ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<サツキside>
「ようエギル、相変わらず阿漕な商売してんな」
「おうサツキか、ここほど良心的な店を俺は知らねぇけどな」
「よく言うわ」
昼間の賑わいがピークに達している時間帯、俺は第50層主街区<アルゲード>に居を構えるエギルの店に来ていた。文字通り人波に揉まれながら到着した時に丁度よく交渉が終わったらしく、巨漢の店主はイカつい顔に笑みを浮かべて俺に向き直った。
「で、今日も買取か?」
「ああ、頼む」
俺はストレージから食材やら素材やら鉱石やらのアイテムを実体化させてエギルの前に置いた。品定めを待つ間に乱雑に商品が配列された店内を見回していると、作業片手間にエギルが口を開いた。
「なぁ、やっぱりまだ本調子ってわけじゃねぇのか?」
「うーん、だいぶ良くなったけど。副団長がまだダメだって言うからなぁ」
攻略組の俺が、この時間帯に最前線にいないのは理由がある。
67層ボス戦で無理をした代償か、あの日以来俺は戦闘能力が格段に落ちてしまった。スキルやステータスに異常はなく、ソードスキルも普通に使えるのだが、スイッチやパリィなどのシステム外のプレイヤースキルに問題があった。以前のような正確さやキレがなくなっていたのだ。SAOにやたら詳しいヒースクリフ曰く、俺の脳に負荷が掛かり過ぎた為だという。運動信号をナーヴギアが上手く拾えていない故のパフォーマンスの低下ではないかと。
これでは攻略に参加させられない、と副団長に強制休暇を命じられて早2ヶ月、俺は徐々に回復してるし攻略も滞りなく進んでいる。今は戦闘しなくていいお使い系や採取系のクエストを消化して、手に入れたアイテムをエギルに売り付けるのが日課になっていた。
「まぁ、せっかくの休暇なんだからしっかり休め。 攻略も問題ないんだろ?」
「そうだな。新しく入ったミトが大活躍してるよ」
KoBに新規加入したミトの勢いもあって、凄惨な結果を引き摺ることなく攻略は進められていた。現在の最前線は第72層、その迷宮区も八割方がマッピングされている。ボス部屋が見つかるのも時間の問題だろう。
「うっし、今回はこんなもんだろ」
表示された査定額をチラ見して確定ボタンを押すと、ズラっと並んでいたアイテムが消えて所持金が追加された。
「さんきゅー、また貯まったら来るわ」
「買い取れるモノにしろよ。前みたいに腐った肉とか得体の知れないポーションとかはやめてくれ」
「とか言って何でも買ってくれるじゃん」
「お得意様だからな」
そこでニヤリと笑う店主の視線が俺の背後に固定された。
「サー坊」
直後に聞こえた特徴的な声に振り向くと、俺のすぐ後ろにはいつの間に入って来たのか小柄なプレイヤーがいた。
「うぉっ!ビックリさせんなアルゴ」
「ニシシ、索敵スキルがなまってるんじゃないカ?」
「熟練度は下がんねぇよ。流石の隠蔽スキルだと言っておこうか」
どうにか格好つける俺を他所に、アルゴは続けた。
「サー坊、復帰はまだなんダロ?」
「まぁな、もう良い頃だと思うんだけど」
「じゃあヒマってわけダ」
「言い方に悪意があるが、そうなる」
「ンじゃおネーサンのお願い、聞いてくれるよナ?」
「どーせ面倒なクエだろ」
休暇中、アルゴに依頼されることは何回かあった。その全てが誰もやりたがらないような手間と時間のかかるクエストで、オマケに報酬が微々たるものだった。丸3日間かけて砂原フィールドを這いつくばりながら短剣を探したクエストで、依頼人NPCがぶっきらぼうに報酬の水ポーション(10コル)を投げて寄越した時に手を出しかけたのは記憶に新しい。
そんな俺の考えを見抜いたのか、肩を震わせながらアルゴは言った。
「そんな心配するなヨ。今回のはちゃんとしたクエ、しかも同行者付きダ」
「同行者?」
「そうダ。先方のクエに同行する形ダナ。安心しろ、中層の採取クエだカラ」
「俺が行かないとダメな理由でもあるのか?」
「念のために頼りになる人が欲しいって先方の要望と、目的地のフィールドが今のサー坊に丁度いい場所だカラ」
「丁度いい?」
「そう、モンスターがポップしないアスレチックエリアなンダ。崖登りから綱渡り、飛び越えにくぐり抜け、何でもありダ。体を慣らすにはもってこいダロ?」
「リハビリにはなるか・・・分かったよ、同行する」
「毎度!先方にはオレっちから伝えるから、詳細が決まったらメッセージ送るからナ」
したり顔のアルゴは、珍しいの入荷したら連絡くれヨ!とエギルに言い残して颯爽と去って行った。
「相変わらず騒がしいヤツだな」
「まぁ・・・アルゴも色々と抱えてるからな」
67層ボスの事前情報を掴めなかったことを、アルゴは今でも悔いている。同じ轍を踏まないよう、まるで自分を戒めているかのように日夜走り回っているその姿は、俺から見ても痛々しいものだ。彼女に頼っていたものの大きさを、俺を始め攻略組は改めて実感している。一見無駄と思えるクエストも一つも漏らすことなく調べているのも、この世界に”絶対”がないことを知ってしまったからだろう。だから俺も文句を言いつつ手伝うのを断ったりはしない。
「んじゃ行くわ。土産があったら持って来てやるよ」
「期待しないで待っとくぜ」
エギルに別れを告げ、再び人混みに揉まれながら俺は街中を散策して時間を潰した。
アルゴから連絡が来たのは2日後、第72層ボス部屋が発見されたのとほぼ同じ時間だった。
「──って、お前らかい」
「なによ、文句でもあるわけ?」
「お久しぶりです!」
集合場所の第30層主街区<ルアン>へ時間ピッタリに行くと、そこには見知った2人がいた。
一人は見慣れた鍛冶屋の服装ではなく、メイス使いの装備を身に付けたリズベット。そしてもう一人は、右肩に小さなドラゴンを乗せた数少ないビーストテイマー・シリカだ。
「リズって戦えるの?」
「鍛冶屋のハンマーにも筋力値が必要だから、レベルは上げてるわよ」
「へぇ、知らなかった」
「まぁ、アンタみたいにバカ重い剣を振るわけじゃないからそんなにだけどね。てか、休暇中だからって最近全然店に来ないじゃないの。使わなくてもメンテはしなさいよね」
「おいおい、そんなに経営不振か?」
「次からアンタだけ料金倍ね」
「申し訳ございませんでした」
冗談めかしたやり取りの後、俺はシリカの変化に気が付いた。
「お?だいぶ強くなったみたいだな、シリカ」
「わ、わかりますか?」
「装備が新調されてるし、雰囲気?が逞しくなってるよ」
「そうなんです!リズさんに作ってもらったんですよ」
なかなかの性能と判る防具を嬉しそうに見せていたシリカは、何かを思い出したかのように姿勢を正した。
「サツキさん。せっかくのお休みだったのに来てくれてありがとうございます」
「いやいや全然、むしろヒマしてたから逆にありがたいよ」
「なら今度、素材集め手伝ってもらおっかなー」
「まぁもうすぐ復帰するから忙しくなるけど」
ギロりと向けられた視線を無視して俺は続きを促した。
「それで、採取クエって聞いてるけど何を取りに行くんだ?」
「それなんですけど、よく分からないんです」
「え?」
「場所だけ指定されて、そこにあるモノを取って来いって言われただけなのよ。まだ誰もクリアしたことがないみたいで、そのモノが何かは不明」
「へぇ、中層クエで未クリアってことは最近追加されたのかもな」
少しだけ警戒心が上がりつつも、久しぶりの初見クエストに期待が高まった。
「採取クエならあたしだけでも大丈夫かなって思ったけど、どうもきな臭くてね」
「なるほど、それでアルゴに依頼してたのか」
「でもサツキさんがいれば心配ないですね!」
「これでも攻略組だからな。大船に乗ったつもりでいろよ」
「はいはい頼みますよー!剣豪さん」
「それ恥ずかしいから止めて」
持ち物の最終確認を終え、俺たちは街の外に向かい始めた。そこでふと気になったことを口にする。
「そう言えばダンジョンって何処のだ?」
「最北端にある《陽彩の塔》って所よ」
「すっごく高い塔ですね!あ、ここからも見えますよ」
シリカが指差す先に薄らと聳え立つシルエット。それを見た時、俺のある記憶が呼び起こされた。
「あー、あそこか。なるほど・・・うん」
「何よ?」
「どうかしました?」
歯切れの悪い俺に2人が怪訝そうな顔をする。俺は一瞬考えて決断した。
「よし、ちょっと買い物してから行こう。まずは極太のロープだ」
ぽかんとした2人を引き連れて俺は店を回った。
『おいいいぃぃぃぃ!なんてとこ通ってんだぁぁぁぁ!』
『あはははっ!ほら、そこ崩れるよ!』
『危ねぇぇぇぇっ!?』
『ほらほら、横から来てるよサーくん!』
『うおおぉっ!』
俺の記憶が正しければ、あのダンジョンは一筋縄ではいかない。
原作キャラとのオリジナル回です。