プロローグ
鼓動が聞こえる、心地良い、安心する、穏やかな鼓動だ。
聞こえる音は自分の音と、あとふたつ、ひとつは自分のすぐ隣で、我こそが王だと、確かな自覚を、いや…確信と自信を持ったまだ小さい子のものだ。
もうひとつは、どこか懐かしいような、ずっと聞いていたいような、言ってしまえば母性に溢れた、確かな鼓動だ。
自分と、もうひとりの小さな鼓動を、心配したり、嬉しがったりと、忙しなく感情が揺れ動いている。
自分はいつまでもここに居たいと思った。
ここにいれば、時々、非常に美味な食料が流れてくるし、非常に居心地が良い。
だが、自分の母らしき鼓動は、そんな自分の考えを分かっているが如く、いずれ時が来れば旅立たねばならぬと、王にならねばならぬと、強く伝えてきているように感じた。
自分はそんな強い思いを、面倒だ。
そんな思いを持たずとも自分は大丈夫なのだと思った。
自分は怠惰で傲慢な王なのだから。
だからもう少しここにいてもいいじゃあないか...面倒はこの隣の「弟」にすべて任せて。
同胞が余の誕生を待ちわびている、早く行かねば。
余が意識を持ち始め、最初に感じたのはそんな使命感というべきものだった。
余を生み出し、今、余が強く在るために食料を流している存在が、そう余に語りかけていた。
余はそれが、女王と呼ばれる存在だと知っていた、王を、兵たちを生み出すためだけの装置だと余が誕生すれば役目を終えるのだと知っていた。
その女王と呼ばれる存在は、我に王としての器を求めていた。
余はその返答として、愚問だ、それならもっと食料をよこせという意思をその存在に対して送ってみた。
その存在は笑っていたが、果たして伝わったのか。
しばらくしてその意志が伝わっていたのか、食料の量が多くなったように感じる。
だが隣りにいるもう一つの存在のせいで、余に送られる量が明らかに減っているのだ、まあ稀に送られてくる非常に美味な食料はほとんど取られてはいないようなのだが…
度し難い事だ!この余から食料をかすめ取るなど、余が地に足をつけた暁には真っ先に食料にしてくれる!
この隣りにいる存在は器はあるが、まっとうな王になる気はないらしい。
全くもって気に食わない、器を持ちながら王としての責務を果たそうとせずただ食料を食い荒らすだけ、これではただの蟲ではないか!
此奴に余と同じ王としてのプライドは無いのか…
『はぁ...』
余はそんなことを思い、隣の存在に対して呆れて果てていた。
『ため息ばかりついてると幸せが逃げてくよ?僕の可愛い弟よ』
『いつも貴様はそんな脳天気なことを言っていて飽きないのか?それと余が貴様のような愚図の弟になった覚えは無いぞ!』
『ひどいなぁ、これでも一応君よりも早く覚醒していたれっきとした兄なんだけど…まぁ、君がたとえ認めなくても僕は君の兄のつもりだし、最低限兄としての威厳くらいは保ってみせるさ』
この様な問答は余が明確な意志を持ち始めた時に、それに気づいた隣の余の兄だと自称する存在に、思念のようなものを送られ、余がその思念に反応してから続いている。
問答はいつも余が呆れ返って終わるのだが、思念を交わせば交わすほど此奴の事が理解できなくなっていく、何故そこまで楽天的でいられるのか、何故同胞達の訴えを前にそんなに呑気にしていられるのか、本当に理解が出来なかった。
もう、余らの誕生の時はすぐそこまで近づいているというのに…
本当に面白い
それが僕が弟と会話した時に最初に思った感想だった。
なんでそこまで同族に執着するんだろうとか、なんで王で在ろうと思うんだろうとか、会話してみるとほんとに面白い子だった!
弟が王を目指してくれるおかげで僕は頑張らなくていいし、僕はちょー楽ができるね!
そんなことをよく弟と語り合っていたんだけど、僕の考えが弟には理解できないみたい。
まぁ、余こそが王だー!それに比べてお前は何故そんなにーって感じの子だし、理解できないのも無理はない。
でもやっぱり共感してくれる存在がいないっていうのは寂しいんだよね〜、僕が産まれたらまず共感してくれる存在を探そっと。
これでまた産まれた時の楽しみが増えたね!
あ、もちろん一つ目は弟をこの目で見ることだよ、可愛い可愛い僕の弟だからね、それを楽しみにするのは当然のことだよね!
なんていつも言ってたら、最近は諦められたのか説教みたいなのは無くなった!ちょっと寂しい気もするけど、弟の説教は長いから諦めてくれて正直良かったかな!
『ん、そろそろ?』
『そうだな、余はもう我慢ならぬ』
っとそんなことを思ってると弟が痺れを切らして出ていくみたいだ。
弟はやる気に満ち溢れてるけど、僕はやだなーお腹も空いてるし
『もうちょっとここにいたかったんだけどなぁ〜』
『全く、此奴はいつになればこの怠惰を直すのか…』
そんなことを言い合いながら僕らは共に卵から出ようと力を込める
ドクン、ドクンとこれまで僕らを守っていた卵が脈打つ
『あ゙あ゙ぁー!!まだよ!まだはやいぃ!』
「「黙れ」」
なんか耳障りな声が聞こえたから黙ってもらった。
弟もイライラしてそうだったから黙ってくれて良かったな、っと僕もから破るの手伝おっと
「せいっ」
僕と弟が力を込めると女王の甲高い悲鳴とともに卵が割れ、腕が殻をつきやぶり、地上に降り立つ。
その時の女王の悲鳴は、僕ら二人の王が誕生したことを知らしめる、産声のようだった。