皆城一樹は勇者に非ず 作:ここにいるもの
問題は時間とともに解決してくれる……そう思っていた。
しかし、時間は問題を解決しない。
時間は進むことはできても、戻ることはできないし問題を解決することもない。
結局は本人たち次第なのだろう。
それでも、時間が解決してくれると信じていた。だから、何もしなかった。
だから、こうなったのは俺のせいだ。
☆★☆
「……はい、今日の検査も終わり。お疲れ様」
病院で検査を受けていた一樹は担当医師からそんな言葉をかけられ、捲っていた袖を戻す。
樹海での初めての戦闘から三日。一樹は、検査のために入院していた。
たかが検査のために入院と一樹は思っていたが、医師から説明された自身の状態のことを考えれば仕方ないと理解した。
一樹は……いや、戦士たちは四国に来る直前、自分たちの力の後遺症、その末期症状になった。
現在は試験薬によりその症状は改善され────
そう、紅葉たちは。
「……どうなんですか? 俺の身体」
「正直に言えば……よく分からないと言わざるを得ないね」
担当医師が一樹の質問に答える。一樹はその答えに「そうですか」と言うと自分の右手を見た。
他の人たちよりも少し傷が目立つ手……しかし、その五本の指の付け根には指輪を嵌めたような痕が薄っすらと付いていた。
「担当医師としては、すぐに君には戦いを降りてもらって治療に専念してほしいのだけれど……」
「……すみません。でも、まだ戦えるんですよね?」
「…………そうだね」
「なら、戦います」
担当医師が諦めたようにため息を吐く。このようなことは一樹が四国に来て検査を受け始めた時から言っているが、一樹はそれに首を縦に振ることは無かった。
「それで、君が死ぬことになってもかい?」
「……そうですね」
「君の症状は確かに良くなっている。けれど、未知の現象が起こっていて何が起こるか分からないんだよ?」
皆城一樹はたしかに末期症状の危険域からは脱している。しかし、それと同時期……いや、もしかすると末期症状の危険域の時からそれとは違う未知の現象が身体の中で起こっていた。
その原因こそ今は判明しているものの、それをどうにかする方法は確立されていない。
「知ってます。でも、戦うことを止めるのはできません」
「……そうか。なら、これ以上は言うことはないよ」
「失礼します」
一樹が病室から出て行く。その様子を哀しげに見ていた担当医師は、すぐ近くに置いてあるカルテを見て呟いた。
「……命を削って戦う戦士にも、僕らを守ってくれている勇者たちにもできれば、休んでほしいのだけれどね」
☆★☆
一樹が教室に入ると、何時もとは違う雰囲気があった。
何時もより……ピリピリとしたその雰囲気の原因を探そうと一樹が辺りを見渡して、見つける。
「……紅葉」
勇者たちの席と反対側にいる紅葉に一樹が声をかけた。
紅葉はそれに気づくと一樹に一言「おはよう」とだけ言う。
紅葉の何時もとは少し違うそれに、一樹は自分がいない間に何があったのかをある程度推測……しようとして、すぐにそれに思い当たった。
三日前に起こった襲撃。そのすぐ後に一樹は検査のため強制的に病院へと連れて行かれたため、詳細は分からないがこの雰囲気と紅葉のこれまでの言動からおそらく四国の勇者に紅葉が何かを言ったのだろう。
しかし、それだけならば本当にこんな雰囲気になるだろうかと一樹は首を捻るが考えてもどうせ答えは出ないと思い、止める。
「…………」
一樹は紅葉と勇者たちの仲を良くしたいと思ってはいる。何時迄も、仲違いしているようではこの先の襲撃の何処かで死人が出るかもしれないと危惧をしているからだ。
何とか仲を良くしたい。けれど、一樹自身も勇者たちと仲が良いというわけでは無い。元々、自分から誰かと関わることをしてこなかった一樹は大社の指示に関係なく勇者たちとうまく関われていないのだ。
「……今日は行くのか?」
勇者たちに聞こえないように一樹が紅葉に聞く。紅葉はそれに首を縦に振ることで答える。
一樹はそれを見ると、自分の席に座る。
紅葉と勇者たちとの中間の席。けれど、一樹と勇者たちの席は人一人分のスペースが存在する。
これは勇者たちが一樹を避けているからではなくただ単に何時もはそこにいる椿が今日はいないからである。
それに一樹は少しだけ困ったような顔をする。今日の夜ご飯に何を食べたいのかを椿に描こうとしていたのにその本人がいないためどうしようかと悩もうとした時、椿の隣の席から視線を感じた。
一樹が、その席の勇者────伊予島杏を見る。視線を感じたからそちらを見たためちょうど杏と一樹の視線がぶつかる。
互いに、固まりそして杏が慌てて一樹から視線をずらして前を向く。
一樹はそんな杏の様子に内心で首をかじけつつも同じように前を向く。するとチャイムが鳴り始めた。
☆★☆
タンッと短い音と共に、数メートル離れた的が倒れる。もう一度、もう一度と同じ音が鳴り同じように的が倒れていく。
そんな的を見ながら、一樹は手に持った訓練用の銃を目の前にある台に置いて、周りを見る。
既に授業は全部終わっているため、誰も人はいない。一樹はそのことを確認すると再び銃を手に取り構える。
ただ、今回はさっきまでと違い照準を定めると両目を閉じる。
「────」
呼吸と風の音だけがこの場を支配する。そして、一樹が目を開けたその瞬間────翡翠色の結晶が一樹の腕と銃を繋いだ。
そして、バンッと同じ銃である筈なのに全く違う音があまり一面に響いた。
いや、違っているのは音だけではない。先ほどと同じ銃で撃ったはずなのにその威力は桁外れに強くなっており、先ほどまでは的が倒れるくらいの威力だったが今回のは的に大きな穴を開けるほどの威力を持っていた。
「…………」
一樹が自分の手────正確にはそこにある結晶を見つめる。
あの旅が終わった日に突如として一樹が使えるようになったこの力は大社も調べたものの、そのほとんどが未だにわかっていない。
現段階で分かっているのは、勇者たちの『切り札』と同じか、それ以上の力ということと、まるで武器そのものと一樹が『同化』しているのではないかということだけだ。
「…………?」
結晶が砕けると同時に一樹は誰かの視線を感じた。
けれど、それは一瞬。一樹は気のせいかと思いながら片付けを始めていく。
☆★☆
俺たちはそれぞれが何かを持って戦っている。
例えばそれは怒り。ある勇者はその怒りを胸に戦っているように感じる。
例えばそれは存在価値。ある勇者は自分の存在価値を得るために戦っているように感じる。
例えば、例えば、例えば────。
なら、俺は何のために戦っているのだろうか。
四国の人を守るために? いや、これは義務だ。
勇者たちを守るために? いや、それは託されたからだ。
仲間を守るために? いや、それは当たり前だ。
そうして────考えついた先に辿り着いた結論は、自分のいるべき場所を探すために戦っているということだった。
自分のいるべき場所を探すために戦う。
なのに、俺の戦い方は自分の事を度外視した戦い方。
そのことに、今はまだ気づかない。
自分の事だからこそ、気づかない。