皆城一樹は勇者に非ず 作:ここにいるもの
2018年夏、四国との通信が途切れた。
だが、俺たちにそれを気にすら余裕はない。
日に日に増していく襲撃による精神面と肉体面での疲労。
誰もが今を生きることに必死だ。それは、俺も。
今はまだ、この録音を残すだけの余裕はあるけど、いつかは無くなると思う。その時の自分がどうなっているのか、それを想像するのがとてつもなく、恐ろしい。
☆★☆
廃村の端っこに止まっているバスの中でピコンという音が鳴る。
その音の発信源は少年が持っている携帯端末。そして、それが聞こえた少年は携帯端末の画面をしばらく見るとバスの窓ごしに雲が少しだけある青空を見る。
2015年の7月。人類は空からやって来た白い化け物、バーテックスにより多くのものを喪った。
「……でも、まだ残ってる」
そう、口にした少年の名は皆城一樹。2015年7月の地獄を生き残り、四国外にいる生存者の探索と救助を目的とした派遣部隊にいるバーテックスと戦える力を持つ少年だ。
「そうだな。お前のやるべきことはまだ沢山ある、一樹」
呟きに答えるように一樹とは別の少年がバスの中に入ってきた。
黒い服の上から猫の刺繍が沢山付いているエプロンをつけた少年。名を皆城総士。一樹とは血が繋がって居ないが兄弟である。
「今日の料理当番は羽佐間じゃないのか?」
「……羽佐間に急な検査が入ったから僕が代理を務めることになった。光洋はその付き添いだ」
「……そうか」
「お前のそれを僕は否定しない。だが、仕事を放棄する理由になる訳ではない」
「分かってるさ」
一樹と総士がバスの外へと出る。バスの外には人が住めそうな建物の残骸のみが存在していた。
一樹たち派遣部隊以外の人が存在しない壊された村。辛うじて食料や燃料はあっても生存者が見つかることがない。
「……ここにも、人が居たんだよな」
「ああ。だが、もう居ない」
派遣部隊が生存者を探すために四国を出て早2年。
それまでに見つかった生存者は僅か六人。その生存者も無事に四国へとたどり着けたのか一樹たちは知らない。
だが、四国に辿り着いている筈なのに連絡がないということはおそらく、そういうことなのだと何となく一樹たちは察してしまって居た。
「諏訪は大丈夫なのか?」
ふと、一樹が思い出したかのように総士に聞いた。今現在、確認されている人類の生存圏は四国と諏訪の2つ。
四国は神樹によって守護されているのは知っているが、諏訪に関しては一樹を含め何人かは現状を知らされずにいるのだ。
「……厳しいだろうな。四国や僕たちとは違い諏訪に戦うことができるのは勇者一人だけだ。バーテックスの侵攻が強まればいつかは限界が来る」
一樹の問いに総士は少しだけ躊躇ったが誤魔化しても無駄だと知っているため包み隠さずに現状を踏まえた考えを一樹に伝える。
一樹は予想していたのかそれに何も言わずにただ静かな時間だけが過ぎていく。
だが、その静かな時間は急に終わった。
総士と一樹、二人の端末から警報のような音が聞こえてきたのだ。
いや、警報のような音ではなくこの音は紛れもなく警報だ。
自分たちの命を喰らおうと、自分たちの存在を消そうと空からやってくるバーテックスたちの襲撃を知らせる警報。
平和な時間の終わりを告げる音だ。
「行くぞ、一樹」
「ああ、総士」
端末に出ているアイコンを二人はタッチする。すると、二人の手に槍と銃が現れる。
そして、それと同時に一樹も総士の上からバーテックスの群れが襲いかかって来た。
総士が銃を構え、発砲するのと同時に一樹が飛び出しその手に持つ槍でバーテックスを切り捨てる。
バーテックスたちとの戦闘が今ここに始まった。
☆★☆
みんな、必死になって戦った。
今ある命を守るために、あの時の約束を守るために。
でも、俺たちはまだ知らない。
もうすぐ、重大な選択を迫られることを。
その先にある結末を。
この時の俺たちはまだ知らない。