸を切り飛ばした。
「「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ──」」
断末魔を響かせて、二体のボスはその体を爆散させる。
表示された[Congratulation!]の文字が、長きに渡ったボス戦の終わりを告げていた。