けものフレンズRicochet - りこしぇ -   作:きふた

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'19/12/21 加筆


Chapter1-2

「…………こんにちは」

 自分でもわかるくらい、気の抜けた声が出た。ああ、ひとだ――奮い立った心が一気に解きほぐされていく気がした。

 若い女の子、幼いとまでは言えないけれど、物陰からこちらを窺うしぐさは少し頼りなくて、それだけに何の寄る辺もないあたしとしては親近感が湧いた。

「ええと、『ボス』ってどの子?」

 あの子から見えているのがあたし達、つまり今さっき仮称の決定したっぽい「トモエ」ことあたしと、灰色わんこの「ひいらぎ」、いわゆる動物とは違うカンジのめんこい短足タマゴ「ラッキービースト」の三者であるなら、あの子はこの中のだれかを知っているということだ。返答を期待したのも束の間、女の子は「あっ」という表情を浮かべて、あたしの真上を風が通り抜けていった。

「あら、あなた――」

 もう一つ別の声を聞き取った時には、被っていた帽子が音もなくさらわれていた。吠え立てるひいちゃんを宥めながら慌てて見回すと、手の届きそうな距離に物憂げな表情を浮かべた美女がふわりと降り立つところだった。手には薄青色のワークキャップを弄んで、こちらに向ける視線はどこか超然としている。一人目の子とはちがう、気圧されるような存在感。黒くなびく長い髪が、その頭上に頂く一対の翼が、鈍色の風景に濃く刻まれて目が離せない。

「新しく生まれた子?」

 本当に興味があるのか疑わしいほど淡白な口ぶりだ。

 言葉はわかる、それは願ってもないことだった。ただ、さっきのラッキービーストといい、あたしの中の情報不足のせいで話についていけない。

「うまれ……、どういう意味……?」

「ランカ、その手癖の悪いのは直さなきゃって言ったでしょ!」

 第一女の子が駆け寄ってきた。第二女の子の今しがたの所業を咎めているようで、価値観の一致にほっとする。好きになっちゃう。

 灰色がかった赤褐色の髪色に、三角形の耳介が一対。でも髪の間からはあたしのと同じような耳も覗いていて、都合、耳が二対。気になるといえば気になるけれど、まるい目が可愛らしくてどうでもよくなる。腰からはひいちゃんの尻尾に勝るとも劣らないふさふさが伸びていて、色味は髪色と同じようだった。

「ほら、返しなって」

「見せてもらっただけよ」

「急に取られたらいい気はしないでしょ」

「ぼんやりしてるほうがいけないの、地元では――」

「はいはい『みんなライバル』!」

 ずいぶんと気心の知れた仲みたいだった。返してもらった帽子を被りなおして、落ち着かない様子のひいちゃんを撫でていると、第一女の子が向き直った。

「ペギーよ、クルペオギツネ」

「トモエ、です。こっちはひいらぎ」

「けものの子……、久しぶりに見たわ」

 ペギーと名乗った彼女がひいちゃんに向ける視線はどこか浮かない様子で、少し胸がざわつく。

「久しぶり?」

「大抵の子はフレンズだもん、けものってことはセルリアンに襲われたとか、サンドスターが……」

 目眩がしてくる。ここで目を覚ましたあたしが、だいぶいろいろな常識を忘れているらしいことがいよいよはっきりしてきた。

「あたし、ここのことよくわからなくて」

「そうなの?」

「わかることだけでも、教えてもらえたら嬉しいんだけど」

「なんだ、それくらい」

 ペギーの浮かべてくれた笑顔が輝いて見える。好きになっちゃう……。

「ありがとう……。ところで、その」

 ちらりとペギーの背後を見やる。彼女はあたしの視線の意図を察すると、呆れ混じりに小さなため息をついた。

「まぁ、ヘンな子だけど、仲良くしてくれると嬉しいかな。悪気はないのよ、たぶん」

 そう言うのならそうなのだろう、すっかりペギーの人となりを信用したあたしは、今にもふらりと飛んでいきそうな、ランカと呼ばれていたもう一人に歩み寄った。

「あの、帽子だったらいつでも見てもらっていいので」

 ランカはすこし意外そうな表情を浮かべてから、微かに笑った。

「でも、ぼんやりしていてはだめよ」

 また掠め取るつもりかな。底の知れない瞳が、いたずらっぽく光った。

 

 

   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―

 

 

 食糧問題は拍子抜けするほどあっさりと解決してしまった。希望のジャパリまんはラッキービーストが定期的に各地へ配達しているらしく、海岸付近から木立を抜けて散策ロードへ向かう途中、別のラッキービーストがいくつものジャパリまんを籠に入れて担いでいるのを目にしたトモエは、へたり込んで泣き出した。

「よ゛か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」

 ひいらぎがおとなしく抱きしめられている間に、ペギーは配給ボスに挨拶をしてジャパリまんを三つ持ってきた。

「ほら、トモエ。好きな味えらんでいいから」

「ありがと……ぐすっ、あたし一つ持ってる……」

 トモエがショルダーバッグを開いて、最後のジャパリまんが入った紙袋を取り出す。

「これと同じやつ……」

「アンコ味じゃない?」

「じゃあこれ、ひいちゃん食べな」

 ペギーの手から白いジャパリまんを受け取ると、トモエはひいらぎの前に差し出した。居住まいを正したひいらぎは、トモエの顔をじっと見つめる。

「いいよっ」

 合図を聞いて、黙々とジャパリまんを食べ始めたひいらぎを目にして、ペギーとランカは顔を見合わせた。

「それはそういう決まりなの?」

「んー……、最初にあげた時、さっきみたいにじっとしちゃって。だれかに教えられたのかな、勝手に食べないように」

「傲慢だわ、他者の食欲を抑え込もうだなんて」

「あなたたち、出会う前はどうだったの?」

 手近な倒木に腰かけて食事休憩をとる傍ら、トモエは内容の少ない経緯を話した。

 目を覚ました建物の中で孤独な一夜を明かしたこと、恐る恐る外へ出て、付近をうろついていたひいらぎに出会えたこと、一日かけて周辺を探索したものの、近くの海岸で寂れた停泊場しか見つからなかったこと、そこから意を決して海岸沿いを歩いてきたこと――。

「そしたらラッキービーストちゃんに話しかけられて……」

「そうよ、それよ!」

 薄緑色のマッチャ味を食べていたペギーが声を上げた。

「ボスが喋ってるの初めて聞いたわ、フレンズとは全然話さないのに」

「馴れ合いを嫌っているものと思っていたけど」

 薄桃色のウメ味を啄ばんでいたランカも興味を示したようだった。

「その、『フレンズ』はボスって呼んでるの?」

 重要なキーワードらしき「フレンズ」とやらを未だにフワッと捉えているトモエが確認する。

「そうね、私の知ってる子はみんなそう呼んでる」

「名前を知る機会なんて無かったもの」

「ラッキービーストちゃん?」

 ペギーが足元で佇んでいる相手に声をかける。二人のフレンズが乱入してからというもの、すっかり黙りこくっているラッキービーストは、それでも会話をまるで聞いていないわけではないようだった。しばしば話者に顔を向けるそぶりを見せているし、今もペギーと目を合わせている――ように見える。

「これ、食べる?」

 半分ほど食べかけのジャパリまんをペギーが差し出す。ラッキービーストは不思議そうに顔を傾げて、やはり何も言わない。

「運んでる割には、ボスが何か食べてるところ見たことないんだよね」

「一週間くらい追いかけたこともあったけど、食事の現場は押さえられなかったわ」

「あんたそんなことしてたの?」

 友人どうしのお喋りに挟まれながら、はじめてジャパリまんを丸一個食べきったトモエは、誰にともなく感謝しながら折り畳んだ紙袋をバッグにしまい込み、入れ違いにスケッチブックと鉛筆を取り出した。余白のあるページを開き、ラッキービーストの姿を描き写しはじめると、「ボスは何匹いるのか」議論をしていた二人が静かになって、座る場所をトモエに寄せた。

「何してるの?」

「それはけものの子かしら」

 ページの上部を占めているひいらぎのスケッチは、不安を紛らわせるために昨日描いたものだ。その前の数ページには草花や風景、フレンズのものと思しき似顔絵も並んでいたが、トモエには覚えがない。それでも、目が覚めてから何度か「描きたい」という欲求は首をもたげ、どうやら右手は鍛えた筆致を覚えているようだった。

「あとで二人も描くからね」

「かく?」

「で、ここをこう……」

 トモエのぶつぶつという不可解な呟きはさて置き、鉛筆の芯が紙を擦る音は、どこか神秘的な意味合いを含んで二人のフレンズの耳に届く。

 遠くには潮騒が響き、そばで駆け回るひいらぎの足音が下草を掻き分け、ペギーのジャパリまんが四半分にもならないうちに、ページの上にはラッキービーストの似姿が出来上がった。

 


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