皆城一樹は勇者に非ず 作:ここにいるもの
その日、丸亀城には二つの異常があった。
一つは六つの誰もいない席。その内二つは未だに目覚めていない一樹と友奈の席だが、他の四つは神樹の声を聞く巫女と誰とも関わることをしなかった戦士の紅葉の席だ。
巫女は昨日のうちに大社に行ったことが全員に伝えられているが紅葉に関しては何も伝えられていない。
大社から何も連絡がないということは検査とかではないため、紅葉は学校をサボったのだろう。
そして、もう一つの異常。それは乃木若葉だった。
紅葉と違い学校にはキチンと来ているものの、その姿は今までの若葉とはまるっきり違っていた。
いつものようなキリッとした雰囲気は微塵も感じられず、ずっと何かを考えているのか時折深いため息を吐く。
勇者たちはいつも全員で食堂へ行き、昼食をとるのだが、今日の若葉は球子が何度も呼びかけても返事をすることはなく、諏訪の勇者である白鳥歌野とのうどんそば討論も行われていなかった。
「屍かっ!!」
球子がそんな若葉にツッコミを入れるが、若葉はそれに気づくことなくスルーしてしまう。
その様子に球子が肩を落とす。丸亀城はいつもと違う空気の中、今日も時間は過ぎていった。
☆★☆
一方、紅葉は今もなお入院している翔子の病室に来ていた。
「……そっか。それで、今日はここにいるんだね」
紅葉から先日のことを聞いた翔子はそう言うと紅葉の頬をその指でつついた。
ムッと頬を膨らませていた紅葉の口から空気が抜ける音が聞こえた。
それに紅葉は顔を赤らませて、翔子から距離を取ろうとするが翔子はそれに気づいていたのか紅葉の腕を掴んでそれを阻止する。
「春日井くんは……このままで良いの?」
「……良くないって分かってるさ」
翔子の質問に紅葉がバツが悪そうに答える。それを聞いた翔子は近くに置いてある本を手元まで持ってきて、紅葉に見せる。
「この本ね、伊予島さんが持ってきてくれたの」
「…………っ!?」
紅葉の身体に衝撃が走る。伊予島と聞くと真っ先に頭の中に思い出されるのは勇者である伊予島杏の姿。しかし、それをすぐに否定する。
杏はこの病室を知らないはずだと。そもそも、勇者がここに来るわけがないと……。
しかし、その紅葉の考えは翔子自身から否定された。
「……きっと、今春日井くんが考えている。勇者の伊予島杏さんから借りたんだ」
「…………」
「……一樹くんとね、一緒に来てくれたんだ」
「一樹と……一緒に……?」
紅葉があり得ないと言いたげな顔をする。
一樹の人付き合いの下手さは紅葉だけでなく、戦士全員の共通認識であったからだ。
そしてもう一つ、紅葉から見て一樹は勇者と関わることを不自然なほど避けている節があったからだ。
「……うん。意外だよね。でも、本当なんだよ」
翔子がその時のことを思い出す。
前回の戦いの一週間くらい前に一樹が珍しくお見舞いに来た。
その時の翔子は一樹がお見舞いに来るのは珍しいと思っていたのだが、その隣に椿以外の人がいたことに驚いた。
しかも、それが勇者であることも合わさって、そうそう忘れられそうにない記憶となった。
「その時の一樹くんね、まるであの頃に戻ったような顔をしてたの」
「……一樹……が?」
「うん。総士くんがいなくなってから、私たちの前であまり笑わなかったのに、その時だけ少しだけ笑ったんだ」
証拠の頭に思い出されるのは紅葉と翔子の話を聞いた杏が目をキラキラとさせて根掘り葉掘り聞こうとし、それを一樹に止められていた時のことだ。
その時の一樹は、いつものように何かから目を逸らしているような表情ではなくかつてのよう……とまでは行かないまでも笑っていたのだ。
「……一樹くんも、前に進もうとしてるんだと思う。だから、春日井くんも前に進も?」
「…………」
紅葉が静かに己の手を見る。
これまで仲間を守ろうと銃を握り、敵を倒してきた己の手を。
目を閉じて思い出すのは前回の戦い。復讐と怒りに呑まれ、全体を危険に合わせた若葉の姿と、その若葉を助けるために飛び込んでいった友奈と一樹の姿。
本音を言えば、紅葉はその時若葉を助ける選択を最初は選んでいたのだが、途中からその選択を外した。
自業自得だと。自分が今、優先すべきは神樹だとして若葉を見捨てる選択をした。
それが間違いかと言われると、間違いではないと紅葉は思う。
戦士は四国の結界を維持している神樹を守らなければならない。
神樹と勇者一人を天秤に掛ければ、そこにかかっている命のことも考えれば神樹を選ぶのは間違いではない。
「……でも……」
だが、一樹は神樹より勇者一人の方を優先した。
その理由が紅葉には分からなかった。何故、神樹より勇者一人の命を優先したか。
「……春日井くん。一樹くんは、春日井くんたちを信じたんだと思うよ」
「…………え?」
自分の悩みが分かっているかのように言った翔子の言葉に紅葉が目を開ける。
「一樹くんは……いつもそうだから。その人が大丈夫だと思ったら、その人に任せて自分は別のところに……」
翔子の言葉に紅葉は外にいた時のことを思い出した。
確かに一樹は連携を取りつつも、大丈夫だと自分で判断するとそこを任せて自分は危険な方に行くか奥へと行き生存者を探していた。
その度に総士が「まかされる方も大変なんだがな」とボヤいていたのもついでに思い出してしまい口元が緩む。
「……仲間を信じる。一樹くんは、きっと勇者の人たちを仲間だと思ってる」
「その割には、関わっていないけどな」
「……そこは、ほら一樹くん。人と関わるのが苦手だから」
暗くなっていた病室の空気が紅葉の軽口とともに和やかになっていく。
「……まぁ、
「……! うん。そうしたら良いと思うよ」
素直じゃないなぁと思いながら翔子は窓から外の景色を見る。そこにはいつもと変わらない景色が広がっているのだと思ったが、いつもとは少し違う声が外から聞こえてきて、自然と口角が上がった。
「……その時は、意外と早いみたいだよ。春日井くん」
☆★☆
古い道に縛られるのは止めた。
そして、自分だけの、新しい道を探し始めた。
何を目印にすれば良いのか、どう進めば良いのか、全く分からない。
でも、それでもその道を進むことは選んだ。
その先に、今まで以上の何かがある事を漠然と感じながら。