皆城一樹は勇者に非ず 作:ここにいるもの
誰もが何かを失っている。
けれど、それでも前へ進もうとしている。
それは四国の人たちも、勇者の人も……紅葉たちも。
俺だけが、前に進めていない。
前に進もうとしていない。
☆★☆
皆城一樹にとって四国の勇者と巫女たちは眩しい存在だ。
三年前のあの日に何かしらのものを失っているはずなのに、それでも前へと進もうとする彼女たちの姿は皆城一樹にとっては太陽と同じくらい眩しくて、目を逸らしたくなる。
けれど、目を逸らし続けることは許されない。
同じ場所で過ごし、これからは共に戦う仲間となるのだ。
何時迄も目を逸らし、関わりを持たないようにするわけにはいかない。
「…………」
だが一樹がそう思っていてもそれを良しと思わないものもいる。
そう、いま一樹の目の前にいる大社の人のように。
「勇者様たちとの距離はどうですか?」
「……近づいていない……と思います」
「それは、良かった」
大社の一部の人間は一樹たち戦士が勇者と共に戦うことを良しとしても勇者たちに関わることを良しとしていなかった。
その理由は教えてもらったことはないし……一樹自身それを聞くことを避けている。
「では、今日のところはこれで。あと、勇者様たちの報告書の提出、キチンとやってくださいよ?」
「……分かってます」
大社の人に返事をすると同時に一樹は部屋から出る。
そして、そのまま大社の中を歩いて外へと出る。
「…………」
外へと出た一樹は一度立ち止まり、大社を見る。
一樹は紅葉たちのように大社に悪い感情をあまり持っていない。それは、大社が一枚岩ではないことを理解しているからでもあり────自分たちの命を救おうと奮闘している人物を知っているからでもある。
「どうしたの、一樹」
「椿……」
大社を見ていた一樹の隣に来ていた椿が声をかける。
一樹は椿がどうしてここに来ていたのか聞こうとしたが、今日椿と出かける約束をしていたことを思い出して止める。
「行きましょう」
「分かった」
椿が一樹の手を取って先導する。一樹はそんな椿に任せるように手を握る力を少しだけ強めて付いていった。
☆★☆
失ったものは戻らない。通り過ぎた過去には戻れない。
だから次は失わないようにする。未来へと進む。
そんな事はわかっている。
しかし、多くのものを失い過ぎた。
戻れない過去を見つめ続けてしまう。
今も、俺の心は過去のまま。ただ、前に進む事なく時間だけが過ぎていた。
☆★☆
春日井紅葉にとって四国の勇者と巫女は出来るだけ会いたくない存在だ。
その理由は大きく分けて二つ。
一つ目は紅葉が大社をある理由から憎んでいる。そして、その大社の傘下にいる(と紅葉はそう思っている)勇者たちも平たく言えばとばっちりでその憎しみの対象に入ってしまっているからだ。
二つ目の理由は、もう会うことのできない仲間たちが関係している。
紅葉はとある経緯で自分たちと諏訪の人たちが時間稼ぎに使われていたことを知っている。
これまでいなくなった人や自分のたちの命が四国の力を蓄えるための時間稼ぎに使われていたことを知った紅葉は大社と、勇者に対してあまり良い感情を抱かなかった。
いや、それだけではない。
もし、四国の勇者たちだけでも援護に来てくれていれば翔子たちは力の後遺症に苦しむ事はなかったかもしれない。一樹と椿も総士を失わなかったかもしれない。
そういった
「……クソッ!」
秋の終わりが近いたころ、バーテックスが四国に侵入してきた。
紅葉たち戦士や勇者は樹海と呼ばれる場所でバーテックスたちと交戦していた。
だが、その戦況はあまり宜しくない。
その原因は大きく分けて三つ。
一つ目は、バーテックスが勇者たちと紅葉たち戦士を分断したこと。
これにより分けられた者たちだけで、バーテックスの集団を相手にしなければならなくなった。
さらに付け加えるなら、バーテックスが紅葉たち戦士の武器について学習したのか武器の射線の延長上に必ず勇者の誰かがいるため、紅葉と一樹は射撃武器の一部が使用できなくなった。
二つ目は、進化体の存在。
戦いが始まってしばらく経ってから急に現れたその進化体はバーテックスの群れの奥で待機し、適度にその身体に発生している矢を射出してきていた。
これにより、勇者、戦士ともに合流ができない。
そして、三つ目。おそらくこれが一番な要因だろう。
連携がまったくと言って良いほど、取れていないのだ。
それは諏訪の勇者と四国の勇者、戦士の連携という意味だけではない。
仲間内でそれぞれカバーをしている部分はある。けれど、それ以上がない。
今はそれで誤魔化せるかもしれない。だが、この状況が続くのであれば確実に勇者もしくは戦士の中から死人が出る可能性がある。
「──────」
射出された矢を避けながら紅葉はこの状況を打開する策を考える。
四国の勇者たちに今のところ良い感情を抱いていないが、それでも目の前で死なれるのは気分が悪い。
だから、勇者も戦士も誰も死なない策を考え続けていた紅葉の横を影が通り過ぎていった。
紅葉が目を見開き、影の方を見る。
影の正体、それは一樹だった。
「でやぁぁぁ!!」
一樹が気合の叫びとともに手に持った槍を振り回しながらバーテックスの群れの中を進んでいく。
紅葉はそれに驚きながらもすぐに一樹がその行動をした理由を察すると武器を狙撃銃からマシンガンに変えて援護に入る。
一樹が対処できない場所にいるバーテックスを的確に倒しながらもその進路を開く手伝いをする。
そして、紅葉がそれをすると信じて疑っていなかったかのように一樹はそこを進み、進化体へと近づいていく。
「──────」
進化体が近づいてくる一樹から遠ざかりながら矢を射出する。
その射出量はこれまでの比ではなく、矢の雨と表現するに相応しい量と速さ。
紅葉がとっさに「一樹!」と心配の叫びを上げる。
だが一樹はそんな紅葉の心配などお構いなしにその矢の雨を通り抜けていく。
進化体と一樹の距離が僅か数秒で縮まる。進化体はさらに矢の量を増やすが────そんなことは無駄だと言いたげに一樹はその場から大きく跳躍した。
あっという間に進化体がいる高さより上へと跳んだ一樹は矢が向かってくる前に持っていた槍を進化体へと投げた。
投げられた槍はまっすぐと進化体の身体に突き刺さる。
進化体が痛みからかその身体を大きく揺らす。
既に矢の射出は止まっている。今なら近づいて攻撃ができると考えた紅葉は一気に近づこうとするがそれよりも早く、進化体に向かって落ちていた一樹が槍の持ち手にあるトリガーに触れた。
すると、ガコンッという音とともに槍が真ん中から半分に割れた。
そして、それと同時に一樹の身体にも変化が訪れる。
槍を持つ手を覆うように翡翠色の結晶が現れ、一樹が身に纏っている黒色の羽織り。その一部が白色へと変化する。
「ああぁぁぁ!!」
一樹の咆哮と共に放たれた蒼いプラズマは進化体の身体を消しとばす。いや、ただ消しとばすだけでは飽き足らずその奥にいた他のバーテックスも飲み込んでいく。
世界が光で塗りつぶされていく。一樹の放った一撃がバーテックスを全て倒したのか……それとも、勇者たちが他のバーテックスを倒したのかは定かではないが樹海化が解けていく。
戦いの終わりを紅葉は感じた。そして、それと同時に自分でも気付いてはいないが────紅葉は四国の勇者たちに失望した。
☆★☆
初めての樹海での戦いは終わった。
勇者、戦士ともに死亡者は無し。けれど、その内容はお世辞にも良いとは言えないものだった。
だけど、今はその勝利を喜ぼう。
この後に────何が控えていたとしても……。