皆城一樹は勇者に非ず 作:ここにいるもの
互いが関わることを避けている現状でも、分かり合える方法を探していた。
その方法が、きっと俺たちには必要なのだと思って……。
けれど、そんな方法なんてものは存在せず、俺たちはまた一つ、何かを失いかけることになった。
☆★☆
年が明けた一月下旬。
勇者たちと戦士はそれぞれが別々のところにいた。
勇者たちは高松市にある温泉へ行き、戦士たちは病院にいた。
これだけ見ると差別されているように感じるかもしれないが、これは大社と戦士たちの要望が重なった結果だ。
大社は勇者たちには日々の疲れを癒してもらいたい。
しかし、その間四国が手薄になるのは避けたい。だから戦士たちには残ってもらいたい。
戦士たち(紅葉が主だが)は勇者たちとしばらく離れていたい。
そして、自分たちの症状の検査等をしたい。
それらが重なり、また自分たちでも選んだのだから一樹は何も思うことはなかった。
「温泉」
「……椿は行きたかったのか?」
「行きたくないと言えば嘘になるわ。けど、私だけは嫌。一樹も一緒じゃないと」
一樹が病院のベッドに腰掛けながら、近くの椅子に座る椿に問うと椿は一樹の目を真っ直ぐ見ながら答えた。
その答えに一樹は苦笑する。一樹と勇者たちはともかく椿と勇者たちの仲はそこそこ良い。
今回の温泉旅行に椿も一応誘われていたが、椿はそれを断っている。
その理由を椿に聞いても椿は頑なに一樹に言おうとしない。
「……一樹、調子は?」
「調子は良いさ」
椿の問いに一樹が自分の手を見ながら答える。それに椿は「そう……」と一樹から目を逸らしながら相槌を打つ。
一樹たちの身体は四国に来た当初よりも格段に良くなっていた。本来ならば、これは喜ぶべきなのだが、椿にはそれを一概に喜べない理由がある。
紅葉たちはともかく、一樹は一時は末期症状の先に行くか否かの場所にいた。それなのにも関わらず、一樹よりも遥かに軽い症状の紅葉たちと同じくらい回復している。
これは、はっきりと言って異常だ。
症状が重いものと軽いもの、どちらが早く回復するのかなど火を見るよりも明らかだ。
なのに、一樹は紅葉たちと同じ早さで、同じくらいに回復している。
「……一樹」
「何だ?」
「一樹は────死なないわよね?」
椿の問いかけ、それに一樹は答えることができなかった。
物語の主人公であれば、ここは「死なない」とでも言うだろうが、一樹にはそれを言うことはできない。
今は回復傾向にある末期症状、バーテックスとの闘い、いずれも不確定要素しかないもの。
「死なない」と言えるほど、一樹は楽観視できない。
故に一樹はその質問に答えることができなかった。
一樹が視線を逸らす。すると、一樹の身体に小さいながらも衝撃がきた。
その衝撃の正体が椿が自分に抱きついたのだと一樹は理解する。そして、それとほぼ同時に一樹は椿の身体が震えていることに気付いた。
「…………」
「お願い……死なないで、一樹」
椿の声に応えるように、一樹が椿を少しだけ強く抱きしめる。
少しでも、椿の不安が和らげば良いと思って。
☆★☆
超えたかった。
かつて、やれなかったことをやろうとした。
そうすれば、少しはこの重荷が楽になるのだと、必死に自分に言い聞かせながら。
俺は……いや、俺たちは深い、深い闇の中へと沈んでいった。
☆★☆
勇者たちが丸亀城へと戻ってきて半月が過ぎたある日、バーテックスの襲撃が起こった。
時間が停止し、樹海が展開される。
そして、その先にあったものを見て勇者と戦士たちはその表情を険しいものへと変えていた。
「……多すぎる」
勇者の一人である『乃木若葉』が全員を代表してそれを口にした。
全員の視線の先には端末に表示されたマップ────そこに表示されているバーテックスを表す印。
その印はマップの大半を埋め尽くしており、明らかにこれまで以上の数のバーテックスとの戦闘があることを示していた。
「今までの十倍……? ううん、もっといるかも」
そう口にしたのは『高嶋友奈』。その声には緊張が混じっている。
それもそうだろう。これまで、四国を襲ってきたバーテックスの数は多い時で百後半程だったのに今回の数はそれを遥かに超えている。
戦闘に慣れてきた四国の勇者、諏訪を守ってきたことにより、四国の勇者よりも戦闘に慣れている諏訪の勇者、そしてその諏訪の勇者と同じくらいの戦闘を経験している戦士たちにとってバーテックス一体一体を倒すことは難しくはない。しかし、これまで以上の数となれば状況は変わる。
勇者と戦士、合わせて八人。数で押し切られる可能性もある。
一樹と紅葉は、過去の経験からそれぞれが為すべきことを頭の中で考え、武器を出そうとした時────。
「私が先頭に立つ」
若葉が、誰よりも早く地面を蹴り、敵軍へ向かって跳躍していった。
「待ってください、若葉さん!」
『伊予島杏』が制止の声をあげたものの、既に若葉は動いてしまっている。
敵軍へ向かいながらすれ違いざまに抜刀し数体のバーテックスが切り伏せられる。
その光景を見た紅葉は苛つきを隠そうとしないで慌てて銃を構え、その引き金を引こうとした時、バーテックスの動きの異常に気付いた。
いや、紅葉だけではない。他の勇者も、一樹もそれに気づいた。
「どういうことだよっ!? あいつら、タマたちの方へ来ないぞ!」
勇者の一人である『土居球子』がそう言うと同時に、一樹と紅葉はバーテックスが何をしようとしているのかを察した。
それと同時に、紅葉は隠そうともせずに舌打ちをする。既に紅葉は何時でも銃を撃てるようにしていた。しかし、バーテックスの群れに若葉の姿が隠れてしまったために、その引き金を引くことができなくなってしまっていた。
「まさか────!」
歌野が、友奈が、杏が、球子が、そして、『郡千景』もバーテックスたちの目的に気づく。
「バーテックスは、まず若葉さんを潰す気です……!」
杏が叫ぶ。けれど、時は戻せない。
既に若葉はバーテックスの群れの中。バーテックスたちの目的に気づいたところで、後手に回ったことに変わりない。
バーテックスたちの群れの一部が別行動をし始める。
「……不味い!」
紅葉が慌てて銃の照準を群れから外す。
別行動をし始めたバーテックスたちが向かおうとするものの方が若葉よりも重要だと判断したからだ。
何故なら、バーテックスたちが向かおうとしていた先にいるのは────神樹だからだ。
それに気づいたのは紅葉だけではない。一樹も、勇者たちもそれに気づいて対処を始める。
しかし、これも全てバーテックスの策だということはこの場の全員が理解していた。
乃木若葉を救いに行けば神樹が手薄になり、神樹の方へ向かえば乃木若葉を見捨てることになる。
乃木若葉と神樹、そのどちらを優先すべきかなど決まっている。
「…………」
勇者たちが必死に若葉に声を届けようとしているのを聞きながら一樹は足を一度止めた。
神樹を守らないといけないのを、一樹は勿論理解している。
しかし、このままでは若葉はおそらく潰れる。バーテックスの思惑通りに。
────あとは任せる。
一樹の脳裏に消えていった総士の姿が浮かぶ。
思考は刹那、一樹は向かう先を変えた。行く場所はバーテックスが集まっている若葉のもと。
一樹は自分が出せる最高の速度でそこへと走っていった。
────白い羽織を現出し、その腕に翡翠色の結晶を出しながら。
☆★☆
戦いに勝つことはできた。
けれど、残ったものは何だったのだろうか。
それを知るのは各々だけ。
しかし、結果は何も変わらない。
重傷者が出たという事実と、勇者たちに不和ができたという事実はどうあがいても、変えることはできない。
何故なら、人は