『お前は、いつかこの海を統べる事になるのだ。だから今のうちから使えるものは全て使えるようになっておけ』
父親の、そんな言葉を思い出していた。その言葉に、自分はなんと返したのだったか。
ただ、それが五歳の時のことだったのは覚えている。そしてその二年後の春、僕は最年少の提督として小さな南端の鎮守府に着任したのだった。
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「……ん?あぁ、捕まってるのか」
腕に繋がれた手錠の痛みで目を覚ましたらしい。ふと目の前に影がさしている。その影を追うと、立っているのは人だった。長い髪に燃えるような真っ赤な瞳、その奥には紛れもない恐怖が浮かんでいた。
「……すまない、少しいいかい?」
「ぽいっ?!しゃ、喋らないで欲しいっぽい!龍田さんには貴方が喋ったらこ、これで喉を潰せって言われてるから!」
「あぁ……三又槍か…………わかった。黙ってるよ」
コクコク、と頷く少女を見て苦笑いする。どうやら彼女は僕の身を案じてくれているらしい。それならばその好意には素直に甘えておこう。
「(……妖精さん、居るかい?)」
心の中でそう呟くとそこかしこから数人の妖精さんが飛び出してくる。そして僕の制服の襟元に全員綺麗に収まった。何故か声を出さずに意思疎通をする時はここがお気に入りらしい。
「(どーしました、きょーちゃん?)」
「(少しやって欲しい事があるんだ。この鎮守府の間取りは全部測れているかい?)」
「(うん、ばっちりです!)」
妖精さんは全員グッ!と拳を笑顔で突き出してきた。思い切り指で撫でてあげたいが生憎今はそう出来ないので我慢する。
「(それなら、早急に直さないと鎮守府運営に困る部屋を直してくれるかな?例えば入渠施設、食堂とか)」
こくこくと妖精さんは頷く。
「(資材は僕達が乗ってきたトラックに積んであるものは全部使っていいからさ。お願いね。それが終わったら艦娘達の部屋の改装も頼むよ)」
「「「「(りょうかいです!!)」」」」
ビシ、と敬礼をして彼らは消えていった。これで最悪、僕が死んでも彼女達は暫くの間自分たちだけで運営できるはずだ。
尤も、僕には死ぬ気は微塵もないが。などと思っていたら扉がノックされ外から三人の人影が先程の少女に話し掛けていた。
「……夕立、あの男に何もされていないわね?」
一人は寡黙かつ気だるそうに、だが慈しむような目で夕立に安否を確認している。弓と甲板を持っている事から推察するに空母の様だ。
「あら、今度の人は随分と若くてカッコイイのね?これは楽しめそうじゃないの」
もう一人はこちらを見ると加虐的な笑みを浮かべペロリと舌なめずりをする。背筋を嫌なものが駆け巡った。
「ダメですよ〜鹿島さん?全て終わってからにして下さいね?夕立ちゃん、お疲れ様。もう部屋に戻っていいわよ〜」
そして最後の一人、数時間ぶりに再会した龍田は相変わらず何を考えているのか分からない雰囲気を漂わせている。その三人は夕立にそれぞれ労いの言葉を掛けると部屋を出るように促した。
夕立は一瞬だけこちらを見るとそのまま部屋を出ていった。まあ、この三人は正直僕から見ても怖いので逃げるように立ち去っていく彼女の気持ちがわかる気がする。
「さて……と、それじゃあこれから尋問を始めます。最初に何か質問はありますか、大本営の回し者さん?」
手袋を着け、無表情に薄い笑みを浮かべた加賀が聞いてくる。おいおい、手に持ってるのは特大サイズの釘、それも返しがついているモノだ。それが尋問に必要なものなのか……?
「尋問、と君達は言ったが何が聞きたい?残念ながら私は下っ端だ。私程度で知っている事なら全て話す気でいるが、君やその鹿島が手に持っているものを見るととても尋問とは思えない。
──拷問、と言い換えた方がいいのではないかな?」
ピクリ、と二人の眉が動く。僕の言葉に気分を害したらしい。それと対称的に龍田は笑みを深める。
「ふふふっ、自分の立場を知っていて、それでも私達にそんな言葉を掛けてくるなんて面白い人ですね〜。
ネタばらしをしてしまうとその通りですよ〜。これは尋問ではなく拷問です。貴方が何を知っていようがいまいが私達にとってはどうでもいい話ですからね〜」
「ちょっと龍田!なんで言っちゃうの!」
憤慨した様に龍田を睨む鹿島に、彼女はニコニコと笑っているだけだ。
「だって〜、どうせやることは同じなのでしょう?この人がそれを知ろうが知るまいが」
「そりゃそうだけどさぁ……」
僕を他所に会話に夢中になっている二人を視界の端に捉えながら逃げるための算段を立てていると加賀に髪を掴まれ乱暴に立たされる。そしてそのまま首を思い切り締め上げられた。
「……ぐっ……がぁっ…………っ!!」
呼吸が出来なくなりじたばたと藻掻く。視界がチカチカと点滅し涙が滲んでくる。口からは涎が垂れるが体面を気にするような余裕は無い。
何秒立ったか、意識が落ちる直前に地面に叩きつけられ、同時に太腿に何かが突き刺さった。そこから青い血が止めどもなく流れ出していく。
「いっ……!!!」
叫び声を上げかけて咄嗟にそれを噛み殺す。ここには幼い艦娘もいる。彼女たちの精神衛生上人間の声を、それも悲鳴を響かせる訳にはいかない。
「へぇ……随分と我慢強いのですね。今までに来たヤツらは全員すぐに悲鳴をあげていたというのに」
「……人に脅えているんだろう、ここの艦娘は。なら、その声を聞かせて不用意に怯えさせる必要がどこにある?君達も含めてな」
「……」
「うぐっ……!!」
突き刺された釘が無言で思い切り引き抜かれる。そしてその傷口を思い切り踏み躙られている。どうやら彼女の靴には棘でもついているらしい。どんどん血が溢れていく。
「今の失言は聞かなかったことにします、それにしても、なぜ血が
不快そうにこちらを見る加賀。なるべく淡々とそれに答える。
「私は人間だよ……加賀、少しだけ人とは異なるものが入ってはいるがね」
「そうですか、まあいいです……龍田、鹿島。彼がもっと弱ってからまた私は加わるわ。命乞いを始めるまでは貴女達に委ねます」
無機質な声でそう告げると、彼女は近くのソファに腰掛け本を読み始めた。本当にコチラには無関心なようだ。
「もう、本当に加賀は身勝手なんだから……まあいっか。龍田はどうするの?一緒にやる?」
「う〜ん……」
しばらくの間悩んでいた様だが、彼女は首を横に振った。
「辞めておくわ〜。この人には天龍ちゃんについて恩があるもの〜。助ける程ではなくとも拷問にかけるなんて恩を仇で返すようなことしたくないわ〜」
「ん、りょうか〜い♪」
狂気で満面の笑みと共にこちらを振り返った鹿島の手に持たれていたのは加熱された
「楽しみにしててね、
拘束されている状態の僕には、歯を食いしばることしか出来なかった。
──何時間経った?真っ白な思考回路を紡ぎ合わせて少しづつ再び思考を取り戻していく。痛みにはそれなりの耐性を持っているハズだったが、どうやらそれを遥かに凌駕するような目に遭っていたらしい。幸か不幸かその記憶は微塵も残っていないのだが。
徐々に体の感覚が戻るにつれ、体の至る部分に穴が空いていることに気が付く。それに左腕ももう感覚が無い。それでも死ねないのは僕のこの体質のお陰なのだろう。
「もう……居ないのか…………?」
どうやら左目は潰されてしまったらしく焼けたような痛みが走るばかりで視覚からの情報が集められない。触覚や聴覚、嗅覚から精一杯の情報を集めるとどうやら人はいないようだ。
「妖精……さん…………?」
「……貴方、まだ生きていたの?」
呟いてみるが反応はない──と、声がかけられる。人がいないと思っていたのにいるとは誤算だった。
「……驚いたわ、こんなになってもまだ正気を保っているなんて」
「龍田……か…………?」
「ええ、そうよ……貴方の姿、あまりに酷いものよ…………」
柔らかな布のようなもので僕の顔の汗や血を拭き取って居るらしい龍田からは、これまでの彼女とは全く異なる雰囲気を感じた。
「ごめんなさいね〜……助けようにも、そんなこと出来るような雰囲気ではなくてね〜」
何か欲しいものはある?と聞いてくる彼女は、どうやらこちらと完全に敵対をする気は無いらしい。
「……修復剤…を……掛けてくれ……ないか?艦娘用の物でいい」
「え?」
「高速、修復材だ……無いか?」
「わ、わかったわ。確かあるハズだから持ってくるわね」
それから数分後、高速修復材を持ってきた龍田に左腕をそこに着けるように指示を出すと忽ち傷が癒えていく。それに驚く龍田からバケツごと左手でひったくるとそれを頭から被った。
それから数秒と経たずに全ての傷口が塞がる。潰された左眼の視力も完璧に回復している様だ。だが、それにより身体が耐えられると判断したのか、先程までカットされていた痛覚が戻ってくることにより身体の至る所が痛み始める。
「あー……よし、傷も全部塞がってるね…………助かったよ、龍田」
「え、ええ。それはいいのだけど……今の何?」
「ああ、私は人外なのさ。ちょっとした、ね」
「……そう」
先程は人間だと言ったものの、僕の身体の半分は人では無い。
僕自身がどんな顔をしているのかは分からないが、少なくとも触れられたくない話であることを彼女は察してくれたのだろうそれ以上の詮索はしてこなかった。
「龍田、聞いてもいいかい?どうして僕を拷問しようとしなかったのか、そして今君が何故ここにいるのかを」
「天龍ちゃんの様子を、貴方が眠っている間に確かめに行ったのよ。傷の一つでもあったら貴方を八つ裂きにするつもりだったわ。貴方の戦いを見ていても、それでも信じられなかったから」
「僕がこうして五体満足って事は彼女は無事だったのか」
「ええ。眠っているだけ」
「そうか……よかった…………無意識に反撃していないか不安だったんだけど」
「っ!!」
「ん?どうしかしたかい、龍田」
「い、いいえ!なんでもないわ〜……んんっ!それで、貴方がこれまで私が見てきたどの提督とも違うんじゃないか、と思って殺すのはまだ早いと思ったのよ」
まだ信用したわけじゃないから勘違いしないで、と龍田は続ける。こころなしか顔が少し赤いように見えた。
「貴方が死んでもどうせ次の誰かがまた此処に送られてくる。私以外の軽巡、重巡、空母は人間を──いいえ、提督を殺す事しか考えて居ない。彼女達にとって貴方達はもう憎むべき、殺すべき存在でしかない。
……どこかで落とし所を、人間と艦娘の間を取り持てる様な人を見つけるべきだと私はずっと思っていた」
「これまでの人材に、その可能性はなかったのかい?」
「無いわ。送られてくるのは誰も彼も隷属派や親娘派の人間。私達は奴隷のように扱われたいわけでも家族のように扱われたい訳では無いわ」
それに、掲げている思想通りの人間が来るとも限らないでしょ?と自嘲気味に笑ってから彼女は真っ直ぐな目でこちらを見つめてくる。
「私達は普通の人間のように生きていきたい、ただの兵器ではなく、兵士の──戦士の一人として人間であれば普通に与えられる物が欲しい」
「それは──「あららー?随分人間と仲良さそうにしているじゃないの龍田ぁ?」──っ!」
背後から声が聞こえると同時、一本の矢が飛んでくるのを気配で感じとり手刀で切り捨てながら振り返る。そこに立っている人影は全部で三人。
「!私の矢を切り捨てた?それも素手で……」
「フフフッ、まさか龍田を陥落させるなんてねぇ。どんな口説き方をしたのか気になるわ」
「さっきはよくもやってくれたなクソ人間……!借りを返してやるよ!」
「加賀、鹿島か……」
「て、天龍ちゃん?」
姉妹艦の登場に龍田は狼狽えている。人を食ったような見方をする彼女が見せる人間らしい面に安堵しつつ三人から目を逸らさない。
「龍田への罰は後で決めるとしてぇ〜、貴方はもう殺してしまおうかしら?虫の息のまま海に投げ捨てちゃおうかとも思ったけど〜、何故かピンピンして生きているみたいだしぃ?」
罰、という言葉に一瞬龍田が肩を震わせた──成程、これまで鹿島は恐怖を使ってきたのか。
「おう任せろ、次こそバラバラに引き裂いてやる!こんな奴俺一人で充分だ!」
今はまだ妖精さんからの通信も無い。ここでしくじれば今度は僕だけじゃない、龍田にも被害が及ぶ。
「龍田。一つ、聞いてもいいか?」
「な。何かしら……今はそんなに余裕は無いのだけれど」
声の震えを必死に抑える彼女に手短に聞く。
「鹿島と加賀は私が抑える。天龍一人を無力化できるかい」
「え?あ、え、ええ。できると思うけど……まさか貴方」
「戦うのさ、彼女達と」
ボロボロの支給服を投げ捨てながら彼女達と正面から対峙する。鈍っている身体を解しながら落ちついて構えをとる。
「なぁに?まさかとは思うけど私達と戦うつもりなのー?勝てるわけないじゃないのよ、たかが人間如きに」
「…………」
小馬鹿にするように笑った鹿島は加賀に指示を飛ばす。
「ふぅん……加賀」
「ええ……鎧袖一触、次は艦載機で爆撃するわ」
澱みのない動きで放たれた矢は艦載機となり僕を激しい爆発が包んだ。
「──ッ!!」
凄まじい衝撃と共に室内のガラスが全て割れ、大きな穴が執務室に空いた。まさか本当に撃たれるなどとはあの人も思っていなかったのではないだろうか。
(そうじゃなければ、艦娘と戦うなんて言えるわけが無い……)
でもここでは、彼がずっと持ち続けてきた理屈は通用しない。ここの艦娘達は、無法者なのだから。
(彼は──違ったのかしら)
彼の目を思い出すと心が痛んだ。せめて少しでも残った彼の骸だけでも回収し、埋葬してやりたい、そう思い煙が晴れるのを待った龍田はその目の先に映る光景に呆然とすることしかできなかった。
そこには、一人の鬼が立っていたのだ。
念の為予防線を張っておくとご都合主義も多々ありますし、自己解釈的な面もあります。
その辺はご了承下さい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。また次回もよろしくお願いします