……ごめんなさい
爆煙が全て過ぎ去ると、目の前には驚愕した三人の顔が見えた。硬直している彼らを無視し自分の状態を軽く確かめていく。
「──うん、問題は無さそうだね」
身体の各所を確認していくが足元のフロートも、腕に着けている単装砲も共に問題無さそうだ。それに先程まで至る所にあった痛みが消えた。人である時の感覚器官とは一新されたことを示しているこの特有の現象が起こっているということは切り替えは上手くいったらしい。
割れた硝子が月の光を照り返すことで僕の姿が映る。
和服を身に纏い、底冷えするような白い肌に額から大きく伸びた一本の角が生えている。バンダナを外せば右目だけが深い蒼色の瞳をした
三人のみならず龍田までもが呆然とこちらを見ている……あぁ、この表情は、彼女達の目は彼らと同じだ。僕のことを忌み嫌う大本営の
外したバンダナを角に触らぬように額に結ぶ。人として扱われないのはいつもの事だ、今更そういう扱いをされることに何かを感じることも無くなった。
(君達も──そんな顔をするのか)
ハズなのに、どこかそんな事を考えている自分がいた。落胆、失望。そんな感覚が自分の中に湧いてきたことに驚いた。人では無い彼女たちすら僕を受け入れることは出来ないのか──など、勝手な押し付けもいい所だろうに。
「まあいいさ。今更だこんな事……さて君達、早々で悪いが──まず場所を変えようか」
これ以上部屋を壊されても堪らない。そう付け足してから後ろに一歩足を踏み出す。その先は床の無い空中だ。僕の身体はもちろん重力に従い落ちていく。
「っ!待ちなさい!行くわよ、加賀!!」
「──ええ」
三階にあるらしい執務室から落ち、壁を蹴り勢いをつけそのまま海面に着水する。無茶な軌道のせいか、フロートが若干抗議するように一瞬震えた。使うのも久しぶりだしそろそろちゃんと整備しておかないと。
とはいえ今は休ませる時間もない。そのまま湾内を離れできるだけ鎮守府から離れて遠くへと向かう。チラリと振り返る、どうやら天龍は龍田がちゃんと抑えているらしい。追ってきた人影は2つだけだ。
それから更に数分進み続け、改めて二人と対峙する。二人の瞳からは先程までの人間を軽蔑する色は消えており、代わりに絶対的な
「──いい目になったじゃないか、二人とも。ようやく私を人として認識したのかい?」
「ええ、そうね。貴方を──私達の敵と認めるわ」
余裕のなさそうな顔でこちらを睨む鹿島を他所に加賀は淡々と答える。だがその指は迷いなく弦を引いている。
「まさか大本営じゃなくて深海棲艦の回し者だとは思わなかったわ──去年来て以来使者は訪れて居なかったから油断しちゃってたわ。
ま、いいか。どの道──殺すだけよね!!」
その言葉が開戦の狼煙となった。鹿島の艤装から砲弾が撃ち出されるのと、加賀の艦載機がこちらに向かって放たれるのはほぼ同時。アイコンタクトだけで鹿島は自分の射線を伝えその隙間を塞ぐように加賀の艦載機から爆撃が飛んでくる。両方を回避するのは難しいだろう。
「良い連携だ、爆撃から逃れればその位置に砲撃が、砲撃を回避すれば爆撃が私の身体に命中する」
だが、一手足りないな。艦載機からの爆撃を回避し、その予測地点に向かってきていた砲弾を脇差の一刀で切り伏せる。砲弾は僕にぶつかることなくその両側に落ちた。
「っ!第二射放てっ!!!」
「第一爆撃隊は再び編成を組み爆撃を続行、増援を発艦させます」
再び爆撃と砲撃が僕を襲うが、それを躱すのはそれ程難しい事ではない。僕の左目は、その全ての捉えゆっくりとコマ送りのように脳内に伝達している。これは艤装を展開している時だけに起こる事象で、意識して視界に入れたものの動きが遅くなる、というものだ。
とは言え、こんな特異な力がなんの代償もなく使えるはずは無い。間もなく凄まじい頭痛が僕を苛みはじめる。断続的に続くその痛みに耐えながら逆転の機会を待つ。
攻撃は当たらなくても、このままでは先に消耗しいずれ攻撃を受けるのが目に見えている。こちらに反撃の隙を与えぬ連撃は流石高練度の艦だ。
「ならばこちらも──一つ技を披露しようか」
「「!!?」」
右手を服の袖に突っ込み木の筒を数本取り出し口元に当てる。中心が空洞になっているそれらに思い切り息を吹き込み上空へ向け放つ。するとそこから矢が放たれ、それらは艦載機へと姿を変えた。
その数──三機。
「全機発艦!!直ちに敵航空部隊を殲滅せよ!!!」
その光景に目を丸くしていた加賀が嘲笑するかのようにこちらを見やる。鹿島も安堵したかように余裕を取り戻していた。
「馬鹿にしないで。私の子達はみな優秀なのよ。たった三機の航空戦力に落とされるわけが無い」
「だが、上空からの爆撃は止まっているが?」
ほんの一瞬、だがそれだけ時間があれば彼女達にはそれで十分だ。
「まさか──っ!!」
加賀が上を向くとそこには既に彼女の航空機の姿はなく、三機の艦載機が飛んでいるだけだった。
「慢心だな、加賀。この姿を持ちながら海軍上層部を黙らせ存在し続けた私の練度を甘く見すぎだ」
大半は今の元帥に『力は必ず必要になる、今のうちに身につけておけ』と牢獄に入った二年後から叩き込まれたものなのだが説明をわざわざする必要は無いだろう。
できることならあの事は僕も思い出したくない……地獄のような記憶だ。
だが、その甲斐もあり今こうして一線級の艦娘達と互角に戦えている。
「そして砲撃が終わってしまえば──」
バシャリ、と海面を全力で蹴り接近する。航空部隊の制圧が叶った今、無力化すべき最優先対象は鹿島だ。
「くっ──」
僕の狙いに気づいたのか、鹿島が慌てて距離を取ろうとするが僕の方が早い。あと一瞬で後ろに回り込み手刀で動脈を圧迫、意識を刈り取る。そのハズだった。
「ふふっ、ざーんねんでしたっ☆」
気がつけば僕の腹には刀が突き刺さり背中まで抜けている。その事を理解すると同時に口からは大量の血が溢れ出し、思わず手を口にあてがう。どうやら気道系を掠ったらしい。
「ゴフッ……なんっ……で…………わかった」
思わず膝を着く僕の髪を思い切り掴み上げると鹿島は自分の目線まで僕を片手で持上げる。やはり艦娘、凄まじい腕力だ。
「解るわよ、私達を砲撃しようと思えば何回も機会はあったのに一度もそんなことしないのだもの、貴方。しかも制空権をとったのに私達に爆撃もしないじゃない。その事から貴方が私達を無傷で捕らえようとしていることはわかったわ。だからその為の接近を利用して確実に貴方を動けなくしようと思ったわけ〜。
艦娘が近接戦闘に向いてないとでも思っていたのかしらねぇ?私達が何人の提督達を殺してきたと思っていて?貴方達の図太さと卑しさくらいお見通しよ」
まんまと引っかかるなんて、間抜けもいたものねぇ〜などとゲラゲラ笑う鹿島に肩を竦め笑みを返す。直前まで悟らせぬよう、困ったように自嘲しながら。
「ああ全くだよ鹿島。こんな手に引っかかるなんて本当に間抜けだな」
右腕の袖に隠していた強力な睡眠剤をスプレー状にして素早く鹿島の顔に射出する。目を見開き空いている方の手で主砲をこちらに向けるがもう遅い。たちまち効き目が出たようで、彼女の手が緩み思い切り僕の身体は海面に落ちる。その衝撃に呻いていると、更に上に意識を失った鹿島が落ちてくる。
咄嗟に受け止めると、その振動のせいか腹に刺さっていた短刀が抜け落ち腹から大量の血が流れ出した。まずいな──
だがゆっくりもしていられない。敵は鹿島一人では無いのだ。
「っ……加賀は──」
「ここです」
「しまっ──」
不意に背後から蹴り飛ばされる。鹿島にダメージが入らないように庇いながら数メートル吹き飛んだ。背中が硬い何かに激突し、肺から酸素が一気に吐き出される。そのまま重力に従い落ちるとそこは海面ではなく硬い地面だった。僕の背中にぶつかったのは灯台のようだ。
「うっ……ガハッ!!」
腕の中の鹿島に傷はない。その事に安堵しながら彼女を横たえ再び海面に降り立つ。出血は無理やり止血したのでこれなら数分はまともに戦えるだろう。
「どういうつもりだい、加賀。彼女は仲間では無いのか?」
微塵も表情を変えない加賀に問いかける。すると彼女はやはり淡々とこちらの疑問に答えた。
「ええ、仲間ですとも。提督を殺し尽くすと決めた、仲間です。とは言っても、私には別に貴方への憎しみはありませんが」
「ならば、なぜ彼女が倒れた今でも私に牙を剥く?そうする理由は無いのでは?そして、鹿島が巻き込まれる危険がある中でなぜ私を攻撃した?」
「義理、です。私を活かし、拾ってくれたのは他ならぬ彼女ですから。そして私は彼女からこう命令されています。
『自分が人質になるようなら、自分諸共敵を攻め滅ぼせ』と」
その目には、明確な敵意と殺意が確かに宿っている。だがそれだけではない。どこか憐憫の様な、悲しみのような何かがあった。
「そうか、なら──君の事も止めさせてもらう」
改めて加賀と向かい合う。
「そうして下さい、
鹿島を、救って下さい。僕により一層強烈な殺意を向ける直前、加賀はそう呟いて薄く笑みを浮かべた。
そして彼女の手から矢が放たれた瞬間──僕は加賀へ向けて全力で走り出した。
私の背中を嫌な汗が流れ落ちる、今対峙しているのは格が違う相手なのだと再認識させられるもこの手を──この主砲を
逸らせば、この娘を行かせればあの人は殺されてしまう。死なせてしまう。そんなことをするわけにはいかなかった。
「なあ、龍田?お前だってわかってるんじゃねえのか?」
「ええ、解っているわよ、そんな事」
「ならなんで退かねぇんだ?確かにお前の戦術は豊かだが、これだけの練度の差を埋めることは不可能だ。お前じゃ俺には勝てない」
「そうね、確かに私に勝ち目は無い。どんな搦手を使っても練度の溝を完全には補えない。でもね──」
それでも、譲りたくないものだってある。あの人が死ねばまたこの場所では鹿島の独裁が続いてしまう。恐怖で縛り付けるやり方では必ず限界が訪れる。現に、他ならぬ私がこのやり方には疑問を抱いている。
「貴女達の
裁く人間には、必ず裁かれる時がある。強引に人を縛り付けた人間ほどその裁きは強く悲惨なものになる。勿論私達は人ではないが、それが人間だけのものだとも思えない。
「ずっと私は探してた。貴女達の独裁を止め、私達を対等な存在として扱ってくれる
この数年間、ここに来た人間達全員に私の理想を受け入れてくれるかどうかを尋ね続けた。だが、決まって返ってくる答えは私達を『兵器』か『家族』のどちらかとして扱う物だけだった。
「ようやく、ようやく来てくれたのよ天龍ちゃん。私の理想を叶えてくれるであろう人が」
最初は、同じだと思った。今まで訪れた人間達とどうせ変わらないと。殆ど諦めていたかもしれない。だが彼は天龍ちゃんを傷付けなかった。それどころか、眠るこの娘が怪我ひとつ無かったことを喜びすらしていた。
「彼は艦娘を傷付けない。だから、私も彼を傷つけることは許さないわ」
「──そうかい」
「っ!!!」
「その言葉……本気みたいだな……?なら、お前の目を覚まさせてやるよ龍田。人間なんかに騙されてる哀れな妹をな!!」
攻撃が来る。撃て、と私の直感がそう告げている。だが私は撃てない、だって彼女は唯一の──
「……ッ、だから甘ぇつてんだお前はっ!!!」
「カハッ……!」
腹に蹴りが刺さった。その勢いを殺す間もなく背中が本棚とぶつかり本棚がバラバラに砕ける。背中の痛みを堪えながら歯を食いしばり立ち上がるも既に天龍ちゃんは真上に飛び上がり足を大きく振りかぶっていた。
「半殺しにして入渠にぶち込んでやるよォ!!あの汚ぇ下水の中で頭を冷やしやがれ!!」
俗に言うカカト落とし、だが艦娘の力で振るわれるそれは本気であれば床を簡単に割ってしまう。横に転がることで何とか躱すも叩き砕かれた本棚の破片が飛来して私に突き刺さる。
「きゃっ……」
急所を破片から庇い転がりながら体勢を建て直し立ち上がる。この距離ではやはり主砲は役に立たない。ならば近接戦しかない。槍を構え煙の奥から出てくる人影を油断なく見つめる。出てきた天龍ちゃんはそんな私を鼻で笑った。
「その槍術……誰が教えたか忘れちゃいねえよな?」
「……ハァッ!!!」
それには返さず今の自分が出せる最速で槍を突き出した。これならせめてかすり傷くらいは──!!!
ボキリ
「……っぁあああああああああああああ!!!!!」
鈍い音を立てて私の右腕が折れる。私の渾身の突きは悠々と躱されそのまま腕は折られてしまった。痛みに耐えるために右腕を抱える私を他所に天龍ちゃんは容赦の欠片もなく右腕を踏みつけてくる。
「もう気は済んだか?やりすぎたとは思うが、これもお前の為だ。あの男をぶっ殺した後で入渠に叩き込んでやるから待ってろ。これで鹿島と加賀も納得せざるを得ないだろうからな」
この処分はなるほど、邪魔をする私の排除と鹿島や加賀から私を守る為の物だったのかなどと頭の片隅で思う。もう立ち上がる気力すらも残っていないボロボロの身体のあちこちには擦過傷が有り、右腕は変な方向を向いている。口には血の味がずっと残っているし焦点が定まっていないのか視界の全てが二重に見える。
「さあて……思ったより時間取られちまったな……鹿島と加賀、止めは俺に譲るとか言ってたがもう爆撃の音止まってるぞ?まさか殺しちまったなんてことは──「誰が、誰を殺すって?」──は?」
天龍ちゃんの独り言、それを聴きながら意識を手放しかけていた私は驚きのあまり耳を疑った。私の耳朶を震わせたのはつい先程聞いた男性の声だった。
「……生きてやがったのか」
「うん?ああ、爆撃音が止まった話かい?多少傷を負いはしたがこの程度どうってことな──」
世間話をするような気軽さでこちらを向き私と目を合わせた彼の動きが固まる。ゆっくりとこちらに歩いてくると傷の具合を確かめ始める。
「……妖精さん、
その言葉に何処からか、無数の妖精がやってくる。彼の傍に集まると彼の指示を聞いているらしい。
「龍田の応急処置をお願い。彼女のことはすぐに私が入渠させるから」
コクコクと頷いたあと不安そうに妖精達は彼を見上げる。
「大丈夫だよ、妖精さん……龍田の事、お願いね」
「!」
私から離れ天龍ちゃんと向かい合うほんの一瞬、彼は私に「ゴメン」と確かに言った。その言葉はどういう意味なのだろうか?
溶けていく思考と意識の中で彼のその言葉がずっと響き続けていた。
「────何故だ」
龍田が意識を失うのを見届けてから天龍の方を振り返り睨み付ける。
「なんの事だ?龍田をボロボロにした事か?それに対して俺が何も感じていないように見えることか?」
「両方だよ、天龍。お前と龍田ほどに練度の差があれば無傷で無力化できたんじゃないのか?何故わざわざ傷つけるような真似をした?」
「……鹿島が、言っていただろ?龍田には罰を与える、と。お前の想像通りそれの罰は大抵の場合ほとんど拷問でな。部位の欠損で済めばマシなんだよ」
暫しの沈黙の後、返ってきたのは食いしばった歯の隙間から滲み出る悔しげな言葉だった。
「俺じゃあ鹿島には勝てねぇ。だからせめて罰という体裁を立ててあれで手打ちにさせてやりたかった」
悔しかったのだろう、自分の力が及ばないことが。傷付けることでしか守れないなど辛くないはずが無い。
「……」
「アンタ、ここに居るってことは勝ったんだろ?
「今は営倉に入れてある。二人とも意識がないからね。あぁ、安心していいよ、君達が知る営倉とは異なるからね。妖精さんたちがもう直してくれたから」
目を見開き、その後溜息混じりに笑う天龍に空気が弛緩する。だが、その一瞬後には天龍はこちらに槍を構えていた。その目には殺意は無い。ただハッキリとした戦意だけが向けられていた。
「なんのつもりだ、天龍?もう理由は無いはずだが私と闘うと?」
「あんたにゃ無くても俺にはある。通さないといけない筋ってやつだ。悪いが付き合ってもらうぜ、提督」
ニヤリ、と天龍が今度は獰猛に笑う。どうやら他に選択肢はないようだ。
「解った──全力を持って君を無傷で無力化しよう」
突き出された槍をスレスレで回避し腹に一撃入れてやろうと拳を握りしめる。だが、どうやら読まれていたらしい。左手で受け止められる。だがまだだ。
「!」
槍を突き出した姿勢のままという事は前に出ている足に体重は乗っているということでもある。その脚──厳密には膝の裏を軽く小突いてやれば当然倒れる。
意識を刈りとるつもりで今度は抑えられていない方の拳を顔に向け振るうも寸前の所で回避される。
「やるじゃねえか提督!格闘術なら俺と張り合うか!」
だがこちらも反撃される。天龍が躊躇せず槍を捨て両手で僕の肩を掴む。そしてそのまま額同士を思い切りぶつけられる。ヘッドバットだ。
「……しまっ「オラァ!!」」
一瞬だけとはいえ意識を手放した隙を見逃す天龍ではない。思い切り腹に膝を叩き込まれそのまま天井に激突する。塞ぎかけていた傷が再び開き血が吹き出し始める。
追撃を警戒しながら着地すると天龍も何故か頭を抱えていた。ちょうどいいので深呼吸をしながら少し休息を摂る。
「提督……お前石頭すぎねぇか?!完璧な角度で最低限の痛みで済むように頭突きしたのに死ぬほど痛てぇ……」
「角のせいじゃないかな……」
「ズリぃなおい!」
ただ、満身創痍のコチラと違いやはり体力にアドバンテージがあるのは向こうだ。まだまだ余力があるのだろう。
「楽しんでるのかい?戦いを」
「あったりめぇだろ?強いヤツと戦うってのは楽しいからな!」
「──君自身は鹿島より強いだろうに、さっき君は鹿島には勝てないと言った。あれは龍田がいたからか?」
心底嫌なのか、顔を顰める天龍。どうやら当たりだったようだ。
「あぁそうだ。鹿島は俺が逆らえば龍田を殺すと言った。龍田を訓練や実戦から外したのもそのせいだ」
「人質には弱く居てもらわないと困る、か」
「そーゆーこったな。まあだからな、提督。俺個人としてはお前が提督になる事に特に異論はねぇ。人間は大嫌いだが、龍田がここまでボロボロになってまで護ろうとしたお前の信念に賭けてやるよ」
その為のこの戦いだからな。そう言って構える天龍。こちらを挑発しているようだ。
「来いよ、提督。言葉でお前の言はもう聞いた。後は示せ、俺を捩じ伏せられりゃここでもやっていける」
「言われるまでもない」
互いに向かって駆け寄り拳や蹴りの応酬が始まった。こちらがあくまで無傷での無力化を狙って攻撃をしていくのに対し天龍は容赦なく一撃一撃が文字通りの必殺、全てが急所を狙ってくる。
「オラオラァ!!本当に加賀達に勝ったのかよお前はァ!?」
開いた傷口からは依然出血が続いている。痛みに意識も朦朧とし始めるがここで止まるわけにはいかない。左目はもう殆ど見えず反射神経と予測で連撃を捌き続ける。
だがそんな当てずっぽうが上手くいき続けるわけもない。段々と被弾が増え、その度に動きが鈍くなる。このままでは先に力尽きるのは僕だ。
(ああでも──僕は少し怒っているみたいだ)
天龍が龍田を傷付けたことに。そして、そうしなければならない状況を作ってしまった自分に対して、僕は怒りを感じていた。久しぶりに感じたこの身体の熱さはそのせいなのか。
それでも天龍を決して傷つけない。龍田の事ももちろんあるが、僕自身の為でもある。だからこそ耐え忍ぶ。逆転の機会を探る。
ビシっ、という音が左腕に走る。どうやらヒビが入ってきたらしい。だがそれでもまだ反撃の時ではない。
バキッ、という音と共に激痛が襲う。とうとう左腕が骨折した。だが関係ない。隙を探し続ける。
「ッ!!」
そして──ついにその時は来た。血溜まりに足を取られた天龍がバランスを取り直そうとした。
「しまっ──「もう遅いよ、天龍」」
顎を掠めるように一撃を食らわせる。高度な技術が要求される方法だが、確実に相手に脳震盪を起こさせ戦闘不能にする。
そのまま倒れそうになる天龍を後ろから支えそのまま抱き上げる。僕自身も艤装を纏っているからか、予想以上に彼女の体は軽かった。
「下ろし……やがれ…………」
「無理をしようとするな、天龍。軽度とはいえ脳震盪なんだから。大人しく僕に抱えられておけ」
「!……ははっ、僕、かよ。それがアンタなのか」
しまった、威厳をつけるために『私』で通していたというのに。だが間違えてしまったものは仕方ないので、諦めながら天龍を執務室の外へと抱え出す。
「お、おい提督。どこに連れていく気だ?!」
「風呂場。君には龍田と一緒に入渠してもらう。先に君を運んで、その後に龍田を運ぶ。男の私が彼女の服を脱がせる訳にはいかないだろ?
それが最初の君への罰だ。その後は龍田の傷が癒えるまで寄り添う事。もちろんこれで君の処罰が終わる訳では無いのでそこは忘れないように。こき使うからそのつもりでね」
「こき使う……ね。好きにしろよ、提督。俺はアンタの武器だから──イテテテテ!何しやがる!」
自虐的に笑う彼女の頬を思いきりつねる。どうせこれから入渠で身体を癒すのだ、少しくらいいいだろう。
「君は私の武器ではない。君は私の部下だろう、天龍?」
「!!」
目を見開く天龍の目が一瞬潤んだ気がした。だが天龍はすぐそっぽを向いてしまう。
「フン、仕方なくだからな、勘違いするなよ!」
「はいはい」
ギャーギャー叫ぶ天龍を無視しながら僕は鎮守府の中を歩いていく。まだボロボロの箇所は幾つもあるので直さなければいけないだろう。
ふと窓の方を見るとちょうど水平線から日が登っている。
それを見て、太陽がこの鎮守府のこれからを照らしてくれるような、そんな思いがしたのだった。
さて、ここまでお読みいただきありがとうございます。
何故か、5000前後の文章量のつもりが倍近くになりまして、本当に申し訳ないです。
一応これにて第0章『着任編』が終わりました。
次回からは第1章『鎮守府立て直し編』が始まりますので引き続き宜しく御願い致します
それではまたノシ