蒼き夜に暁を、水平線に勝利を   作:黒っぽい猫

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第一話

暗い部屋に誰かが佇んでいる。とても小さな人影だ。恐らく子供のものだろう。一心不乱に自分の手首へと何かを擦りつけている。部屋中に紫色のドロリとした液体が付着し、鉄のような匂いを放つ。

 

──嗚呼、またこの夢か。

 

その紫色の液体は、きっと僕の血液だ。ほら、そうやって見てみれば、確かに目の前の少年は嘗ての僕そのものじゃあないか。

 

『どうして──どうして死ねないの……?こんなに血を流しているのに…死ななきゃいけないのに』

 

牢獄の中で、こっそり手に入れた刃物を必死に押し当てながら泣きじゃくっている。

 

『あんなに殺した僕に…生きる価値なんてないのに……!』

 

ふと、少年は顔を上げて僕を──正確には僕が立っている先にある姿見を見た。涙と鼻水でグシャグシャの顔だが、右眼だけが爛々と青い光を放っている。

 

右眼の、本来なら黒目に当たる部分が、深い青に染まっていた。

 

『こんな身体のせいで──僕は死に損ねてるんだ……そもそも、お前達深海棲艦さえいなければ……ッ!!!』

 

そう叫んだ少年は右眼に刃物を突き立て──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ………夢……?」

 

視界が切り替わり、目の前には寝入る前に見た幌があった。どうやら、まだ到着までは少し間があるらしい。速度は相変わらずだ。幌の外からは少し光が見える。どうやら夜明けが近いらしい。

 

眼帯がしてある右目にそっと手を当てる。あの後、本当に目に刃物を突き立てた僕は悲鳴をあげてしまい、刃物を没収されてしまったのだった。

 

(あの時、目を突き立てた勢いでもっと深くまで刃物を突き入れてしまえば──)

 

或いは、提督として再び艦娘と関わりを持つ羽目にはならなくて済んだのかもしれない。

 

てちてちと隣で誰かが頬を叩いてくる。そちらに視線を向けると、心配そうな小さな顔。昔から一緒にいた友達(妖精さん)の顔だ。

 

「だいじょうぶ?いやなゆめみた?」

 

その頭を、不安を払拭するかのように優しく指で撫でてやる。

 

「うん、大丈夫。ありがとね、妖精さん」

 

「きょーちゃんに、むりはさせない。だから、がまんしないで?」

 

「!」

 

この子(妖精さん)達は、不思議なことに僕が本当に欲しがっている言葉を欲しい時にくれる。今だって強がっては見たものの本当は夢のことを誰かに聞いて欲しかった。

 

「みてれば、わかる。かなしそうな、いたそうなかおしてた」

 

黒い瞳でじっとこちらを見る妖精さん。暫く無言のにらめっこが続いたが最初に折れたのは僕だった。

 

「本当に妖精さん達には敵わないね……本当は見たよ、嫌な夢。僕が眼帯をつけるきっかけになった夢」

 

「うん」

 

「今は、この身体のことをなんとも思ってない。でもあの時は本当に怖くてどうしようもなかった。その時の怖さが、思い出されたんだ」

 

『自分が何者なのか分からない』という状態(ヤツ)だ。人間ではないのだが、完璧に人外というわけでもない。

 

そんな宙ぶらりんな自分が怖くて、許せなかった。

 

「だいじょうぶ、きょーちゃんにはわたしたちがついてるから。きょーちゃんじしんがじぶんをうけいれなくても、わたしたちがうけいれる。

 

ぜったいきょーちゃんをひとりぼっちにはしない」

 

「うん……ありがとう、妖精さん」

 

とても小さな、でも僕のかけがえのない友人は、とても頼もしく見えた。

 

そんな妖精さん達に元気をもらっているとエンジンの音が止まった。

 

「南雲少佐、到着いたしました。こちらが鎮守府でございます」

 

トラックから降りてきた男性がこちらに敬礼をしてくる。僕もそれを返しながらここまで運転してくれた彼の労を労う。勿論敬礼を返すのも忘れない。

 

「ここまでありがとうございました。ほんの心付けですがこれでなにか飲んで下さい」

 

そう言って封筒を渡す。前から降りてきた運転手にも同じように渡しておく。

 

「いえいえ、こちらこそ」「頑張って下さい、少佐殿」

 

二人はトラックの前を走っていた乗用車に乗って帰っていった。彼らの車が見えなくなるまで妖精さん達と一緒に敬礼する。

 

「あの人達は親艦娘なんだよな……いい人達だった」

 

「うん、そうだね。びすけっともくれたし」

 

「こんぺいとうもくれました」

 

現在の海軍は、全体をして複雑な状況だ。決して一枚岩とは言い難い。その中で僕は『元帥の推薦による着任』という異例中の異例だ。はっきりいってどの派閥の後ろ盾もないある意味一番弱い位置にいる。はっきりいって媚を売ることに全く意味が無い僕にあのように丁寧に接するということは、それだけであの人達が善人であると考えるに十分な証左だ。

 

「ここが……海軍の旧大本営か」

 

突如として現れた深海棲艦によって人類は制海権を失い、更に同時に殆どの制空権を失った。駆逐艦や巡洋艦、あまつさえ戦艦や空母の様な艤装を持ち、人類が持ちうるどのような武装で持ってしても殆ど傷を負わせることの出来ない彼らによって沿岸部の都市は機能を停止、人類の滅びは決定的だと思われた。

 

だが、それと時を同じくしてある少女達が現れ始める。

 

深海棲艦と同じ艤装を持ち、だがそれらとは対照的に人類に友好的だった彼らを人類はその全てが女性であることから『艦娘』と呼び、対深海棲艦の共同戦線を張るようになる。

 

『提督』と呼ばれる指揮官の下で真の力を発揮し、深海棲艦を退けうる艦娘と深海棲艦に対抗する術を求めていた人類の利害は完全に一致していた。

 

それから20年以上を経て、人類から艦娘への態度は大きく二分化された。

 

艦娘は『家族』であり、提督を親とし、それを中心に接するべきであるとする『親艦娘派』と、艦娘は使い捨ての『兵器』として扱われるべきであり人権などありえないとする『艦娘隷属派』。

 

艦娘が登場しておおよそ五年後から海軍はこのふたつの思想で二分化され海軍内部の権力闘争の一部になっていた。

 

とは言え、人の思想はそう簡単に二極化できるものでは無い。この2つのどちらにも属さない人間も勿論いる。親艦派とも隷属派とも異なる第三の派閥。それが僕達『中道派』だ。

 

艦娘は『家族』でも『兵器』でもない、我々と同じ一人の『人間』であるし、提督と彼女たちの間にある関係はあくまで上司と部下のようなもの、必要以上に彼女達に干渉する事を僕達の派閥はよしとしない。あくまで人として対等かつ適切な距離を保ち、彼女たちの人権を侵させない。

 

三つの派閥の中でも最も大きな『親艦娘派』は多くの運送業者を後援としている。次いで大きな『艦娘隷属派』も国内外問わず軍事企業の支持を多く得ており、一度はクーデターなどで壊滅したものの根強く残っている。

 

それに対して僕達はそもそも派閥とは名ばかりで纏まりがない。各々が信念を持ち行動するからである。その為明確な後援は無く、あるのは『中道派』のトップが元帥であるということだけ。

 

だが、僕も含めて中道派はたった一つだけ共有している信念を持っている。その為ならば他の派閥とも連携を惜しんだりしない。

 

 

艦娘に人権を与えることだ。

 

 

親艦娘派も艦娘隷属派も、彼女達に僕達と同じレベルの人権を与える事には難色を示している。僕が中道派に属しているのは中道派が示すその信念を信じてみたいと思ったからだった。

 

「ま、そんな事とは程遠い現実もあるんだけどね……」

 

目の前のボロボロの建物を眺め苦笑いを零す。そこはかつては大本営と呼ばれていた場所、今は枯れ果て鎮守府としての機能を失いつつある土地。国からも見捨てられたこの場所は、そこに配属された提督が一人として戻らなかった事からこう呼ばれている。

 

『提督の墓場』と。

 

そんな所に僕は今日から配属されることとなった。勿論僕自身の希望では無い。僕は本当なら提督になどなりたくなかったのだから。

 

「まずは噂の真偽を確かめるところからかな」

 

自分に喝をいれ門の近くまで歩いた。妖精さん達はフヨフヨと浮かびながらついてくる。時々その移動が楽で羨ましい。

 

通常の鎮守府には門の守衛をする憲兵が居るはずなのだが、此処にはその代わりに眼帯を着けた艦娘が座り込んでいた。

 

「……Zzz」

 

否、眠りこけていた。妖精さんはその長い髪を使ってター〇ンごっこを始めている。

 

「……天龍かな……?爆睡中みたいだね」

 

髪が資料で見たものより長く、白衣のようなものを身に纏っているので判別しにくいが、その眼帯と手に持っている刀から彼女の名前を推測する。

 

軽巡洋艦天龍。1919年に竣工した天龍型の1番艦。戦争のみならず関東大震災の際も活躍をした艦だ。

 

「うん、ねてる。わきをとおる?」

 

「そうさせてもらおうか。疲れているであろう所を起こすのは気が引けるよ」

 

ぴょんぴょん遊んでいた妖精さん達は満足したのか、僕の肩や頭に座っている。彼ら自身に重さは無いので別に負担ではないのだが、首元が少しくすぐったい。

 

ゆっくりと彼女を起こさぬよう忍び足で横を通過する。どうやら気付かれてはいないようだ。このまま鎮守府内部に──ッ!!

 

「──死ね!!!」

 

咄嗟にしゃがむ事で横向きに薙ぎ払われた刀を避けたが、軍帽が見事な切り口で切り裂かれてしまった。そんな事よりまずは命だ。身を翻して臨戦態勢をとる。

 

真っ直ぐとこちらを見据える彼女の目元には濃いクマが刻まれており、まるで怯えるかのようにこちらを睨みつけている。

 

「……驚いたよ、まさか起きていたなんて」

 

「ハッ!デカいエンジン音出しといて俺様が気づかねぇわけがねえだろ!舐めんな!」

 

大きな声を出すことで恐らく彼女は恐怖を紛らわせているのだろう。

 

「それで、どう言うつもりだ天龍?私は、今日からここに着任する提督だぞ?言うなれば君達の上司にあたる存在だ。軍規違反なのではないか?」

 

「……何が提督だ。お前達人間なんてもう二度と信じるものか!お前の話なんて聞くことは何もねぇ!!さっさと殺してやる!!」

 

どうやら話が通じる精神状態では無さそうだ。気はあまり進まないが仕方がない。やるしかないのだろう。

 

「なら、来なよ天龍。僕の全てを使って君と戦おう」

 

「ハッ、言ってろ人間風情が!!!瞬殺してやる!」

 

短くそう吐き捨てて彼女はこちらに走りより再び刀を振るう。先程よりも早く鋭い太刀筋、確かに僕が人間であるなら切り捨てられていただろう。

 

──だが生憎、僕は人間では無い。

 

刀の射程からギリギリ逃れる様に上体を反らしてその斬撃を回避、そのまま懐に潜り込み妖精さんが渡してくれたハンカチを天龍の鼻と口元に押し当てる。

 

「っ?!!!」

 

とっさに繰り出された横薙ぎを躱してバックステップで距離を取り天龍へ改めて向き直ると、既に彼女は足元が覚束無いようだ。刀を杖のように使いながらこちらを睨む彼女からは先程までの覇気は微塵も感じられなかった。

 

「テメッ……何をしやがった……?!」

 

「速効性の吸引型麻酔だよ。妖精さんに作っておいてもらったんだ。武力では無い方法で君達をし──止める為にね」

 

鎮める為、と言いかけて言い直す。恐らく『沈める』という風に捉えられると思ったからだが、そんなことに気づいた様子はない。

 

「ふざ……けんな…………!殺、してや──」

 

刀を再び構えようとして、天龍はそのまま倒れ込む。どうやら今度こそ狸寝入りではなく眠ったらしい。その身体をドアにもたれるようにし、妖精さん達が持ってきてくれた毛布を掛ける。まだまだ夜は冷えるからね。風邪をひかれても困る。

 

「ふう……一段落着いたら行こうか、妖精さん」

 

「すこし、きゅうけい?」

 

「うん。五分くらいね。流石天龍だよ、僕も負傷した」

 

最後の横薙ぎは僕にとっては予想外の出来事であった為、浅くではあるが腹が裂けていた。そこからは真っ赤な血──ではなく青い液体が漏れ出していた。

 

「この傷だと治るのに三分はかかるからね。はい、金平糖。仲良く食べてね」

 

妖精さん達に金平糖の入った袋を渡すと目を輝かせながら袋の中から金平糖を取って思い思いの場所で食べ始める。僕も座り込んで傷の治りを促進する為に薬を──「動かないで下さいね〜?私も今すぐ貴方を殺したいわけではないの」──探す時間はもらえなさそうだ。

 

頭には筒状の物が押し当てられている。恐らくは拳銃だろう。

 

「天龍ちゃんとの戦い、見させてもらったわ〜。まさか無傷で無効化した上で風邪をひかないようにするなんて思わなかったけどね〜」

 

クスクスと上機嫌に笑う彼女。顔が見えないのでまだ誰かはわからない。

 

「あ〜、勘違いはしないでね?私は今貴方を殺さないけど、殺したいとは思っているのよ〜。天龍ちゃんを傷付けてはいなくともそれだけでは貴方を信用はしない」

 

「当たり前だ。そんな簡単に信頼が得られるとは思っていない。君は龍田かな?」

 

「正解〜。それじゃあ、意識を失っててくれるかしら〜、人間さん?」

 

同時に後頭部を強く叩かれ、僕の意識は深い所へと落ちていった。




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