ワァァァ―――!!!
歓声、喝采、絶賛の嵐。
約数万人の観客の声が最後の歌を歌い終わったのと同時に会場全てに響き渡った。俺は息を切らしながら仲間達の顔を見る。全員同じように息を切らしていたが、その顔は晴れやかな満足顔を浮かべていた。
ここはイギリスの中にある世界でも有数のライブステージ。俺たちは結成してもう今年で4年目のミュージックバンドだ。当初はまだ無名のバンドだったが、あちこちでライブをやっているうちにファンの人数は徐々に増え、遂にはファンの国籍や活動範囲が国境を超える程にまで成長した。今では音楽に関わった者にその名を知らない者はいなかった。そして俺たち自身も今の自分達にこの上なく満たされた物を感じていた。
―――こいつらとなら、俺たちならどこにだって行ける、なんだってやれる。
今会場ではアンコールの嵐に包まれていた。俺たちは笑ってもう一度顔を見合せ頷き合い、それに応えるために再びそれぞれの楽器を握りしめ・・・・・・・・・・・
♪~~~~
最早聞きなれた旋律が耳の中に流れてきた。
「ん~~~・・・・・・」
俺は今ではもう反射的な動作で唸りながらスマホのアラームを切る。そしてむくりと起き上がる。
久しぶりに
「・・・・・・チッ」
―――何を考えているんだ俺は。あんなの最早忌々しい記憶じゃないか。今更未練なんか感じる必要・・・・・・
俺は頭を思いっきり振ってその記憶も思考も外に追いやり、ベッドから立ち上がって部屋を出た。
しかし、外においやったはずの記憶は頭の中から離れることはなく、俺は再び舌打ちした。
今日は8月の始まり、世の学生達は今頃夏休みというものを満喫しているころだろう。
しかしそんなことは俺にとっては関係のない事だった。俺にとっては毎日が夏休みのようなものだ。いや、四季の都合上、毎日が夏休みというのもおかしいが、とにかく俺は毎日ほぼ自宅の中で暇を持て余して過ごしている。
ここまで聞けば今の俺の状態を察せた者もいるだろうが、俺は俗にいう“ニート”という状態になっている。
だが勘違いしないで欲しい。俺は別になりたくてニートになっている訳では無い。現に俺は今の自分に屈辱感を感じている。だが仕方がない事なのだ。俺は“ある事”がきっかけで大学卒業2ヶ月前に中退してしまった。働けるものなら働きたいが、それも“事情”があって、まともに外へ出ることが出来ない。俺は幸い、俺は大学時代にやっていた“ある活動”のお陰で今は金に困ってはいない。だがそれがいつまで保つかはわからない。まだ余裕があるうちに何とか安定した収入を得る為に社会の目に触れられる事も無く、それが駄目ならせめて気心の知れた人だけがいるところで仕事が出来たらと思っているが、流石にそんな都合の良い所なんてある訳が無いとほぼ諦めている。
だから俺は決してニートではない。厳密に表現するならば“就職浪人”だ!
・・・・・・まぁ、言い方が変わっただけなのだが。
そんなくだらない事を考えているうちに俺は顔を洗って歯を磨き、朝食の支度をした。せめて本物ニートの様な生活状態にはならないようにと、生活習慣は徹底するよう心掛けている。今日の朝食の献立は、白ご飯、みそ汁、鮭の塩焼きに玉子焼きなどといった、いかにも日本人らしい和風の朝食となった。隠し味や色んな手間をかけることで45分程時間を要したが、別に今日も1日やる事もないし、することがない分、こうやってやる事に時間をかけて暇をつぶさないとないと俺がやっていけない。
そんなこんなで作った料理をテーブルに並べて俺も椅子に腰かける。変な夢を見たせいで俺も非常に腹が減っていた。早く食べたいという欲求をどうにか抑え、俺は両手を合わせた。そして礼儀正しく、
「いただきま~」
「~~~~♪」
「・・・・・・」
突如テーブルに置いていたスマホからアラームと振動が鳴った。しかもこれは着信アラームだ。俺は唸りながらスマホを手に取る。自慢じゃないが俺は知り合いが多くない。ましてや現時点でこうやって電話をかけてくる相手を俺は一人しか知らない。画面を見ると予想通りの3文字の英字が記されてあった。
“BBA”と・・・・・・、
「なんだよ」
通話の方にスライドした俺はスマホを耳に当て、イライラした口調で話した。
「いきなり祖母に向かってその言葉はないだろう。全く・・・・・・」
電話の相手は俺の祖母だ。両親の都合で小さい頃からおれの面倒を代わりに見ていてくれた人だ。昔はそれなりに仲は良かったが、色々な出来事もあって、今はすれ違ってばかりだ。大学に入学してからは一度も顔を見せていない。時々こうやって電話してきて来るが、今の俺にとっては鬱陶しい事この上なかった。
「せっかく朝飯を邪魔されたんだ。それに俺の事はほっといてくれってあれ程言っただろ」
「そうにもいかないよ。あんたまだ仕事見つけてないんだろう?」
祖母な的を射た言葉に俺は思わず「ぐっ」っと声を漏らした。そしてその声は勿論祖母の野郎の耳にも届いており・・・・・・
「その様子だと図星のようだね」
と短いため息をつきながら言われた。それがまた俺の事を嘲笑うかの様にも聞こえてくる。
「うるせぇな、働きたくても働けないつってんだろ。嫌味を言いに来ただけならもう切るぞ」
「私が良い仕事場を紹介してやる、と言ってもかい?」
「・・・・・・!?」
スマホを耳から離そうとする手が祖母のその一言でピタリと止まった。
「私の知り合いが経営している所でね、従業員も多くないからあんたもやりやすいだろうと思ってね。でもあんたも事情が事情だから強制はしないよ。これに乗るか反るかはあんたが決めな」
「・・・・・・・・・・・・」
俺は暫く考え込んだ。聞く限り悪い話ではない。だが確かに祖母の言う通り俺にとっては良い仕事場ではないかも知れない。ここで即決するのは早計だろう。まずは、その仕事場がどんな所か聞いてみて、しかる後、そこが本当に俺がやりやすい所なのか直接行って、確かめてからでも遅くはない。
「・・・・・・詳しく話を聞こうか?」
電話を切った頃には朝食が冷めていた。
―――翌日
「ここか・・・・・・」
〇oogle mapが目的地に着いたことを知らせると、俺は目の前にある施設に目を向けた。ぱっと見、完成してそれほど月日は経ってないだろう。入口の上の壁には“LIVEHOUSE CIRCLE”という文字が大きく書かれてあった。右側には、木製の机や椅子が並べてあり、その奥にはテントを張ったカウンターの様な物があった。ここはさしずめカフェテリアと言ったところか。俺は今一度その施設を見渡した後、中に入るべく、入り口の扉の前に立った。
―――昨日
俺は祖母が薦めるバイト先について詳しい話を聞いていた。
「そこはさっきも言ったように私の知り合いが経営している所でね、“CIRCLE”っていうライブハウスなんだけど」
「おいちょっと待て」
俺は祖母の話が終わる前に言葉を遮った。
「今“ライブハウス”つったか?」
「あぁ、確かに“ライブハウス”って言ったよ。だからどうしたって言うんだい?」
「どうしたじゃねぇよ!そんな所で働いていたら、3日で俺の
「ライブハウスと言っても、利用客の殆どが女子高生だからね、あんたの事を知っている人も殆どいないはずさ。」
「女子高生?」
「あんたはずっと家に引きこもっていたから知らないだろうけどね、今音楽界の間じゃぁ“ガールズバンド”っていうのが流行っていてね。まぁ、きっかけを作ったのは前に私が経営していたライブハウスだけどね・・・・・・」
どこか物懐かしそうに語る祖母をよそに、俺は電話越しに「ふん」と鼻を鳴らしていた。それは祖母に対してではなく、今の音楽界に対してだ。女子高生がバンドの真似事をしていること、そしてそれが流行していることに対してだ。至極気に入らないし、下らない。今の世間はそんなごっこ遊びの音楽で盛り上がるようになるまでに墜ちてしまったのか・・・
「あんた今、女子高生のバンドなんて下らないって思っただろう?」
祖母は時々、俺の考えていることを見透かしてくる。俺は祖母の言葉に対して、
「だから何だよ。下らない物に下らないと思う事は別に罪じゃ無いだろ」
と開き直る。
「そう思うのなら一度聞いて見るといいさ。今から住所伝えるからメモの用意をしな」
「お、おい。まだ俺は行くとは言ってないぞ。それに聞いて見るといいって、あんた俺が
「だから聞いて見ろと言ってるんだよ。ガールズバンドはあんたが思った通りの下らないごっこ遊びなのかどうかをあんたのその“耳”で確めて見な」
「‥‥‥‥」
俺は祖母との会話である違和感を感じた。
何故この人はここまでしてそのライブハウスに行かせようとするのか。遂には女子高生の音楽を聞いてみろと促して来るのだろうか。
祖母は時々、俺の考えの及ばないようなことを――良くも悪くも――企んでいたりする。今回の事も恐らく何らかの考えがあっての事だろう。聞く限り悪い話しでも無かったし、それに俺は元より
「分かった、行くよ。そのライブハウスに」
祖母の話しに乗ることにした。
「あぁ分かった。向こうには話しは付けておくから、あんたは明日、今から伝える住所に向かいな」
俺は祖母の言った住所をメモし電話を切った。その時のスマホの画面は“BBA”の下には“
そして俺は、ライブハウスに行くと言った時から祖母がずっと笑んでいたことに最後まで気付かなかった。
いかがでしたでしょうか?
とはいえ、まだ主人公とSpaceのオーナーとの会話しかありませんでしたが次回からはもっといろんなキャラを出していけると思いますので、どうぞお楽しみください。
ちなみに、主人公響の設定ですが、彼はSpaceのオーナーの孫ということにしています。家系的には、オーナーの娘の息子ということになっています。