皆城一樹は勇者に非ず 作:ここにいるもの
残された平和を守るために戦う勇者。
残された平和を守るために戦う戦士。
役目は同じ……けれど、その名称は違う。
この時の俺たちは知らなかった。
何故、大社は名称を勇者とは別にしたのか。
何故、俺たちが勇者たちと共に過ごすことになったのか。
その理由を俺たちは……まだ、知らない。
☆★☆
約束があった。
四国でまた会おうと、先輩たちと約束をした。
四国で再会しようと、総士たちと約束をした。
たくさんの約束、たくさんの未来。
けれど、それらの多くは果たされることは無くなった。
「どうしたの一樹?」
空き教室から夕陽を眺めていた一樹は自身の名を呼ぶ声に振り返る。
振り返った先には黒髪の少女。巫女装束を着たその少女の名前は『皆城椿』。
一樹の妹であり、一樹たちのようにバーテックスと戦うものではなく、神の声を聞きそれを伝える『巫女』である。
「……椿」
「もう授業は無いわ。早く帰りましょう」
「……そうだな」
一樹がすぐ近くにあった自分の鞄を手に取り椿と並んで歩く。
丸亀城を出て少し、歩いた場所。そこに、一樹たち戦士と派遣部隊にいた巫女が暮らす寮がある。
勇者たちが暮らす寮よりは少し小さいが、それでも
「……椿は、ここの生活に慣れたか?」
「もう慣れたわ。四国の勇者の人も優しい人が多いから」
「そうか……」
安心したように一樹の頬が緩む。椿はそんな一樹を見るとムッと頬を膨らませて一樹と同じような質問をする。
「一樹の方こそここの生活に慣れた?」
「……慣れたさ」
「嘘ね」
「…………」
椿の質問に一樹は答えるが、それは間髪入れずに否定される。
椿の言葉は真実のため、一樹は何も言えなくなって黙ってしまう。
一樹たちが四国で過ごしはじめて三週間。
一樹は未だに四国の生活に慣れていなかった。
「これまで平和とは言い難い生活だったのは私も理解しているわ。
それでも、今ここにある平和に早く慣れなさい。まだ、平和を感じられるうちに」
「…………」
椿が何を言いたいのか、一樹はすぐに理解した。
バーテックスが攻めてきたらその平和を感じる時間が無くなるかもしれない、だから今のうちにその平和を感じておけ。
そんな意味が込められた椿なりのアドバイスだと、一樹自身も理解している。
だが────。
「俺は──────」
一樹が聞き取れないほど小さな声で言う。椿はその声を聞くと一度目を閉じて一樹のその手を握った。
「貴方がそう思っているのを私は知ってる。でも、覚えておいて私の家族はもう一樹だけだってこと」
椿の言葉に一樹は弱々しく首を縦に振った。
☆★☆
一樹と椿が話し合っていた頃、紅葉は大社管理下の病院の一室にいた。
何故、紅葉がここにいるかというととある人のお見舞いのためだ。
「調子はどうだ? 羽佐間」
「前よりはマシだよ……。春日井くん」
紅葉が声をかけた少女の名は『羽佐間翔子』。一樹たちと同じ戦士の一人で今はこの病院に入院している。
紅葉は翔子の返事に良かったと頬を緩ませると、翔子が寝ているベッドの隣にある椅子に腰掛ける。
「春日井くんはどう? 学校生活、慣れた?」
「……全然」
翔子の質問に紅葉は不機嫌そうに答える。
紅葉と一樹、椿の学校生活が始まってはや三週間経っているが椿以外、すなわち紅葉と一樹はその学校生活にまだ慣れていなかった。
「もう、慣れなきゃダメだよ」
「分かってるよ……」
不貞腐れるように紅葉が言う。
紅葉自身、今の生活には慣れないといけないことは分かってるし、その為の努力もしている。
だが、どうしても学校生活だけは駄目なのだ。
「羽佐間は……今の生活が良いと思うか?」
「────」
紅葉が翔子に問いかける。
その問いかけに対して翔子は何も返さない。いや、何も返せない。
これは、翔子だけではない。一樹も、椿も、紅葉だってこの質問には何も返せない。
確かに、四国の生活は外とは比べものにならないほど平和だ。バーテックスにいつ襲われるか分からない恐怖。何時いなくなるのか分からない恐怖。
数えるのも思い出すことも億劫になる程の恐怖があった。
けれど、それと引き換えにしてもあの時の生活は良かったと紅葉たちは言える……言えてしまう。
何故ならそこには仲間がいたから。共に笑い、共に悲しみ、共に戦った仲間がいた。
けれど、今はその仲間の多くがいない。いなくなってしまった。
「……ごめん、今日は帰るよ」
紅葉がそんな翔子を見て顔を曇らせると席を立ち、病室から出て行った。
その背を暗い顔をしながら見ていて翔子はポツリと漏らした。
「……そうだよね。まだ、私たちは前に進めてないよね」
☆★☆
人はいつか、過去を乗り越え未来へと進む。
けれど、まだ俺たちは過去に取り残されたまま。
進もう、進もうと思い続けていても足は止まったまま。
そんなことは俺たち全員が分かっていた。
分かっていたけれど、進めない。
まだ────進むことができるほど、心が癒えていなかった。