ソードアート・オンライン ── 血盟の剣豪 ── 作:Syncable
<サツキside>
「急ぎましょう!こっちです!」
先頭を走るシュガーを俺と副団長、ミトが追従する。数時間前に踏破したばかりの迷宮区を迷いなしに突き進めるのは、明日に予定されていた偵察のために暗記していたからだろう。
他の団員たちにレイドの緊急招集を頼み、俺たち四人は先遣隊としてボス部屋に向かっていた。逆算して、すでにかなり奥に進んでいると思われるノノにまだ追い付いていない。
(・・・お前は、本当にバカだよ)
群がる雑魚を無視して走る中、俺はノノに毒づいた。
大切な人を喪う悲しみと苦しみは、痛いほど分かる。
その果てに、死という道を選ぶのを咎めることは出来ない。
「ノノちゃん、無事でいて・・・!」
ミトの悲痛な声とともに、俺たちは走る速度をさらに上げた。
♦️
<ノノside>
可能な限り戦闘を避け、表示されたマップを頼りに薄暗い迷宮を独りで進む。すでにボス部屋がある最上階まで来たので、見つけるのは時間の問題だろう。
『私はチグネっていうの!よろしくね』
『作ってみたんだ、味見してみて!』
『ほんっと、あの二人ったらさぁ・・・』
『ね!今度みんなでどこかに行かない?』
『私ね、攻略組になりたいの』
過去のフラッシュバックが止まらない。
もう取り戻せないのなら、色褪せてしまう前に永遠のものにしよう。
「・・・見つけた」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「ああああぁっ!」
聞こえてきた恐怖の声と予想外の地獄絵図に、私は足を止めた。
部屋の中央付近には、二十人程度のパーティーが散り散りになっている。そして、連携など取れていない彼らに大剣を軽々と振るう巨体。間違えようがない、七十四層ボスだ。
圧倒的な力の差、蹂躙されるパーティーを見て私は気付いた。
攻略組から姿を消して随分経つ《軍》だ。二十五層ボス戦で甚大な被害を出し、治安維持を名目にはじまりの街を占拠しているはずの彼らが、なぜか今ボスに挑んでいる。
理由は知らないし、興味もない。だけど──
「ゴアアアアアッ!」
「───」
足元で動けなくなった一人に振り下ろされた大剣、その前に身を躍らせた私は基本技”堕月”を放った。金属音が響き渡って大剣が弾き返り、仰け反ったボスは私に明確な殺意を向けてくる。納刀して構え直した私は、視線をボスに向けたまま苛立ちの声を出した。
「邪魔、さっさと消えて」
「あ、アンタは──」
最後まで聞くことなく私は右手を閃かせた。
<抜刀術>四連撃技”白銀”
ボスが大剣を振り上げた時には、すでに四つの剣痕が腹に刻まれた。そのままボスの側方に走り軍からタゲを外す。横なぎに払われた大剣を屈んで躱し、低い姿勢から二連撃技”夕霧”を脚に見舞う。
ボスの攻撃を捌いて反撃を繰り返す最中、視界の端に安堵と混乱した様子の軍を見て私は再び声を荒らげた。
「死にたくないでしょ!?早く逃げて!」
「何を言うか!我々に撤退など有り得ない!さっさと立たんか貴様ら!」
リーダーと思しき男の怒号で何人かがノロノロと立ち上がる。私は舌打ちして意識から軍を排除し、ボスにのみ集中する。
私より一回りも大きい大剣を振るう動作は、微妙なカスタムが施され完璧に捌くことが出来ない。直撃は免れるが、時折刀身が体を掠めてHPをじわりと減らしていく。
このままではジリ貧。
死に場所を決めてここに来たけど、こんな終わり方は納得できない。
全力を出せ。
悔いを残さないよう、絶望と恐怖と怒りと悲しみと後悔を燃やし尽くせ。この世界で生きた証を残せ。
「ッ!あああああぁぁぁぁ!」
咆哮を迸らせ、私は刀を抜き去った。
♦️
<サツキside>
『サーくん。人が一番力を発揮できるのは、どんな状況だと思う?』
『そりゃあ、死にそうな時じゃないか?火事場の馬鹿力とか、走馬灯とか言うだろ』
『そうだね。サーくんも経験あるんじゃない?前に引っ掛かった孤立トラップとか』
『確かに、あの時は馬鹿力だったな。途中から記憶飛んだし』
『うん、それがこの世界では一番大切なの。死を目前にした恐怖と絶望に勝った時の力は計り知れない。でも、それと同じくらい強くて、全く逆の力もあるの』
『なんだよ?』
『死を恐れない人の”心意”だよ』
『死を恐れない、ね。じゃあ相棒の強さの秘訣もそれか?』
『少し違うかな。私は強いから、負けて死んじゃうかもって場面がないだけ。死を恐れない人は、自分が死ぬことになっても何かを成そうとする人のことだよ』
『つまり、命よりも大事なもののために戦う人ってことか』
『うん。他人から見たら理解できないことでも、本人からしたらとても大事なもの・・・サーくん、もしそんな人に出会ったら、助けてあげて』
「・・・とんだお願いをされたもんだ」
迷宮区を駆け抜ける最中、俺は相棒の言葉を思い出していた。
元は”外部からの救出待ち組”だったノノが、復讐のためとは言え攻略組にまで上り詰める理由となったチグネさん。彼女と会ったことはないが、真っ直ぐで純粋かつ強い信念の持ち主であったことは感応現象で見た記憶から窺える。そんな彼女に少しでも認められる死に方として、ノノは単独でボスに挑むことを選んだのだろう。
「見えました!」
現れた重厚な扉に向けて俺たちは更にスピードを上げた。扉が開いていることから、すでに戦闘が始まっていることが分かる。
「うわぁぁぁっ!」
勢いそのままに飛び込もうとした瞬間、響いた絶叫と悲鳴に俺たちは急制動をかけた。
「大丈夫か!?」
扉から中を覗き込み叫んだ俺の目には、地獄絵図が広がっていた。
同じ格好をした十数人が無様に転がり、HPは半分近くまで減っている。その奥では山羊の頭の巨体が身の丈もある大剣を軽々と振りかざしていた。
そして、その巨体の目の前で座り込む見慣れた赤と白の騎士服。
満身創痍なノノのHPは、真っ赤に染まっていた。
「ノノちゃん!」
悲鳴じみた声とともにシュガーが走り出す。
「行くぞ!」
俺たちも続き、ボス部屋に身を躍らせた。
♦️
<ノノside>
終わりが見えないと思われたボスとのタイマンも、私の敗北の色が濃厚になってきた。
ボスの圧倒的な攻撃力とHPに対し、一人のプレイヤーに過ぎない私はあまりに無力だ。ここまで生き延びていることすら奇跡と言える。火事場の馬鹿力とでも言うべき最高潮の集中力と、授かった<抜刀術>が無ければこうはならなかった。
(・・・ほんと凄いなぁ、アイツ)
同じくユニークスキルを授かり、単身でもボスと渡り合ってきたサツキの強さを改めて実感した。何かと馬が合わないことが多かったけど、その強さを疑ったことはない。どんな強敵が現れようとも、彼がいれば負けることはないと思える。
「グオオオオオッッ!」
「ッ!」
咆哮とともに初めて見るモーションに反応が遅れ、私は横腹に大剣の直撃をもらった。世界が回っているような錯覚とともに、叩きつけるように何度も転がった。
視界の端に赤く染まったHPバーを見て、私は冷たい床から立ち上がるのを止めた。顔を上げて、掲げられた大剣と勝ちを確信したボスの顔を見据える。
──ああ、ようやく終わりか。
求め続けてきた瞬間に、やはり恐怖よりも安堵した。これで苦しみから解放される。
次に見るのはあの人だと信じて、私は目を閉じた。
『はじめまして!これからよろしくお願いします!』
──違う。
『流石ですね!勉強になります!』
──なんで
『もっともっと強くなって、皆さんを守れるようになります!』
死の直前に見たのは、いつも真っ直ぐで純粋な赤い目を向けてくるシュガーだった。まさに今、目の前にいるかのように姿と声が鮮明に思い浮かぶ。
思い返せばずっと一緒だった。チグネさんに出会う前までは孤独で、死んでしまってから再び孤独に戻り、KoBに入ってから友人と呼べる関係は確かに多くなった。その中でも共にした時間はシュガーが一番長い。攻略でもレベリングでも休日でも。しかし不思議と嫌ではなかった。
──ああ、今になって気付くのか
私の中で彼の存在が大きくなっていたことを自覚した。彼が周りに与える影響を一番に受けていて、それでいて気付いていなかったことに笑ってしまう。
せめて死ぬ前に気付けて良かったと思いながら、私は最期の瞬間を待った。だから──
「ノノちゃん!」
その声を幻聴だと疑わなかった。
聞こえるはずない、いるはずがないと、私はさらに強く目を閉じた。だけど目の前で金属音が大音量で響き、何かの熱を感じたことで私は目を開けた。
「間に、合いましたよ、ノノちゃん・・・!」
顔が触れそうなほど至近距離から真っ赤な瞳で私を見つめるシュガーは、振り下ろされた大剣を背中に回した愛剣で受け止めていた。
「「「はあああぁぁっ!」」」
完璧に合った3つの声とともに、ボスの背中に鮮やかなエフェクトが煌めいた。苛立ちの声を上げながら大剣を振り回したボスが大きく跳躍して私たちから距離を取る。その間に入るようにして現れた3人の後ろ姿に、私はどうしても絶対的な信頼と安心感を感じてしまう。
「ノノちゃん!良かった・・・」
「危ないところだったわね」
「よぉ大バカ野郎、邪魔したな」
「なんで・・・」
私の呟きに答える前に、サツキは鋭さの増した青い瞳をボスに向け、二本目の愛剣を抜き去った。
「お互い言いたいことは山ほどあるだろうが、まずは片付けてからだな」
その言葉に同意するように放たれたボスの咆哮が、第2ラウンド開始の合図となった。