ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<アスナside>
「「スイッチ!」」
完璧に合った掛け声とともにシュガーと入れ替わったサツキが、骸骨剣士の前に飛び込んだ。そのままガラ空きの胴体に連続技を見舞う。
当たり判定がシビアな相手だが、難なくクリティカルヒットを連発させ残っていたHPを余さず消し飛ばした。戦闘終了の音とハイタッチの音が重なる。
「すっかり本調子ですね!それどころか以前よりも良かったと思いますよ」
「だろ?やっぱり休暇ってのは大事なんだよ。今度みんなでバカンス行こうぜ」
「あら良いじゃない。旅費はもちろん出してくれるのよね?」
「そこはダイゼン氏に頼むから問題ない」
「経費をアテにするんじゃありません」
74層迷宮区を進みながらアスナたちは雑談に花を咲かせた。
サツキが攻略組に復帰してから三日、アスナは改めてその存在の大きさを感じていた。その強さによる戦闘の安定さはもちろん、他愛のない会話が最前線の緊張を程よく解かしている。未だに一部のメンバーから畏怖されているミトとも、いつの間にか仲良くなっていた。
「もう八割方マッピングは終わったか?」
「そうですね。今週中にはボス部屋を見つけられそうです」
「今のところボスに関する情報はないみたい。部屋を見つけてからじゃないと出ないのかもしれないけどね」
「ま、何にせよもうすぐボス戦ってことだ・・・ノノは参加させるのか?」
自然と聞かれてアスナは即答できなかったが、サツキの言いたいことを瞬時に理解して口を開いた。
「まだ本調子って訳でもないし、レベルも追い付いていないから参加させるのは気が引けるけど・・・」
「次がクウォーターだからなぁ・・・難しいところだ」
本来ならば復帰直後のノノをボス戦に参加させるのは避けるのが定石だ。期間が空いた分、以前のように戻るまでは時間が掛かってもリハビリをさせていただろうが、今回はタイミングが悪い。
過去に同じく、攻略組に甚大な被害を出すであろう
副団長として自分が決断しなければいけないと思い詰めていたアスナだったが、サツキの様子からしてバレバレだったのだろう。いきなり迷宮区に行こうと誘い、この四人しかいない今になってこの話を持ち出したのは、アスナ一人に抱え込ませないためか。
「・・・みんなは、どうしたら良いと思う?」
意を決してアスナが聞くと、サツキの表情が一瞬だけ和らいだように見えた。しかし直ぐにいつもの調子で言う。
「ノノ本人に任せるのがベストだろうよ。参加したいってなら参加させれば良いし、逆も然り。本人に戦う意思がなければ勝てないし、強要するものでもないしな」
「わぁ!スゴいですよサツキさん、ヒースクリフ団長と同じこと言ってます!」
「マジかよ・・・ってかアイツと話したのか」
「はい!少しだけですけど」
「ノノなら参加するって言ってたわよ。クウォーター前には完全復活するって張り切ってたし」
「それじゃあレベリングに付き合わないとな。装備は更新しなくても通用するだろうから──」
さも当然のように話し始めた三人にアスナは面食らった。誰かに相談はおろかそういう素振りも見せていなかったはずが、この三人には筒抜けだったのだろう。
「言ったはずだよアスナ、私が支えるって。そう思ってるのはあの二人も同じだよ」
「・・・うん、ありがとう」
前を歩く男二人の背中と隣を歩くミトに頼もしさを感じつつ、アスナは迷宮区を進み続けた。
♦️
<ノノside>
握った刀の感覚を確かめながら、私は体に染み付いた<抜刀術>の基本技・”堕月”を空打ちした。縦一線に軌跡が刻まれ、一瞬の間をおいて風を斬る音が鳴る。
全盛期よりも速度が落ちているのを改めて感じつつ脱力して顔を上げ、私は75層の底をぼんやりと見つめた。
あの日、チグネさんが死んだと知った日によく似た夕焼けだ。彼女の笑顔が声が匂いが温もりが、たまらなく愛おしい。でも二度と会うことの出来ない現実がのしかかる。
「戻りました!」
元気な声に視線を向けると、笑顔を輝かせたシュガーが駆け寄ってきた。その後ろからアスナさんとミトさん、サツキが続く。
「みんな!お疲れ様」
以前のような明るい無邪気な
「聞いてください!なんとボス部屋を見つけてきました!」
「本当に?スゴいじゃん!」
「俺の驚異的な勘のおかげだな」
「いっつも外すくせに、今日は調子良かったわね」
「さっそく偵察に行ってもらうから準備しててね」
「ちょっと待て、まさか明日じゃないよな?貴重なオフ日だぞ?」
「明日よ」
「明日に決まってるじゃない」
「明日ですよ!」
「なん・・・だと・・・」
がくりと項垂れるサツキを他所に、アスナさんが口を開いた。
「ノノちゃん」
「心配しないでアスナさん、私も戦える・・・マップ見せて」
ヘイゼルの瞳を見つめて私が答えると、シュガーは大きく頷いて右手を動かし始めた。アスナさんとミトさんも安堵した様子だ。
ただ一人。
「・・・」
黙ったままのサツキの視線に気付かないふりをして、私はシュガーから渡された迷宮区マップに目を通した。
予想より早いが、準備は整った。
夜の帳に包まれた静寂の中、私は音を立てずにベットから起き上がった。隊服に着替えて愛刀を提げ部屋を出る。念の為に索敵スキルを発動させ、鉢合わせる人がいないことを確認しながら私は本部を後にした。
凍りついた心では、頬を撫でる風の冷たさは感じなかった。
♦️
<サツキside>
フレンドメッセージの受信を知らせる音で俺は目覚めた。
重たい瞼を上げて外を見ると、まだ夜の帳が下りている。寝ていたのはせいぜい2時間程度だろう。いつもなら寝直すところだが、妙な胸騒ぎを感じて右手を動かしメッセージを確認する。送り主はシュガーだ。
[ノノちゃんがいなくなりました]
その一文だけを読んで、俺はすぐにギルド本部へと向かった。
「サツキさん!」
本部に入るや否やシュガーが駆け寄って来る。副団長とミト、他の団員たちの姿もあり、みな深刻な顔をしていた。
「ノノちゃんが、なんで、どうして・・・!」
「落ち着け・・・状況は?」
珍しく取り乱しているシュガーを落ち着かせて説明を促す。
「・・・眠れなくて、夜風に当たろうと廊下を歩いていたらノノちゃんの部屋のドアが開いていたんです。まだ起きてるのかなと思って中を見たら、誰もいなくて、机にこれが・・・」
震える手で差し出された紙を受け取る。二つ折りのそれを開くと、短くこう書かれてあった。
──ありがとう、ごめん
幼さが残るその字から、俺は確かな覚悟と決意を感じた。
「ノノ、やっぱりお前──」
死ぬつもりだ。
口にはしなかった。だが、誰もが気付いている。
「ど、どうして?あんなに元気だったじゃない!」
「今は理由よりも探し出して止めるとこが先だわ!」
「どこを探すって言うの?」
「考えてたって分からねぇよ!動くしか──」
「もしかしたら、もう」
「やめろ!」
怒号にも近い声が交錯する中、俺は黙って思考を加速させた。
死を望んでいたのなら、なぜすぐに実行しなかった?
なぜ復帰の意思を見せた?
なぜこのタイミングで?
彼女の様子がおかしいのは分かっていた。
以前と同じように
レベルに差がついたとは言え攻略組、しかもユニークスキル持ちが死ぬことは逆に難しい。無防備に雑魚の攻撃を受け続けても
「──ッ!」
そう、最前線ならば俺たちでも死ぬことは有り得る。それが
「・・・そういうことか」
呟きは限りなく小さかったはずだが、声は止み、全員の視線が俺に集中した。
「サツキくん、何か心当たりがあるの?」
「ああ」
なぜすぐに実行しなかったか?する前に機会を失っていたから。
なぜ復帰の意思を見せたのか?最前線のマップを手に入れるためだったから。
なぜ今このタイミングなのか?全ての条件が整ったから。
「・・・ノノは独りでボスと戦うつもりだ。そして・・・死ぬ気だ」