「お兄ちゃん、小町の恋人になって欲しいんだけど」
「なるほど、実は俺たちは義理の兄妹だったのか。可愛ければ変態でも好きになってくれますかだったのか。大丈夫だ、小町が変態でも可愛いから好きになるよ」
「違うよ……小町は変態じゃないよ……」
「なるほど、実は小町は弟に見えたけど本当は妹だったのか。妹さえいればいいだったのか。大丈夫だ、俺も妹さえいればいいよ」
「だから違うって。どこをどう見たら小町が男の子に見えるのさ」
「なるほど、実は小町の初恋が俺でその後で兄妹になったのか。エロマンガ先生だったのか。大丈夫だ、俺も小町を初めてみたときから好きだったよ」
「だから違うよ……このアホ毛が示すとおり紛れもなく実の兄妹だよ。大体、初めてみたときって赤ちゃんでしょ」
「なるほど、じゃあ本当の兄妹なんだけどずっと小町は本当は俺のことが好きだったのか。俺の妹がこんなに可愛いわけがないだったのか。よし、じゃあ俺が高校を卒業するまでの間だけ本当の恋人になろう」
「別に好きじゃないよ、普通だよ」
「何なんだよ……」
「こっちのセリフだよ、お兄ちゃん……どれだけ妹モノのラノベが好きなの……そんな展開になるわけないでしょ」
はあ~と、大きなため息をつきながら肩を落とす小町。ため息をつきたいのはこちらだよ。待ち望み続けた兄妹ラブコメルートに突入したと思ったのにこの仕打ち。
遺伝子を感じるのはアホ毛くらいのものなんだから、義理の妹だと判明したって納得なんだよ。
俺の実の妹にしては可愛すぎる、この比企谷小町という女の子に恋人になって欲しいと言われたら、なるほど違う世界線に移動したんだなと思うだろ普通。
そうじゃないなら今すぐ戸塚ルートに遷移させて欲しい。シュタゲだってルカ子が女の子だった世界線があったんだ、戸塚だって女の子の可能性、あると思います!
「恋人になって欲しいっていうのはこれだよ」
小町が見せてきたのは一枚のチラシ。
なになに……仲良しカップル限定イベント?
「アホ毛さえ隠せば兄妹に見えないからカップルとして参加できると思うんだよ」
ふむ……その意見だけは激しく同意だ。
「どうしてもこのイベントに参加したいんだよ、お願いお兄ちゃん……あ、この上目遣い、小町的にポイント高い」
「それを言っちゃうのはポイント低いけどな……」
とはいえ、この上目遣いは正直ポイント高すぎる。楽天カードに入会したときくらいのポイントだぞ、いいんですか、いいんです! クゥ~!
「まぁ、小町の頼みなら聞くしか無いだろ……」
「やったー! さすがお兄ちゃん。いや、八幡♪」
もう恋人気分かよ……などと思いつつも、腕にしがみつかれて嫌な気持ちはしない。
該当のイベントは明後日だったが、その時から呼び方は八幡となった。意外と嫌じゃない。
「八幡、麦茶~」
「あいよ」
とか
「八幡~、バスタオルとって~」
「お~。直接渡してやるよ~」
「バカ。そこに置いといてよ」
というような二日間を過ごしたが……これもう同棲カップルじゃね?
呼び方一つで世の中は違うように見えてくるものだな、などとお気楽に考えていたがイベント当日。
小町は謎の変装をしていた。
「なにそのメガネと帽子……」
「だって八幡とカップルになるんだよ。誰かに見られたら恥ずかしいし」
「どこの藤崎詩織だよ……」
とはいえ、お忍びデートみたいな格好はアイドルっぽくて意外と嫌いじゃない。うんうん、これもアイカツだね!
「で、どこいくの?」
「千葉港。チラシ見てなかったの、お兄……じゃなかった八幡」
おそらくしているであろうジト目は伊達メガネのスモークによって遮られている。今はもう十二月も半ばを過ぎており、さんさんと降り注ぐ日光があってもサングラスっぽいものをするのは違和感しかなかった。
歩き始めてすぐに、俺の手を取る小町。兄妹だから手を握って歩いたことは今までに何度もあったが、この寒いのに手袋もせず手はガッチリと恋人繋ぎでにぎにぎを繰り返していた。なんという本気度だ。これはもう俺も覚悟を決めよう。今日は何があっても恋人同士という設定を貫く。
「あ、はちまーん」
こ、この声はラブリーマイエンジェル彩加たん!
せっかく声をかけてくれたものの、すぐに俺の隣りにいる妙なサングラス女を見て訝しむ。
「あ、ええっと……」
「ども~、八幡の恋人で~す」
俺の手を握っていない方の手で横ピースなんかしている小町。なんで? 俺の彼女はアホっぽい感じなの? それとも斧乃木ちゃんの真似なの?
それにしても八幡の恋人だなんてサラッと言い切るな。
でもまぁ。う、うん。そうだよな。ついさっき俺も覚悟を決めたわけだし、当然だよな。
「八幡? デ、デート中なの? 雪ノ下さんじゃない人と?」
「ああ。デート中だ」
きっぱり言ったぞ。それにしてもなんで雪ノ下の名前が? 斧乃木ちゃんに声が似てるから?
「そ、そうなんだ。今度、紹介してね」
「ああ」
「じゃね」
手だけをぴこぴこと振って去っていく戸塚。小町だとは気づかなったようだな。まぁ、戸塚に彼女がいると思われたところでさして問題はないだろう。俺の彼氏になるのは戸塚だけだよ!
そして千葉港へと向かって再度足を進める。
「あ! やっはろー、ヒッキー! あれ? その人は……」
おいおい、またエンカウントかよ。なにこれ、ドラクエ?
偶然出会った由比ヶ浜結衣は驚きに戸惑っている。そりゃ明らかに変装している女子と仲睦まじく手を組んで歩いてたら混乱するよな……実は俺は城ヶ崎美嘉の重課金Pが高じてお忍びデート設定でレンタル彼女を雇ったんだって言ったほうがまだ納得するかもしれん……。いや、それは厳しいな。
「あ……」
由比ヶ浜の顔を見た小町は、握っていた手を緩めた。バレたら恥ずかしいと思ってるのかしらん……。
今日は恋人同士だ。俺は小町の手を握った。
「すまん、由比ヶ浜。ちょっと今、見ての通りデート中なんだ。その、彼女と」
「そ、そうなんだ。ご、ごめんヒッキー。邪魔して、本当に、ごめんねっ」
俺が何かを言おうとするのを聞かないように、振り切るように勢いよく去っていった。
なんだこの罪悪感は……。
「あー……ごめんなさい、結衣先輩……」
がっくりと落ち込む小町。なんで?
沈思しながらも二人で歩いていくと、海の香が鼻をくすぐった。
この匂い、この肌触りこそ千葉港よ!
なんて口に出したら材木座みたいだと思われるだろうから言わないけどね。
俺たちが参加するのは、恋人たちの冬のクルーズというプランだ。
通常ナイトクルージングがメインだが、この寒い時期に夜の洋上は寒すぎるというご意見もあるらしく夕暮れを楽しむ夕方の出航があるらしい。
ディナーやアルコール飲み放題がつかない夕方のクルーズは、リーズナブルに東京湾クルーズを楽しめるプランなので俺たちのような若いカップルに人気らしい。
クルーザーの前にはもう長蛇の列ができていた。どいつもこいつもリア充ばかりだ。なぜこんなイベントにどうしても参加したいの? 俺は妹に頼まれたからだけど?
くっそ寒いのにも関わらず、背中を見せたドレスの女性も目立つ。小町もメガネと帽子を外した。
タラップを上って、船上に移動すると、なんとなくハイソな雰囲気が漂う。
シャンパンを開ける音とか、なんとも場違いなところにいることが皮膚から伝わってくる。
スーツやドレスの大人たちに混じって、ダッフルコートの高校生がいるってだけでも浮いてるからな。
そしてどいつもこいつもイチャイチャと……手を握ったりしている。
「なぁ、小町……」
「なあに、八幡」
ここにいる連中と同じだと、そう言いたいのか、ぎゅっと手を握ってくる小町。そうだったな、今の俺たちは野暮ったい兄妹じゃない。世界最強の恋人同士だ。
船が出港する。冷たくも心地良い海風が髪を撫でていく。
クルージングで見える夕暮れの景色は美しい。
世界有数の工業地帯である千葉の湾岸は、それはもう。
無数にある鋼鉄のパイプの合間合間に明かりが灯り、無骨のようでありつつ幻想的な光景でもある。
そう、まるで、
「ミッドガルだな」
「八幡、小町はファイナルファンタジーⅦなんて知らないから」
知ってるじゃねえかよ……。
なんなら同じ感想じゃねえかよ……。
薄暮れの中で光り輝く鋼鉄の工場群を見ながら、エアリスの人生に思いを馳せていると、小町はその小さな肩をぶるりと震わせた。
「寒いか?」
「うん」
そう言うと妹は、いや、恋人の小町はごく自然に俺に寄り添う。
肩を抱くと、冷たくなった手を俺の胸に押し当て、そのまま体重を預けてきた。
……小町に本当の彼氏ができたら、こんなことをするのかと思うと……
くっ、ぐぐぐぐ……
いや、今は俺がその恋人なんだ。
俺はかぶりを振って、そっと抱きしめる。
「恋人同士、みたいだね」
「恋人同士、だからな」
「うん……」
周囲が漂わせている甘い雰囲気に酔ったのか、俺たちは兄妹であることも場違いであることも気にせず、日が暮れていくところを眺めながら、体温を交換していた。
「若いカップルさん」
話しかけてきたのはデカいカメラを下げた男。やはりアホ毛だけの共通点では兄妹に見えないのだろう。いや、俺たちがあまりにもラブラブしているからかもしれん……今更ながら恥ずかしくなってきた。
近寄ってきた男はメッセージボードを持っていた。何やら書いてある。
船上カメラマンが撮影した恋人同士の写真を記念に持ち帰りませんか……?
船上カメラマンって……あのー、それ、ダジャレ、ですか?
訝しむ俺をよそに、両手を恋人繋ぎさせて、小町はくるりと回ると俺が後ろから抱きしめるような形になる。
「小町?」
「八幡、笑って。気持ち悪くないように笑ってね」
「なんだよ、それ……」
自然と笑みが溢れる。
「いいですね」
カメラマンはカメラを縦にしたり横にしたり、まぁなんか頑張って撮影してくれているようだ。
今の俺からは小町の顔は見えないが、そりゃもう可愛いに違いない。カメラマンもやりがいのある仕事だろうな。俺も将来はカメラマンになろうかな……俺がラブラブカップルの笑顔を撮影するのか。ありえねえな。決めた、俺は一生働かない。
いくつか撮影できたのだろう、カメラマンは手を振って去っていった。
その後、船上でのジャズの演奏を聞いたり、軽食を食べたりしているとすっかり日が落ちた。
クルーザーが千葉港へと戻ってくる。
小町は、船の中に俺を導くと、写真が張り出してある場所で止まった。さっきのカメラマンが立っている。
タブレット端末が置いてあり、今日撮った写真がそこで見れるようだった。
ほーん、これをここで売っているのか。
「えっと、この写真でお願いします」
「はい、毎度。フォトフレームを選んで待っていてください」
カメラマンは裏手に向かう。プリンターで出力するためだろう。
「どうしてもこれをクリスマスプレゼントにしたかったの」
チーバくんのフォトフレームに入った写真をか?
いくら俺の千葉愛が天元突破してるからってさすがにそこまでではないが……。
と思ったら、銀色のクリスマスらしいデザインのプレートを選んだ。俺はチーバくんしか目に入りませんでしたね。やっぱりそこまであったね。
「来年からのクリスマスからは、お兄ちゃんは恋人と一緒に過ごす」
「……そうか?」
「そうだよ。だから私と二人きりで過ごすクリスマスはこれが最後」
そうか、今日はクリスマスイブだったか。あまりにも俺の人生に関係なさすぎて忘れていた。
「私と八幡が一緒に過ごすクリスマスイブは、これが最初で最後」
俺は野暮なツッコミを入れる気が起こらなかった。
言いたいことは、言わんとしてることはわかるし、それを自分からおちゃらけたいとも思わなかった。
「今から、私達は兄妹に戻る」
優しい、未練のないであろう声だった。
「来年からは、次回のクリスマスからは、お兄ちゃんはもう私のものじゃない」
そう言って、フォトフレームを抱きしめる。
「今年だけは、今回だけは、私と八幡が恋人同士のクリスマスイブ。そうだったよね?」
俺は、もちろん、と力強く首肯する。
「そっか。ありがとな」
俺がプレゼントを貰おうと手を伸ばすと、小町はたたっと逃げた。なんで?
「違うよ」
そういうと小町は赤いダッフルコートを翻して、俺の顔を見てにっこりと笑い、
「これは、お兄ちゃんが小町にくれたクリスマスプレゼントだよ」
と言った。
行く先の無くなった、手を後頭部へ持っていき、ガシガシと掻く。
俺の妹、比企谷小町は世界で一番可愛い妹だ。
異論は認めない。
「小町、やっぱり俺のこと好きだろ」
「普通だよ、普通。ほら、早くお金払ってよ、お兄ちゃん♡」