ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<サツキside>
「ほら、もう少しだ。頑張れ二人とも」
延々と続く螺旋階段を上りながら、俺は少し後ろをぐったりとした様子で付いてくる二人に声を掛けた。
「アンタね、こんなクソ長いの、初めてよ・・・」
リズが悪態をつくのも無理はない。
壁登りを終えてからと言うもの、片足程度の幅の道を通ったり、天井から垂れたツタでターザンしたり、回転する床を走って進んだりと数々の種目をクリアしてきたのだ。いよいよ疲労が限界に来たこの時に、何の変哲もない階段をただひたすらに上がるのは、もはや苦行と言える。
「あと、どれくらいなんですか?」
「んー、1000段くらい?」
「多過ぎでしょ・・・」
「まぁまぁ、これが本当に最後だから。ゴールは目の前だぞ」
余裕ぶる俺だが、実際かなりキツい。だが休業中とは言え、攻略組として二人に弱音を零すわけにもいかない。強靭な精神力とミジンコほどのプライドで俺は足を動かし続けた。
「おい見ろ!ゴールだ!頂上に着いたぞぉぉぉ!」
目先に外の光を見つけて、俺は疲労も忘れて階段を駆け上がった。
「何でアンタがそんなハイテンションなのよ!」
「行きましょう!リズさん!」
二人も嬉しそうに声を上げて駆け上がる。
一番に到着した俺を出迎えたのは、枯れた老齢の樹。そして真っ赤に染まった夕日と一面に広がる雄大な景色だった。苦労して登って来ただけあって、30層のフィールドを一望できる。ここほどの特等席はないだろう。
「うわぁ・・・」
「綺麗ですね・・・」
二人もこの景色に圧倒されていた。
クリアタイムは約5時間。疲れを癒すように、俺たちはしばらく無言で景色に魅入った。
『スゴい!やっぱり登って来て良かったね』
『まぁ確かに。死ぬまでに一度は見ておきたい景色ではあるな』
『でしょー?なんか、世界に私たちだけしか居ないみたいでロマンチックじゃない?こーゆー場所で告白したら絶対成功すると思うんだぁ』
『登って来るまでに破局しなければな』
『てことは、私とサーくんは大丈夫ってことだね!・・・告白、する?』
『・・・しねぇよバカ』
あの時と同じ景色が、相棒との日々を追憶する。
懐かしさを感じていると、風の音に混じってグゥ〜という大きめの音が聞こえてきた。音の方を見ると、シリカが顔を真っ赤にしてお腹に手を当てている。
「・・・お腹空いちゃいました」
「そんじゃ、とりあえず飯にするか」
「そうね、気が抜けたらお腹空いたわ」
夕日に照らされながら、俺たちは飯の準備に取り掛かった。
♦️
<アスナside>
「・・・攻略は、どこまで進んだんですか?」
数ヶ月ぶりに聞いたその声に、以前のような元気はない。
しかし、確かな意思の込められた彼女の声にアスナは喜び、安堵した。
「ノノちゃん・・・」
抜け殻のように横たわっていたノノは、自ら起き上がりアスナたちを見つめていた。
「ノノちゃん、もう大丈夫なの?」
「・・・うん、心配かけてごめんなさい。もう、大丈夫だから」
震えた声で問いかけたシュガーは、心底安心した様子で息を吐いた。アスナもまた、ノノの快復にほっと息を吐く。
普段の調子で話し始めたシュガーを見つめるノノだが、その瞳に翳りがあるのがアスナは気になっていた。
♦️
<サツキside>
コトコトと蓋を揺らして音を立てる小鍋を見て、頃合いだと判断した俺は掛けていた火を消した。蓋を開けると香ばしい匂いが広がり、空腹を刺激する。
「へぇ、意外としっかりしてるじゃない」
「料理スキルがゼロでも食材が良ければ美味いもんだ。最後に仕上げのコイツ・・・驚くことなかれ、世にも珍しいS級食材だ」
「「おおー!」」
アルゴのお使いクエで入手したS級チーズを贅沢に振りかける。即席のなんちゃってチーズ料理の完成だ。
「う〜ん中々の出来映え・・・<SAグラタン>とでも名付けるか」
「SAって何ですか?」
「A級とS級の食材しか入ってないから」
「センスの欠片もないわね」
「美味ければ何でも良いだろ」
均等に取り分けて一口頬張ると、やはりレア物を使ってるだけあってかなり美味い。夢中で食べ進め、3人ほぼ同時に完食した。
陽が沈み、すっかり辺りが暗闇に包まれた中で上を見上げると、見事なまでの星空が広がっている。食後の満腹感に浸りながら地面に寝っ転がり、自然のプラネタリウムを満喫していると、リズとシリカも同じように夜空を見上げた。
「・・・綺麗ね」
「こんな星空、今まで見たことないです・・・」
「苦労して登ったからな・・・これくらいの贅沢をしても、バチは当たらないだろ」
しばらく沈黙して、風の音をBGMに絶景を魅入る。
柔らかいベットでもないのにウトウトし始めた時、シリカが思い出したように言った。
「・・・ところで、クエストのアイテムって結局なんなんでしょう?」
「頂上にあるって言ってたけど、特に何もないわよね・・・」
「ん〜クエ受けてるから何かしらの変化があると思ったんだけどなぁ。そこの樹が咲いてるとか・・・違ったなら、明日下りながら虱潰しに探すしかないな」
「そうね・・・今日はとりあえず休みましょ」
「そうですね・・・」
「だな」
耐寒性抜群かつ隠蔽ボーナスも付く攻略組御用達の寝袋を広げ、星空の下で俺たちは眠りにつくことにした。寝袋の性能のおかげで寒さは感じない。
現実世界と同じ星座はあるのかと目を凝らしていると、リズが口を開いた。
「ねぇ、サツキ」
「んー?」
「前に来た時って一人だったの?」
「いや、相棒とだよ」
「相棒さんがいたんですか?」
「そういえば話してなかったな」
「聞かせなさいよ・・・どんな人だったの?」
俺は視線を星空に向けたまま少し考え、話し始めた。
「・・・とんでもなく強かったよ。断言する、今の攻略組にも勝てるヤツは居ない」
「そんなに、ですか?」
「ああ。特殊な状況を除けば、普通の戦闘で相棒がHPを減らしたことは無かった。バカげてるよな。死んだら終わりっていうのに何時もはしゃいでて、ふざけてて、マイペースで・・・生き生きとしてた。散々振り回されたけど、楽しかったよ」
「・・・でも、攻略組にはならなかったんだ」
「ああ。強かったけど・・・それ以上に臆病だった。誰かのためには戦えない、その勇気がない、そう言ってたよ。もし相棒にその勇気があったら、今より攻略は確実に進んでいた。でも責める気はない、俺もそうだったから」
「サツキさんも?」
「俺なんて何の予備知識もなくログインしたんだぜ?たまたま相棒と出会ったから良かったけど、それでも自分が強くなるのに必死で、誰かのために戦うなんて考えはなかったよ」
「じゃあ、何で攻略組になったのかしら?」
「それは──」
広がる星空が、あの頃を懐古させる。
流れ星を見ようと、連れて行かれたモンスターの湧かない丘で寝転がった夜。不意に相棒が言った言葉。
『君は、私みたいにならないでね』
『・・・なんだよ急に』
『君は強くなる。たくさんの人が、君を必要とする日が必ず来る。その時は、逃げちゃダメだよ?』
『どっかの最強剣士さんが隣に居る限り、約束は出来んな』
『ダメ、約束して。私が死んだら、君を必要としてくれる人のために戦うって』
『それなら大丈夫だな。もし相棒が死ぬ時が来るのなら、俺の方が先に死んでる』
『・・・バカ。ちゃんと聞いてよ』
「──約束、したからな。俺を必要としてくれる人のために戦うって」
あの時の相棒の声は、普段からは想像できないくらい弱々しいものだった。今思えば、あれは冗談でもなく本気だったのだろう。
相棒は死の予感、いや、死ぬ覚悟があったのだと思う。その理由が何かは分からないが。
「・・・そうだったのね。そしてまさに今、言われた通りにアンタは大勢に必要とされてる。アスナたち攻略組のみんな、あたしやシリカのようなゲームクリアを待つみんなに」
「・・・そうだな。正直、俺には大き過ぎる期待だけど」
「何言ってんのよ。十分頑張ってるわ」
「そうですよ!でも、無理はダメですからね?」
「ああ、ありがとう」
背負っているものの大きさを改めて感じながら、俺は静かに目を閉じた。